スパイ系リコリス、一初アヤメの暗躍   作:秋葉とえ

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組織の仕組みがよくわからないので、逆に便利に解釈してしまうことにしてます。


5.【あまごい】

 

 

 

 

 

 初めてアヤメを見た日から、どうしても彼女の事が忘れられなかった千束は、いつもなら駄々をこねて行きたがらない定期検診も彼女にもう一度会うためならすんなり受け入れた。

 それに慌てたミカは病気や怪我などを疑い、山岸先生に太鼓判を押されるまでは気が気ではなかった。健康だと分かるとホッと胸を撫で下ろす。その姿には、すっかり千束の父親役が板についてきたと言えるだろう。

 しかし、そうなると気になるのは何故、本部まで素直についてきたのか。注射が平気になったわけではなく、刺された時はやはり嫌がって泣いていた。

 考えてもさっぱりわからないので、ミカは千束に聞いてみることにした。千束は少し悩んでから答える。

 

「まえに訓練室で会った子が気になっちゃうの。なんでそんな顔で見るのってききたくて」

 

 それを聞いて、ミカはアヤメのことを思い出す。ミカは彼女の境遇を知っていたので、千束を会わせない方がお互いの為になると考えて適当な理由をつけて帰らせようとした時には、気づけばその場から千束はいなくなっていた。

 ミカは嫌な予感がした。

 

 

 

「ねえ、ねえってば」

 

「………」

 

「ムシすんな!」

 

「んぐ!?」

 

 訓練室にいたアヤメを見つけた千束はミカを置き去りにしてアヤメの元へ一目散に駆けていくと、声をかけても無視をするアヤメの両頬をがっしり掴んだ。当然、アヤメは逃れようと暴れるが、千束は体格の差で抑え込む。

 

「はなせ!」

 

「やだ、教えてくれなきゃはなさないもんね!」

 

「おまえにおしえることなんてない!」

 

「おまえっていった!?何才だコラ!ぜったい年下でしょ!?」

 

 ミカが千束を見つける頃には、2人は掴み合い引っ張り合いの大喧嘩になっていた。ミカは慌てて引き離すが、2人の勢いに収まりはつかない。

 

「実力でわからせてやる!」

 

「いいよ、何で決める?」

 

 そして始まった2人の最初の戦いは、千束が自分の得意な反射神経テストを選び、アヤメに大差勝ちして終わることになる。アヤメは千束への恨みがまた1つ増えた。

 

 この日から、顔を合わせる度に何かと勝負をする2人だったが、幾度も勝負を重ねても2人の距離感は変わらずにそれ以上に仲が深まることはなかった。

 

 2人が本格的に模擬戦でぶつかり合うその日までは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月、雨の日が多くなってくる季節。本日もしとしとと雨が降っている。

 執務室で作業をしていた楠木はノックの音を聞くと手を止めて入室を許可する。入ってきたのは最近何かと忙しく動き回っているアヤメだった。片手にはリコリコのロゴが書かれた紙袋を持っている。

 

「失礼します。今日もリコリコからお土産、持ってきましたよ」

 

「いつもすまないな。ふむ……そろそろいい頃合か。休憩としよう。お前も少し休め」

 

 楠木は肩を解すように揉むと、隣にいた秘書にも休憩を促す。秘書はいつになく気楽な様子の楠木に戸惑うが、この場で1番下の立場のはずのアヤメが堂々と来客用のソファに座るものだから、仕方なく自分もその対面に座る。

 

「頃合ってことは、秘書さんもついにこちら側ですか」

 

「特に裏がないことは確認済みだったからな、あとはこちらに引き込めるかどうかだった」

 

「え、えっと、なんの話でしょうか……?」

 

 2人の明らかに怪しい会話に秘書はさらに困惑していると、アヤメが紙袋から数枚の写真を取り出して悪そうな笑顔を作る。

 

「これから始まる密談です」

 

 アヤメはその写真を机の上に滑らせる。秘書の隣に座った楠木は写真を手に取り満足気に頷いた。

 

「流石はウォールナットと言ったところか。あの写真から良くぞここまで鮮明にしてみせたものだ」

 

「ウォールナット!奴は死んだはずでは?」

 

 秘書は驚きのあまり叫んでしまう。驚愕している秘書に対して平然としながら楠木は事情を暴露する。

 

「奴は現在はリコリコに匿われている。先月、羽田付近での哨戒任務を出していたのはその隠蔽工作を助けるためだ。任務を受けていた奴らにその自覚はないがな」

 

「そ、その事実を上層部は?」

 

「知らんはずだ。こいつが漏らしていなければ」

 

「やだなぁ。こちらから持ちかけた内緒話を自分でバラすわけがないでしょう」

 

「よく言う。裏切り者の常套手段だろう」

 

 あんなに生真面目な、悪く言えば堅物とも言える楠木が組織への裏切りと取れるようなことまでしてるとは考えたことも無かった。さらにはリコリスと軽口の応酬までしている。

 秘書は開いた口が塞がらない。そんな秘書にアヤメは追い討ちをしかける。

 

「秘書さんも、聞いちゃったからにはもう逃げられませんよ?」

 

「……え?」

 

「上へ告発してもいいが、告発者ごと消してしまうのが我々DAのやり口だ。お前も無事では済まないだろうな」

 

「ええ、そんな……」

 

 悪戯げに笑う楠木に秘書はしょんぼりと肩を落とす。しかし、DAに勤めるものたちは切り替えが早くなければ長続きしない。元より、司令に憧れて秘書の道を志したのだから、この程度ではへこたれないのだ。

 

「いえ、どの道、司令には最後までついて行くつもりでした。とうに覚悟はできています」

 

「おー、前向きですねぇ。流石は楠木司令の見込んだ方です。思い切りが良くて好感を持てます」

 

「見込んでいる、などと言った覚えは無いが?」

 

「今まで他に長く続いた秘書さんがいないのが答えですよ」

 

 見込まれた、と聞いてときめいている秘書を横目にアヤメは写真を示して話を続ける。

 

「ウォールナット関連の話はぼかしていますが、上層部にもこの写真は提出済みです。流石に上も本腰を入れて銃とハッカーの捜索に乗り出すようで、リリベルを動かすと言っていましたよ」

 

「ようやくか……ならば、無用なかち合いをなくすためにも、リコリスの人員は他の任務に回した方が良いな」

 

「リリベルにも僕の方で情報は流しておきます。いやはや、これくらいの報連相は僕がやらなくてもちゃんとして欲しいんですけどね」

 

「上の奴らにもわざとそうしたい考えがあるのだろうがな。こちらとしては傍迷惑な話だ」

 

「まったくです。さて、今回の密談はこんなところですかね。じゃあ、本当の休憩をしましょうか」

 

 試作品もある、と言って、アヤメは持ってきた紙袋からミカの作った菓子を取り出した。

 

「リコリコの季節限定水まんじゅうです。今年は種類を増やしたくてコーヒー味の生地も作ってみたそうですよ。秘書さんもどうぞ」

 

「わぁ!色んな味があってカラフルでかわいらしいですね!これをあのミカさんが作ったんですか?」

 

「あのミカがすっかり器用になったものだ。どれ、早速その試作のコーヒー味から頂くとしようかね」

 

 

 

 3人は秘書が用意したお茶を飲み、甘味に舌鼓をうちながらも話を続ける。話題は明日が最終日になるライセンス更新の試験についてだ。

 

「今年の再試験対象のリコリス、例年に比べて少し多いですね」

 

「4月の一件のせいで、気が入りすぎたか、たるんでいたかのどちらかだな。嘆かわしい」

 

「僕は今年の再試の試験監督を任される予定なので、あまり多いと困るのですが……。っと、あれ?フキ先輩はまだ更新試験を受けてないんですね。千束先輩はともかく」

 

 試験結果表を見ていたアヤメはまだ記入されていない2人のリコリスの枠に気づいて指摘する。楠木は苦い顔で答えた。

 

「信頼回復には地道な成果が1番だ。それゆえ任務を多く回してやっていたんだが、加減を間違えたらしい」

 

「なるほど、あれはそういう事だったんですね……。そうまでするくらいに、司令はフキを高く買っているんですね」

 

「フキはどこぞの誰か達と違って素直な奴だからな。私も人間だ、多少の贔屓くらいはする。それに贔屓していたのはアヤメもだ。先日の演習の組み合わせを覚えているか」

 

 今度苦い顔をするのはアヤメの番だった。どうやら楠木には演習の組み合わせを操作したのがバレていたようだ。秘書も思い返して分かったのか、ポンと手を打った。

 

「ああ、連携演習!あれもアヤメの仕込み?」

 

「流石に露骨すぎましたか。演習そのものは上層部からの指示なんですけどね。他に気づいた人は?」

 

「私の知る範囲では誰も何も疑ってはいなかったな。暗部組織を謳っていながら暢気なものだ」

 

「暢気なものですみません……」

 

 それにしても、試験最終日にフキと千束が揃うとなると、アヤメには心配することがあった。

 

「しかし、この2人がそろうとなれば、明日、絶対に揉め事が起きますね。元の火種がアレなので変な騒ぎにはしないで欲しいところです」

 

「……サクラか?」

 

「と、たきな先輩ですね。絶対、司令へ直談判しについてきますよ。というか、司令の中でもそういう認識なんですね、サクラさん……」

 

 司令にまでそういう目で見られているサクラを憐れみながら、アヤメは事情を打ち明ける。

 

「たきな先輩は今もDAに復帰することをモチベーションに動いてるんです。だから、それを破綻させるような情報は意図的に耳に入らないようにしていたんですが」

 

「たきなの後任でサクラが来ていると分かれば、今の本部に戻る場所がないことは察するでしょうね」

 

「そして、サクラはああ見えてDAへの忠誠心が高いやつだ。司令部の指示に背いたたきなに噛み付くのは想像に固くない」

 

「ですよねー……。こればっかりは先輩達のフォローに期待するしかないですけど、その先輩たちも血の気が多いですからね」

 

 アヤメと楠木は揃って目を閉じて沈黙する。そして、数秒で考えをまとめた2人は互いに視線を合わせると頷いた。

 

「ふむ、そうだな。明日の午後のキルゾーンは確保しておこう。1st同士、それも電波塔のリコリスの戦いともなれば注目は集まるだろう」

 

「再試のリコリスにはいい薬になりそうですね。仕込みは任せてください。それに、たきな先輩次第ではありますが、僕の目的も果たせそうですし」

 

「ええ?喧嘩を止めようって話ではなかったんですか?」

 

 思わぬ方向に進んだ話に驚いて秘書は口を挟む。そこには、当たり前のようにぶつけ合わせる前提で話を進めるのはおかしい、という彼女の良心があった。しかし、2人はさして気にした様子もない。

 

「何をしてもどうせぶつかるなら、むしろ、こちらにも利が生まれるようにコントロールしてやる方が得だ。私としてはいい厄介払いにもなる」

 

「そうですよ。暴走列車も予定のコース通りに走らせればただの特急列車みたいなもんです。時々、脱線事故は起きますが」

 

「その例えはどうかと思う」

 

 秘書のツッコミもなんのその、受け流した2人は当日の予定を組み始める。呆れた秘書はコーヒー味の水まんじゅうを口にした。少しだけコーヒーの酸味が強いのが気になるが、コーヒーとあんこの組み合わせは中々悪くない。

 秘書が心の中で改善点をメモしているうちに話は纏まったようで、アヤメは立ち上がると水まんじゅうの容器を回収していく。

 

「では、明日はそのように。よろしくお願いします」

 

「ああ。……と、そうだ。1つ伝え忘れていた」

 

 空の容器などのゴミをまとめて回収し、立ち去ろうとするアヤメを楠木は呼び止めた。何か問題があったかと振り返るアヤメに楠木は告げる。

 

「あのコーヒー水まんじゅうだが、コーヒーの豆を変えた方がいいな。あれでは酸味が強すぎる」

 

「あ、私も同意見です。あとはコーヒーが苦くなるなら、あんこをもうちょっと甘くするともっと美味しくなるかも」

 

「なるほど。では、ミカさんにはそのように伝えておきますね」

 

 そのアドバイスを聞いて、今度こそアヤメは退室した。

 アヤメが去ってしまってから、秘書は彼女について気になることが浮かび上がった。

 

「ところで、彼女の動機はいったいなんなのでしょうか。理由が分からないことには素直に信用し難く思いますが……。司令はご存知なのですよね」

 

 それを聞いた楠木は目を細めて皮肉げに笑った。

 

「くだらん理由だ」

 

「教えてはくださらないのですか?」

 

「自分で探ってみろ。ほら、休憩は終わりだ。お前も仕事に戻れ」

 

 それ以上何か言うつもりはないようで、楠木はデスクに戻ると作業に集中する。秘書も聞き出すのを諦めて書類を整理するためにソファから立ち上がった。

 

 

 *

 

 

 アヤメはその日の夜に仕込みのためにリコリコを訪れていた。

 

「こんばんは。お邪魔しますよ」

 

「おー!いらっしゃーい、もうお店閉まるけどね。こんな時間にどしたの?アヤメもボドゲしに来たん?」

 

「いいえ。はい、これ。千束先輩に」

 

 アヤメは出迎えた千束にプリントを渡した。DAからの通知だと気づいて、バックヤードに入りながら内容を見た千束はゲッと声を漏らして固まる。そのプリントを後ろから覗き込んだミカは内容を読むと千束を叱りつけた。

 

「千束!お前まだライセンス更新してなかったのか。期限は明日までだぞ」

 

「え〜、だって〜。アヤメもなんでこんなんわざわざ持ってくるんだよぅ」

 

「だって、電子メールでの通知は散々無視してたでしょう」

 

「うぐっ……」

 

「はぁ……千束、お前なぁ……」

 

「なので、こうして言い訳できないように直接通知を届けに参った次第です」

 

「うぇぇ、やだやだ、行きたくなーい。だって遠いし、雨だし、そもそも本部嫌いだしぃ。楠木さんもその辺融通聞かせてくれればいいのに。どうせなら直接文句言いに行ってやろうかな」

 

 DA本部を毛嫌いしている千束はぐだぐだと行きたくない理由を並べ立てるが、それを認める訳にもいかない。ライセンスが無ければ仕事を続けることは出来ないし、そうなれば1stリコリスの立場も剥奪され、1stリコリスのいなくなったリコリコ支部は畳まれる羽目になる。

 それを千束が知らないはずはないのだが、それでも嫌なものは嫌なのだ。彼女が言い訳を続けていると、突然、勢いよく更衣室の扉が開いて下着のみを身につけたたきなが姿を現した。

 

「司令に会うんですか!?」

 

「ちょっ、たきな先輩!?」

 

「おぅ!?馬鹿、服ぅ!!!」

 

 千束は自身の反射神経を最大限活用して一瞬で扉を閉める。そして、見てないだろうな、という圧を込めてミカを睨みつけた。ミカは素知らぬ顔で明後日の方角を見つめる。そんなものには興味はないとでも言いたげだ。

 直後、再び扉が開いたことに千束もアヤメもギョッとしたが、たきなが制服に着替え終わっていることに安心する。

 

「ほっ……」

 

「いや、着替えんの早っ」

 

 本部に向かうと聞いたたきなは、そんな2人の様子も気にならないほどに必死だった。DAに復帰出来るかもしれないチャンスを前に、藁にもすがる思いで千束に頭を下げて懇願する。

 

「明日、私も本部へ連れていってください」

 

「え」

 

「よろしくお願いします」

 

 さらに深く頭を下げるたきなに、ミカやアヤメと目を合わせた千束は仕方なさそうに笑ってため息をついた。もし、たきなが本部へ戻ってしまったら寂しくなるが、それに協力すると決めた以上はしょうがない。

 

「……いいよ。連れてったげる」

 

「ありがとうございます!」

 

 顔を上げたたきなに笑顔を見せた千束は店の表に戻ると、残っていた客に両手を合わせて謝った。

 

「みんなごめん!私、多分明日来れない!」

 

「ありゃ、残念」

 

「もしかして、さっき渡されてたプリントって追試のお知らせ?」

 

「違わい!そういう伊藤さんは明日が締切でしょうが!」

 

「ぐぅ!?そ、それでも私にはアヤメちゃんがいるし!」

 

 千束をからかおうとしてカウンターを食らった伊藤から縋るような眼差しを受けたアヤメはそれを苦笑して断る。

 

「明日は僕も呼ばれてるので、ごめんなさい」

 

「そんなぁ!?」

 

 顔を青くした伊藤は慌てて自身の進捗と残り時間を照らし合わせて計算を始める。そして、およそ間に合いそうにない事に気づくと絶望した顔でテーブルに突っ伏した。しかし、そんな伊藤に対して周りの常連客はドライだった。

 

「普段からアヤメちゃんに頼ってることを反省するいい機会っすよ」

 

「今のうちに担当さんに謝っといた方がいいんじゃないか?」

 

「うるさーい!参加すると言ったら参加する!締切がなんぼのもんだ、原稿なんてちょちょいのちょいで終わらせる!でも、アヤメちゃん、早く帰って来れたら手伝ってね?」

 

「漫画家、お前それでいいのか……?」

 

 威勢よく啖呵を切る伊藤はすぐにその虚勢も剥がれ、子犬のような目でアヤメを見つめる。アヤメはそれを受けて曖昧な笑顔で頷いた。正直なところ、明日はリコリコに来る予定はないが、心折るようなことをしたくない彼女の精一杯の配慮だった。

 

「あ、忘れるところでした。ミカさん、楠木司令とその秘書さんから試作品の感想、頂いてますよ」

 

「おう、どうだった?コーヒー水まんじゅうは」

 

「コーヒーとあんこの組み合わせはウケてましたよ。あとは、コーヒーの酸味を抑えてあんこを甘くすればもっと美味しくなると言ってました」

 

「ううむ……なるほど。それなら、少し豆のブレンドを変えてみなくちゃな。2人には完成品を楽しみにするよう伝えておいてくれ」

 

「はい、承りました」

 

 水まんじゅうについて話していると、ミズキがぬるりと近づいてきてアヤメの肩に腕を回した。

 

「そんで、今回はなんの企みがあって来たのよ?」

 

「ミズキさん、お酒臭いんですが……。明日が休みだからって飲み過ぎですよ」

 

「いいでしょ、休みなんだから。話逸らしてないでこっちの質問に答えなさいよ」

 

 いつの間にかミカも顔を寄せて内緒話を聞く姿勢になっている。アヤメもこの2人なら別にいいか、と今回の作戦名を告げた。

 

「題して、〈雨降らせて地固める大作戦〉です」

 

「……ん、なんて?雨降らせて?なにその微妙な名前は」

 

「地固める……いや、まさか、千束たちの関係にテコ入れするつもりか」

 

「最近のたきな先輩の様子を見てると、あと一押しって感じなので、ちょっと強引にそのきっかけを作ってしまおうっていう魂胆です」

 

「ハァ、なるほど。たしかに、近頃のたきなはちょっと不安定だったからな」

 

 3人で顔を寄せあってると、その姿を怪しんだ千束が近づいてきて後ろからアヤメの頭を小突いた。

 

「そこ!なぁにコソコソしてんの」

 

「「「内緒」」」

 

 3人は口を揃えて答える。この組み合わせの内緒話に、先月のウォールナット護衛任務で騙されたことを思い出した千束は嫌そうな顔をした。

 

「えー、またー?この前みたいなのはやめてよ」

 

「またドッキリで泣いちゃうと困るもんね〜?」

 

「え?千束ちゃんがドッキリ仕掛けられて泣いたって?」

 

「その泣き顔がこちらになりまーす」

 

「わー!?まだ持ってたのか!やめれー!」

 

 ミズキが端末に保存された千束の泣き顔を客に見せびらかしに行き、それを止めに追いかける千束も店の中を走り回る。アヤメがそれを笑って見ていると、ミカが後ろからその肩に手を置いたので、アヤメはミカの方へ振り返った。

 

「大丈夫なんだな」

 

 真剣な表情をするミカに、アヤメはいつもどおりの笑顔で応える。

 

「大丈夫です、任せてください。きっと、明日の夕方には2人とも仲良く並んで帰って来れるようになりますから」

 

 そして、アヤメはミカにもう帰ることを伝えると、残っていた客達に帰りの挨拶を済ませていく。

 ミカは店を出るアヤメの背中を複雑な表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

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