『イーグル』号がたどり着いた港は、白い発光するコケに覆われた鍾乳洞だった。
そこには多くの人が戦果を今か今かと待っている。
ウェールズが降りると、年老いたメイジが皇太子に駆け寄った。
「ほほ、なかなかの戦果ですな、殿下」
「今回は大成功だパリ―!硫黄だ硫黄!」
ウェールズが嬉しそうに報告すると、兵隊たちは大歓声をあげる。
「おお、硫黄ですと!?これで我々の名誉も守られるというもの!」
老人はあまりに感激したのか泣き始める始末だ。
「先王陛下よりお仕えして六十年…ここまで嬉しいことはありませぬ。…これだけ硫黄があれば…」
「ああ、
「…え?」
ルイズは思わず、自身の耳を疑った。…それはつまり、死ぬということだ。喜び合う老人と若者の言葉が、遠い異国の言語に聞こえてくる。
「……して、その方たちはいったい…」
喜んでいた老人はふと見覚えのない少女を見てウェールズに尋ねる。
「トリステインからの大使だ。とても大事な用があるらしくてね、彼らを城に案内しなければ」
「ふむ……?聞きたいことはありますが、殿下の命ならば…。大使殿、殿下の侍従を仰せつかっておりまする、バリーにございます」
一瞬怪訝な顔をした老メイジは、すぐに表情を改めて微笑んだ。
「遠路はるばるこのアルビオンに足をお運びになられて…。大したもてなしはできませぬが、今夜は最後の祝宴がささやかながら催される予定です。是非とも出席くださいませ」
ルイズ達がウェールズの後ろをついていくと、彼の部屋に通された。
…が、粗末なベッドとイスとテーブルしかないその部屋は、どこかもの哀しい雰囲気を漂わせている。
王子は机の引き出しから鍵付きの小箱を取り出すと、持ち歩いていた鍵を使ってそれを開ける。
「…それは?」
「…なにより大切なものだったからね。わざわざ細工師に作らせた宝箱さ」
中から出した手紙はすでにボロボロで、何度も何度も読まれたことが伺える。ウェールズはゆっくりとそれを読み返すと、封筒に入れルイズに手渡した。
「これが姫からいただいた手紙だ。…たしかに返却した」
「…はい、ありがとうございます」
「明日の朝、非戦闘要員が乗った『イーグル』号がここを出航する。帰りはそれに乗るといいだろう」
ルイズは思わず聞き返す。
「殿下…王軍に勝ち目はないのですか…?」
「ない!こちらは三百、敵は五万…ここまでくると笑いが出るほどの戦力差だ。我々にできることは派手に戦って死ぬことくらいだよ、ラ・ヴァリエール嬢」
「それは、殿下の死も含めて…ですか…?」
俯いたルイズに、ウェールズはあっさりと言った。
「当然だ。僕は、真っ先に死ぬつもりだとも」
「……殿下。失礼をお許しください…。聞きたいことがあるのです」
「何なりと申してみよ、勇敢な少女よ」
ルイズの声は震えていた。
「この、中身についてです」
ルイズはウェールズから預かった手紙を見せる。
「この任務をわたしに仰せつかった姫さまの態度は、尋常ではございませんでした。……姫さまと殿下は……恋人だったのでは…?」
「………鋭いな、きみは。ああ、たしかにそれは、きみの想像しているものだ。…ラブレター、というやつだよ。
この恋文がゲルマニアの皇帝に渡ればまずいことになる。…なぜなら、その恋文には始祖ブリミルの名において永久の愛を僕に誓った一文があるからだ」
「重婚になってしまう…ということですね」
「そうなってしまえばゲルマニアとの同盟の話はなくなる。ゲルマニアにとってトリステインが滅ぼうがどうでもいいだろうからね」
ルイズは思わず叫んだ。
「…殿下は、姫さまを愛しているのでしょう!?お願いです、亡命なされませっ!」
「……それは、できない」
「わたしは姫さまのことをよく知っています!恋人が危機に陥った時に、それを見捨てることはないはずです!!
あの密書の末尾に、亡命を勧める一文がっ…」
「……そんなものは、ないよ。彼女がそんなものを書くわけがない。……すまない、一人にしてもらえないか?」
「殿下ッ!」
諦めずに説得しようとするルイズを、ワルドが止める。
「…これ以上ここに居ても、殿下の心労になるだけだ。彼の言葉を信じよう、ルイズ」
「で、でも……こんなの、間違ってるわ」
ルイズの言葉に、ウェールズは微笑んだ。…なんとまっすぐで、正直な娘だろうか。
「……きみは、いい人だな。しかし、もう善人では打開不可能なところまできてしまったのだ、この国は…。
…さあ、パーティの時間だ。きみたちはアルビオンの最期の客人…楽しんでもらえるとありがたいな」
そう言われてしまっては、ルイズも納得するほかなかった。
ベレト達が部屋の外に出る中、ワルドは動こうとしなかった。
「……?まだ何か用かい、子爵殿?」
「ええ、恐れながら殿下にお願いしたい議があるのです」
「ほう、言ってみてくれ」
ワルドの願いを聞いたウェールズはにこりと笑う。
「なんともめでたい話だ。この僕でよければ、喜んでその役目を引き受けよう!」
パーティの会場は城のホールだった。簡易的に作られた玉座には年老いたアルビオン王が腰かけ、集まった参加者を見守っている。
明日滅びる国とは思えないほど華やかなパーティだ。王党派の貴族は煌びやかに着飾り、ご馳走が並んでいる。
「…なんというか、明日滅亡するにしては豪華だな」
「明日滅亡するからこそ、さ。終わりだからこそ明るく振る舞っている」
ワルドの言葉は、ある意味で真実だ。名残惜しい気持ちはあれど、終焉はくる。ならば最期のその時まで楽しみたいと願うのは、きっと当然のことだろう。
王の演説が終わり、アルビオンの貴族たちは最後の祝宴を楽しみだした。こんな時にやってきたトリステインの客人が珍しいのか、王党派の貴族たちがこぞって話しかけてくる。
悲観にくれた様子もなく料理や酒を勧められる。
「大使殿、このワインはどうですかな?お国で呑むものより上等ですぞ!ほら、お付きの方もどうぞどうぞ!」
「なにィ、いかんな!そのようなものを出してはアルビオンの恥というものだ!この蜂蜜を塗った鳥を食してごらんなさい!うまさで頬が落ちますぞ!」
誰もかれも最後にはアルビオン万歳!と言いながら去っていく。…ベレトはなんだか落ち着かなかった。
内乱で滅ぶ国を見て、素直に楽しめないのだ。確かに彼は帝国の将として王国と同盟を滅ぼしたが、それはあくまで敵だったからだ。
ルイズは暗い声で小さく呟いた。
「…
「ルイズ…」
「ちょっと外の空気吸ってくる……。…少し、一人になりたいわ」
ルイズが立ち去るのを、ベレトは見送ることしかできない。寂しそうにするベレトに、ウェールズが話しかける。
「やあ、ラ・ヴァリエール嬢の使い魔殿。…気分でも悪いのかい?」
「まあ、そんなところだ。…ルイズにとって、この国は刺激が強すぎるな。死を迎える直前に見る走馬灯のような国だ」
「なるほど、傭兵のきみからはアルビオンがそう見えるか」
ベレトが頷くと、ウェールズは微笑んだ。
「その通りだとも。かつての栄光、かつての誇りがあるからこそ、僕らは最後まで戦うことを選んだ。
…死ぬ恐怖よりも、守るべきものの方が大きいのさ」
「…何を守るというんだ?名誉の戦死なんて言ったら、自分は怒るぞ」
ベレトの疑問に、王子は語り始める。
「我々の敵、貴族派『レコン・キスタ』はハルケギニアを統一して『聖地』を奪還するという理想を持っている。
…それ自体は別に咎められるものではないが、連中はそのために流される民草の血を、荒廃するだろう国土のことを考えていないのだ」
「戦争を起こす側の野望なんて他国から見れば理不尽でしかないぞ。起こす側で戦ったことがあるが、敵の殺意がすごいことになってた」
「ある意味貴重な経験をしてるなきみ。…話を戻して、勝ち目がない戦いだとしても、せめて勇気と名誉の片鱗を見せつけ、ハルケギニアの王家は弱敵でないことを示さなければならない。
それで連中が野望を捨てるとも思えないがね…」
ベレトは首を振った。
「……全て壊されてなくなるぞ。誇りも、民の命も、あなたが愛したものは、このままでは全て…」
「それでも…だ。それが、内乱で滅ぶ王家の最期の義務だ。アンリエッタは、政略結婚をするだろうが…生きていてくれたなら、それでいい。…このことは、彼女には内緒にしてくれ」
去っていくウェールズに、ベレトは独り言を呟いた。
「………どうして、アンリエッタ姫が同じ思いをしているかもと考えないんだ……」
一方そのころ、バルコニーにいたルイズは悲しい気持ちでいっぱいだった。そんなルイズに気づいた誰かが、彼女に近づく。
気配に驚いた彼女は慌てて振り向いた。
「…だ、誰ッ!?」
「私さ、お嬢さん!!」
「………なーんだ、ヴィルキンソンさんか…」
「ひどくない!?」
ルイズの塩対応にヴィルキンソンは突っ込んだ。
「…で、なにか用?」
「いや、きみと話したいと思ってね。…この国は、きみにはどう見える?」
「…………、こわい。全員笑って死のうとしてる」
「…怖がらせてごめんねッ!?」
ヴィルキンソンは頭を抱える。どうも逆効果だと悟ったのか、彼はルイズに謝罪する。
「最後だからこそ客人に楽しんでもらいたかったが…要らない気づかいをさせてしまったようだなぁ…」
「どうして笑ってるんですか?明日、死んじゃうのに…」
「……私個人の理由でいいなら、いくらでも話そう」
ワインを一口呑んで、彼は語りだした。
「…生きる理由が、今の私にはないのだ」
「……生きる理由…?」
「ああ、既に終わらせてしまったのだよ。…心残りはない、というやつだ」
「ヴィルキンソンさんにだって家族はいるでしょう!?」
「いない。既にみんなこの世から去ったからだ」
ルイズは雰囲気の変わったヴィルキンソンに絶句する。先ほどまでおちゃらけていたのに、今の彼は別人のように落ち着いていた。
「…私には妹がいたんだ。勝ち気で正義感が強くて、きみに似ていた。彼女のためならなんだってできる気がした」
懐かしむようにヴィルキンソンは目を細めると、話を続ける。
「…五年前、彼女はいじめっ子を懲らしめたと私に自慢してきたんだ。翌日、街に出かけた彼女はいじめっ子の親が雇った傭兵に襲われた。
いじめっ子の親は多少痛い目に遭うだろうが、そこそこで終わらせると高を括っていたらしい。…傭兵は彼女を原型がわからないほどに痛めつけて殺していたのだ……!!
ヤツはその死体を私の実家に送り付け、へらへら笑っていた」
「酷い…」
「そうだな、まったくもってその通りだよ、お嬢さん。…あの日関わっていた者たちを全員始末した後、私の心には空洞ができた。
そんなわけで、今この場所を死に場所に決めたからこそ、ここに居るわけだ。明日、死ぬのが楽しみですらある。妹にやっと会えるのだから…」
部屋に戻ろうとしたベレトは、涙を流すルイズに出くわしてぎょっとする。
「ど、どうしたんだルイズ…」
涙を流しながら彼女は傭兵にもたれかかると、彼の体に抱き着いてくる。そのまま泣きじゃくるルイズの頭を、ベレトはしばらく撫で続けた。
「……やっぱりこの国嫌い。自分のことしか考えてないイヤな人たちばかり…。どうしてあの人たちは死のうとするの?どうして、どうして………」
「彼らには命より大事なものがある…ということだ」
「…愛する人を置いて死ぬことが大事なの?…死んだ人に会うために死ぬことが大事なの…!?」
「…さあ…。傭兵なんて生き延びてなんぼの世界だし、そこらへんは自分にもわからないな…」
ルイズは目をごしごし擦って、涙を止めようとするがうまくいかない様子だった。
「やっぱり、もう一回説得に行くわ」
「……手紙、姫さまに届けなければいけないんだろう?…もう、そんな時間は残されてないはずだ。
…それに、あの皇太子は頑固だから、自分で決めたことを曲げさせるのは難しいだろうな」
「………うん」
ベレトは、ふと思い出したように話題を変える。
「………ワルドから聞いた、明日ここで結婚式を挙げると。皇太子が媒酌をするそうだ」
ルイズは首をかしげた。彼女はそんな話を一言も聞いていないのである。
「…聞いてないんだけど、わたし…」
「……え、てっきりワルドが言ってるものだと思っていたが…。(…何考えてるんだあの男…、自分に言う前にまず婚約者に報告するのが先だろう…!?)」
「…
「しない…予定だったがやめた。明日ワルドに文句を言いに行くから、結婚式引き延ばしておいてくれ」
「……………わかった」
ベレトが結婚式をやめてくれと言わなかったので、ルイズは悲しくなった。
そして、最後の朝がくる。