魔法学院を出たベレト達は馬で二日の距離にある港町ラ・ロシェールに向かっていた。
ベレトとギーシュは二回馬を交換したが、ワルドの乗るグリフォンは疲れ知らずで疾走を続けている。
「…ねえ、ちょっとペースを落とすべきじゃない?」
口調を戻したルイズは、ちらりと後ろを見る。ギーシュの顔色が悪いのだ。
長い間馬に乗り疲れが出ているらしい。ベレトはそんなギーシュの事が心配でスピードをわざと落としていた。
「このままじゃギーシュと
「…置いていけばいいさ。ぼくらはラ・ロシェールまで止まらずに行くべきだ。」
「そんなわけにはいかないでしょ…。仲間や使い魔を置いていくなんてメイジのすることじゃないわ」
「………ルイズ、やけにあの二人の肩を持つんだな。…聞きたいことがあるんだが、いいかい?」
ワルドは微笑みながらルイズに質問した。
「…あの使い魔の青年のことさ。…いったいどんな関係なんだい?」
「え…。ああ、
「よかった、恋人とか言われないで。…婚約者のきみに恋人だなんて、ショックでグリフォンから落ちて死にかねないからね」
「こ、こいび…!?もう、からかわないで!親同士がたわむれに決めたことじゃない…」
顔を赤くしたルイズに、ワルドは昔と変わらない態度で接する。
「おや、ルイズ!ぼくの小さなルイズ!ぼくのことが嫌いになってしまったのかい?…それは、さびしいな」
「ち、小さくなんてないもの。もう十六歳よ、わたし…」
「…ぼくにとっては未だに小さなルイズだよ。」
ルイズは、ふとつい数日前に見た夢を思い出す。…あれは、懐かしいひとに会えるという、始祖ブリミルのお告げだったのかもしれないと彼女は思った。
…親同士が決めた結婚。十年も経ったからか、もはや彼のことなんて思い出すこともなかったのだ。…あの夢を見るまでは。
「…きらい、ではないと思う」
「よかった、じゃあ、
「……?どうなのかしら…?もう十年も経ってるからよくわからないわ」
ワルドは手綱を握ったまま、彼女の肩を抱く。
「ぼくはきみのことを忘れずにいたんだよ。…覚えてるかい、ぼくの父が戦死して…」
「ええ、すぐに街に出たのよね。魔法衛士隊に入って、今じゃ隊長を任せられてるんだもの」
「ああ、立派な貴族になってきみを迎えにいくために、ね。ここまでくるのに十年か…長かったな」
「…さすがに冗談、よね?…こんなちっぽけな婚約者より、もっといい人はいると思うわ」
ルイズの困惑する声に、ワルドはあくまでも冷静だった。
「…この旅はいい機会さ、ルイズ。一緒に旅を続ければ、またあの懐かしい気分が戻ってくるだろう。」
「……そう、かしら…」
ルイズはその言葉に頷くことができなかった。
(…嫌いってわけでは、ないはずなんだけど…。)
ルイズが後ろを振り返ると、ぐったりしたギーシュをベレトが心配そうに励ましているのがわかった。
…彼女は仲がよさそうな二人にため息をつくと、そのまま前を向いた。
「…とんでもない体力だな…。もう半日も走ってるのに息切れすらしていないようだ。……おーい、生きてるかギーシュ」
ベレトは上半身を馬の首に預けているギーシュに声をかける。
「し、死にそうだよ先生…。……そんなことより、いいのかい?」
「……なにが?」
「あのワルドとかいうルイズの婚約者のことさ。…先生はあの男についてどう思ってるんだ?」
「…どう、といってもな。婚約者がいたことには…まあ、驚いた。それもアンリエッタ姫が護衛に選ぶほどの実力者だということもだ。
…でも、その程度だ。彼女が納得しているならそれでいいと思う」
ギーシュには聞きたいことがあった。…ベレトはルイズの事をどう思っているか、という素朴な疑問である。
「てっきり嫉妬でもしてるのかと思ったよ、僕は。」
「し、嫉妬?…ワルドに?」
「いきなり婚約者が出てきて、どう接すればいいか困ってるように見えるんだ」
図星なのか、傭兵は少し目を逸らす。
「…しばらくは距離をとるべきだ…なんて言わないでくれよ?」
「……馬に蹴られろとでも?」
「普段と同じように接していいんじゃないか?…きっと、ルイズもそれを望んでるよ。
…あの婚約者がどう思うかは知らないけど」
「他人事だと思って…。…ありがとう、ギーシュ。」
ベレトの感謝の言葉に、ギーシュは嬉しそうに笑った。
「はははっ!ここ最近世話になってるからね、これくらいは言うさ先生!」
それから何度も馬を乗り継いだ一行は、その日の夕方のうちにラ・ロシェールに到着する。
ベレトは、どう見ても山の中だったので首をかしげている。
「港町…?山の中にしか見えないが…」
「…先生、アルビオンがどこにあるか知らないのかい?」
「ああ、てっきり海に囲まれた島国だと思っていたが…」
ギーシュは楽しそうに笑った。
「…なるほど、たしかにフネで行くと言われたらそっちを思い浮かべる人もいるか。
…まあ、実際に見ればわかるよ」
「ああ、楽しみだ。……!」
その時、一行の頭上から松明が投げ込まれる。炎が燃え上がりベレト達をいきなり照らしたそれに、馬は酷く驚いてしまったようだ。
馬から放り出されたギーシュは動揺する。
「ななな、なんだァ!!?」
「ギーシュ、敵だ。…崖の上に陣取っているらしいな」
明るく照らされたベレト達を狙った矢が崖から降り注ぐ。…が、ワルドの放った竜巻が矢を弾いた。
「大丈夫か!?」
「ああ、自分たちにケガはない!」
ベレトは崖の上にいるだろう敵を睨みつける。その時、ベレトの隣にソティスが現れた。
「おぬしおぬし、いい考えがあるぞ!」
「…なんだ、ソティス」
「天帝の剣を崖の上に突き刺してじゃな、それを利用して崖を登るのじゃ!」
「……理屈はわかるが…。…わかった、やってみるとしようか」
ベレトは天帝の剣を構えると、崖の最上部に突き刺す。
「せ、
「少しだけ待っていてくれ、すぐに終わらせてくる!」
傭兵は遺産を使い崖の上に登る。
そこには複数の男たちが弓を持って立っていた。崖から狙い撃っていた男たちは見慣れない剣士に眉をひそめる。
「…な、なんだてめぇ!!」
ベレトはデルフリンガーを抜くと、近くにいた敵に斬りかかった。
腹部に致命傷を負った仲間に、周りの敵は動揺する。
「ご…はァ…!?」
「…次だ」
ベレトが剣を振るたびに、鮮血が辺りに飛び散る。
「ひ、ひぃッ!!な、なんだこいつはあああ!!」
錯乱した敵がサーベルでベレトを攻撃するが、逆に首を斬られて倒される。
そのまま三分の二がベレトによって倒されたその時、残りの敵に暴風が襲い掛かった。
「「「ぎゃあああ!!」」」
「…大丈夫?」
その暴風を起こしたのは、なんとタバサだった。彼女はシルフィードに騎乗しており、その後ろにはキュルケの姿もあった。
「ああ、問題はないな。…で、何をしてるんだ…?」
「ふふふ、せんせが馬に乗って出かけてるのが窓から見えたから、慌てて後をつけたのよ。
…助けは要らなかったみたいだけどね」
キュルケは周りの惨状に肩をすくめた。たった一人で大勢の敵を相手取り勝利するなんて予想外だったのだ。
「…さて、寝たふりはよせ」
ベレトは倒れていた男をつま先で軽く蹴る。すると、死体のフリをしていた賊が悪態をつく。
「ぐえッ!クソ、逃げる隙を探してたのに…!」
「誰の命令だ?」
ベレトの質問に、男は小馬鹿にするように鼻で笑う。
「へへ、ただの物取りだよ俺たちは!」
傭兵は容赦なく勢いよく胴体を踏みつけた。バキリと嫌な音が響く。
…肋骨辺りが折れたのだろう、男は顔を真っ青にしながら悲鳴をあげた。
「ぎゃあ!!」
「メイジの団体を襲っておいてただの物取りなわけないだろう。…こっちはお前をそこで転がってる死体の仲間に入れても構わないんだ。
…さあ、選べ。…ここで死ぬか、情報を吐くか…!」
ベレトの殺気に気圧された賊は、嫌そうに語り始めた。踏みつけられるのはもうごめんなのか、彼は地面に座り込む。
「…雇われたんだよ。今日、このロシェールに来たのを襲えってな。へんな男女の二人組だった」
「どういう連中だった?」
「…どっちも顔を隠してたから、詳しいことは…。女の方はフードを目深にかぶってたが…とんでもない美人だったぜ。
…男の方は…仮面をつけてた」
「それは…
ベレトの緊張した声に、男は急いで振り返ろうとしたが…風の刃が、容赦なく彼の身体を切り裂いた。
……誰がどう見ても致命傷であった。
「が、ァ…!?ち、ちく、しょ…」
男を殺した仮面のメイジは、明らかにタダモノではないオーラを纏っている。
「……誰だ、おまえは…!?」
ベレトは仮面のメイジに立ちはだかるが、メイジは無言で風の魔法を放つ。
《風薙ぎ》で風を斬り伏せたベレトは、その一瞬でメイジが姿を消したことを察する。
「………逃げられた、か」
「戦い慣れてる…敵も、あなたも」
タバサの言葉に、彼はにっこりと笑いかけた。相手の事を、彼女はよく見ている。
「…確かに、あのメイジの風は…今まで出会ったメイジのそれとはまるで違う。…冷徹だ。
…さて、ルイズ達が心配してるかもしれないし戻るか」
ルイズ達のところに戻ると、彼女は凄い顔でキュルケを睨んでいた。
「…あんた、なんで…!」
「楽しそうなことしてるじゃない、あたしたちも混ぜなさいよ」
「これ、お忍びなんだけど!!」
「先に言っておかないそっちが悪いわ」
キュルケは悪びれもしなかった。その視線がワルドに注がれる。
「あら、いい男♪おひげが素敵ね?」
ワルドはため息をついてにじり寄る彼女を左手で制止する。
「悪いが、近づかないでもらえるか。…婚約者が誤解するだろう?」
キュルケは頬をひくつかせる。
「…あたしって、魅力ないのかしら…?タバサぁ…なにか慰めの言葉が欲しいわ!」
「自信過剰」
「……じ、事実は時に人を傷つけるのよ、タバサ…」
一方、ベレトとワルドは困った顔をして話し合う。
「あの傭兵たちを雇った二人組、か…。こちらの情報がある程度漏れているかもしれないな…」
「片割れには出くわしたのだろう?」
「すぐに逃げられたが。目的を果たしたらすぐに逃げるあたり、抜け目がないな…」
敵は情報を持った傭兵の男をすぐに始末しに動いていたため、どこかで一行を監視していたのかも、とベレトは考えていた。
あまりにスピードが速すぎるのだ。
桟橋から戻ってきたルイズとギーシュは困った顔で大人たちに報告する。
「
「まったく、こっちは急ぎの用事なんだから、もう少し融通が利いてもいいんじゃないか!?」
それを聞いたキュルケはルイズに質問する。
「あたし、アルビオンには行ったことないけど、なんで明日は出ないのかしら?」
その質問にワルドが答えた。
「明日の夜は『スヴェル』の月夜、つまり月が重なる日だ。アルビオンはその次の日に最もラ・ロシェールに近づくからね」
「…なるほど…。じゃあ、一日ここに留まらなくてはいけないのか…」
ベレトの言葉に、ルイズはそわそわし始めた。アルビオンの王国軍は一刻を争う状態なのだ、足止めをされている場合ではない。
彼女が迅速に任務を成功させたいと思っていることは、誰の目から見ても明らかだった。
「とりあえず、この街で一番上等な宿にでも泊まろうか」
ワルドの言葉に、疲れの貯まった一行は頷いた。馬での強行軍で疲労がピークを越えたギーシュはもうぶんぶん首を振って嬉しそうだ。
「では…キュルケとタバサ、ベレトとギーシュ、ぼくとルイズが相部屋だ」
「……え?」
とんでもないことを言いだしたワルドに、ベレトは苦言を言い放つ。
「…少し、気が早いぞ。いくら婚約者だろうが、やってはいけないこともある」
「そ、そうよ!ダメに決まってるじゃない!」
「…大事な話があるんだ。…二人きりで、ね」
ワルドは、真剣な顔でルイズに向き合った。…ルイズは、その顔にどこか不安を覚える。
…が、そう言われてしまっては断ることもできなかった。