今から遡ること数年前、DA本部内の広場にある噴水の前のベンチに2人の少女が並んで座っていた。
「じゃあ、アヤメがこまってたら私がたすけてあげる!」
「ほんと?じゃ、じゃあ、私も千束ちゃんをたすける!」
「ほー?さいきょーのリコリスを助けるなんてなまいきだなー」
「ううっ、でも頑張るもん」
「うそうそ、そんなこと言われたことないから、とってもうれしいよ!あ、そうだ!約束のゆびきりしよ!」
「ゆびきりってなに?」
「えー、しらないの?じゃあ、わたしがおしえてしんぜよー」
しかし、約束を交わした2人はその後、数年間会うことは出来なかった。そして数年の時を経て再会を果たすが、
「あー!久しぶ、」
「はじめまして。僕は情報局所属の
「、り……?」
アヤメと名乗る少女は、過去に出会った記憶などまるで存在しないかのように初対面の挨拶をしたのだった。
日が昇り始め、春の陽気が顔をのぞかせる日本の早朝。そんな穏やかな景色とは真逆の喧騒に包まれた場所にアヤメは立たされていた。
「クソ!どこから撃たれてる!?」
「分かんねぇよ!?クサいとこ片っ端から撃て!」
銃撃、銃撃、また銃撃。硝煙の匂いが充満する廃ビルの、元は倉庫だったのであろう名残のあるその場所でアヤメもまた暗闇に紛れて銃を撃つ。
これが世界一の平和を誇ると言われる日本の本当の姿だ。平和の裏には暴力が、そしてそれを水面下で処理する殺しの免許を所持した暗殺者の少女達《リコリス》がいる。
「畜生、なんなんだよいったい!?……ッぐぁ!?」
チンピラ風の男たちは敵の存在を視認することも出来ずに次々と足を撃ち抜かれ、体勢を崩したところを射出された捕縛テープで手足を巻かれていく。
「クソがああああああッぐぉ!?」
最後の一人も捨て鉢になったのかあらぬ方向に機銃を乱射するが、やはり死角から足を撃ち抜かれ、重心か崩れて膝を着いたところを捕縛テープで拘束された。この場にいた男5人の武力制圧を1人で成したアヤメは辺りを警戒しながら物陰から姿を現した。
「ぐ、痛え、痛えよぉ……!」
「こ、こんなガキが…こんなクソガキ1人に、全員やられたってのかよクソ、クソクソっ!」
さっきからすごいクソって言ってる。アヤメは呑気にそんなことを考えながらも忠告してあげることにした。
「あまり興奮しない方がいいですよ。血が出てるんですから」
「うるせぇクソアマ!近寄んな触んなよクソィったたたただだだ!?」
「お薬塗ります。染みますよ」
「やってから言うなクソァ!?」
アヤメは近くで叫ばれて五月蝿く思いながらも、死なれては困るのでしっかり止血していく。
呻き声や罵倒を聞き流し、残りの4人にも応急処置を施しながら楠木司令に通信を入れる。
「こちらエコー。対象5人の制圧完了しました。変更された指示の通りに生け捕りにしてあります」
『 よくやった。そちらに回収部隊を向かわせる。それと、すまないが急ぎチームアルファの作戦ポイントへ向かって欲しい。詳細は追って話す』
「了解しました。移動手段をお借りしたいのですが」
『 その場から西に60m地点、立体駐車場地下1階にDAの所有するバイクがある。活用しろ』
「ありがとうございます」
通信が切れると同時に、丁度良くチンピラ5人全員の手当も終えたので、アヤメは立ち上がった。
「それでは、僕には仕事があるので失礼します」
「お、おう……」
「軽い手当はしましたが、安静にしていてください。少しすれば、組織の人間が回収に来るはずですので」
先程まで銃を撃ち合っていた人間と思えない対応に呆気にとられる男たちを置いて、アヤメは建物の外へと駆け出した。
「ラジアータの誤報?」
『ああ。待ち伏せを受けて、正面からの戦闘になった』
現在、アヤメはバイクで街を疾走しながら通信に耳を傾けていた。
《ラジアータ》とは、リコリスを擁する組織、
しかし、今回の事件はその限りではなく、銃の取引現場を奇襲するはずが待ち構えていた武器商人と撃ち合いになってしまったらしい。結果、リコリスの1人が人質に取られてしまった。
『商人側につく人間の仕業だろう。情報を得るためにも、出来れば奴らは生け捕りにしたい』
それを聞いて、アヤメは合点がいった。
「先程の指示変更もそのためですか」
『トラブルの報を受けて、今朝の事件の幾つかは我々を分散するための陽動だった可能性が見えてきた。リコリスの散り方が武器商人にとってあまりに都合が良すぎる』
先の任務、当初アヤメに下された指示は対象の殲滅だったが、司令の判断によりすんでの所で生け捕りに変えられたのだ。やはり楠木司令は勘が鋭いと、アヤメは尊敬の念を強める。
『現場には千束も向かわせ、』
その時、通信先の司令部がにわかに騒がしくなった。まさか、リコリスに何かあったのかとアヤメは焦りを覚える。
「司令、何が起こりましたか!」
『……ハッキングだ。DAのサーバーに繋がる機器がジャックされて状況把握が出来ない。急げ』
その言葉を最後に通信は切られる。
アヤメは最悪の事態を想像しながらもバイクを急がせた。
しかし、結果から言うと彼女が何もすることなく事件は終結した。
ビルに辿り着き、階段に足をかけたのとほぼ同時に聞こえたのは機銃と思しき激しい射撃音。
「ほっほほほほーーーぅっ♪」
ついでに聞き覚えのある声で発せられる歓声。弾丸を受けた6階の窓はその悉くが割られて道路に降り注ぐ。暗殺者の名が聞いて呆れるほど派手な解決だった。
少し間を置いて、ため息混じりの指示が聞こえた。
『作戦終了だ、撤退しろ』
「了解しました。武器商人は?」
『死体だけだ』
早くも遠くからサイレンの音が聞こえ始めた。なんだか骨折り損のような気持ちだが、ここに残っていても仕方がない。
そう思ったアヤメは足早にビルから離れ、再びバイクにまたがろうとしたところで、
「よーっす!」
「うぐっ!?」
バシーン、といい音がなるくらいに思いっきり背中を叩かれた。アヤメは渋々ヘルメットを脱いで振り返る。
「アーヤーメー!久しぶりじゃーん、元気してた?ってかこれDAのバイクじゃん!いーなー私なんか原付だよ!」
「…先輩、叩く必要ありましたか?普通に話しかけてください」
「いやぁ、久しく見てなかったからちょっとテンション上がっちゃってー。でも、スパイ活動にばっかかまけて私を寂しがらせたアヤメが悪いとも言える」
「言えませんし、スパイじゃないです」
そうやって勢いよく喋り続けながらもいまだに肩を叩き続ける現代最強と噂されるリコリス、錦木千束。
アヤメが千束のマシンガントークに押されていると、ふいに後ろからクラクションが鳴らされた。2人がその方向に顔を向けると、車窓から身を乗り出した若い女性、中原ミズキがこちらに手を振っていた。
「千束ー!と、あら?」
「あ、ミズキー!みてみてスパイ確保したー」
「あらー、スパイのアヤメちゃんじゃないの、久しぶりねぇ」
「お久しぶりです。スパイではないですが」
「最近全然見かけなかったけど、どこで暗躍してたの?」
「真っ当なリコリスのお仕事ですよ」
ふと、千束が手を打つ。
「そうだ!私達は今からリコリコに戻るけど、アヤメもどう?久々に顔見せにおいでよ。先生とも全然会ってないでしょ?」
「そうねぇ、ついでにちょっと働いていきなさいよ。常連さんたちも寂しがってたし」
「ああ……そういえば、1ヶ月は行ってませんでしたね」
アヤメは少し悩む素振りをみせたが、ほどなくして了承の意を伝えた。
「丁度いいか……じゃあ、今日は久しぶりにお邪魔させていただきます」
「ほんと!?後からやっぱりダメとかナシね!」
「はいはい、ほんとです。僕は嘘つきませんよ」
「いやそれが嘘だろ」
ミズキは胡散臭そうにアヤメを見た。
「とりあえず、バイク置いてきちゃいますね。他にも後片付けが色々あるので、それが終わったらそちらに向かいます」
「おっけー!じゃ、先に行って待ってるから!」
千束の言葉を背に受けながらアヤメはバイクに乗り込みエンジンをかけた。
「いらっしゃい。待っていたぞ、アヤメ。久しいな」
片付けを終えたアヤメが喫茶リコリコの扉を開けば見知った巨漢が出迎えてくれた。生まれはアフリカ系の人だと聞いているが、相変わらず不思議と着物がよく似合っている。
「ご無沙汰してます。ミカさん」
「調子はどうだ?」
「ぼちぼち、といっところです」
「無理はするなよ」
交わす言葉は少ないけれど、優しい気遣いが垣間見える。アヤメがそう感じていると、ここの常連さんたちからも声がかかる。
「おっ、しばらくぶりだねアヤメちゃん!元気にしてた?」
「アヤメちゃん、お久しぶり!」
「はい、元気にしてましたよ、米岡さん。伊藤さんもお久しぶりです。進捗どうですか?」
「か、開幕10割…!」
「明日が締切なんだとさ」
「ふーん、いつ完成するんです?」
「あ、明日中には絶対!たぶん、きっと……」
アヤメはデジャビュを感じた。伊藤は以前締切に追われていたときもそう言っていたし、なんならその前も似たようなことを言っていたはずだと。
「……あんまりひどいなら手伝いますよ」
「アヤメ神……!」
「ちなみに今日の僕はお団子の気分です」
「店長、お団子と煎茶のセット1つお願いっ!」
「まいどあり。アヤメ、服は出しておいたから着替えてくるといい」
「はい、ミカさん」
常連とのやり取りを切り上げてバックヤードに入ったアヤメを待ち受けていたのは、ふくれっ面の千束だった。
「おっそーい!この千束様を待たせるとは、貴様、太ぇやろーだな」
「お待たせ先輩。先輩と違って真面目に事後処理してるだけですよ」
「だぁれが片付けできない女だとぅ!?生意気な事を言う口はこうしてくれる〜!あはー、柔らかむにむにー♪」
「
千束はアヤメの両頬を掴むと上下左右に引っ張った。ひとしきり感触を楽しまれて頬が赤くなったアヤメはジトリと千束を睨みつける。
「じゃあ、また今度家のお片付けチェックしてさしあげましょうか?」
「家にくるの!?当然、お泊まりするよね!」
「そういう話じゃ……まあ、ちゃんと片付いてたらいいですよ」
「ヤッター!ちゃーんと片付けますとも」
「それ、今は片付いてないって事じゃないですか。ところで、ミズキさんは?」
「いま休憩、なんか合コンがどうのって電話してたよ」
「ミズキさん、行動力はあるんですけどね……」
ミズキは男日照りが続いているらしく出会いを求めて様々な事に手を出しているのだが、今のところ報われた試しは無い。アヤメにとって大変なお世話になった恩人なので、早く貰い手が見つかって欲しいものである。
話している間に仕事着に着替えたアヤメの後ろに回り込んだ千束は、彼女の髪に手を伸ばした。
「髪型いじっていい?」
「お任せします」
「ふっふっふー、千束先輩に任せんしゃーい」
アヤメは大人しく身を預け、しばらく手櫛の感触を心地よく感じていると、千束がさっきまでとは打って変わる落ち着いたトーンで語りかけてきた。
「ねえ、この1ヶ月、何してたの?」
「別に?いつも通りです」
「はい嘘ー」
千束はアヤメの言葉をあっさり切り捨てる。
「だって全然ウチ来なかったし。今までこんなに期間空いたこと無かったじゃん」
「あれ、千束先輩寂しかったんですか」
「ほんと生意気。歳下のくせに」
「おかわいいことですね。歳上のくせに」
「こいつー!」
「いたたた、ギブギブ」
千束は自分よりも一回り小さな体を後ろから強くしめあげた。しかし、少しすると力を緩めて優しく抱きつくような形になった。アヤメも抵抗することなく受け入れてじっとしていると、千束はその姿勢のまま囁いた。
「私はカワイイ後輩が全っ然来なくて寂しかった」
「ねえ、先輩。実は僕も寂しかったって言ったらどう思います?」
「えー?嘘っぽい」
「うわ、酷い先輩」
そうしてクスクス笑い合うと千束は体を離す。アヤメが鏡を見ると、いつの間にか髪は整えられていた。おどけた雰囲気に戻った千束はアヤメの両肩を叩く。
「よぅし、充電完了!気持ち切り替えて今日もお仕事頑張ろー!えいえい、おー!って、ちょいちょーい、合わせてくれないんかい!」
「いや、先輩がいきなり勝手にやっただけですよね」
そうして、バックヤードから出た2人はとっくに休憩時間を終えていたミズキから、遅い!と怒られるのであった。
*
人の営みの気配が感じられない路地裏の一角。そこでは拘束されたままの5人の男たちが1列の横並びに座らされていた。その周りを囲むのは銃を手にした屈強な男たち数人。男たちの前に差し出された端末からは軽薄そうな男の声が聞こえていた。
『下手なマネはするなよ?逆らう意思を見せれば体に穴が空いちゃうぜ。なあ、どうしてこんなことになってるか分かるか?』
「わ、わかんねぇよ!クソ、助けてくれたんじゃなかったのか!?」
拘束された男たちは今朝方、アヤメに打倒されたあの5人だった。あの後、突然に現れたこの男たちに半ば誘拐のような形で車に詰められ、気がつけばこうして路地裏に並ばされていた。囲まれて脅される理由が分からず、5人は恐怖と困惑に包まれていた。
『なんでか知りたいか?なら、この天才スーパーハカーのロボ太様が直々に教えやるからありがたーく思え。そら、僕が見つけたこの画像をよーく見てみろよ』
男の持つ端末の画面に、2人の男女の仲睦まじい自撮り画像が表示された。5人が顔を寄せあって画像を見て首を傾げていると画像を拡大され、その奥の廃ビルに取引現場が映っているのが確認できた。
「いや、待てよ!取引現場担当は俺らじゃなかっただろうが!これはここで張ってた奴のミスだ!」
『連帯責任ってしってる?いい言葉だよねぇ。ま、僕は大嫌いだけど』
その言葉を受けて、チンピラたちの中でリーダー役を担っていた男は我慢ならぬと端末ににじりよって叫び返した。
「巫山戯んな!こんなことさせられる義理はねぇぞ!仕事はこなしたんだから早く俺らを解放、」
発砲音が複数回、路地裏に響いた。
『は、ハハッ……!すげー、ほんとに殺しちまったよ……!』
「お、おい、亘理さん……!?嘘だろ!?」
亘理と呼ばれた男は頭から血を流し横たわる。既に物言わぬ骸と化していた。
『これで分かっただろ?お前らに選択肢なんてないってコトが』
「クソ!何すればいい!」
「おい!?」
『クライアント様からは明日の夜までにこの画像の持ち主を連れてこいとのご命令だ。ちゃんと画像も処理するんだぞ?それができなきゃ、そこの死体みたいになっちゃうかもな』
男たちはチンピラの拘束を解くと死体を回収して去っていった。
残された男たちは呆然と後に残された血痕を見つめていたが、しばらくして、1人が立ち上がると残りの3人の肩を叩いて路地裏から出るように促した。
「クソがよ……!なんで、こんな……」
「切り替えろ、おまえらも早く立て!時間はねぇぞ」
「でもよぉ!」
「何も出来なかったら、次こうなっちまうのは俺たち全員だ。いいから行くぞ」
男たちは一人を残して路地裏から出ていく。
残された一人はしばらく血痕を睨みつけていたが、それに向かってお辞儀するように頭を下げると3人を追いかけた。
*
喫茶リコリコでの仕事を終えてから本部に帰還したその日の夜、アヤメは司令の楠木に呼び出しを受けていた。内容はもちろん、今朝の銃取引の件についてだ。楠木は報告書に目を通しながら告げる。
「武器商人が取り扱っていた筈の千丁の銃は存在を確認できず、お前が捕らえていた男たち5人も姿を消した」
「何か手がかりは?」
「どちらも綺麗さっぱりだ。仲間には大層綺麗好きなやつがいるようだな」
楠木は椅子に座ったままアヤメの顔を冷たく見上げた。アヤメは素知らぬ顔で受け流す。
「この件について、上からはどのように」
「銃取引の件は未だ対応が決まっていないが、5人の行方について既に上層部からはお前ご指名の追撃任務が与えられている。特にお咎めはなしだ」
「格別のご配慮痛み入りますね」
「御託はいい。アヤメ、あの任務の後どこにいた?」
「DA支部の喫茶リコリコで情報交換に勤しんでおりました」
「……この一連の動きに意味はあるのか」
「明日の今頃には結果が出ているかと」
楠木とアヤメはしばらく視線をぶつけ合っていたが、先に目を逸らした楠木はため息をはいた。
「この件は任せる、やるなら上手くやれ」
「はい、謹んでお受けいたします」
「要件はそれだけだ。下がっていい」
失礼します、とお辞儀をしてアヤメが退室すると、廊下で腕組みして壁によりかかる春川フキと目が合った。
彼女は今日の任務でチームアルファの隊長を務めていたリコリスで、優秀な人材の集まる東京支部の中でも屈指の実力を誇るクラス1st。実力の面ではもちろん、ぶっきらぼうだが真面目で裏表のない性格もあって、リコリスたちの間では憧れの存在だ。
どうやら彼女はアヤメを待ち構えていたらしく、壁から背を離すと、アヤメの前方を立ち塞ぐようにして話しかけてきた。
「お前、この支部に戻ってきてたんだな」
「お久しぶりです。フキ先輩。ええ、つい先日」
「またコソコソスパイやってんのか」
「スパイじゃないです。なんで皆会う度に同じこと言うんでしょうか」
「他にどう形容すんだよ、お前の仕事を。それより、お前に聞きたいことがある」
フキはアヤメに額が触れそうなほど詰め寄り、アヤメを睨みつけた。
「ハッキングの件。お前が関係してんのか」
「いいえ。あれは僕にとっても想定外のことでした。情報局の人間としてお詫びします」
「……ちっ!まあいい。疑って悪かったな」
彼女は気がすんだのか、アヤメの体を軽く押しのけるようにして離れると、横を通り過ぎていこうとする。
「そういえば、例の機銃掃射したリコリスのこと殴ったと聞きましたよ」
「ああ?危うくエリカが死ぬとこだったんだぞ。それなのに、「生きてますよね?」なんて言われて黙ってられるか」
仲間思いのフキらしい。それで拳が出てしまう所も含めて。恐らく似せるつもりもない悪意のあるモノマネをしているフキに、アヤメはそれでも、と言葉をかける。
「それでもリコリスとはいえ、女の子の顔に私情の拳は不味くないですか。後できっと面倒なことになるから謝った方がいいと思います」
「ハッ!あいつが先に謝ったら考えてやるよ」
フキはその忠告を鼻で笑うと、アヤメに背を向け執務室へ向かっていった。
*
アヤメが退室した後、隣に立つ秘書は楠木に疑問をぶつけた。
「一初アヤメ、彼女はいったい?」
楠木は引き出しにしまわれたファイルの中から彼女のプロフィールを取り出して秘書に手渡した。
「これは……所属部署が情報局?なぜ、情報局にリコリスがいるのでしょう」
「厳密にはDAの諜報機関に所属するリコリスだ」
楠木から告げられた内容に秘書は思わず目を見開いた。
「諜報機関のリコリス!?」
「元々戸籍が存在しないのがリコリスだ、そういう使い方もある」
「なるほど……。しかし、今日の作戦後といい、リコリスにしては随分自由に動いていますね」
「アヤメは上層部子飼いのエージェントだ。作戦行動中は基本的に私の指示に従うが、諜報・工作目的での行動が優先的に許可されている。作戦後の単独行動もその一環ということになるだろう」
いかなDAとはいえ、巨大な規模の組織ともなれば一枚岩とはいかない。特に現場と上層部には溝があると、楠木はそう感じている。秘書もそうなのだろう。それを聞くと訝しげな表情を浮かべていた。
「……信用出来るのでしょうか」
「完全に信用することはできない。だが、数年もの間に誰からも消されることなく、我々の監視の目さえもを欺く技術がある。下手に刺激して完全に敵に回られてるくらいなら、お互い利用しあうくらいが丁度いい」
あの楠木司令がわずか15歳の少女相手にそこまで言うのか、と秘書はゴクリと息を呑んだ。それを見た楠木は薄く笑う。
「まあ、やつのことを信じろとは言わないが、そんなに心配しなくともいい」
「えっ?それはどういう、」
そのタイミングでノックの音を聞いた楠木は秘書を手で制すると、扉の向こうのフキに部屋へ入るように促すのであった。
*
自室に帰り着いたアヤメは椅子に座って己の端末のデータを確認していた。事件の関係者やリコリスの個人情報、事件現場周辺の地図情報、とある男女の自撮り画像、警察の内部情報、各DA支部の任務状況。様々な情報を頭に叩き込んでいく。
アヤメは片手で梟を模したペンダントを弄りながら、その情報をもとに一人黙々と計略を巡らせた。