翌日の夜、ハッキング事件についての緊急会議や意見交換、設備調査の立会などで一日中忙しく動き回っていた楠木の手にあったのは、上層部からの指示書だった。内容は、機銃掃射を敢行したリコリスの転属命令だ。
秘書は楠木に尋ねた。
「昨日、アヤメが「明日にはわかります」と言っていましたが」
「これだけでわかるなら名探偵だ」
あのガキ、と独り言つ楠木を見て、秘書は口の悪い司令もかっこいいかもと思った。楠木も秘書もそんな状態になってしまうくらいには疲れていたのだった。
*
明くる日、転属命令を受けた件のリコリス、井ノ上たきなは、その日のうちに異動先のDAの支部だとされる喫茶店《喫茶リコリコ》まで訪れていた。支部の管理者のミカと元DA情報部のミズキ、2人との挨拶を済ませたところで店内に入ってきた騒がしい少女を眺めているとミカの口から予想外の名前が出た。
「昨日話しただろ、千束。今日からお互い相棒だ。仲良くしろよ」
この人が最強のリコリスの千束!?という驚きでばっとミカの方を振り返ったたきなはその一瞬目を逸らした間に千束に詰め寄られ手をとられる。両手を握った千束は喜びを全面にだして、顔も体も寄せながらたきなを質問責めにした。
「よろしくあいぼーう!千束でーっす!」
「井ノ上たきなです」
「たきなー!初めましてよね?」
「は、はい。去年、京都から転属に」
「ほー!転属組……!優秀なのね、歳は?」
「16です」
「私がひとつお姉ちゃんかー!でも〈さん〉は要らないからね、ち・さ・と、でおっけー♪」
「はぁ……」
たきなは千束の勢いにすっかり圧倒された。
そこまで言って、やっと体を離した千束は銃を撃つ真似をする。
「この前のあれ、すごかったねー!その顔は、名誉の負傷?」
「いえ……」
顔の湿布について触れられたたきなは目を逸らす。
「だからって、殴らなくたっていいでしょ!……は?当然?司令司令って、ちょっとは自分で考えなさいよ!」
たきなの腫れた頬の理由を聞いて怒った千束は直ぐにフキに電話を掛け文句を言い始めた。たきながヒートアップしている千束の後ろ姿を呆然と眺めていると、横からミカが声をかけた。
「想像と違ったか?」
「いえ……」
失礼のないようにそう口にするが、たしかにたきなの想像とは全く違っていた。この人と一緒に働いていて本部に戻れるのか、一抹の不安を感じ始めている。
うっせぇアホ!と捨て台詞を吐き、受話器を叩きつけた千束はたきなの方へ振りかえり元気よく声をかける。
「よーし!早速仕事に行こうたきなー!」
「はい!」
「あ、先生のコーヒー飲んでからでいいよ、先生のコーヒーすっごく美味しいから。その間に私、着替えてくるから」
千束がバックヤードに入っていくのを見てたきなは大人しく座る。が、すぐに戻ってきた千束に名前を呼ばれてまた立ち上がった。
「あ゛ーーたきな!」
「はい!」
「……リコリコへようこそー♪」
ウヒヒ、と満面の笑みを浮かべて、千束は上機嫌に去って行った。
忙しない人だ、そう思いながら着席したたきなは大人しくコーヒーを頂くことにする。たきなにコーヒーの善し悪しは分からなかったが、たしかに飲みやすいコーヒーだった。
ミカは騒がしい千束と静かなたきなという対照的な2人の姿を見て、こういうのが案外いいコンビになったりするもんだと、ひっそり笑みを浮かべた。
準備を終えたたきなと千束が仕事に出て少し後、店の電話が鳴った。ミカがとった電話の相手は楠木だった。
『ミカ。楠木です。今、仕事の話をしても?』
「ああ、今日も閑古鳥が鳴いてるからな、問題ない。話っていうと、例のアレか?」
『先日の銃取引の件です』
そして、語られるのは千丁の銃が消えた、という不穏な内容だった。
同時刻、たきなからそれを聞かされた千束は口をポカンと開けていた。
「ちょ、いやいや、商人がいたでしょ!?話は聞き出せなかったの?」
「……商人は私が殺してしまいましたから」
「あ、あー……なる、ほど」
そういえば、それで左遷、基、異動されてしまったのだった。気まずい千束が目を泳がせていると、アヤメが正面から歩いてくることに気づいた。相手もそれに気づいたのかこちらへ声をかけにやってくる。
「こんにちは、千束先輩。こんなところで奇遇ですね。今から仕事ですか」
「よう、後輩!そう!相棒との初仕事でーす!こちら、相棒のたきな」
「井ノ上たきなです。本部からこちらに転属になりました」
たきなの差し出した手を掴むと、アヤメは笑みを浮かべて挨拶を返した。
「ああ、貴方が噂の機銃掃射のリコリスですか。僕は一初アヤメです。よろしく、たきな先輩」
含みのある言い回しに怒った千束が後輩を叩く。
「黙れ
「寝言は寝てから言って貰えます?」
「なんだコヤツ!かわいくねー!」
「アイタタタ、ギブですギブです……!」
「私、離れてて良いですか。あなたがたと一緒に見られると恥ずかしいので」
千束に懲らしめられたアヤメは、よれた服を直しながらたきなに謝罪した。
「不快な思いをさせて、すみませんでした」
「いえ、撃ったことは事実なので」
「今度何かお詫びします。では、先を急ぐので失礼します」
「私のバディに失礼したんだから、今度私にも詫びよろしくー」
「前向きに検討して善処します」
「それ絶対やらないやつじゃん。……行こうたきな」
「はい」
足早に去っていくアヤメの背中に文句を言うと、千束とたきなも仕事に向かった。
その後、たきなが千束と回ったのは保育園、日本語学校、ヤクザの事務所。一切の共通点が見えず、リコリスとは全く関係のない仕事ばかり。疑問に思ったたきなは千束に仕事の内容を尋ねた。
「うーん……改めて言われると分かんないなぁ」
2人は説明の時間を設け、公園のベンチに並んで座る。千束はしばらく悩んでいたが、考えがまとまったのか飲んでいたジュースをポンと叩いて答えた。
「困っている人を助ける仕事だよ!」
それは国家秘密組織のリコリスのやることではないだろうと、たきなは納得が行かなかったが、これもその支部の仕事かと渋々受け入れた。
次に2人が訪れたのは警察署。今回の依頼人の刑事と挨拶をする。
「こちらが新人の井ノ上たきなさん」
「いやァ、またリコリコに行く楽しみが増えちゃったなァ」
「お店の常連さんなの」
「どうも、警視庁の阿部です」
「初めまして、井ノ上たきなです」
「ちょっと、ここで話すのもなんだからこっちに」
そう言って阿部は2人をロビーの端まで誘導する。そこで阿部は1枚の写真を取り出して2人に渡した。裏には名前の《篠原沙保里》と書かれている。
話を聞くとどうやら彼女はストーカー被害に悩まされているらしく、今回は彼女の護衛兼相談役ということで呼ばれたようだ。
「君たちにこんなことを頼むのは申し訳ないんだけど、警察はこういうのに動きが鈍くてね。よろしく頼むよ、バイト代は弾むから」
「ほんと!?頑張りまぁす!」
「ああ、そうそう。アヤメちゃんにもよろしくね」
「アヤメ?」
「彼女、何か用事があったみたいで。さっきここですれ違ったんだけど、声をかける前に出てっちゃったんだ。なんだかとても忙しそうだったよ」
警察署を出てすぐ、たきなは千束に疑問をぶつけた。
「やっぱり、変ですよ」
「ん?ああ、アヤメのこと?」
「今の私たちが言えた事ではありませんが、通常、リコリスが警察署に出入りすることなど有り得ません。彼女も千束のような変な仕事をしてるんですか?」
「んー。まあ、あの子、DAのスパイだからね」
「え、スパイなんですか!?」
たきなは心做しか目を輝かせて食いついた。
「ちょ、ちょおちょちょちょ、落ち着いて落ち着いて。なんか私の話の時より食いつき良くない?」
たきなを押し戻した千束は、本人は否定するんだけどね、と続けた。
「私達も言っちゃあスパイみたいなもんだけど、あの子はそれより、えーっと、ち、諜報?向きというか、潜入任務みたいのしてるみたいなんだ」
「リコリスなのに、ですか?」
「そう、リコリスなのに。だから今日も多分そのスパイとして動いてたんだと思うよ」
なるほど、そこでたきなは新たな疑問に気づいた。
「千束は何故それを知っているんですか?」
「ああ、ミズキが教えてくれた」
「情報管理の意識が低いですね……」
沙保里との待ち合わせ場所の喫茶店に入った2人。待っている間に、たきなはこの支部で活躍して評価を上げて早く本部に戻りたい旨を千束に伝えた。自分が起こした騒動も本意ではなかったと。それを聞いた千束はたきなにひとつ指摘する。
「騒動になんてなってないよ、多分ね。そういうのは全部組織が揉み消しちゃう」
「あっ……」
「事件は事故になるし、悲劇は美談になる。今回の事件も、きっと表向きには別のことになってるよ」
窓の外を見つめる千束に釣られて、たきなも同じ方向を見た。窓の向こうには現在はかつての大事件の舞台であった電波塔が見えた。
「最後の大事件も、いまや平和のシンボル。今日アヤメが動いてたのも、もしかしたらそのためだったのかもね」
リコリスの行いは表沙汰にはならない。たきなは改めてその現実を突きつけられると、どこか虚しく感じた。
「でしたら、私は何をしたのでしょうか……」
「なーに言ってんの!仲間を救った。カッコイイって!」
千束は元気づけるようにたきなに言った。
「決めた!私もたきながDAに戻れるように協力するよ!」
それにたきなが言葉を返すより早く、沙保里の来店に気づいた千束が彼女を呼んだことで話題は流れた。
軽く自己紹介を終えたあと、沙保里から話される被害の内容は概ね阿部から聞いた話と一致していた。しかし、その中でまた彼女の名前が出てきたことに2人は驚いた。
「でも、アヤメちゃんには感謝しないと」
「え、アヤメ?」
「あれ、もしかして知り合いだった?あの子がストーカーかもしれない人がいるって教えて警察まで案内してくれたの。アタシも、アタシの彼もSNSで変なのに粘着されてるだけだと思ってたから、教えてくれなきゃ気づけなかったよ。知り合いならあなた達からお礼を伝えて貰えないかしら?連絡先聞きそびれちゃったからお礼も言えなくって」
「あ、はい!今度あったら伝えておきますねー!」
たきなは千束に囁いた。
「……何か行く先々で名前が出て来るんですけど……」
「……だいじょぶだよ。いつもこんな感じだから……」
「……感覚が麻痺しているのではないですか……?」
「ん?どうかしたの?」
「い、いえー、なにもー?」
そして、2人はストーカーが始まる原因となった自撮り写真を見る。その背景にはたきなの機銃掃射の3時間前、銃取引現場が行われている決定的証拠が映っていた。
思わず千束はコーヒーを吹き出した。
「ゴホッゴホッ……、こ、この写真って貰えます?」
「え、良いよ、ちょっと待ってね」
沙保里がスマホの画面を見ている間に千束がたきなを肩でついた。
「……取引の現場映っちゃってんじゃん……!」
たきなも負けじと肩で押し返す。
「……知らないですよ……!」
「……銃は消えたんじゃなくて、とっくに引き渡されてたんだよ……!」
「……その相手が写真をSNSで見て……!」
千束は頭を抱えて嘆いた。
「……メチャヤバなのに狙われてるよ、沙保里さん……!」
*
同時刻、アヤメは自分の持つセーフハウスのひとつで制服を脱いで別の服へと着替えていた。耳には無線イヤホンがはまっており、着替えながら何かを聞いているのがわかる。
(事件は事故に、悲劇は美談に、か……)
アヤメは帽子を被り、マスクをつけるとセーフハウスを出た。
*
喫茶店で話を聞いた帰り道。護衛も兼ねてパジャマパーティーを提案した千束がお泊まりセットを取りに行く間に、追っ手の存在に気づいたたきなは沙保里を囮にして彼らをおびき出すことに成功した。
彼らが沙保里を車の中に引きずり込み、逃げ出そうとしたところで、前に回り込んで道を塞ぎ発砲した。運転手の肩と車のライトとタイヤに穴をあけると、威嚇射撃を続けながら脅迫する。
「取引した銃の所在を言いなさい!」
男たちは身を丸めて銃弾を何とか避けようとする。
「滅茶苦茶撃ってくるぞ!?」
「なんで取引のこと知ってんだ!?」
「武器商人を皆殺しにした奴らじゃないすか!?」
「なんなんだよ……!」
マガジンが空になるまで打ち続けたたきなは更なる銃撃を加えるために新しくマガジンを装填しなおす。そのとき横からの気配を感じて銃をそちらに向けようとすると、その気配の主であった千束に銃を抑え込まれ、近くの曲がり角まで無理やり運ばれた。
「何、し、て、ん、のー!」
「尾行されてたのでおびき出しました。彼らが銃の所在を」「ちょーちょちょちょ!沙保里さんは!?」
「車の中です」
「護衛対象囮にしたの!?」
千束は仰天した。たきなは男たちの目的が画像データであり、沙保里を殺す意図はないはずだというが、そういう問題ではない。
「人質になっちゃうでしょ!?」
「この女がどうなってもいいのかー!!?」
ああ、やっぱりそうなってしまった。千束は頭を抱える。たきなは不満も隠さずに千束が来なければ今頃射殺し終えていたという。
「命大事にだってば。射撃に自信あるなら、7時方向のこっち見てるドローン撃ってくれる?」
音出してね。そう言われて、たきなは初めてドローンの存在を知った。指示された方向を見れば、上空に浮かぶドローンが確かに確認できる。サプレッサーを取り外したたきなは素早く振り返るとドローンを一撃で撃ち落とした。
一方、発砲音と同時に曲がり角から飛び出した千束は、音に驚き身を伏せた男たちとの距離を一瞬で詰める。男が再び顔をあげると千束が目の前に立っていた。
「やあ。取引したいんだって」
「うわあああ!?」
驚いた男の至近距離での発砲を避けた千束は、男が遮蔽にしていた車のドアを蹴り飛ばして男にぶつける。尻もちを着いた男にドア越しの射撃を数発叩き込み、最後に直接トドメの1発。瞬く間の出来事にたきなはただ呆然としていたが、気を取り直してフォローのために自身も車に近寄った。
千束は次の2人も銃撃を交わしながら打ち倒し、気絶した男たちを捕縛用のワイヤーガンで拘束する。
そこでたきなは男たちが血を流していないことに気がつき、銃撃痕を確認する。
「非殺傷弾……?」
「たきなー!沙保里さんをー!」
そう言いながら、血を流していた運転手の治療をしている千束を見て、たきなは千束に聞いた。
「命大事にって、敵もですか!?」
「そう、敵も!」
最初に倒した男が起き上がって射撃するが、それも素早く回避した千束に頭を撃ち返されて昏倒した。
あまりに鮮やかな制圧を成し遂げた千束はなんでもないような顔をして電話をかけ始める。相手は事件現場専門の掃除屋、クリーナーだった。
「クリーナーお願い。LC2808……ワンボックス……4人……はい。んん?1人いるけど元気そう……はーい。んじゃあ、よろしくお願いしまーす」
程なくして男たちは千束が呼んだクリーナーたちに改めて拘束を施され、車に押し込められた。気絶した3人が荷物スペースに、実弾で撃たれて血を流している1人が助手席に載せられ、きっちりシートベルトで固定される。
千束はクリーナーと引き継ぎを終えると、たきなと2人で沙保里を支えて歩き去っていった。
クリーナー達が車に乗りこみ、最後に小柄な女が運転席に乗り込むとマスクを少し下げて電話をかけ始めた。
助手席に乗せられた男は痛みにぼやけた頭でそれを眺めていたが、その女の第一声を聞いて一気に目が覚めた。
「もしもし、
「は?」
何故、クリーナーがクリーナーに電話をかけているんだ。困惑する男はさらなる違和感に気づいた。さっきクリーナーを呼んだ少女とまるきり声が一緒だと。
「LC2808……ワンボックス……ううん、人はいない……はーい。んじゃあ、よろしくお願いしまーす」
混乱している間に通話は終わってしまった。男は得体の知れない恐ろしさを感じながらも女に尋ねた。
「お前、なんなんだよ、クリーナーってやつじゃないのかよ、なんでお前がクリーナーを呼ぶんだよ…?」
「わかりませんか?」
女の声が変わった。それも男の記憶に新しい声だった。通話の際にマスクを下ろした顔がこちらへ向けられたとき、男は息を呑んだ。
「どうも、この間ぶりですね」
街頭の明かりにうっすらと照らされたその顔はつい先日戦ったばかりの相手、一初アヤメのものだった。
「お、俺らを殺しに来たのか!?ぐ、クソッ!」
痛む体を無視してどうにか逃げ出そうと暴れるが、拘束された体ではうまく動けない。それでも、身を捩っているとこめかみに銃を突きつけられる。
「ヒッ」
「動かないで、叫ばないで。この車はちょっと特殊な車ですから、どれだけ物音をたててもどうせ外には聞こえませんよ。たとえ銃声でもね」
すっかり心が折れてしまった男は命乞いすら諦め、死の懇願をした。
「殺すなら、一思いにやってくれ……!」
「一思いに、ね。まあ役目は終えてますから、いいですよ」
車内が複数回のマズルフラッシュで瞬いた。
拳銃をしまったアヤメはその手で先程とは別の端末を取り出して、通話を始めた。
「殺害完了しました。……ええ、回収したものは本部に。そちらは……ええ、分かりました。処理は……はい、ではクリーナーに。では、後ほど」
そして、通話を終了したアヤメが男の口から手を離す。
男は詰まっていた息を吐き出した。
「く、空砲……?な、なんで、」
「僕は嘘つきなんです。ごめんなさい、ビックリしちゃったでしょう?」
そう言うと、アヤメはシートベルトを締めて、車を発進させた。
「空砲を撃ったのはさっきまで外から見られてたからです。どこの監視の目かまでは分かりませんが、貴方達が始末されるかどうか確認しようとしたのでしょう」
「し、始末?」
「ええ、あなたたち大変だったんですよ。僕の組織も貴方の組織もあなた達を殺しに来ていたんですから」
「そ、そんな……」
それは、この誘拐の成否がどうあれ、男たちが死んでいたということではないか。男はショックに項垂れる。
「じゃ、じゃあ、なんであんたは俺たちを助けてくれるんだ。お前も殺せって言われてるんだろ?」
「あー、さっきあなた達をボコボコにした人、赤い服を来てた方です」
アヤメはチラと、横目で男を見る。妖しげな笑みを浮かべた彼女はこう続けた。
「あの人のためって言ったら、どう思います?」
「いや嘘だろ」
あまりの胡散臭さに、男はほぼ条件反射でツッこんでしまった。後ろに乗る男たちの吹き出す音が聞こえた。
「じゃあ、貴方を死ぬまで都合のいい駒として扱うためということにします」
「わ、悪かった」
やがて目的地にたどり着いたのか車が止まると、車外をサングラスをかけた黒服の男たちが囲んだ。
「大人の男性4人、怪我してるから慎重にお願いします」
「あいよ。アンタはどうするんだ」
「待たせてる人がいるので」
男たちが車から降ろされたことを確認すると、用意されていた別の車に乗り換えてアヤメは去っていく。
それを見送った黒服の1人が男に話しかけてきた。
「アンタたち、アンラッキーだな。アイツに捕まっちまうなんてよ」
「なあ、ここはいったい」
「なんだ、聞いてないのか。アイツ説明投げやがったな?」
黒服は面倒くさそうに頭をかいた。
もしかして本当に都合のいい駒にされてしまうのだろうか、と暗い顔をした男は黒服にバシバシ叩かれた。
「そんな心配すんなって!」
「いっでぇなクソ!よく見ろそこは怪我してんだ!」
「ああ、悪い。まずは治療だったな。ともかく安心しろよ、思ってるほど悪い話じゃない。詳しい話は後でしよう」
男4人は黒服たちに担架に乗せられ、古びた集合住宅の様な建物に運ばれていった。
*
「それで、結局今日の夜になったわけか」
楠木は提出された証拠を秘書に渡すと、アヤメをジロリと睨みつける。
「「明日の今頃」とはなんだったんだ」
「あれ、そんなこと言いましたっけ」
アヤメは笑顔で誤魔化そうするが、楠木に黙殺された。アヤメは項垂れて白状する。
「高レベルなハッカーが別にもう1人いたのはあの時点では想定外だったんですよ。気づいてからは慎重にならざるを得ませんでした」
「そのもう1人が《ロボ太》か。聞いたこともない名だが、腕はどうなんだ」
「現時点で名前がわかったこと以外に足がついてないのがその証明でしょう」
楠木は静かに唸る。
「天才の影に隠れた才能か、厄介だな。ウォールナット共々、見つけ次第殺せ」
「了解しました。僕からの報告は以上になります」
「そうか、ご苦労だったな。下がっていい」
そして、アヤメが出ていくのを見て楠木は呟く。
「全く、千束といいアヤメといい。困ったヤツらだ」
*
その翌日、日が暮れた後になってアヤメは喫茶リコリコを訪れたのだが、挨拶する前に千束に裸絞めにされた。
「容疑者確保ー!」
「ぐえー!」
「ネタは上がってんだ!キリキリ白状せい!」
「な、なんの話ですか……取り調べならカツ丼を要求します」
「おはぎと茶ならあるぞ」
「お願いします」
「まいど。千束、離してやれ」
「はーい」
じゃれ合いを終えて開放されたアヤメはカウンター席に腰掛ける。
千束はそれでも追及を続けるつもりなのか、アヤメの隣に座ると肘を着いて問いかけた。
「で、沙保里さんの件、アンタが黒幕?」
「あー、なんだその件ですか」
「なにその返事、他にも余罪があるな?」
千束が胡乱げな目で見つめるが、アヤメは無視して先の質問に答えた。
「まあ、沙保里さんの件を千束先輩達が解決するように仕向けたという意味では黒幕ですね」
「やっぱり!これは暗躍の罰として、色々詫び入れてもらわないといけませんなぁ」
「そうよ!この事件のせいで千束は無駄に金のかかるクリーナー使うし、アタシは合コンに行けなかったんだから!責任取って埋め合わせしなさい!」
「じゃあ、千束先輩とは代わりのお泊まり会しますし、ミズキさんには今度合コンのセッティングしてあげますから」
「よっしゃ!言ってみるもんね!」
「やたっ!ねえ、たきなはー?なんかないのー!」
いつの間にか現れたミズキと2人でアヤメに詰め寄りながら千束がバックヤードに向かって呼びかけると、既に制服に着替えたたきなが勢いよく戸を開けた。
「ではDAへの復帰を!」「あ、それはむりです」
心做しか気落ちしたたきなを見て、アヤメはでも、と続けた。
「本部への貢献度の高そうな任務を斡旋することはできます。どうです?やりますか」「やります!」
「おお、食い気味……」
「お待ちどお」
おはぎと煎茶を持ってきたミカはアヤメに向かって、俺には何も無いのか?とニヤリと笑った。
「ミカさんも!?」
「ここの管理者だぞ?当然その権利はあるだろ」
アヤメはすっかり困って唸りをあげる。千束はそんなアヤメの姿を見て楽しそうに笑うのであった。
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