翌日、千束は寝坊した。前日の夜のうちに明日は緊急の仕事があるとミカから連絡を受けていたのにも関わらず、たきなに見て欲しい映画を選別していたら夜遅くに寝落ちしてしまったのだ。
「やばばばばば!服、鞄!あとはDVD!」
もともと散らかっていた部屋を更に散らかしながらも、必要なものを揃えて部屋を出る。急いだ甲斐もあり、予定していた時間ギリギリに店に辿り着いた。
「せんせー!千束が来ましたー!」
そう言いながら入口の扉を開けると、カウンター席には吉松が座っていた。
「おー!ヨシさんいらっしゃーい。1月ぶりじゃないですか?」
「ああ、千束ちゃん。覚えていてくれたんだね」
「なんたって、たきなの最初のお客さんだもん!それに、あれだけ一緒に遊んだ仲じゃあありませんか〜」
「そうだったね、あれはとても楽しかった。機会があればまた参加させてもらいたいものだ」
ボードゲームで遊んだ事をを思い返して、吉松は穏やかな笑みを浮かべる。ミカも楽しげな吉松を見て静かに笑った。
「ねえ、今度はどの国に行ってたの?」
千束は海外の事に興味津々で、吉松が来る度に国外の話を強請っていた。吉松もつい構ってあげたくなって長話をするものだから、仕事しろ、と千束がミズキに怒られることもしばしば。
千束は吉松が答えを言う前に、思いつく国を当てずっぽうで上げていく。
「アメリカ、ヨーロッパ?あ、中国でしょ?」
「ざーんねん、ロシアだよ。はい、お土産」
「えー、何これー!」
ロシアの民芸品クローチカを見せられた千束は目を輝かせた。クローチカを受け取って振ってみたり、ひっくり返してみたりする千束を見て満足した吉松は時間を確認すると席を立った。
「悪いけど、そろそろ出るよ。また来る」
「お土産ありがとうございました〜!」
店を去る吉松の背中にクローチカを振っていた千束だったが、扉が閉まるとすぐに装備品のチェックを始めた。銃に弾を込めながらミカに任務の状況を確認する。
「で、どれくらい急ぎ?」
「現在、武装集団に追われている」
「わーお、それは大変。あ、たきなおはよう」
「おはようございます」
千束はバックヤードから出てきたたきなに挨拶すると、カウンターに置いてある紙袋を指し示した。中には夜な夜な選び抜いたオススメの映画のDVDが入っている。
「それ、昨日話してたブツ。帰りに持って帰ってねー」
たきなは興味が薄そうにチラリと一瞥だけして、ミカの説明に耳を傾けた。
「ミズキは既に逃走経路の確保に動いている」
「ミズキが?いつになく張り切ってんじゃん」
「報酬は相場の3倍、しかも一括前払いだ」
「あはー、通りで……」
千束は思わず半目になった。お金の使い道を考えて小躍りでもしているミズキの姿が目に浮かぶようだ。
「敵は5人から10人、プロよりのアマだ。ライフルも確認できている。注意しろよ」
「はーい。行こ、たきな」
準備を終えた千束はたきなを促すと店を出発した。
2人が出ていくのを見送ったミカの横にはどこから現れたのかアヤメが立っていた。
「……ライフルも確認って、ちょっと露骨過ぎじゃないですか?」
「そうか?だが、嘘でもないからな。あの2人相手ならバレやしないだろう」
「それもそうですね」
アヤメからの指摘に肩を竦めて、ミカはカウンターの下から荷物を引っ張り出して担いだ。荷物の中身はミカの愛用するスナイパーライフルが入っている。
「使わないに越したことはないんだがな」
「そうですね。大爆発も見てみたいですし」
「……爆発させるのは大袈裟すぎたかもしれんな」
ノリで立ててしまった爆発の計画をちょびっと後悔するミカだった。
2人は作戦のためにリコリコを出る。扉には臨時休業の張り紙が貼られていた。
リコリコを出た2人はミカの運転する車で移動しながら、ウォールナットから送られてくるデータを確認する。
敵の追手が少々しつこい様だが、今のところは特に大きな問題もなく順調に進んでいるようだ。せいぜい用意していたスーパーカーが無駄になりそうなくらいだろうか。
「あの車をただの置物にするのも勿体ない話ですね。千束先輩なんかは乗りたいって騒ぎそうですけど」
「今回は我慢してもらおう。それに、あの2人に運転させる方が危ない」
「うーん……」
アヤメは2人の運転の様子を想像してみた。
楽しそうにドリフト走行やら片輪走行などの曲芸を披露する千束。寄ってきた相手を引き離すために
容易に想像出来てしまった光景から目を逸らす。
「……ハリウッドなら活躍出来そうなんですけどね」
「派手な爆発シーンには似合いだが、依頼人が無事じゃすまなそうだな」
ミカの意見にアヤメは頷く。あの2人はそもそも護衛向きじゃないのだから、不安要素は増やさない方がいいだろう。
そう思いながら端末を見ていたアヤメは、千束たちとウォールナットたちが合流したことを確認した。そして、彼女らの進行方向を見てミカに報告する。
「ミカさん、作戦パターン2になりそうです」
「やれやれ、狙撃も爆発もまだ可能性ありか……」
作戦内容を思い返すミカは、ボヤきながら目的地まで車を走らせた。
*
一方で、颯爽とスーパーカーで迎えに行くはずが、乗用車で颯爽と現れたリスの着ぐるみを着たウォールナットに逆に迎えられることになった千束とたきなの2人。
追手も撒いて、あとは空港へ向かうのみと思っていた所で、ロボ太のハッキングを受けて車のコントロールを奪われ、海まで真っ直ぐに突っ込む危機に見舞われていた。
『ロボ太のやつ、腕を上げたな……』
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「車のコントロールを奪い返すことは出来ないんですか?」
『あともう少しで出来る。だが、そうしたところですぐにまたジャックされるぞ』
何か解決策はないかと、話を聞きながらたきなは辺りに目を向けると、バックミラーに映る、こちらを追跡するドローンを見つけた。盗聴されている可能性も視野に入れて、隣に座る千束にそっと耳打ちする。
「……千束さん、あれ……」
「……ん?あー。ありゃ自信ないよ。たきなお願いね……」
2人は見られないように武器を構える。そして、ウォールナットが車のコントロールを奪う瞬間に動き出した。
千束が窓ガラスを複数回撃ち抜き、脆くなったその窓からたきなが半身を乗り出すような形で銃を構えた。コントロールを取り戻したばかりの車は大きく跳ね上がるが、たきなの姿勢は全く崩れることはなく、綺麗な姿勢を保ったまま瞬時に3回射撃する。驚くことに3発の弾丸全てがドローンを捉え、見事にドローンを撃ち落とした。
身体が飛び出たままのたきなを千束が車内に引き戻した直後に、浮いていた車は地面に着地。目前の海を避けるためにドリフトしながら急ブレーキをかけ、車は横向きに滑っていく。そして、車体が左半分ほど港からはみ出て、落ちそうなほど傾いたところでギリギリ停止した。
ホッと息をついた一同。
「いやぁ〜、ウォールナットさんってハッキングも凄いけど、車の運転も上手いんだねぇ」
『そ、そんなことはいいから、スーツケースを〜……』
今にも落ちそうな車からウォールナットと、ウォールナットの全てが詰まっているというスーツケースを下ろし、最後に千束が車から飛び出ると車は反動で傾き海に落下した。
辺りを警戒した千束は遠くからこちらを見つめる追手らしき人物を見つけた。彼らが車に乗り込むのを見て千束は2人を促した。
「とりあえず、場所変えましょっか」
近場に会ったスーパーの跡地に入った3人。ミカに車が使えなくなったことを相談すると、ミカに車を回してもらうことになった。
「うん、お願い。……たきな、先生迎えに来てくれるって」
「では、移動しましょうか」
一箇所に留まり続けるのは良くないと考えて移動を開始した瞬間に、それを待ち構えていたかのごとく棚の奥から飛び出した2人の傭兵が横合いから小銃で射撃してきた。
「な、!?」
驚いたたきなは咄嗟にウォールナットのスーツケースを盾にして弾丸をやり過ごす。銃を抜いて仰向けに転がり、射撃の隙を縫うようにスーツケースの横から顔を出して撃ち返していると、ウォールナットの悲鳴が上がる。ウォールナットが引き返そうとするのを見て千束も慌てて止める。
『や、やめろー!!大事なものだって言っただろー!!』
「ちょ、ダメですってば!?たきなー!それ盾にしちゃダメみたい!」
「無茶言わないでください!」
そう言い合いつつも千束は棚に足をかけて跳び上がり、宙に躍り出た。そうやって2人の男への横からの射線を確保すると弾丸を浴びせた。防弾のベストがあっても、衝撃は殺しきれないようで、痛みに膝を着いた男に近づきながら追撃を与えて反撃の意思を刈り取る。痛みに呻きながら転がる男たちを置いて、千束は経路確保のために1人廊下へ出た。
そこでも待ち構えていた男が牽制の射撃をしながら手榴弾のピンを抜くのを確認した千束は素早く接近する。手刀で手榴弾をたたき落とし、近くの部屋の中に蹴り入れ扉を閉める。あまりの早業に驚いた男が動揺している間に男の足を刈り、扉に向かって投げ飛ばした。
「はい、残・念!」
「ごっ、がはぁっ!」
爆発した手榴弾に吹き飛ばされた扉に巻き込まれ、男は壁に叩きつけられて気絶した。
そのときウォールナットを連れて廊下に出てきたたきなが千束の方を見ると、千束の背後に銃を構えた男が立っている姿を見てしまった。咄嗟にウォールナットの身体を止めて自分も部屋の中に戻ろうと1歩下がった。しかし、千束の近くに遮蔽はない。まずい、と思ったたきなだったが、次に見せられた光景に目を疑うことになった。
たきなの動きを見て、背後の男に気づいた千束は振り返る。それとほぼ同時に始まる小銃による射撃。だが、その弾丸が千束を捉えることは無かった。ゆっくりと左右に歩く千束の周りをなぞるように弾丸が通り抜けていき、身体に掠りもしない。
千束は銃を構えて近づいていく、男は必死に撃ち続けるが弾は一切当たらない。そして、千束が放った弾丸だけが男の身体を捉えた。複数の弾を受けて転がった男にトドメの一撃を放ってリロードし、周囲を警戒する。
魔法のような絶技を前にたきなは言葉も出なかった。遮蔽もなく敵の銃弾、それも小銃の連射を避ける。あまつさえ、自分から近づいていき逆に打ち倒してしまった。戦いのセオリーなど通じない、最強のリコリスの姿に畏怖する。
その神業を見せた千束は血を流す男に気がつくと、近寄って治療を始めた。
「な、何をする……」
「わからない?止血だよ止血」
「千束さん、今はそんなことをしてる場合では」
「だーいじょーぶ、後で追いつくから先行ってて」
たきなが先を急がせるも、千束はお構い無しに治療を続ける。そんな中、端末を見ていたウォールナットがたきなに声をかけた。
『あっちの道はまだマークされて居ないようだ。あちらから行こう』
たきなは少し迷う素振りを見せたが、ウォールナットの示す道へ歩き出した。その様を見ていた男は困惑して千束を拒絶する。
「もうやめろ、敵の施しは受けねぇ……ぐぅっ!?」
「はいはい、穴が空いてるんだから大人しくしてなさい」
千束は尚も優しく言葉を掛け続けた。
「今日夕飯は誰と?」
「か、家族だ……」
「おー、家族とかー。いいじゃん」
それに戸惑いながらも抗う力も残されていない男は会話に応じた。少し余裕が出てくると、周りの状況にも気づき始める。先の戦闘で少女に散々撃たれたはずの傭兵仲間たちが血も流さず、呻き声を上げていた。
「まさか、ゴム弾か……」
「うん、安心して。誰も死んでないよ」
それを聞いて男は思わずため息を漏らした。こちらが殺すつもりでかかっていったというのに、この少女は誰も殺さないことを前提に戦っていたのか。その事実が男の良心を苛む。男は自力で身体を起こすと、千束に唸るように告げた。
「もう行け……!……もう、十分だ……」
「そうかい。鉄分取れよ」
千束が離れようとした時、耐えきれず男は彼女の背中に声をかけた。
「そっちはダメだ……!その通路はもう既に抑えられてる……!」
千束は弾かれた様に駆け出した。それなりに時間が経っているが、急げばまだ間に合うかもしれない。階段を駆け上がった千束は、今まさしく扉を開けて出ていこうとするウォールナットを見つけて声を張り上げた。
「たきな、出ちゃダメ!そっちは見られてる!」
ハッとしたたきながウォールナットを止めようとしたその時、彼方からの銃声とともに1発の凶弾がウォールナットの持っていた端末ごとその身体を貫いた。
「あ、」
完全に動きが止まってしまったウォールナットに対して、さらに別の角度から小銃が斉射される。それを受けたウォールナットは派手に血を撒き散らしながら身体が揺らされる。そして、銃撃が止むと床に倒れ、血の海に沈んだ。
『よっしゃ、10発は当ててやったぜ!!どうする、残りの女も殺るか!?』
そんな興奮状態の通信を聞き、千束の治療を受けた男は世の不条理に歯を食いしばった。せめてもの報いとして、少女たちの命は奪うまいと男は返答した。
「いや、いい。目標はソイツだけだ」
男は傷口を擦る。痛みが増した気がしたからだ。
「飯を、食いに行こう」
目の前でウォールナットが殺される様を見ていた千束は、呆然としていた。誰にも死んで欲しくはなかったのに、その為の私なのに。悔しさと悲しさで視界が歪む。たきなが後ろでミカと通信している声も、今は頭に入ってこなかった。
*
「ッフゥー……」
「目標への命中確認。流石の腕前ですね」
「まあ、これで長年食ってきたからな」
しかし、2人はまだ知らないことだが、実はウォールナットを狙撃したのは救護服を身に纏うミカだった。
何も知らぬふりで千束とたきなに指示を出しつつ、大急ぎで撤収作業に移行する。隣で同じ服装で観測手を務めていたアヤメは作業の最中に愚痴を言った。
「ちょっとスケジュールがタイト過ぎませんか?」
「あっちは文字通りに身体を張ってるんだ、文句は言えないだろう」
何故、ミカが狙撃する必要があったのか。何故、2人は救護服を着ているのか。それは2人が死体の回収に来た業者に扮して、実は生きているウォールナットを回収するためだ。
作戦の本命プランではすり替えた爆弾入りスーツケースによってハリウッド顔負けの綺麗な爆発オチをする予定だった。しかし、ロボ太の監視がきついことや、たきなが大事なスーツケースを盾に戦い出したことなど、このまま任務を続行するのは危険すぎるので、敵に任せるよりも自作自演で殺してしまう早期退場プランに切り替えることになったのだ。
ドローンの目の届かないビルを狙撃ポイントに選び、証拠隠滅と衝撃を和らげることを兼ねて、ミカが端末ごと着ぐるみを狙撃する。ウォールナットの言った、敵にマークされていない出口というのは方便であり、実際にはミカの狙撃しやすいポジションに移動しただけであった。
2人は荷物を纏めて階段を降りていく。選んだ狙撃ポイントが廃ビルだったためエレベーターが使えず、ミカは自由の利かない足で階段を昇り降りするはめになり悲鳴を上げた。
「こりゃ、おっさんには、キツいな……!」
「文句は言えないんでしょう?急いで急いで」
ビルから撤収した2人は救急車両に乗り込むとサイレンを鳴らして現場に急行した。
現場までたどり着いた2人は死体(偽)をえっちらおっちら運び出す。そして、関係者として千束とたきな、それとスーツケースも忘れずに車に積んで走り出した。
移動中の車内では、すっかり落ち込んでしまっている千束とたきなが無言でリスの着ぐるみの亡骸を見つめていた。
「すみません、私のせいです」
「たきなは悪くないよ」
たきなが謝罪を口にするも、会話がつづかない。普段であれば、一を話せば十で返すほどの元気さを見せるはずの千束の元気のない姿に、たきなもそれ以上の言葉をかけられない。
そうして、また無言で死体を見つめていると、不意にその死体から声が聞こえた。
『もうそろそろいいんじゃないか?』
「「へ?」」
2人が声に驚いていると、ムクリと着ぐるみが起き上がる。思わず身を縮めた2人の前で着ぐるみは頭の被り物を取り外した。
中から現れたのは千束もたきなもよく知る女性、ミズキであった。
「ぷっはーーーー!」
「あ、えええ!?み、ミミミズキ!?なんで!?」
「はー、暑っつい。おっさん、ビールちょうだーい」
すっかり動揺してしまっている千束を無視して、ミズキは前方の席に向かってビールを要求する。ビールを渡したのは運転席に座るミカだった。
「落ち着け、千束」
「えええ!?せんせー!?」
「はーい、皆さん、お疲れ様でした」
「ああああアヤメも!?ちょちょちょ、何、なにこれ!?どゆこと!?」
近くに座っていたアヤメもマスクを下ろして千束たちに顔を見せると、彼女らにジュースを手渡し、ミズキの首にタオルをかけてやる。
騒ぐ千束の横では叫びこそしないものの、開いた口が塞がらないたきな。完全に混乱している2人に種明かしがされる。
今まで運んできたスーツケースがひとりでに開き、中からVRゴーグルを掛けた小さな少女が姿を現した。その少女の声と着ぐるみの頭から聞こえる音声が重なって聞こえてくる。
『「2人とも、不測の事態によく対応したな。その手腕、中々だったぞ」』
その声で、スーツケースの中身がウォールナットだったことを知った2人。だが、この血は、銃弾が当たったハズの身体は?と着ぐるみを見つめる。
視線に気づいたミズキは2人に見せつけるように着ぐるみの腹を叩くと、着ぐるみからは血が派手に飛び出た。
「あー、これね、防弾!派手に血が出るようになってんの。これがまあ暑いし、重たいのなんのって!」
「体力の衰えも感じてるのによく頑張りましたよね」
「うるせー、まだ27だわ!」
ミズキとアヤメのじゃれ合いをポカンと眺めていた千束は今回の仕掛け人達に尋ねる。
「じゃ、じゃあ、誰も死んでない……ってこと?」
「そーよ。今回はだーれも死んでなんかないわ。安心した?」
「うー……。あー!もうとにかく無事で良がっだよおおお!!」
安心して気の抜けた千束はスーツケースから出てきたウォールナットに嬉し涙を流して抱きついた。一方のたきなは安堵していないわけではなかったが、不満が募る。やはり、敵も味方も殺さないというのは無理がある、と呟いた。
ビールを飲みながらその様子を見ていたミズキはふと思い出した。
「あ、そういえば最初は爆発して退場する予定だったわけだけど」
「爆発、ですか」
「おっさん、あの爆弾どうしたー?」
「そういえばそうだったな。アヤメ、お前あれはどうした」
爆弾の行方を聞かれたアヤメはニッコリ笑う。
「安心してください。爆弾は、僕がちゃーんと、然るべきところで然るべき処理をしましたよ」
そう告げたアヤメにその場にいた全員が胡乱な眼差しを向けた。
その後、翌朝のニュースに空港近辺のスプレー缶爆発事故の話題が出て、リコリコの面々は色々察するのだった。
*
「リコリコが逃がしたウォールナットは始末しました」
「死体はどうなった」
「爆薬を利用したので四散しました。肉片らしきものは全て回収しましたが、確認なさいますか」
「いや、証拠が残らないのであれば何でもいい。表向きの処理は」
「既に。明日の朝には複数のスプレー缶の爆発、と報道されるでしょう」
ウォールナット救出任務を実行した日の夜。アヤメはDA幹部の持つ私室にて、ウォールナット殺害の報告をしていた。報告を聞いていた幹部の老人はふむ、と頷く。
「なるほど。しかし、ネズミ1匹の処理にひと月もかかるとはな。しかも、もう1匹の害虫の駆除も残っている」
「申し訳ありません」
「貴様の謝罪になんの価値がある。聞きたいのは任務達成の報告だけだ」
ため息をついた老人は、まわりに控えていた男たちを顎で促した。
「連れていけ、〈教育〉の再確認だ」
アヤメは数人の男たちに拘束されると、部屋から連れ出された。男たちに運ばれていきながら、明日一日が無駄になるな、と心の中でアヤメはひっそりとため息をついた。
*
翌週、リコリコへ来店したアヤメはウォールナットに用事があって、店の奥へと入っていった。
あの騒動の後、ウォールナットはしばらく雲隠れする為の場所としてリコリコを選んだ。ウォールナットの名のままではまずいので、偽名か本名か〈クルミ〉と名乗り、従業員の1人として暮らしている。
アヤメは店の奥の居間に入ると、押し入れの中でパソコンを使って何やら作業中のクルミに画像データを見せる。
「クルミさん、依頼があるのですが、この画像データの解析を、」
「お前もか……。もうやってるよ」
「おお!話が早くて助かります。じゃあ、こちらの男たちの足取り、」
「も、抑えてある。こないだの傭兵連中だろ?」
「流石!いやぁ、ウォールナット様々ですね!」
頼もうと思っていた仕事が全部終わっていると聞いて、アヤメはニッコニコだ。ニコニコしたまま料金の相談に入る。
「では、報酬をお支払いしますね」
「別にいいぞ。格安だが、リコリコから既に支払われてるからな」
「そういうわけにはいきません。これは楠木司令からのご依頼なのですから」
「まあ、そこまで言うなら受け取ってやっても……うん?」
クルミは今の言葉に引っ掛かりを覚えて、モニターから顔を離してアヤメを見た。アヤメは相変わらずニコニコしている。
「楠木司令から、言伝を預かってます」
「おま、バラしたのか!?」
「最初から知っていたんだからバラしたわけでは無いですよ。それに知っているのは楠木司令だけですから」
そして、クルミの肩に手を強く掴んで顔を寄せ、耳元で囁いた。
「命が惜しくば、協力を惜しまないことだな、だそうです」
「うわあああ!おいミカ!やっぱりこいつ信用ならん!出禁にしろ!」
クルミはアヤメを振り払って押し入れから飛び出ると、ミカに文句をつけに走っていった。アヤメが笑って見送るとクルミの叫び声を聞きつけた千束が注意しに来る。
「ちょっとお客さ〜ん、うちの新人虐めないでくれますぅ?」
「はーい、ごめんなさーい」
クルミをからかって楽しんだアヤメは本人にも謝罪すると言いながら笑顔でクルミの後を追っていった。その直後、向こうからまたクルミの怒声が聞こえてきたので千束は可笑しくなって笑みを零すのであった。
ウォールナットもちょびっとだけハードモード。