スパイ系リコリス、一初アヤメの暗躍   作:秋葉とえ

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誤字報告ありがとうございます。確認できているだけでも沢山誤字があって申し訳ないです。
感想もありがとうございます。不定期の更新になりますが頑張ります。


幕間【戯れる五月】

 

 

 

 

 

【1st,2nd or...】

 

 

 

 その日は定期的に行われるリコリス合同演習のために、本部の演習場にはリコリスが多数集められていた。

 整列したリコリスの正面に1stクラスを示す赤の制服に身を包む少女が立ち、今回の演習の説明を始めた。

 

「この度の演習の監督者として、多忙な教官に代わって概要を説明させてもらう。この演習の目的はバディ間を越えた連携の強化だ。既に察している者もいるだろうが、今後、複数チームを同エリアにあてる規模の大きい任務が出てくる可能性がある。現場で足を引っ張ることのないように、演習の中で互いの動きの把握に取り組め」

 

 そこまで話すと、一呼吸入れる。

 

「尚、この演習は上層部からの評価にも反映される。実際の任務同様のつもりで励め」

 

 その一言が添えられた途端にリコリス達はわずかに色めき立つ。上昇志向の強い彼女らにとって、それは非常に重要な情報だった。

 

「グループの内訳は普段通りのバディチームを2つ合わせたものとする。グループが決まれば各グループ同士の戦闘訓練だ。グループや試合の組み合わせはAIがランダムに決めている。それを確認次第、速やかに各グループごとにミーティングに移行しろ。以上だ」

 

 

 

 そうして分けられたグループの中の1つ。リーダーをフキとしたグループは偶然にも、先月の銃取引の現場にいたメンバーのたきなとサクラを入れ替えたチームが出来上がっていた。

 その中の1人、ヒバナがフキを見つけると顔を綻ばせた。

 

「お、フッキーと一緒なんてラッキーじゃん!今回は楽できるね」

 

「なんだお前らとかよ。いつもと代わり映えしねぇなぁ」

 

「フキ、今回もよろしくね」

 

 同期の面々が言葉を交わしている様子を眺めていたサクラは同じグループになったエリカに目を向けると、意地悪く笑った。

 

「アタシは初めましてっスね!先日、フキ先輩のパートナーになった乙女サクラっス。エリカ先輩の噂は聞いてますよ、例の事件で人質になっちゃったリコリスって」

 

「うっ……」

 

 エリカは負い目に感じている当時の失態を指摘されて、思わず涙目になった。フキは上からサクラの頭を押さえつけてかき回した。

 

「だっから、その無駄に突っかかるのをやめろっつってんだろうが……!」

 

「イダダダダ!だって、事実じゃないスか!アタシは弱いやつに足引っ張られんのはゴメンっス!」

 

「弱……!?」

 

「確かにあんときゃそうだったが、こんなのでも一応本部の2ndリコリスだ。まだお前よか経験も上だ、敬え」

 

「こ、こんなの……」

 

「おーい。フッキーも、そっちのサクラちゃんも。エリカがそろそろグロッキーだから、その辺で」

 

 フキとサクラの会話の中に挟まれる自分への言葉に打ちのめされたエリカはもうノックアウト寸前だった。すっかり縮こまってしまったエリカの背中をヒバナがポンポンと叩く。

 

「はい、エリカもシャッキリする。たきなのためにも、この演習で見返してやるんだって言ってたでしょ」

 

「うう……そうだけど、そうなんだけど〜……」

 

「あー、ウチのが悪かったな、エリカ」

 

「えー!アタシだけのせいにするんスか!?」

 

「うるせぇ。いい加減ミーティング始めんぞ」

 

 フキの言葉に3人も意識を切り替える。

 

「アタシのことはもう全員知ってるからいいとして、サクラの説明だ。こいつは射撃センスがいい。拳銃でも30~40mそこらなら外さねぇ。今回は経験積ませるためにもコイツを中軸に据えて動かせてやってくれ」

 

「へぇ、そんなに射撃上手いんだ。いいね、やるじゃん」

 

「いや〜、褒められると照れるっス」

 

「だがその弊害か、近接戦闘はてんでダメだ。咄嗟の判断も鈍いし、悪手を打つことが多い」

 

「ぐぅ……!」

 

 あげてから落とされたサクラはぐうの音だけは辛うじて出した。サクラも自覚している事実だけに反論することはない。

 

「その辺のフォローはヒバナに任せる、撃ち合いになったら前線を維持しつつサクラにもある程度近接戦を熟させるように立ち回ってやってくれ」

 

「はいはい、任されたよ」

 

「エリカは2人の後詰めを任せる。見返したいってんならちゃんと気張れよ」

 

「うん!」

 

 ヒバナはともかく、エリカはどこか頼りない。2人の性格を比べたサクラは訝しげに目を細めた。

 

「ほんとーに大丈夫なんスか?アタシの背中撃たないでくださいよ」

 

「う、撃たないよ!」

 

「やめろサクラ。アタシは1stが相手の時以外はサポートしかしねぇから、お前らがちゃんと連携できねぇと評価されねぇぞ」

 

「えー?しょうがないっスね」

 

「あとの細かい作戦は各試合毎でいいだろ。後は各自、始まるまで武器の点検しとけ」

 

「「「了解」」」

 

 フキはそう締めくくると、3人を置いてその場を離れた。残された3人は点検をおこないつつ、時間まで駄弁るのだった。

 

 

 

 3人から離れたフキは、観戦ブースへ移動しようとする先程の演説をしていた1stリコリスに声をかける。

 

「1st1人に2nd3人。他のチームと比べて随分偏りすぎじゃねぇの。偶然にしてはメンバーも馴染みの奴ばっかりだしな」

 

「……チーム分けはAIのランダムと伝えたはずだ」

 

「あ゛ー……その喋り方気持ち悪ぃから普段通りに戻せ。どうせ誰も聞いちゃいねぇ」

 

 すると、瞬きの内に少女の鋭い雰囲気を出していた表情が消え、代わりに掴みどころのない薄い微笑みが浮かぶ。仕草もキッチリとしていた様子からは少し柔らかくなった。

 

「これでいいですか?フキ先輩」

 

「ああ。これはこれで今の格好とのギャップで違和感すげぇけどな」

 

「流石に人前で格好にまで文句言われてもどうも出来ませんよ。あと一応今は別人の設定なんですから、この格好の時はちゃんとツバキと呼んでくださいね」

 

「はいはい。ホントややこしい奴だな……」

 

 その1stリコリスを演じていたのはアヤメだった。先程までは制服はもちろん髪やメイク、声色や仕草までもがまるで別人のようだった。

 DA所属の人間としても複数の顔を持つ彼女は、今は上層部直属の1stリコリスである宗方ツバキとしてこの場に立っていた。

 

「チーム分けの偏り、でしたね。そこは僕個人の判断で編成を組んだので敢えてそうなっています」

 

「なら隠さず最初からそう言やぁいいだろうが、まどろっこしい」

 

「うーん、ちょっと説明を求められると困っちゃうので。上にもちょっとお灸を据えられたばかりですから、あまり変な事してると思われたくないですし」

 

 内緒にしてくださいね。と、人差し指を立てるアヤメ。

 なるほど、とフキは口元に手を当てた。分かりづらいが、これはアヤメなりの気遣いなのだと解釈した。

 先月の銃取引の一件、表向きは通信障害で任務に支障をきたしたことになっているが、それでも、フキたちのチームが任務に失敗したことには変わりなく、千丁の銃が消えた事の大きさもあって組織内でのフキ達の評価は相当に落ちた。

 今回の演習でその時のチームを擬似的に再現したのは、ここで汚名を返上しろということなのだろう。そう推察したフキは頭をガシガシとかく。そして、この件に関係のないサクラのことを考えて、1つ頼み事をアヤメに任せた。

 

「悪ぃな、迷惑かける。その迷惑ついでにサクラの指導も頼まれちゃくれねぇか?」

 

「サクラさんの、ですか?」

 

「アイツ、調子乗ってるうちに死んじまいそうだからな。これ以上コロコロとパートナーが変わるのはゴメンだし、死なない程度に適当に扱いてやってくれ」

 

「ふーん。自分では厳しくしてやれない、と……なんのかんの言って意外と可愛がってるんですね、サクラさんのこと」

 

「ハッ、言ってろ」

 

「うん、言っときます。サクラさんの指導承りました。それじゃあ、演習頑張ってくださいね。先輩達が勝ってくれれば、ここ最近の浮ついた空気も引き締まるかも知れませんし」

 

「なんだよ、それがメインか。まあいい、そっちもサクラのこと頼んだぞ」

 

 フキはニヤニヤと笑うアヤメに背中を向けて元の場所に戻っていった。フキを見送ったアヤメもツバキとしての立ち振る舞いに戻すと、観戦ブースへと歩みを進めた。

 

 

 

 この演習の後、ほぼ面識のない1stリコリスから個別指導の呼び出しを受けたサクラが、自分が何か粗相をしたのかと怯える事になったのは余談である。

 

 

 

 

 

【...or 3rd】

 

 

 

「何してんですか、たきなセンパイ」

 

 6月も近くなり、雨も多くなってきたこの季節。たきなは買い出しの帰り道で路上にあった捨て猫の入った段ボール箱の前で立ち往生していた。少し前までのたきななら捨て猫などいくらでも無視できたのに、どうしてか目に止まってしまい、そこを去ることが出来なくなってしまっていたのだ。

 そうしているところに見覚えのある気だるげな3rdのリコリスがやってきた。たきなが本部にいた頃に何度か話したことのある、リコリスとは思えないダウナーさが特徴の人物だ。

 

「スイセンさん……」

 

「ども、久しぶりです。それで、何してたんです……って、捨て猫?」

 

「あ……はい、目が離せず」

 

「おお、あのたきなセンパイがねぇ」

 

 スイセンと呼ばれた少女はウンウン頷くとたきなの横に近づいて段ボールの前にしゃがみこんだ。そして、銃器が入っているはずのリコリスの鞄から猫用ミルクを取り出したのを見て、たきなはギョッとした。

 

「え」

 

「飲みますかね、コレ。……おお、飲んだ飲んだ」

 

「何故それがリコリスの鞄から出てくるんですか」

 

「細かいことは気にしない、気にしない」

 

 隣のたきなには目もくれず、スイセンは仔猫にミルクを与える。その姿を半目で見つめていると、逆にスイセンの方から質問が飛んできた。

 

「それより、センパイは何でこの子見てたんですか?」

 

「それは、わかりません……」

 

「ふーん」

 

 自分から聞いてきたくせに、全くこちらも見ずに興味なさげな様子を見せられたたきなは僅かに苛立ちを感じた。しかし、その雑な相打ちとは裏腹に話はちゃんと聞いていたらしい。意識は相変わらず猫に割いたままだが、しっかりした返事が帰ってきた。

 

「でも、井ノ上センパイ。本部にいた頃なら絶対そんな風に捨て猫の様子なんて気にしなかったと思いますし、それって例のリコリスの影響何じゃないすか?」

 

「千束さんの?」

 

「そうそう。もしもそうなら、理由もなく、なんてことないはずですよ」

 

 ミルクを飲ませた終えた彼女は傘をたきなに持たせると制服の上着を脱ぎ、その上着で猫を包んで抱えた。

 

「その猫、どうするんですか」

 

「病院に連れてった後は知り合いに預けます。家族が猫好きな人らしいんで、飼ってくれるかもしれないんす」

 

「そう、ですか」

 

「それじゃ、失礼します。縁があれば、また」

 

 そう言って傘を受け取るとスイセンは猫を抱えて去っていく。彼女を見送ったたきなも店に戻ることにした。スイセンから言われた言葉の通りに理由があるならば、それは一体なんだろうかと考えながらリコリコへの帰り道を歩いた。

 

 

 

「戻りました」

 

「おかえり。雨なのにすまなかったな」

 

「いえ、仕事ですので」

 

 店に戻ったたきなはミカに荷物を預けると千束に近づく。雨で客が少ないので、今日はミズキと2人でカウンター席に座ってテレビを見て騒いでいた。

 

「ハーッ!ないわー、全っ然ないわー!あんなん現実で起こるわけないだろがい!」

 

「えー?いいじゃん、ロマンチックでさー。あ、たきなおかえりー」

 

「んー?おお、おかえり。濡れなかった?」

 

 テレビを見ていた2人もたきなに気づいて振り返る。丁度話も一区切りついたようなので、たきなは千束に聞いてみることにした。

 

「千束さんは、捨て猫を見つけたらどうしますか?」

 

「え、いきなりだな。捨て猫がいたの?」

 

「はい。千束さんならどうしますか」

 

「んー、まずは警察かなー?ウチで飼ってもいいけど、最後までお世話できるか分かんないし」

 

「なるほど……」

 

 たきなは質問してみたはいいが、返ってきた回答は求めていたものではない気がした。質問の仕方が悪かったのだろうかと考えていると、千束から質問が返される。

 

「ねえ、そのにゃんこどうしたの?」

 

「その場に居合わせたリコリスが連れて帰りました。なんでも、知り合いの方に預けるとか」

 

「そんなことするリコリスって、もしかしてアヤメ?」

 

「いえ、アヤメさんではありません。浅木スイセンという3rdのリコリスです」

 

「あ、あー?なるほどそういう……あ、だからあの時初対面で」

 

「?」

 

 スイセンの名前を出した途端にブツブツと何やら呟き出した千束に疑問を抱いたたきなは、ミズキやミカに視線を送る。彼らもどうやら事情を察したようで、たきなに苦笑いを返した。何か変な事を言っただろうか、と不思議に思っていると、千束がたきなの方へ身を乗り出してきた。

 

「たきな」

 

「はい、何でしょうか」

 

「実は、浅木スイセンって名前のリコリスは存在しないのだ」

 

「え」

 

 たきなは僅かに表情を強ばらせた。ちょっとホラーテイストな話かと身構える。

 

「あれはアヤメだよ」

 

「え」

 

 次いで告げられた言葉に目を丸くした。何故その名前が今出てくるのだろうか。

 

「どうりでたきなが1年も本部にいて初対面な訳だよ。最近黒制服着てるとこにしか会わなかったからすっかり忘れてた」

 

「えっと、つまり……変装、ということですか?」

 

「そう、アヤメは変装の達人!たきなが見た浅木スイセンの姿もその変装の1つってこと」

 

 ビシッと指を指す千束の後ろからミズキもたきなの方へ顔を覗かせた。彼女はニヤニヤと笑いながらたきなに冗談半分で脅しかける。

 

「年齢問わず化けられるらしいし、もしかしたら普段のお客さんの中に紛れてるかもしれないわよ〜?」

 

「ミズキ、脅かしてやるな。アイツも流石にそこまではやらないだろう」

 

「なんだ、アイツ声真似だけじゃなかったのか」

 

 アヤメについて話していると、裏からクルミも出てきた。話の内容は聞いていたらしく、ミカにコーヒーを頼むとそのまま話に混ざってきた。

 

「クルミも声真似は聞いた事あるんだ」

 

「ああ、怖ぁい声色で脅されたぞ。命が惜しくば〜ってな」

 

「えー、なにそれ。もしかしてあの時の話?そんな風に言われるなんて何したの?」

 

「あ゛、あー、すまん。ちょっと言えないやつだ」

 

「アンタ、ホントに何したのよ……」

 

 すっかり話がそれてしまい、アヤメのあれこれについて盛り上がる女性3人を見たミカは話に混ざっていないたきなに声をかけた。

 

「それで、お前は何を千束に聞いて確かめたかったんだ」

 

「それが、私にもよく分からないんです。スイセン……いえ、アヤメさんに千束の影響を受けている、と言われたので。それがどのような影響なのか確認したかったんですが……」

 

「ああ、そんなことか」

 

「分かるのですか?」

 

 ミカの様子に驚いたたきなは彼に詰め寄るが、ミカは答えようとはしなかった。

 

「お前にもそのうち分かることだ。そう悪い影響でもないから安心しろ」

 

「安心しろと言われても……」

 

「何しろ、俺もあいつの影響を受けた人間だ。それでは安心できないか?」

 

「貴方が?……そうは思えませんが」

 

 たきなはミカと千束を見比べる。物静かで冷静な大人のミカと騒がしく感情的な子供らしい千束。およそ、2人に似通った要素は見出だすことは出来ない。

 じっと見られていた千束がたきなの視線に気づいて近づいてくる。

 

「なになに?私の話?」

 

 たきなは答えが得られない話を続けるつもりはないので、この話はここで切り上げることにした。

 

「いえ、アヤメさんは何故3rdに扮して活動していたのかと」

 

「あー、詳しくは私も知らないんだよね。なんか指示の内容に合わせて1st、2nd、3rdで切り替えてるっぽいのは分かるんだけど」

 

「1stも?」

 

「あ、そうそう、ツバキってやつ。見たことない?」

 

 たきなはその名前を知っていた。知っているどころか、去年、本部で過ごした1年の間ではフキに次いでお世話になった1stリコリスだった。

 

「訓練の時に何度か。あれもアヤメさんだったなんて……。しかし、何故、リコリスとしての姿が3人分も必要なのでしょうか」

 

「なぁんでだろ。今度本人に聞いてみるか」

 

 疑問を解消しようとしていたはずが、アヤメが関連する話は謎は増えるばかりだ。これだけ謎めいた存在を当然のように受け入れているリコリコも不思議だ。どのようにしてこのような関係になったのか気になるところではあるが、客が来店したので、たきなは気持ちを切り替えて切り替えて接客業務へ移行した。

 

 

 *

 

 

「というわけで、猫です」

 

「いや、猫です。じゃないが」

 

 その頃のスイセン、基、アヤメはダミーのセーフハウスで例の知り合いの男に猫を見せていた。

 

「アンタは猫も拾うんだな」

 

「猫、好きなんですよね。だからつい拾っちゃいました。どうです、拾われ仲間として飼ってみません?奥さん、猫好きですよね」

 

「流石に相談してみないことにはな、説得はしてみよう」

 

 拾われ仲間と称された男は先日ウォールナットを襲った傭兵団のリーダーだった。DAに抹消されるはずのところを拾われた傭兵団は、現在は協力者としてアヤメに雇われている。ウォールナットの殺害を妨害したのもまたアヤメなのだが、面倒になることは教えない方がいいという理由で彼らはそれを知らないままだ。

 今日は仕事の話をしに来たところ、猫を突きつけられて困惑させられていたが、前向きに検討する姿勢を見せた。猫の話もそこそこに、2人は仕事の話を始める。仕事の内容を聞けば、男は険しい表情になった。

 

「俺たちにとっては難しい仕事になりそうだな。危険と判断したらこちらの判断で引き上げさせてもらうが、構わないか?」

 

「ええ。命大事に、ですから。現場での判断を尊重してください。そうですね……最長でも1ヶ月を目処にしておきましょう」

 

 話がまとまると男はセーフハウスを出ていき、部屋の中は猫とアヤメだけになる。アヤメは猫の頭を指で優しく撫でながら呟いた。

 

「……さて、君は先輩にとって幸と不幸、どちらの象徴ですかねぇ……?」

 

 彼女の呟きを聞いたのは撫でられている真っ黒な仔猫だけだった。

 

 

 

 

【ボドゲ会の小型新人】

 

 

 

 今日もまたこの日がやってきた。

 

「リコリコ、閉店日ボードゲーム大会!」

 

「「「イェーイ!」」」

 

「……なあ、この店はいつもこんなことしてるのか?」

 

「ええ、割と頻繁に」

 

 クルミがリコリコに来てからは初めてのボードゲーム大会。常連客も交えて大はしゃぎする姿にクルミは呆れた様子を見せる。ろくな説明も受けずに押し入れから引きずり出されたかと思えば、閉店日とはいえ、ボードゲーム大会を店内で始めるとは思わなかった。

 ちなみに、たきなは今回も欠席である。前回同様に冷たく断られた千束は結構落ち込んだ。

 

「おや、そっちの子は誰かな?」

 

 こちらに気づいた常連客の山寺の声に反応し、他の客も皆クルミの方に注目する。あまり人前に出ることに慣れていないクルミは少したじろいだが、アヤメに背中を押されて仕方なく前に出た。

 

「こちらの子はクルミです。ちょっと訳あってミカさんがしばらく預かることになりました」

 

「クルミだ。よろしく」

 

「クルミちゃんね、よろしく。何歳なの?」

 

「秘密だ」

 

「なあにそれ、かわいい!」

 

「あはは、おませさんだねぇ。なあ、こんなおじさん達とで良ければ、君もボードゲームやってみないか?」

 

「まあ、断るような理由もないしな。いいよ」

 

 常連客からは小さい子扱いでチヤホヤされるクルミだったが、本人は満更でもないらしい。先程までは呆れた目で見ていたはずの常連客にあっさりと馴染んで、ボードゲーム会の仲間入りを果たすのであった。

 

「アヤメちゃんはやらないのかい?」

 

「もう1人来る予定なので、その方が来てから混ざりますよ」

 

「お、もう1人っていうと……」

 

「もしかして、ヨシさん!?」

 

 その時、店の扉が開いて男が1人入ってきた。噂をすれば影とはよく言ったもので、来店したのは丁度話題に上がっていた吉松シンジその人だった。

 まさかのボドゲ会2度目の参戦に流石のミカも驚きを隠せない。

 

「もう始まっているかな?」

 

「おー、ヨシさーん、いらっしゃーい!まだこれからやるとこですよ」

 

「シンジ……!また来てくれたんだな」

 

「恥ずかしながら、あの時からすっかりボードゲームにハマっちゃってね。ほら、お土産にボードゲームも買っちゃったよ」

 

 そう言ってシンジは持ってきた紙袋をミカに渡す。袋の中身を確かめれば、ボドゲ会ではまだやった事のないボードゲームセットがいくつか入っていた。

 

「ゲーム選びはアヤメちゃんが手伝ってくれてね。ここに置いていないやつかどうか確認してもらったはずだけど、どうかな」

 

「ええ!?アヤメ、ヨシさんの連絡先持ってるなんて聞いてないよ!」

 

「あれ、言ってませんでしたっけ?」

 

「聞いてなーい!ねえ、ヨシさん、私とも連絡先交換しましょ?」

 

「おや、こんなおじさんの連絡先でいいのかい?」

 

 いつの間にやら2人が連絡先を交換していることに驚き羨ましがる千束は、自身も吉松に連絡先の交換をねだる。それに対して吉松が遠慮する様子を見せると、常連客の中でも年嵩の男性、後藤が笑った。

 

「千束ちゃんは、こんなジジイでもメル友なんだ。吉松さんが遠慮するこたぁないだろ」

 

「そうそう!ほら、ヨシさんも。アヤメが良くて私がダメな理由もないでしょ?」

 

「そういうことなら遠慮なく」

 

 そうして千束と連絡先を交換し終えた吉松は、前回のボードゲーム会の時にはいなかった少女に気づいた。

 

「おや、君は?」

 

「彼女はクルミって言うんです。リコリコメンバーの新人ですよ」

 

「ほう。ミカ、隠し子か?」

 

「馬鹿言え、知り合いの子だよ。訳あってしばらく家で預かることになったんだ」

 

「そう、か……。私は吉松シンジだ。よろしく、クルミちゃん」

 

「ん、クルミだ。よろしく」

 

 まさか、お互いが命を狙い狙われの関係だったとはつゆも思わず、2人は穏やかに挨拶を交わす。その様子をアヤメだけは意味深な笑みを湛えて見つめていた。

 山寺は話に区切りがついたとみて、ボードゲームの箱を1つ取り出してクルミに見せた。

 

「それじゃあ、早速始めようか。今回はクルミちゃんも初参加だし、簡単なハゲタカからどうだい?」

 

「ルールさえ教えてもらえればなんでもいいぞ。何にせよ、負ける気はしないね」

 

「おお、その強気な姿勢いいねぇ!ボドゲ向きの性格してるよ」

 

「よーし、お手並み拝見といこうじゃないか」

 

 こうして、新メンバーを加えた本日の閉店ボドゲ会の幕が上がった。

 

 

 

「はい、勝ち〜」

 

「あちゃ〜、やられた」

 

「クルミちゃん、強いなぁ」

 

「まさか、吉松さんに続いてボドゲ会に新たな超新星が現れるとは……まさか、アラン機関に支援されたボドゲの天才……!?」

 

「はっはっは!悪くない気分だ、もっと褒めていいぞ」

 

 あれから数時間、クルミも初めてのボードゲームに最初こそ不慣れな様子を見せていたが、今では連勝を重ねていた。まるで吉松の初参加の時の焼き直しだ。

 とすれば、気になるのは当然のこと。

 

「ねえねえ、吉松さんとクルミちゃん、どっちが強いのかな」

 

「おお、たしかに。2人とも超強いっすからね」

 

「最強と最強がぶつかるのは熱い展開よね!」

 

 期待の声を受けた吉松とクルミの視線が互いに交差し、ニヤリと笑いあった。

 

「そこまで期待されてはね。クルミちゃん、いいかな」

 

「いいぜ。アンタの腕前はボクも気になってたところだ」

 

「おお、頂上決戦だ!」

 

 そうして白熱していく様を少し離れたところでおはぎをつまみながら眺めていたアヤメの隣にミズキが座った。

 

「ミズキさんはいいんですか、見に行かなくて」

 

「ちょっと休憩。おはぎちょうだい」

 

「ちょっと、店員でしょう?横着しないで自分で持ってきてくださいよ、もう。……はい、どうぞ」

 

「あんがと」

 

 2人は黙々とおはぎを口にする。ミズキは1つのおはぎを食べきったところで話を切り出した。

 

「アンタ、最近3rdの格好で仕事してたって聞いたわよ。大丈夫だったわけ?」

 

「ええ、仕事はきっちりこなしましたよ」

 

「アンタの方の心配よ。分かってて言ってるでしょ」

 

 ミズキは知っている。アヤメがどんな任務で3rdに扮するのか。その格好にどんな意味があるのか。

 

「……まあ、流石にああいう任務では上も誤魔化し辛いからね」

 

「そう……。無理すんじゃないわよ」

 

 ミズキはアヤメの頭を優しく撫で、アヤメもそれを大人しく受け入れた。しかし、数秒程経つと首を動かしてミズキの手から離れた。

 

「いや、無理はいくらでもしますよ。またとないチャンスが転がってきたんですから」

 

 そう口にするアヤメの視線を辿ってみれば、その先にはクルミと一進一退の攻防を繰り広げる吉松の姿があった。

 

「はーん、なるほど。そういうワケか」

 

「ただ、目的の全容が見えません。だから、ミズキさん」

 

「分かってるわよ。アタシに出来る範囲のことまでならやってあげる」

 

「うん、ありがとうございます」

 

 クルミ達のいるテーブルから歓声が上がる。どうやら決着が着いたようだ。

 アヤメは立ち上がると、皆の分の飲み物の替えを用意する、と言ってミカの許可を取ると厨房に入っていった。ミズキも2つめのおはぎを食べ終えると立ち上がり、盛り上がっている客達の輪に入っていく。

 

「おーい、どっちが勝ったー?」

 

 この日もまた、夜遅くまでボドゲ会は続いた。クルミと吉松の戦績は直接対決なら5分に別れ、その一進一退の攻防に客たちは湧いた。その後も、1人ずつなら負けるが2人が直接やり合う卓に混ざれば他にも勝ちの目があると一矢報いようとする客達のバトルは大いに盛り上がるのだった。

 

 

 

 




ボードゲームを買いに行かされたのは姫蒲さん。
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