ルイズを庇うように、三人はワルドに立ちはだかった。ヴィルキンソンがベレトに近づき耳打ちする。
「…傭兵殿、お嬢さんはこちらで守らせてもらおう。ワルドを倒してくれないか?」
「ああ、任せてくれ」
ワルドはベレトの持つ剣を興味深そうに見つめている。
「……やはり、ただの剣ではなかったか。こちらの『ライトニング・クラウド』を軽減させた時に、違和感を覚えていれば…」
「あの分身の魔法で物理的に増えていたということだろう?」
「…そう、風は偏在する。風が最強たる所以、貴様に嫌というほど教え込んでやろう」
ベレトと剣戟を交わしながら、ワルドが呪文を完成させる。…ワルドが五人に増え、ベレトは困った顔をした。
「…流石にその数はちょっと困るな」
「一つ一つが意思と力を持っている、死ねガンダールヴ!!」
五体のワルド達が『エア・ニードル』を唱え、ベレトに踊りかかった。
「相棒、気をつけろ!!」
「ああ、デルフ!」
ベレトと五体のワルド達の戦いは、徐々にワルド達が優勢になっていく。ワルド達は同一人物であるからか、それとも意識を共有できるのかその連携の練度は高い。
押されていく自身の使い魔を見ていたルイズが、小声で呪文を詠唱し始める。それに気づいたヴィルキンソンは思わずぎょっと驚いた。
「な、お嬢さん…!?」
「ヴィル、ワルドはこちらを気にしていない。…不意打ちにはもってこいだ、そうだろう?…敵がこちらに向かってきたら、僕らが倒すぞ」
「…了解です、殿下…!…無理はしないでくれ、彼の助けになりたいのはわかるが、きみがケガをしてはいけない」
ルイズは頷くと、ワルドのうちの一体に呪文をぶつけ爆散させる。大きな音を立ててワルドが消滅し、ルイズは思わずあっけにとられた。
「あ、あれ…?普通に効いた…?」
「ちッ!いい気になるなァ!!」
「あ、待てワルド!逃げろルイズ、そっちに一人行った!」
ルイズを殺そうとワルドの一体が踊りかかる…が、その攻撃はウェールズ達に防がれた。
『エア・ニードル』は接近戦用の魔法であり、必然的に相手に近づかなければならない。ヴィルキンソンの水の『ブレイド』が、隙のできたワルドを両断する。
「よし、倒したぞ!」
「…ありがとう、三人とも。これで、多少楽になった」
「楽になった、だと…?貴様もそこにいる連中も、ここで死ぬのだ、抵抗するな!」
ベレトとワルド達は剣戟を続けていたが、ワルドの一撃はだんだん当たらなくなっていく。
傭兵の剣が、焦りを見せたワルドと裏腹に鋭く、速くなっているのだ。
「ぐ、ゥ…!なぜだ、なぜだなぜだなぜだッ!?傭兵なんぞ、薄汚い平民の中でも最底辺のゴミだ!なぜ、このおれと互角に渡り合う!!」
「黙れ、お前のような差別主義者なんかがルイズの夫になってたら、一生後悔するところだ」
「ほほう、やはり貴様、ルイズにホレていたのか?ハハハ、傑作だ!あの高慢なルイズが貴様に振り向くことなど断じてあり得ん!!
しょせんあれが抱いている感情なんぞ、同情くらいなものだろうよ!!」
「……お前は、ルイズの事をなんにも理解していないんだな。彼女は誰かのために涙を流せるし、弱い自分を変えたいと願っている。
お前があの子の道を阻むというなら…容赦はしない…!!」
ガンダールヴのルーンの光が強くなる。それを見たデルフリンガーが叫んだ。
「そうだ、心を震わせろ『ガンダールヴ』!俺の知ってるガンダールヴも、そうやって力を溜めていた!
思うがままに怒り、悲しみ、喜び、愛せ!ガンダールヴの強さってのは、そういうモンだ!!」
ベレトが剣を斬り上げ、間合いを読み違ったワルドを真っ二つにする。
「な、なにィッ!?」
「忘れるな、俺はただの道具だ!」
天帝の剣で薙ぎ払い、もう一体のワルドを倒したベレトが、本体のワルドにデルフリンガーを突き付けた。
「…さあ、これで最後だ。…来い、ワルド」
ベレトは空中高く飛び上がると、剣を振りかぶる。ワルドもそれに続いた。
「く、クハハハハッ!!空は『風』の領域だ、死ねええええ!!」
「戦うのはお前だ、ガンダールヴ!!」
ベレトの姿が、かき消えた。少なくとも、ワルドの目にはそう映った。
(……どこに行った!?)
ワルドの視界に映ったもの、それは…自身の左腕だった。ソレを認識した彼は、床に巨大な窪みを作りながら叩きつけられる。
「ぐあああッ!!……こ、この『閃光』のワルドが、遅れを取るだと…!!?」
「さて、トドメを刺すか…。おっとと」
ベレトは思ったよりも疲労が溜まっていることに驚いたが、デルフリンガーが説明してくれた。
「無茶すれば、その分『ガンダールヴ』として動ける時間は減る。もともと主人の呪文詠唱を護衛するための使い魔だ、そこは知っといてもらいたいね」
「先に言ってもらいたかったな…。大事なことだろうソレ」
「忘れてたんだからしょうがねぇだろ、相棒」
ワルドは一瞬のスキを突き、礼拝堂から逃げ出した。
「…クソッ!目的の一つも果たせず撤退することになるとは…。だが、どのみち貴様らは終わりだ、ガンダールヴゥ!!
『レコン・キスタ』の大群に押しつぶされ、無力感の中で死ぬがいいッ!!ははは、ハーハッハハ!!」
そう捨て台詞を残しながら、彼は窓を突き破り『フライ』で逃げ去っていった。
「…とのことだが…ヤバいことになったか、これは」
ベレトの困った顔に、ウェールズも悲しそうに頷いた。
「…そうだね。既に『イーグル』号は出航しただろうし、ワルドは結婚式を終えたらグリフォンで滑空してアルビオンから脱出するつもりだったらしい。
彼がグリフォンを持って行ってたら逃げる手段はない…」
「…どうしよう、ルイズ」
「わ、わたしに聞かれても困るんだけど!?」
遠くから怒号が聞こえてくる。…どうやら、王軍は既に負け敵が制圧している真っ最中のようだ。
「……既に、我ら以外は殺されてしまったようですな、殿下。…このヴィルキンソン、死ぬまでお供します」
「…………。ヴィルキンソンッ!」
ウェールズが大声で自身の部下の名を呼ぶ。ヴィルキンソンはいきなり呼ばれたので目を丸くする。
「で、殿下…っ!?」
「…きみを親衛隊から除名する!」
「……ハァ――――ッ!?」
ヴィルキンソンが顎をあんぐりと開けて驚愕するのを見て、皇太子は楽しそうに微笑んだ。
「その代わりに、最重要任務を与える!必ず、そう必ず大使殿をトリステインまで送り届けろ!
アンリエッタに伝えてくれ、僕らは、勇敢に戦い死んだのだと!…使い魔殿、これを!」
ウェールズはベレトに向かって何かを放り投げる。アルビオン王家に伝わる秘宝、風のルビーだ。
「…!ウェールズ王子、あなたは…!」
「その指輪を、アンリエッタに渡してもらいたいんだ。…僕は、この国と共に死なねばならない。未練は、ない方がいいだろう?」
「殿下、殿下…ッ!!……了解であります!このジェームズ・ヴィルキンソンにお任せを!!」
「ああ、頼むぞ!」
ウェールズは礼拝堂から去っていく。
その時、ルイズの近くの地面が盛り上がった。
「……!!下から!?」
ルイズは慌ててレイピアで盛り上がった地面を突こうとするが、そこに現れたのは茶色の生物。
「……なんでここにヴェルダンデが…??」
ベレトは目をこするが、どう見てもギーシュの使い魔のモグラ君である。飼い主のギーシュがモグラの掘った穴からひょっこり出てきたので、さらに驚いた。
「いったいどこまで穴を掘ったんだい、ヴェルダンデ。……あ、先生」
「……なにやってんだギーシュ」
「寝る間も惜しんで後を追いかけてきたんだよ、フーケを倒したからね!」
「いったいどうやってここまで?」
ルイズの質問に、同じ穴から出てきたキュルケが答える。
「タバサのシルフィードで飛んできたのはいいけど、右も左もわからないから困ってたのよねー」
「そうしたらウェルダンデがいきなり穴を掘りだしたから後をついていったら、ここに出てきたのさ」
モグラはルイズの指についている『水のルビー』にふがふが鼻を押し付けている。どうやら、こいつは『水のルビー』の匂いを追いかけてここまで来た様子である。
ルイズは疲れた顔でモグラの頭を撫でている。害獣扱いしたいきものに助けられるとは思っていなかったようだ。
「……なんか、複雑…。こんなのに助けられるなんて…」
「いや、でも助かったぞ!速く脱出しよう、敵が来る!!」
ヴィルキンソンが叫ぶと、キュルケは不思議そうな顔で彼を見た。
「ねーせんせ、このおじ様はだれ?ワルド子爵は?任務はどうなったの?」
「あいつ売国奴だったよ、任務は成功、彼はアルビオンの王軍所属のヴィルキンソン!」
「よくわかんないけどもう終わったの?」
ベレトが頷くと、ギーシュは大声で叫んだ。
「うわ、なんかでかい大声が近づいてる!!任務が終わったんならもう帰ろう!」
「ああ、もう用はない!帰ろう、みんな!」
最後にベレトが穴に潜った瞬間、一瞬だけ彼は反乱軍の兵士が流れ込んでくるのを見た。
落下する五人と一匹を、シルフィードは受け止めてくれた。そこはアルビオンの真下で、雲の中だ。敵に見つかることはほとんどないだろう。
ヴィルキンソンは暗い顔でアルビオンを見つめている。
「…………殿下、なぜ、私から死に場所を奪ったのですか…?これからどうすれば……!」
「ヴィルキンソンさん…。……死に場所を奪ったんじゃなくて、生きる意味を与えてくれたんだと思いましょう?」
「…そうだね。…こうなったらとことん生きてみるとしようか」
ヴィルキンソンの決意ににっこりと微笑んだルイズは、ふあぁとあくびをする。
「なんだか疲れちゃった。少し寝るわ、
「…いいよ。ほら、こっちこっち」
ベレトはルイズを手招きすると、彼女を膝枕する。
「ちょ、ちょっと!?さすがにコレは…!」
「枕なんてないし、我慢してくれ」
「…わ、わかったわよ…」
ルイズはドキドキしながらも、数分後には寝息をたてて夢の中に旅立った。彼女の頭を、ベレトは優しく撫でてやる。
「…おやすみ、ルイズ」
故郷ラ・ヴァリエール領の夢の中で、十六歳のルイズは小舟の上で寝転んでいた。彼女の秘密の場所、自身のセーフティゾーン。
ルイズの心が、ちくりと痛んだ。
(…ワルドは、もうここには来ない。幼いころに、わたしを連れ出してくれた優しい子爵。…今では、薄汚い裏切り者で、わたしたちを殺そうとしてきた悪党…)
ルイズが泣いていると、誰かがやってくる。ルイズはガバッと跳ね起きた。ここは秘密の場所、ワルド以外が来ることはあり得ない。…つまり、敵だ。
少女が警戒していると、そこに現れたのはルイズの師であり使い魔の青年、ベレトだった。
「……
「えーと、そっちに行っていいか?」
ルイズは思わず頷くと、彼は濡れるのも気にせず船に近づいた。
「……悲しいのか?」
「………うん。ワルドがあんな風になって、怖かった…。どうして、あんな酷いことができるの…?」
「…自分は、ルイズが泣いてると悲しいな」
ベレトにゆっくり頭を撫でられるのを、彼女は涙を流しながら受け入れた。…ウェールズは、きっと死んでしまっただろう。
それでも、自分は前に進まなければいけないのだと、ルイズは夢の中でぼんやりと思った。
<今回のボス>
【閃光】 ワルド
礼拝堂で裏切ってきた『レコン・キスタ』で、ルイズの元婚約者。『スクウェア』クラスのメイジであり、速さと魔力が恐ろしく高い。『風の偏在』により四体の分身を作り襲いかかる。