ゼロと師   作:シャザ

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1章 裏切りのワルド

 ベレトは、ニューカッスルから疎開する人々の列を遠くからじっと見つめていた。

 なんとも世の無常さを感じる光景である。彼らは確実にそれまでよりも苦難の道を歩むことになるのだろう、その顔は昨夜と異なり暗いものが多いように感じる。

 しばらく見ていたベレトは、結婚式の会場である礼拝堂に行くために歩き出した。

 

「…さて、結婚式をぶっ壊しに行こうか」

 

「なんだ、結局相棒あのヒゲ貴族嫌いなんじゃないか」

 

「あんな舐めた真似して嫌わないのは聖人くらいだろう、デルフ」

 

 先日のワルドとの会話を思い出し、ベレトは珍しく苛立った顔をする。

 

 

『きみに言わなければならないことがある』

 

『…なにを?』

 

『明日、ぼくとルイズはここで、()()()()()()()。是非とも、ぼくらの婚姻の媒酌をウェールズ皇太子にお願いしたくなってね。

…快く引き受けてくれたよ。決戦の前に、ぼくらは式を挙げる』

 

『そうか…。結局ルイズは結婚するのか』

 

『ハハハハハッ!!どうだ、ぼくは彼女を妻にするんだ!貴様の役目は終わりだ、何処へでも行くがいい!!ハーハッハ!!』

 

 

 とかなんとか言っていた彼は、ルイズの意思すら聞いていなかったのだ。一発殴るくらいは許されるだろうと、傭兵は礼拝堂に歩いて行った。

 

 

 一方で、ウェールズ皇太子は礼拝堂で新郎新婦の登場を待っていた。周りにいるのは、ルイズの自称友人であるヴィルキンソンただ一人。

 他の人たちは戦の準備で忙しいのだ。

 

「ヴィル、きみは準備しなくてもいいのかい?」

 

 ウェールズが尋ねると、ヴィルキンソンは楽しそうに笑う。

 

「なに、私一人が準備しなくとも王軍のみんなは働き者ですからな。それよりも、最後の友人の晴れ姿が見たいのです」

 

「ヴィル…。それはサボりの言い訳かい?」

 

「そんなわけないでしょう、殿下!?」

 

「ははは、冗談だよ。…ラ・ヴァリエール嬢のことを、えらく気に入ってるようだね」

 

 ヴィルキンソンは優しい笑みを浮かべていた。彼はいつか夢見た光景を思い出す。

 …妹の結婚式に出席して、それを祝うという、たわいもない夢…今ではもう、叶わない夢だ。

 

「……ええ。妹に似ていて、どこかほおっておけないのですよ。…ふむ、そろそろ来るようですぞ」

 

「ああ、そうだな。細々とだが、祝うとしよう」

 

 礼拝堂の扉が開き、ルイズとワルドが入ってくる。ルイズは気分が乗らないのか俯いていたが、ワルドに促されウェールズのもとに歩み寄った。

 

(…こんな時に、わたしは何をしてるんだろう…。(せんせぇ)、はやく来ないかな)

 

 アルビオン王家から借り受けた純白のマントと新婦の冠をワルドの手で飾り付けられたものの、ルイズは無関心だった。

 

「では、式を始める。…新郎、子爵ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド。(なんじ)、始祖ブリミルの名において、このものを敬い、愛し、そして妻とすることを誓いますか」

 

「…誓います」

 

 ウェールズはにこりと笑って頷くと、今度はルイズに向けて詔を読み上げ始める。

 その時、やっとルイズは自分の結婚式なのだと自覚した。お互いの父親が交わした約束が、現実になろうとしているのだ。

 

(…ワルドのことは、嫌いではないわ。通りかかったら挨拶したり、一緒にごはんを食べるくらいなら想像もできる。

…けど、キスとかデートとか…そういうことをする相手に当てはめようとしても、うまくいかない。…まるで、パズルで違うパーツを空白に無理やり入れようとしているみたい…)

 

 彼女は今、この状況に違和感を覚えていた。この結婚は嫌だと、心のどこかが叫んでいるのだ。

 その理由を考えて考えて…ウェールズの心配そうな声が、少女を現実へ押し戻した。

 

 

 一方、礼拝堂に向かおうとして歩くベレトの視界がぼやけ始めた。

 

「………?」

 

 右目は普段通り見えるが、左目の視界が陽炎のように揺らめいている。このままでは戦闘で支障が出るだろうとベレトは判断する。

 

「…どうした相棒?」

 

「…視界がぼやけている」

 

「……疲れてんだよ、多分」

 

「そうかな…そうかも…??」

 

 とぼけた漫才をやっている傭兵と剣を見て、誰かが声をかけてくる。

 

「おや…?帰ったんじゃなかったのかい?」

 

 …()()()であった。ベレトは冷たい目線を貴族に向ける。

 

「…なにしてるんだこんなところで…」

 

「それはこちらのセリフだ。…いや、手間が省けたというべきか…」

 

「…手間、だと…?」

 

 その瞬間、ベレトの左目の焦点が突然合った。…今、居る場所とは違うものが映っている。

 

(ウェールズ殿下とヴィルキンソンだ。…ということは、これはルイズの視界……?…いや、待て。だとしたらおかしいぞ。……()()()()()()()()()()()()()()()…!?)

 

 ワルドは冷酷な笑みを浮かべると、ベレトに風の魔法『ウィンド・ブレイク』を撃ってきた。

 

「…それ以上は進ませるわけにいかん。ここで死んでもらうぞ」

 

「……ええと、状況がよくわからないが…敵でいいんだな!!」

 

 ワルドが風の魔法で牽制しながら距離を取るのを、ベレトは追いかけた。…鬼ごっこの始まりである。

 

 

「…新婦?」

 

「え、あ…」

 

「緊張しているようだね。……まあ、初めてのことだから無理もないか…」

 

 ウェールズはルイズの緊張をほぐすためににっこりと笑った。

 

「これはあくまでも儀礼だが、儀礼にはそれをするだけの意味というものがある。では繰り返そう…」

 

「………待ってください、殿下。…伝えなければいけないことがあります」

 

「…ルイズ?」

 

 ワルドは眉をひそめる。ルイズは首を振ってから自分の意思を示した。

 

「…ワルド、わたしはあなたとの結婚を、望まないわ」

 

「…………は?」

 

「…新婦は、この結婚を白紙にするのかい?」

 

 ウェールズの質問に、彼女は頷く。ウェールズは残念そうにワルドに告げた。

 

「残念だが、花嫁が望まない結婚を続けるわけにもいかない。…だろう、ヴィル?」

 

「そうだな、お嬢さんが決めたことだ」

 

 ウェールズとヴィルキンソンはその選択を尊重したが、それに納得していない男がいた…ワルドである。

 

「………ルイズ、緊張してるんだろう?きみが、ぼくとの結婚を拒むわけが…!!」

 

「ワルド。…憧れだったわ。子どものころ、好きだったのかもしれない。…でも、あなたと共に生きる未来が、どうしても想像できなかったのよ」

 

 ワルドはルイズの肩を強く掴んだ。その顔に優しさは感じられず、まるで肉食のけだもののようだ。

 

「…世界だッ!ぼくは世界を手に入れる!!そのためにきみが必要なんだ!」

 

「そんなもの要らないわ!!」

 

「ぼくにはきみが必要なんだ、きみの能力、きみの力がッ!!きみにはいつか言ったはずだ!きみは始祖ブリミルに劣らぬメイジになると!!

きみはあの男に騙されたのさ!きみにあるのは剣の才能などという陳腐な平民のものではなく、穢れなき貴族のみが扱える魔法の才能なのだッ!!」

 

 ルイズは今まで見たことがないワルドの剣幕に、ただただ困惑した。…あの優しいワルドは、仮面だったのだろうか…?

 

 

 ベレトはワルドを壁に叩きつけ、そのままデルフリンガーで串刺しにして固定する。

 

「ガ、ァ…ッ!?………くくく、ハハハハ!!!」

 

「なにが、おかしい…!?」

 

 突然笑い出したワルドに、ベレトは怪訝な顔で尋ねる。

 

「いや、最低限足止めは済んだ…この戦いはぼくの勝ち、だ…」

 

 ワルドの身体が蜃気楼のようにぶれ、その場から消え去る。

 

「…消えた…!…自分を足止めして、ワルドは何を……?」

 

 足止めされたのは時間にして五分、ベレトは急いで礼拝堂に向かう。

 

 

 ルイズに詰め寄るワルドを見かねたウェールズ達は、間に入ってとりなそうとする。

 

「子爵、きみはフラれたのだ。それ以上彼女に執着すればきみの品位を下げてしまうだけだよ」

 

「そうだ、お嬢さんから離れるがいい!」

 

「黙れッ!!」

 

 ワルドは二人をはねのけると、ルイズの手を握る。彼女はワルドが爬虫類のような冷たい印象を纏っていることにゾワリと鳥肌が立つ。

 

「ルイズ、ぼくにはきみの才能が必要なんだ!!」

 

「さっきからそればかりね…才能、才能、才能って…!!…やっと違和感に気づけたわ、あなたはわたしのことなんてこれっぽちも愛してないのね!!

そんなヤツの妻なんて、空賊の皿洗いになるよりも嫌だわ!侮辱にもほどがある!!」

 

 ルイズがそう言った瞬間、ヴィルキンソンがワルドの頬をぶん殴った。我慢の限界だったのだろう、その顔には青筋が浮かんでいる。

 

「…申し訳ありません、殿下。こんな上っ面だけのクズの処分は、私が…!」

 

「………ここまで言っても、ダメかい…?」

 

 嘘で塗り固めた笑顔の仮面をつけたワルドに、ルイズは怒りの顔を見せる。

 

「……しつこい!!」

 

「…残念だ。この旅できみの気持ちをぼくに釘付けにするためにいろいろ努力してみたんだが…。こうなってしまっては、目的の一つはあきらめるほかない…」

 

「……何の話だ、子爵…?」

 

 ウェールズの疑問に、ワルドは禍々しい笑みを浮かべている。

 

「…この旅におけるぼくの目的は、大きく分けて三つ。まず一つは、きみを手に入れることだルイズ。…今、あきらめたものだ」

 

「遺言はそれでいいか、下衆め」

 

「まだ続きがあるぞ、ヴィルキンソン殿。二つ目の理由は、きみのポケットに入っているアンリエッタの手紙だ」

 

 ルイズははっと気づいてしまった。彼が言っている手紙は、ウェールズのラブレターのことだ。…彼個人が欲しがっているということに、()()()()()()()()…!

 

「あ…ああ……!!」

 

「そして、三つ目」

 

 全てを察したウェールズとヴィルキンソンが、ワルドに向けて詠唱する…が、ワルドはそれより早く呪文の詠唱を終わらせる。

 ……ワルドの『エア・ニードル』が、ウェールズの胸を貫いた。

 

「貴様……、『レコン・キスタ』……!!」

 

「……貴様の命だ、ウェールズ・テューダー」

 

「で…殿下!き、貴様ァ!!」

 

 ヴィルキンソンの『水鞭(ウォーター・ウィップ)』を、ワルドは軽やかな動きで回避する。ルイズは、呆然と惨劇を見てしまう。脳が理解を拒んでいるのだ。

 

「……なん、で?あなた、トリステインの貴族でしょ…?」

 

「『レコン・キスタ』は国境を越えた貴族の集まりなのだよ。ハルケギニアは我々の、『レコン・キスタ』の手によって統一され、聖地を取り戻すのだ」

 

「貴様ァ…。若い乙女に聞かせる話ではないぞそれは…!!退場してもらおうか、『レコン・キスタ』!!」

 

 ヴィルキンソンの魔法をかわして、ワルドの魔法が彼に致命傷を与える。

 

「ぐああッ!!…に、にげ、ろ……おじょ、う…さ…」

 

「ウソ…ヴィルキンソン、さん…?」

 

「ふん、なまっちょろい『水』だ。…さあ、きみが最後だルイズ。一瞬で、くびり殺してあげよう」

 

 あまりに恐ろしい現実に、ルイズは恐怖で涙を流す。

 

「やだ…来ないで、来ないで……っ!いやああああああ!!」

 

 

 …礼拝堂に突入したベレトを待っていたのは、信じがたい惨劇の跡であった。

 三つの血だまりの中央で、ワルドが血に濡れた手紙を右手に持ちながら笑っている。

 血だまりの一つに沈む小さな少女を見たベレトは、その瞬間凄まじい怒りに囚われた。

 

「ワルドオオオオオオオオオオ!!!」

 

 ベレトはワルドを殺すために一歩を踏み出そうとする…が、ソティスが時間を止め、ベレトを無理やり制止する。

 

「…落ち着くのじゃ」

 

「……これで落ち着いてられるものか、ソティス…!ルイズが殺されたんだぞ!!」

 

「じゃーかーらー、まだ助けられるかもしれんのにヤツを殺すだけで満足するのか?人の話を聞くのじゃ!」

 

「…ああ、時を戻すのか!?」

 

 冷静になったベレトがそう言うと、彼女は頷いた。

 

「そうじゃ。うまくいけば、みな助けることができるかもしれん。幸いと言っていいかわからんが、あの娘と視界が繋がってからそれが切れるまでの時間はわかっておる。

…悲劇が起こる前におぬしの力であの男を止めるのじゃ。それができるのは、おぬし一人よ」

 

「ああ、わかった。…あの時間稼ぎをしてきたワルドをすぐに排除すれば、間に合うだろう」

 

「ヤツの幻影がこちらを認識する前に、一撃で排除すると良いじゃろう。さて、時間を戻すとしよう…」

 

 ソティスは偽ワルドと出くわす数十秒前まで巻き戻す。…左目はまだぼやけているものの、しばらくすればルイズの視界と繋がるので問題はない。

 

「…どうした、相棒?」

 

 デルフリンガーは不思議そうにベレトに尋ねる。傭兵は静かに答えた。

 

「……敵だ、デルフ」

 

「……ん、誰か来てるな。でも、王党派の貴族かもしれねーが…」

 

「しー…」

 

 ベレトは壁際に隠れ、気配を消してワルドが接近するのを待つ。ワルドが近づいてきたその瞬間、ベレトは敵の襟をつかんで思い切り引っ張った。

 

「な…!!?」

 

「……死ね」

 

 ベレトはワルドの首にデルフリンガーを思い切り突き刺し、乱暴に引き抜く。驚愕の表情を浮かべながらワルドの偽者は掻き消えた。デルフリンガーは困惑したのかベレトに疑問をぶつけてくる。

 

「おい、相棒。…どういうこっちゃ??」

 

「説明は後だ、今はルイズたちのところへ急ぐぞ!」

 

 全力疾走で礼拝堂にたどり着いたベレトは、左目の視界でヴィルキンソンがワルドをぶん殴る場面を目撃する。

 

 

「そして、三つ目」

 

 ワルドがそう言いながらウェールズの命を奪うために詠唱を始めたその瞬間、礼拝堂の扉が蹴りでこじ開けられた。

 乱入者のベレトは、ウェールズとワルドのちょうど真ん中あたりに、天帝の剣を伸ばす。

 

「間に合えッ!!」

 

 天帝の剣は凄い勢いで始祖ブリミルの像を破壊するが、それに気づいた者はいない。全員自分のことで精一杯だったからだ。

 ウェールズは乱入者が何者か気づくと、そのままワルドから距離を取る。千載一遇のチャンスを棒にしたワルドは思わず舌打ちした。

 

「……ちぃッ、邪魔が入ったか…!!」

 

「…そういうことか。貴様、『レコン・キスタ』…!!」

 

 ベレトは天帝の剣を元に戻すと、ルイズのもとへ歩き出す。靴の音だけが、礼拝堂に響いた。

 

「……遅れてすまない、ルイズ」

 

(せんせぇ)…たすけて…!」

 

 彼女の頭を撫でてから、ベレトはワルドに視線を向けた。その目には、業火のごとく怒りが燃えさかっている。

 

「…なぜここがわかった、ガンダールヴ…!?」

 

「……お前を殺す。ルイズを悲しませ、ウェールズを殺そうとして…。ルイズはお前に憧れていたんだぞ、どうしてそんなことができる…?」

 

「ハハハハッ!!そんなもの知ったことかァ!ぼくは世界を手に入れるッ!!そのための過程など、どうでもいいのだァ!!」

 

 ワルドの『ウィンド・ブレイク』がベレトを吹きとばそうと迫る。避けようとするベレトをよそに、突然デルフリンガーが叫んだ。

 

「思い出したッ!!相棒、そいつを俺で受け止めろ!!」

 

 ベレトは思わずデルフリンガーで風を受け止めると、デルフリンガーの刀身が輝きだした。

 

「いやあ、完っ全に思い出したぜ。なんせ六千年も前の話だ、忘れんのも当然だわ!ガンダールヴ、俺はお前のための武器だッ!!

そうだそうだ、こんな姿で振られてちゃぁ全力なんざ出せねえわな!」

 

 デルフリンガーは『ウィンド・ブレイク』を吸収すると、その刀身が錆一つなく光り輝いた。

 それを見たベレトは軽く頬を緩ませると、魔剣デルフリンガーをワルドに突き付ける。

 

「さあ、行くぞ!!」






《魔剣デルフリンガー》

 威力:11 命中:95 必殺:10 射程:1 重さ:8 耐久:?? 武器レベル:E

 ガンダールヴが用いた伝説の大剣。技%で魔法を無効化する。そのほかにも何か力があるらしい…?
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