貴族相手の宿である『女神の杵』亭の一番高級な部屋で、ワルドはワインを注ぐ。
「ルイズ、一緒に一杯やらないかい?」
ルイズは少しだけためらう素振りをみせたものの、ワインを注いでもらう。
彼女はちょっとだけとまどいながらも杯をカチンとあわせた。
「ふふ、一度こうしてワインを一緒に飲んでみたかったのさ。姫殿下から預かった手紙は?」
「持ってるわ、ほら」
ルイズの出した手紙に、ワルドは満足そうに頷いた。ルイズはふと、この手紙について思考を巡らせる。
(…この手紙には、いったい何が書かれているんだろう…。そして、かつてアンリエッタ姫がウェールズ様に送った手紙って…?)
考え事をしているルイズを、興味深そうにワルドが覗き込んでいる。
「…心配ないよ、ルイズ。きっとウェールズ皇太子から姫殿下の手紙を取り戻せるさ!
なんてったって、ぼくがついてるんだから!」
「…ええ、頼りにしてるわ。あなたは昔から頼もしかったから。…で、話って?」
「ああ、そうだった!…覚えてるかい、ルイズ?あの日の約束を…、きみの実家の中庭にある、あの小舟で…。
きみはいつもご両親に怒られた後、あそこに隠れていたなぁ…。…捨て猫のようにうずくまってた」
「もう、へんなとこばかり覚えてるのね」
ワルドは楽しそうだった。
「そりゃあもちろん。…いつも、きみは姉たちと魔法の才能を比べられていた。でも、ぼくはずっとそれを間違いだと思っていたよ。
…たしかに、きみは失敗ばかりだったかもしれない。けれど、誰にもないオーラがあった」
「…精神的な話?」
「いや、ぼくはきみの中にある、特別な力に気づいていただけさ。ぼくだって並のメイジではないから、そういうのがわかる」
「冗談にしか聞こえないわ、ワルド」
「冗談なわけない。…例えば、きみの使い魔…」
ルイズは顔を赤くする。
「それって…
「そうさ。彼があの伸びる剣を使ったとき、左手が光っただろう?…あれは、ただのルーンではない。
…伝説の使い魔、『ガンダールヴ』の印だ。…始祖ブリミルの使い魔と言えばわかるかい?」
「…伝説の、使い魔…?」
ワルドは妖しい笑みを浮かべる。
「そう、きみはそれだけの力を持っているんだよ」
「…………、少しだけ、考えをまとめさせて」
「いいとも」
ルイズは彼の言うことを客観的に考えてみた。
(…たしかに
きっと冗談よね…?)
ワルドは熱っぽい口調でルイズに語りかける。
「……きみは、偉大なメイジとして歴史に名を残すだろう。始祖ブリミルの再来と呼ばれるきみが、目に浮かぶようだ…!
……この任務が終わったら、ぼくと結婚しよう、ルイズ」
「……は、え…?」
いきなりのプロポーズに、ルイズの頭は混乱してしまった。
「ぼくはこのままで妥協はしない!いずれは国を、ハルケギニアを動かす貴族になりたいのさ!!」
「ちょっと、わたし…まだ…!」
「もう、こどもじゃないだろう。きみは十六だ、自分のことは自分で決められるし…父上だって、すでに認めてくださってる。…確かに……」
彼は、ルイズに顔を近づける。…キスを、する気なんだとルイズは気づいてしまった。
「ほったらかしにしてしまったことは、謝らなくちゃ。婚約者だなんて言える義理でもない…。
けれど…ぼくにはルイズ、きみが必要だ」
「わ、ワルド……」
ルイズは、思わずレイピアの柄を、強く握りしめた。彼女が自身の使い魔に選んでもらった、初めての武器。
…彼の妻になってしまえば、もう二度と持ち歩くことはないだろうと少女は本能で察したのだ。
それを見たワルドの笑みが、消えた。
「…ごめんなさい、ワルド。わたし、まだあなたに釣り合うようなメイジじゃないわ。
もっと自分を磨いて…」
ルイズは、言葉を一つ一つ、選ぶように続ける。
「…小さいころから、思ってた。いつか、みんなに認めてもらいたいって…。…魔法を上手になって、父上と母上に褒められたかったの。
……ほんの少しだけ前に、わたしを認めてくれた人がいたのよ。………彼に、誇れる生き方をしたい…!」
「………きみの心の中に、ぼく以外の誰かがいるようだね」
「……ッ!?」
思いもよらないことを言われたルイズは動揺する。
「いいさ、ぼくだって無理強いはしたくない。取り消すよ、今返事をしてくれなんて言わないさ。
でも、この旅が終わった後、きみの気持ちはぼくに傾くはずさ」
「…そう、かしら」
「…さ、もう寝よう。長旅で疲れただろう?」
そう言うとワルドはルイズにキスをしようとする。ルイズは、思わず彼を押し戻してしまった。
「や、やめて!」
「……。」
「ごめん、ワルド…。そういうのは、今はやめて…」
「……こちらこそ、悪かったね。…急ぎすぎたかもしれない」
苦笑いしながらベッドに向かうワルドをよそに、ルイズはぼーっとうつむいている。
(…どうして?ワルドはこんなに優しくて、凛々しいのに、憧れだったのに…。
一方そのころ、ベレトは部屋に備え付けられていた盤上遊戯を遊んでいた。相手はギーシュである。
瞬く間に五連勝した傭兵は楽しそうに笑った。
「ああ!また負けたァ!!」
「ふふっ!まだまだ成長の余地がある、ということさ。さぁ、もう一戦だ!」
「おう、頑張れ相棒!十連勝目指そうぜ!」
壁に懸けたデルフリンガーが野次を飛ばしたり、どことなく楽しそうな雰囲気が漂っている。
「……なぁ先生、聞いてもいいかい?」
「…部屋割りのことだろう?」
「ああ、さすがにあれはね…。婚約者といっても、まだ夫婦になってない男女が二人きりは…」
「……それを言われたら自分も野宿しなければいけなくなるからなぁ。強くは否定できないんだ…」
それを聞いたギーシュ達は大笑いする。
「あはははは!!たしかにそうだったね!」
「そりゃそうだ!相棒とさして変わんねーじゃねえか!」
「うーん、すごく楽しそうだな二人とも。そんなに面白いか……、いや、客観的にみても面白いな…」
ひとしきり笑い終えたギーシュは、ふうっと息を吐く。
「……なあ、先生。先生だったら、彼らの部屋を盗み聞きできるんじゃないかい?
窓の外側に張り付くとかで」
「そんなことしないが。できないわけでもないけど、やるわけにはいかないだろう?
ワルドがルイズに変なことをしても、彼女なら拒絶するだろうし…」
「…ワルドがルイズを射止めたら、君はどうするんだよ…」
「……………どうも、しないさ。…恋愛関係に口出しすると後が怖い、そっとしておけばいいだろう」
どこか、あきらめたような顔をしていたベレトに、ギーシュは険しい顔をする。
「…先生!一度ルイズと話し合った方がいい!だいたい、ルイズがワルドに対してどう思ってるかも僕らは知らないんだぞ!?
ルイズの気持ちを勝手に想像して尻込みしてたらそれこそ彼女は怒るだろうね!」
「…明日一日ここに留まらざるを得ないからな、時間があるうちに話し合ったほうがいいか」
「キュルケ達は任せてくれ、僕が足止めしとくからさ。二人きりになれるように手配しておく!」
「あー、期待はしないでおくよ。…じゃあ、そろそろ寝るか…」
寝床を整えた傭兵に、あくびをしながらギーシュもベッドにもぐりこんだ。
「ああ、おやすみ先生」
翌日の朝、ベレトが目を覚ますと、扉がノックされる音が響いた。
開けた先には羽根帽子をかぶったワルドがいる。…ベレトには、彼が訪ねてくる理由がわからなかった。
「やあ、おはよう」
「…おはよう。…なにか用か?出発は明日だと聞いているが…」
怪訝な顔をするベレトに、ワルドはにっこりと笑う。
「きみは、伝説の使い魔『ガンダールヴ』なんだろう?」
「……それがどうした」
ベレトは言葉にこそしなかったが、突然『ガンダールヴ』の話題を振ってこられたので不信に思う。
ワルドは誤魔化すように首を傾げた。
「……その、あれだよ。フーケの一件できみは彼女を捕らえたんだろう?…興味があるんだ。
ルイズから聞いたけど、きみは異世界から来たそうだね?そして、『ガンダールヴ』でもある」
「『ガンダールヴ』のことをどこで知ったんだ?」
「ぼくは歴史とつわものに興味があってね…フーケを尋問したとき、きみの活躍を聞いて興味がでたんだ。
王立図書館でなにか手がかりはないかと調べた結果だよ」
ベレトは少しだけ納得した。
(…わりと勤勉なんだな…)
「あの『土くれ』を倒した腕前、是非見せてもらいたい。」
「…手合わせか」
傭兵は軽く笑いながら、剣の柄を撫でる。釣られたのかワルドもいたずらっ子のように笑った。
「そのとおり!さすがは傭兵、話が早くて助かるよ」
「どこか広い場所に行こう。ここでやるのは、ギーシュに申し訳ないから」
「…この宿は、かつてアルビオンからの侵攻に対抗するために建てられた砦だった。中庭に練兵場があるからそこで戦おう」
かつては貴族たちが鍛錬をしていたであろう練兵場は、今となっては物置として利用されている。
二人は、二十歩ほど離れて向かい合う。
「昔は、よくここで貴族同士の決闘が行われていた。…古き良き時代、フィリップ三世がこの国を治めていた時代さ。
今の腐敗した連中とは異なる、誇り高い貴族たちは名誉とプライドを賭けて決闘をしていた…」
「…そうか」
「でも実際のところ、くだらないことで杖を抜くことも多かったものさ。…例えば…女の取り合いとか、ね?」
ベレトはデルフリンガーを抜くが、ワルドは左手でそれを制止する。
「立ち会いには介添え人が必要だとは思わないかい?」
「…要るか?だいたい、誰に頼む気だ」
「…もう呼んでいるよ」
物陰からルイズが現れると、彼女は怪訝な顔をして二人を見た。
「…ワルド、こんな場所に
「ワルドは、自分と決闘をしたいらしいぞ」
ベレトがそう言うと、ルイズは呆れた顔をしながら決闘をやめさせようとする。
「ちょっと!なにバカなことをしてるの!?二人とも、子どもじゃないんだから!」
「大人である以前に、ぼくは貴族だ。…彼と戦ってみたいと思ったら、もう止まらないぞ」
「…
「…ルイズ。…大丈夫だ、なにも殺し合うわけじゃない」
明らかにやる気満々の使い魔に、ルイズはため息をついた。
「…もう!なんなのよ…」
「…では、始めよう」
「ああ、いくぞワルド…!」
ワルドが杖を構える。ソレを見たベレトは、すかさず斬りかかった。
いきなりカッとんでくるのは予想していたワルドだったが、その恐るべき速度に一瞬驚いた。
(……ッ!?はや…!!)
ワルドは杖で斬撃を防ぐが、ベレトの攻撃は止まらない。恐るべき連撃をさばきながら、ワルドは傭兵の狙いに気づいた。
魔法を使わせる暇を与えずにこのまま決着をつけるつもりなのだ。
「そうはいくか…ッ!!」
ワルドは魔法衛士隊仕込みの杖捌きで傭兵の腕に強打を浴びせ、距離をとる。
「おっと、距離を取られてしまったか。案外やるものだな、魔法衛士隊とやらも」
「ほざけッ!」
一呼吸整えたワルドは、今度は何かを呟きながら突きを繰り出す。
(魔法の詠唱をしながら白兵戦…!それがワルドの戦闘スタイルか!なら、強い一撃を叩き込んで詠唱を止める…!)
ベレトは実践仕込みの剣術と体術で、ワルドの詠唱を邪魔する。
そして、ベレトが振るったデルフリンガーの一撃がワルドを捉えた。
「ぐお…ッ!?」
「そこだ!!」
傭兵の追撃を、ワルドは直感で避けようとする。…ベレトの剣は、ワルドにギリギリのところで当たらなかった。
「…あ」
…反撃の『エア・ハンマー』が、傭兵を吹きとばす。
「はあ、はあ………!勝負あり、だ…!」
ワルドは勝利宣言するが、予想以上に苦戦したのか
「…ベレト、たしかにきみは、強い。だが、きみではルイズを守ることはできない…!!
ははは、ぼくの力を見たか、ガンダールヴ!!」
「…いてて……。興奮しすぎるなよ、ルイズが見てる前だぞ…」
ワルドは少しだけバツが悪そうに眼を逸らす。
「……おっと、すまない」
「せ、
「…ルイズ、勝ったのはぼくだ。婚約者の活躍に、なにか言うことはないかい?」
「あっ、おめでとう」
ルイズはそんなことよりも、ベレトのことが心配だった。
「……ルイズ、すまないが一人にしてほしい…」
「で、でも…!」
ワルドがルイズの腕を掴んだ。彼は首を横に振る。
「…一人にしておけ」
「…っ!!離して!…
ルイズは怒りながらその場を後にするのを、慌ててワルドも追いかける。
静かになった練兵場で、デルフリンガーがポツリと呟いた。
「…相棒、元気出せよ。あの貴族に互角に戦える奴なんて、きっと数えるほどしかいねえ。
ありゃ『スクウェア』クラスだ。…メイジじゃない相棒が互角なんだぜ?誇ることはあっても恥じることはねぇ、胸を張りな」
「……最後の一撃を外さなければ…。…悔しいな」
「しょうがねぇよ相棒、運がなかった」
「実戦では言い訳にもならないぞ、デルフ…。……はあ、なにか食べに行こう」
ベレトは立ち上がると、その場を後にする。その足取りは、どこか重かった。
一方、ルイズはワルドに怒っていた。…原因は、決闘を勝手にやったからである。
ワルドはなだめようとするが、あまり効果はないようだ。
「ワルド!バカじゃないのあんた!!こんな時に決闘だなんて!!姫さまの任務に支障が出かねないわ!!」
「お、落ち着いてくれ、ルイズ…」
「ついてこないで!!」
ルイズはワルドを置いて街に出ていった。…呆然とするワルドだけが、通路に残される。
「………はあ、失敗したな…。…ま、ガンダールヴの実力が知れただけでも収穫はあったと考えるべきか…。
…あの程度なら、奥の手を使えばひとたまりもあるまい…」
ワルドは、ルイズといたときと真逆の、冷徹な笑みを浮かべていた。