むかしむかし、あるところに一人の男がいました。彼は働き者でまじめだったが、困った欠点が一つ。
彼は嘘つきだったのです。ある日村にやってきた男は、奇妙な何かを村人に見せてこう言いました。
「自分はこれを使って空を飛んでここに来た」
その話を聞いた村人はそれを使って飛んでみろと言ったものの、男は言い訳ばかり。
村人たちはあきれ果て、彼の言うことを嘘だと思うようになりました。
…結局、その話を聞いて信じたのはたった一人の女性だけでした。
続く
トリステインの王宮は、現在厳戒態勢が敷かれていた。『レコン・キスタ』が勝利したことで、油断ならない状況になってしまったからだ。
そんな時に、一匹の風竜が空から飛んできたので魔法衛士隊の隊員たちはマンティコアで接近し、警告を発する。…が、風竜は王宮の中庭へ着陸した。
マンティコアに跨った隊員の一人が怒鳴った。いかにも偉そうな隊長である。
「怪しい奴め、捕らえろ!」
「待ちなさい、わたしはラ・ヴァリエール公爵が三女、ルイズ・フランソワーズです!姫殿下に取次ぎを…!」
「黙れ!よりによってラ・ヴァリエール公爵の娘を騙るとは!その舌要らぬと見える!詠唱用意!!」
明らかに興奮している彼は、ルイズの言うことを虚言だと判断してしまったようだ。
一触即発の空気を壊したのは、宮殿から騒ぎを聞きつけてやってきたアンリエッタだった。
「…ルイズ?」
「あ!姫さま…!」
駆け寄るアンリエッタを、隊長は制止する。
「姫殿下ッ!?こやつらは曲者ですぞ!近寄ってはなりません!!」
「お黙りなさい!彼女らはわたくしの客人です!」
「きゃ、客人ん!?………わ、わかりました…」
隊長たちは奇妙な客人たち(どう見ても複数の国籍が混ざっている怪しい連中)に首をかしげながらも、引き続き警備に戻っていった。
アンリエッタはルイズと抱き合った。
「ああ、よかった…。あなたが生きて戻ってきたことが、今は何よりうれしいわ、ルイズ・フランソワーズ…!」
「姫さま、件の手紙、持って帰りましたよ…」
ルイズは涙を流しながら手紙を渡す。アンリエッタはそれを受け取ると、キョロキョロと誰かを探し始めた。
その様子を見たベレトは、彼女がウェールズを探していることに気づく。当然、彼女の顔は曇った。
「…やはり、ウェールズ様は…。それに、ワルド子爵の姿も見えないわ。…彼も、道半ばで死んでしまったの…?」
「アンリエッタ姫、私が説明いたしましょう」
「…貴方は?」
ヴィルキンソンは深く一礼すると、自己紹介を始める。
「元ウェールズ親衛隊の、ジェームズ・ヴィルキンソンです。姫殿下には辛いことでしょうが…我々はある事実を話さねばならないのです」
「…ええ、わたくしの部屋でゆっくり聞かせてくださいな。他の方々は、別室を用意します。旅の疲れを癒してください」
アンリエッタの部屋に通されたルイズ達は、事の次第を説明する。全てを語り終えた時、アンリエッタの目は死んでいた。
「な、なんてこと……。あの子爵が『レコン・キスタ』の裏切り者だったなんて…。よりにもよって魔法衛士隊の実力者が…」
「アンリエッタ姫、誰もわからなかったと思うぞアレは…。ワルドは、化けの皮が酷く厚かった。…それだけの話だ」
「それでも、わたくしが使者として送り込んでしまったのです。…なんて、取り返しのつかないことを…」
ベレトが慰めようとするが、彼女は逆に自分を責めていた。
「…ルイズ、あの方はわたしの手紙を、ちゃんと読んだのですね…?」
「……………はい」
「ウェールズさまは、わたしを愛していなかったのね…。亡命を勧めたのに、無視をしたのなら…」
アンリエッタは悲しそうに俯いた。そのうち壊れたような笑みが彼女の口から洩れてくる。
「あの方は、わたくしのような小娘より名誉のことが大切だったのね…!あはははは、ばかみたい…」
「そんなもんのために残るような男ではないよ。…ウェールズ皇太子は、あなたに迷惑をかけたくなかったんだ」
「…わたくしに…?」
「彼は全てが灰になると知っていたから、アルビオンに残った。………生きていてくれたなら、それでいいと言っていたよ」
アンリエッタは、深いため息をつく。ヴィルキンソンは、彼の最後の言葉を伝えた。
「…勇敢に戦い、死んだと伝えてくれ。それが、殿下の最後の命令です」
「………殿方の、特権ですね。残された者は、どうすればよいのでしょう…」
彼女は、悲しそうに微笑んだ。
「とにかく、わたくしとゲルマニア皇帝との婚姻を妨げるものはなくなったのです。とりあえずの危機は、あなたのおかげで去ったのよルイズ。本当に、ありがとう…」
「あ、そうだ。…これ、お返ししておきますね」
ルイズはふと思い出したのか、『水のルビー』を返そうとする。…が、アンリエッタは首を振った。
「それは、あなたが持っていてほしいわ」
「ええ!?で、でも…これは、王家の秘宝じゃあ…?」
「いいのよ、忠誠には報いなければいけないんですから」
ベレトはその様子を見て、ウェールズから預かっていたものがあることを思い出した。『風のルビー』を取り出すと、アンリエッタは驚いた。
「それは、『風のルビー』ではありませんか!」
「ウェールズ皇太子から、アンリエッタ姫に渡してくれと頼まれた」
アンリエッタは『風のルビー』を指にはめると、小さく呪文を呟く。そうすると、彼女の指にぴったりとおさまった。
彼女はウェールズの形見を愛おしそうに撫でると、ベレトに向かって微笑んだ。
「ありがとうございます、優しい使い魔さん。……あの人は、勇敢に死んでいったと言われましたね」
「…ああ、言った」
「なら、わたくしは……勇敢に生きてみようと思います」
…一方そのころ、アルビオンでは戦後処理が続いていた。『レコン・キスタ』の損害は二千、王軍の総勢が三百であったことから、思いのほか大損害を受けたのである。
しかし、その大損害を与えた王軍はその代償として全滅する。後の世で伝説として語られるであろうことは、想像に難くない。
戦から二日後、ワルドは戦跡の検分を行っていた。その隣には、キュルケ達に負けて絶妙に機嫌の悪いフーケがいる。
『レコン・キスタ』の兵士たちが死体漁りをしているのを苦々しげに見ている彼女に気づき、ワルドは薄く笑った。
「…なんだ、貴様もあの連中のように宝石を漁らんのか?ずいぶんお行儀がいいな」
「死体から剥ぎ取るのに興味はないわ。わたしが好きなのは、宝を奪われて慌てるヤツらの顔。こいつらはどんなに大切なものを取られても、もう顔色を変えられないからね」
「アルビオンの王党派は貴様の仇ではなかったか?」
「そうね、たしかにそう」
どうでもよさそうな顔でそう言ったフーケは、ワルドの左腕を見る。ベレトによって断ち切られ、袖がヒラヒラと揺れていた。
「あんたもあの傭兵にいいようにやられちまったようで何よりだよ。…強かっただろう?」
「グゥ…ッ!」
「わたしのゴーレムをぶっ壊すんだ、とんでもないよ…伝説ってやつは。…まあ、もう会うこともないだろうけどね」
フーケの軽口に、ワルドは不機嫌そうに眉をしかめた。
「…ヤツの死体はまだ見つからんのか」
「礼拝堂の近くにあるハズだって言ったのはあんただろうワルド?」
「あれだけ満身創痍だったら、数の差で討ち取れたはずだ…!!おい、そこの貴様!」
ワルドは近くにいた兵士に声をかける。貴族の死体から奪った宝石を纏ってご機嫌だった兵士は、首をかしげていた。
「なんでさ、貴族様。今忙しいんですがねぇ」
「骨のような剣を持った死体を見ていないか?」
「ああん?んなもん見てねえよ!」
ワルドは態度の悪い兵士を『ブレイド』で斬り捨てる。
「ぎゃあッ!!?」
「………八つ当たりかい?そんなに気になるなら、自分で探せばいいだろうに」
「ちッ…」
ワルドは礼拝堂の瓦礫を魔法で取り除きながらルイズ達の死体を探す…が、どれだけ探そうとそんなものはなかった。
「おや、『始祖ブリミルの光臨』じゃない!……なーんだ、複製か。まあそうよね、こんな田舎に本物があるわけ……、ん?」
フーケが床に落ちていた絵画を手に取ると、その下には穴が存在していた。
「ねえ、ワルドー。この穴、なんだと思う?」
それは、ギーシュの使い魔であるヴェルダンデが掘ったものだったが、彼らにはわかるはずもない。
ワルドがその穴を見る。…そこから吹き付ける風を浴びた瞬間、ワルドは全てを悟った。
「………やられたッ…!!連中め、これを使って逃げたな!!?」
「あっちゃー、追いかけてみる?」
「…風が入ってくるということは、空に通じているはずだ。既にあれから二日も経っている、追いかけても無駄だ」
「だよねぇ…。…あんたの面白い顔が見れたからわたしとしては満足だね!わたしが好きなのはそういう顔そういう顔♪」
フーケの楽しそうな笑みに、ワルドは呆れた顔をする。そんな感じでいちゃついている二人に、聖職者のような風貌の男が話しかけてきた。
「子爵、ワルド子爵!件の手紙は見つかったのかね!?我々の救世主になりえるラヴレターは!」
「……逃げられたようですな、この穴から。…何なりと罰を」
「うむ。困ったな子爵殿!だが、気にする必要などないぞ?手紙がなくとも、余の計画は充分実行できる!
とりあえず戦には勝った、理想は一歩ずつ確実に進めば達成できるのだ!」
それから男はフーケの方を向く。
「子爵、そこの綺麗な女性を余に紹介してくれたまえ。…一応、余はまだ僧籍に身を置いているからね」」
(ワルドが丁寧に対応してるところから見るに、こいつはお偉いさんかね。…なんかうっさん臭い…)
「彼女がトリステインに名を轟かせた土くれのフーケでございます、閣下」
「おお、あの…!お会いできて光栄だ、ミス・サウスゴータ」
かつて捨てた名で呼ばれ、フーケは微笑んだ。
「…その名を、どこで知ったか聞いても?」
「管区を預かる司教時代に諳んじたのだよ、自慢ではないが余は全てのアルビオンの貴族を知っておるのだ。…自己紹介が遅れたね。
『レコン・キスタ』総司令官を務めるオリヴァー・クロムウェルだ。…元は一介の司教でしかないが、貴族議会の投票で選ばれたからには、この総司令という役目に尽力しようと思っておる」
「…閣下、既にあなたはただの総司令官ではありません」
「…そう、このアルビオンを統べる皇帝でもあるのだ」
クロムウェルの笑みは、どこか噓っぽい雰囲気を纏わせておりどこまでが本心かわからなかった。
「我々は、鉄の『結束』で結ばれるべきだ!選ばれた貴族たちによって結束し、聖地をあのエルフどもから奪い返す!!
それこそが始祖ブリミルが余に与えた使命なのだ!」
ワルドは深く礼をする。
「その偉大なる使命のために、始祖ブリミルは余に力を授けたのだ」
「……力、とは…?」
「四大系統とは異なる、零番目の系統…つまり、虚無の系統!」
フーケは青ざめた。始祖ブリミルが使ったとされる、伝説の魔法たち…この男は、それを使えるというのだ!
なるほど、たしかにそんな力を持っていたなら、『レコン・キスタ』の皇帝になるには十分すぎるだろう。
「では、虚無の系統…その一端を貴女に見せて差し上げよう、ミス・サウスゴータ。…死体をここに!」
配下に王党派貴族の死体を持ってこさせたクロムウェルは、杖を引き抜いた。フーケが聞いたこともない異質な呪文を唱え、優しく死体に向けて杖を振り下ろす。
すると、確かに死んでいた貴族の瞳がぱちりと開き、フーケと目が合った。
「ひッ!?」
その貴族は生気を取り戻しながら立ち上がった。
「おはよう、エラン・ロッド男爵」
「…懐かしい顔だ、大司教。三年ぶりだろうか」
「失礼ながら、今は皇帝なのだ。…
「そうでしたか。これは失礼した、閣下」
臣下の礼を取った男に、クロムウェルは満足そうに頷いた。
「では、友人たちに引き合わせてあげよう」
呆然と突っ立っているフーケをよそに、クロムウェルはワルドに語りかける。
「安心したまえワルド君、同盟が結ばれようとどっちみちトリステインは裸同然だ。余の計画に変更はない」
「…御意」
「トリステインはなんとしても余の版図に加えねば。あの王室には『始祖の祈祷書』が眠っておるからな、聖地に赴く際には是非携えておきたい」
クロムウェルが去っていった後、フーケは信じられないものを見た衝撃から戻ってきたのか口を開いた。
「あれが、虚無…。死人が蘇るなんて、酷い冗談だよ…」
「閣下が言うには、虚無は生命を操る系統だそうだ。…あれを見たら、信じざるを得ないな…」
「…まったく、あれじゃあ死んでも働かされるじゃないか。…冗談キツイにも程があるわ…」
フーケの恨み言に、ワルドは頬を吊り上げるのだった。
…ここは、アルビオンのどこかに存在する地下牢。そこにいるのは、ただ一人の青年。
「………なぜ、僕は生きている……?」
彼の名はウェールズ、アルビオンの王族である。ウェールズはたった一人で地下に閉じ込められていた。
皇太子は疑問に思う。自身を生かす理由は、『レコン・キスタ』には存在しない。
(…『レコン・キスタ』が僕を生かす理由はなんだ…?公開処刑でもするつもりなのか?)
飲まず食わずで放置されて二日程度、彼の疲労は限界に達していた。このままでは死んでしまうと考えた彼は、足音を聞いた。
(……誰か来る…。今は『レコン・キスタ』でもいい、何か…何か情報が欲しい…!)
牢の前にやってきたそれを見たウェールズは、呆然とする。
「……に、人形…?」
魔法人形は液体の入った瓶を差し出すと、ただ一言。
「…飲メ」
ウェールズは、差し出されたそれを飲む気にはなれなかった。明らかに罠の気配がするからだ。
「こ、断る…」
「飲メ」
「いやだ」
「飲メ」
人形は鍵を使い牢の中まで入ってきた。
「…く、来るな…!!」
「飲メ、飲メ、ノメノメノメノメノメノメ」
ウェールズは人形に痛めつけられ、床に転がった。
「が、あ…ッ」
「ノメノメノメノメノメノメノメノメノメノメノメ」
ウェールズの首を掴んだ人形は、瓶の中身を彼の口に近づける。
「やめ、ろ…。やめてくれええええええ!!!」
その声は、誰にも届かなかった。
ウェールズを捕らえたのはシェフィールド。