ゼロと師   作:シャザ

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1章 王女の手紙

 講義を終えたルイズ達は、自室でゆっくりと過ごしていた。

 ルイズはベッドに座りながらと足をプラプラさせたり、本を読んだり、かと思えばレイピアをじっと見てたりして落ち着きがない。

 流石に心配になったベレトは少女に話しかけた。

 

「…る、ルイズ?」

 

「…………。…あれ、今呼んだ…?」

 

「…どうしたんだ、講義が終わってからずっとぼんやりしているが」

 

「……ええと、ごめんなさい(せんせぇ)。実は、あんまり調子よくないのかも」

 

 ルイズは困ったような笑みを浮かべる。

 

「そうか、早めに寝た方がよさそうだな。今日は慣れないことばかりだったし、休息は必要だ」

 

「…そうさせてもらおうかしら」

 

 ルイズが頷いたその時、何者かがドアをノックする。

 ルイズが扉を開けると、そこにいたのは真っ黒い頭巾を頭にかぶった少女だった。

 

「……誰だ」

 

 ベレトが問いかけると、少女は杖を取り出し短く詠唱を行った。

 傭兵は剣を抜こうとするが、その前にルイズが制止する。

 

(せんせぇ)待って!これはディティクト(探知)マジックよ!」

 

「…ディティクトマジック?」

 

「魔法で動くものに反応する探知の魔法ね」

 

 ルイズの説明に、少女はこくりと頷いた。

 

「どこに目や耳が紛れているかわかりませんから…」

 

 少女が頭巾を取ると、そこにあったのはアンリエッタ王女の姿だった。

 

「え、姫殿下!?」

 

「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」

 

 慌てて膝をついたルイズを、王女は嬉しそうにぎゅっと抱きしめた。

 

「ああ、ルイズ!なんて懐かしい…!」

 

「ひ、姫殿下…!どうしてここに…?」

 

「まあ、おともだちの顔を見に来るのに許可が必要なの!?そんなのさびしいではありませんか!

ここには母上も、骨ばった枢機卿も、友達面をして寄ってくる欲望まみれの宮廷貴族もいないのです!」

 

 ルイズは顔を上げると、アンリエッタ姫を抱きしめ返した。

 

「…今でも、おともだちですよ姫殿下!幼いころ泥だらけになって遊んだ日々も、お菓子やドレスを取り合ってケンカしたことも、大切なたからものなんです!」

 

「ああ、ルイズ…。…あの頃に戻りたいわ。……しあわせ、だったもの」

 

 ポカンとベレトは自分たちの世界に入り込んだ二人を見ていたが、とりあえず口をはさむことにした。

 このままでは延々と続きかねないと思ったのだ。

 

「ルイズ、王女と幼馴染だったのか」

 

「ええ、そうよ。…もう、忘れられてるとばかり思ってたんだけど……」

 

「もう、忘れるわけがないじゃないルイズ。……あなたがうらやましいわ。

これからの人生を、自由に生きられるんだから」

 

 憂いを含んだアンリエッタの言葉に、ルイズは心配になった。

 仕えるべき王族である前に、彼女は友人なのだ。…その不安を拭いたいと思うのは自然のことだろう。

 

「姫殿下…?なにか、悩みがあるのですか?」

 

「……わたくし、結婚するのよ」

 

「…え?………あ、おめでとう、ございます…」

 

 結婚するというのに悲しそうなのだから、きっと自分の意思なんかこれっぽちもない政略結婚だろうと、ルイズは気づいた。

 ベレトは姫と目が合う。

 

「……あら、こんばんは。…ごめんなさい、お邪魔しちゃったみたいね」

 

 ルイズは目を丸くした。

 

「え、お邪魔だなんて…。どうしてそう思ったのです?」

 

「だってそこにいる男の人、あなたの恋人なのでしょう?」

 

「え゛…。ええええええ!!?ちょ、まっ!」

 

 ルイズは顔を林檎のように真っ赤にして慌てている。ベレトは苦笑いして否定した。

 

「ああ、自分は使い魔だ」

 

「え?……人、に見えるのですが」

 

 困惑するアンリエッタ姫に、ルイズが説明する。

 

「あ、(せんせぇ)は使い魔ですよ姫殿下。凄腕の傭兵で教師でもあるんです!」

 

「…せ、せんせい…??」

 

「………あ。い、今のは聞かなかったことに…できませんよね?」

 

 自分の失言に気づいたルイズは慌てて発言を取り消そうとするが、時すでに遅し。

 ポカンと口を開けて呆然としていたアンリエッタ姫は、少しだけ元気を取り戻したのか小さく笑う。

 

「うふふ、相変わらずあなたって変わってるわ、ルイズ・フランソワーズ」

 

「そ、それはもういいでしょう!?…姫殿下、相談したいことがあるのでは…?」

 

「………結婚するのは、ゲルマニアの皇帝よ」

 

 ルイズは真顔になった。ゲルマニア嫌いの彼女にとってよほど信じられなかったようだ。

 

「は?あの野蛮で礼儀知らずな連中を率いる、アレですか!!?」

 

「ええ、そうよ。でもしかたがないの、同盟を結ぶためなのですから」

 

 彼女はハルケギニアの情勢をルイズに語った。アルビオンという国で反乱が起き、王室が倒れる寸前だということ。

 反乱軍が勝った場合次はトリステインが狙われること。対抗するためにはゲルマニアとの同盟が必要不可欠で、同盟の条件としてアンリエッタ姫を皇帝に嫁がせることになったということ…。

 

「…そんな…!」

 

「彼ら恥知らずの反乱軍は、婚姻を妨げるための証拠を探しているようです。」

 

 ベレトは凄くいやな予感がした。

 

「……まさか、それに該当するものが敵の領域にあるのか…?」

 

「…………はい。かつて、王家のウェールズ皇太子にしたためた、一通の手紙です。

内容を言うことはできませんが…ゲルマニアの王室に渡れば怒り狂うことは間違いありません」

 

 アンリエッタ姫はベッドに身体を横たえ、さめざめと涙を流す。

 

「ああ、破滅です!ウェールズ皇太子は遅かれ早かれ反乱軍に囚われて酷い責め苦をうけるでしょう!

手紙の事が明るみに出たら反乱軍は喜んで手紙をゲルマニアに送り付けるでしょう!!

そんなことになったらトリステインはいけすの魚同然、食べられるのを待つだけ!!」

 

「…そんなことにはさせないわ!!姫殿下、わたしがその手紙を取ってきます!」

 

「…無茶です!!たった一人でアルビオンに乗り込むだなんて自殺行為だわ!」

 

「大丈夫です!(せんせぇ)と一緒ならきっとどんな困難でも乗り越えられます!

だって、フーケを捕らえられたのは彼の力があってこそなんです!」

 

 ルイズの熱弁に、ベレトはなんだか気恥ずかしい気分になった。ここまで高評価だったとは思ってなかったのだ。

 

「ルイズ…」

 

「それに姫さまとトリステインの危機を見過ごすわけにもいきません!」

 

「ああ、ありがとう、本当にありがとうルイズ・フランソワーズ!」

 

 盛り上がっている二人をよそに、傭兵は妙な音を聞いて扉の方をじっと見る。

…アンリエッタ姫はちゃんと扉を閉めたはずなのに、少しだけ開いていた。

 

「………」

 

 傭兵は音もなく立ち上がると、扉の向こうにいる人物を羽交い絞めにした。

 

「ぎゃああああ!!!ちょ、まってまって!!」

 

 そこにいたのは教え子の一人、ギーシュだった。拘束したままベレトは問いかける。

 

「…こんな夜中になにしてるんだギーシュ…」

 

「ええと、散歩だよ先生」

 

「………女子の部屋の前で盗み聞きしてたの間違いだろう?正直に言わないと首がすごい方向に曲がるぞ?」

 

 傭兵の目は笑っていなかった。ギーシュはビビッて本当のことを話し出す。

 

「護衛をおいて移動している姫さまのあとをついてきたんだ。悪人に襲われないとも限らないからね」

 

「ううん、コイツほんと…。どうします姫殿下、このバカ秘密の話を聞いちゃったみたいなんですが…」

 

「困ったわね…。今の話を聞かれたのは、まずいわ…」

 

 拘束されたままのギーシュがわめく。

 

「姫殿下!その任務、このギーシュ・ド・グラモンにお任せあれ!」

 

「グラモン…、ああ、元帥の…!」

 

「息子でございます、姫殿下。……ところで先生、そろそろ離してくれると嬉しいんだけど…」

 

「ああ、いいぞ」

 

 少年は羽交い絞めから解放されると、アンリエッタ姫へ一礼する。

 

「任務の一員に加えてくださるなら、これはもう望外の幸せにございます、姫殿下」

 

「ええ、とても心強い味方です。あなたの父上はすばらしい貴族ですが、あなたの中にもその正義の血が流れているのね。

では、この不幸な姫をお助けください、ギーシュさん」

 

「……は、はいっ!!」

 

 感極まって泣き出したギーシュから視線を外したアンリエッタ姫は、ルイズに向き直った。

 

「では、明日の朝早くからアルビオンへ向かいます」

 

「ええ、ウェールズ皇太子はニューカッスル付近に陣を構えていると聞きました。

使い魔さん、紙とペンをお借りします。………」

 

 彼女は手紙をしたためると、その手紙を悲しそうな目で見つめてから、ルイズに手渡そうとして…その動きを止めた。

 ルイズは怪訝な顔をする。

 

「…姫さま…??」

 

「あ、ええと…少しだけ、待ってもらえる…?」

 

 彼女は手紙の末尾に一行を付け加え、泣きそうな顔でルイズに手渡した。ベレトは静かに問いかける。

 

「……悲しいのか?」

 

「…ええ、自分の心に、ウソをつけなかったの。…ごめんなさい、ウェールズ様…

 

 それはまるで…ラブレターでもしたためたような、どこにでもいる少女の顔だった。

 何も言えないルイズに、アンリエッタ姫は右薬指に付けていた指輪を渡す。

 青い宝石が嵌まっているそれは、まるで綺麗な水のようにきらめいた。

 

(…サファイア、か…?)

 

「これは、王家に伝わる秘宝『水のルビー』です。もし路銀に困ったなら遠慮なく売り払ってかまいません。

…お守りとして持って行ってください」

 

 ルイズは深く頭を下げた。

 

「…この任務の結果次第で、このトリステインの未来が変わるでしょう。…どうか、その指輪の加護がありますように…」

 

 

 朝もやの中で出立の準備をしていたベレトは、隣で準備をしていたギーシュに声をかけられる。

 

「先生、お願いしたいことがあるんだ。…僕の使い魔も連れていきたいんだよ」

 

「……ああ、そういえばいるはずだな。今まで見たことないが…」

 

「そういえばそうか。…来い、ヴェルダンデ!」

 

 ギーシュが足で地面を叩くと、地中から茶色の大きい生物が現れた。

 彼は土まみれのそいつをぎゅっと抱きしめ深呼吸を始める。

 

「ああ、ヴェルダンデ!今日も世界一かわいいねスーハースーハー!」

 

 いきなり奇行を始めたギーシュに傭兵はドン引きするしかなかった。

 

「……なにこれ」

 

 思わず口にでた疑問に、準備を終えて様子を見に来たルイズが答える。

 

「…ジャイアントモール、巨大モグラね」

 

「も、モグラ…!?小型の熊と同じくらいの大きさがないか…?」

 

「ええ、基本害獣よ」

 

「ひ、酷いぞルイズ!ヴェルダンデのどこが害獣だっていうんだ!」

 

「そのサイズで地中を掘り返しまくって土砂災害引き起こす生き物は害獣以外のなにものでもないのよ!!」

 

 ギーシュはがっくりと肩を落とす。ルイズは落ち込む彼に追撃を叩き込んだ。

 

「それにジャイアントモールなんか連れていけないわ。…アルビオンがどういう立地かわかってるの?」

 

「………あ。あああ…。たしかにそうだったぁ…。お別れだなんて寂しいよ、ヴェルダンデ…」

 

 ギーシュは悲しそうに泣き始めたが、モグラの方は無視してルイズに擦り寄った。

 そのまま押し倒して彼女の身体をまさぐりはじめる。

 

「ギャーーー!?なになになに、こわいんだけど!」

 

「アレは、なにやってるんだ…?」

 

「ルイズー、もしかして宝石かなにか持ってないかい?ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」

 

「なんて生態だ…」

 

「この、離れなさいモグラ!姫さまから預かったルビーに鼻をくっつけないで!!」

 

 ルイズがてんやわんやしているその時、彼女を押し倒していたモグラが一陣の風に吹き飛ばされた。

 

「!!今のは…魔法か!」

 

「だ、誰だ!?よくも僕の使い魔を!!」

 

 ギーシュは風の吹いた方向へ杖を掲げた。…が、すぐに杖を落とされることになり目を丸くする。

 …そこに現れたのは、羽根帽子をかぶった貴族だった。先日アンリエッタ姫を護衛していた騎士だと、ベレトはすぐに気づく。

 

「…ああ、ぼくは敵ではないよ。姫殿下に命じられて君たちに同行する助っ人さ。

この秘密作戦には武力が必要な場面も多くあるだろうとの姫殿下の予想だ」

 

「……なるほど」

 

「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長のワルド子爵だ、よろしく」

 

 予想以上のビッグネームの参戦に文句を言おうと身構えたギーシュはうなだれた。

 何度戦ったとしても全敗するほどの実力差があると理解しているからだ。

 

「すまないね。婚約者がモグラに襲われているのを見過ごす真似はできない」

 

「こんやくしゃ。」

 

 ベレトはルイズの方を見た。

 

「…お、お久しぶりでございます、ワルドさま…」

 

「ああ、久しぶりだねぼくのルイズ!…よっと!相変わらず軽いなきみは!まるではねのようだ!」

 

 人懐っこい笑みを浮かべながら、彼はルイズを抱きかかえた。ルイズは恥ずかしいのか顔を赤らめている。

 

「…もう、小さい子供じゃないのですよ。…お恥ずかしいですわ…」

 

「ああっと、すまない。…さあ、彼らのことを紹介してもらいたいな」

 

 ワルドに下ろされたルイズは、二人を交互に指さして紹介する。

 

「ギーシュ・ド・グラモンと、わたしの使い魔の…ベレトです」

 

「……へえ?…人が使い魔とは…。ぼくの()()()が、お世話になっているよ」

 

「そうか、自分はベレトだ、ワルド殿。召喚される前は傭兵をしていた」

 

「ほう、傭兵…!あの『土くれ』を捕まえたその実力、頼りにさせてもらうよ」

 

 ベレトの脳裏に、小さな違和感がちらつく。…が、それは一瞬のことだったので気のせいだったのかもと彼は思いなおした。

 

「……ああ、任せてくれ」

 

「それじゃあ諸君、出発だ!…さあ、おいでルイズ」

 

 ワルドはルイズを抱きかかえると、グリフォンに跨った。ベレト達もそれに続く。

 …アルビオンへの長い旅が始まった。

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