ゼロと師   作:シャザ

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『タルブの昔話』

 その女性は、男が来る少し前に村にやってきたよそ者でした。彼女はペガサスでどこか遠くからやってきたようですが、彼女の生まれた国を誰も知らなかったのです。
 当然帰り道もわかりません。

 困った彼女は、村に置いてもらう代わりに用心棒として働くことにしました。
 村の人たちはまだまだ若い彼女に対して期待していませんでした。…村一番の力持ちが模擬戦で負ける、その時までは。

 女性は、凄腕の騎士だったのです。
 続く


2章 変わり始めた日常

 ベレト達がアルビオンから戻ってきた翌朝から、ルイズは少しだけ変わった。

 

「おはよう、(せんせぇ)

 

「………!?な、なんだと…。まだ起きるには早いだろうルイズ!?」

 

 まだ日も出ていない早朝、ルイズは早起きしたのである。いつもねぼすけ気味の彼女がこんな時間に起きてきたので、ベレトは驚いた。

 

「そのぉ、剣の稽古を朝にも増やしてほしいの、…ダメかしら?」

 

「別にいいけど…どうしたんだ急に」

 

「ワルドとの戦いでなんにもできなかったから、もっともっと訓練量を増やしたくて…」

 

「向上心があるのはいいことだ。でも、あの爆発攻撃がなければもっと苦戦していたかもしれない。なんにもできていなかったと卑下することはないぞ」

 

 ベレトがそう言うと、彼女はため息をついた。

 

「あれで満足するわけにもいかないわ。自分がまだまだ未熟なのはわかってる、だからこそ前に進むために鍛えなくちゃ」

 

「…真面目だなぁ。よし、それじゃあ寝間着から着替えて……」

 

 ベレトの言葉で、ルイズの顔が赤くなった。

 

「ちょちょ、まってまってまって!!後ろ向いて(せんせぇ)!!着替えるから!」

 

「………え、今更…?」

 

「…だって恥ずかしいもん」

 

「…先に広場まで行っておくから、準備して待ってるよ」

 

「はーい…」

 

 教師はヴェストリの広場まで足を運ぶ。ルイズのやる気があることはいいことだ。

 …アルビオンへの旅は彼女の心を傷つけたが、残ったものがそれだけではなかったという事実は、素直に喜ぶべきことだろう。

 

 

 朝の鍛錬を終えた二人は、アルヴィーズの食堂に向かう。

 ……ベレトのスープの皿がなかった。

 

「…………あれ?自分の朝食…」

 

「…(せんせぇ)、ちょっと考えてみたんだけど…さすがに教えてもらう立場であのスープはまずいわよね?」

 

「色んな意味でまずいな」

 

 味的にも立場的にも。

 

「今日からテーブルで食べていいのか?」

 

「ええ、是非そうしてちょうだい」

 

 ベレトはルイズの隣の席に腰かける。そこにいつも座っていたかぜっぴきのマリコルヌが抗議した。

 

「おい、平民!そこは僕の席だ!どけよ、死にたくないならな!!」

 

「…ん?」

 

「ん、じゃねえんだよ!どど、どけよ!?」

 

 マリコルヌは明らかに虚勢を張っていた。それを見てベレトはこう返す。

 

「………なあ、自分は主人に命令されたんだよ。『共に食事を囲もう』とね」

 

「こ、ここは貴族の食卓だぞ!?お前の席なんぞないんだ!」

 

「なるほどなぁ…。では、きみはルイズに喧嘩を売っているということだな?」

 

 傭兵はマリコルヌの肩を掴んだ。万力のように、少しずつ力を込められたマリコルヌは恐怖で失禁しそうになる。

 

「ひいいいいッ!」

 

「前に、ギーシュがここを血で汚せないとか言っていたが…同感だ。きみの肉片や血しぶきが料理に混ざると考えると、食事を作ってくれたみんなに申し訳ない。

そんなことはこっちとしても望んでいない、仲良く食事を囲もうじゃないか…なあ?」

 

「あ、ああああ……。わ、わかりました…」

 

 マリコルヌは椅子を取りにすっ飛んでいった。ルイズは思わず彼に質問する。

 

「ね、ねえ(せんせぇ)?……今の、()()()()()()()()()…?」

 

 ルイズの顔はこわばっていた。無表情でマリコルヌを追い詰めるベレトは、ワルドに裏切られたばかりの彼女にとって怖かったのだ。

 

「…虚飾で脅しつけても、効かない人間がいるといういい勉強になっただろうな」

 

「……よかった、本気で殺そうとしてたわけじゃなくて…」

 

「あれ以上愚弄してたら腕の一本は吹き飛ばしたかもしれないが、『かぜっぴき』くんがどうしようもなく愚かでなくてよかった」

 

「だいたいワルドと同罪なの!!?」

 

 ベレトは食事に舌鼓を打ちながら、ルイズとの会話を楽しんだ。

 

 食事を終えたルイズ達が教室にやってくると、クラスメイト達に囲まれて質問攻めが始まった。

 学院を数日抜け出して、危険な冒険で手柄を立てたという噂がたっているようだ。魔法衛士隊の隊長と出発していたところを何人かが見ていたらしい。

 

「ねえルイズ、あなたたち授業を休んでどこに行ってたの?」

 

「わたしは言わないわよ」

 

「キュルケに聞いてもはぐらかしてくるしタバサはいつも通りだしギーシュは明らかに盛ってるから信用できないのよ!」

 

 前にギーシュにワインをぶちまけた女の子、モンモランシーは面白そうな話にウキウキしているようだ。

 ルイズは調子に乗っているギーシュに近づくとそのすねを思いっきり蹴り上げた。

 

「ぎゃあ!?なにするんだね!」

 

「べらべら喋る男は嫌われるわよギーシュ、特に姫さまあたりに」

 

「………うう、わかったよ自重する」

 

 アンリエッタを引き合いに出されたクラスメイト達はそれを見て『なにかある』と思ったのか、再びルイズにやいのやいの言い始めた。

 

「ルイズ、ルイズ!いったい何があったんだよ!」

 

「悪いけどわたしはこの件について話す気はまったくないわ」

 

 取り付く島がないのでクラスメイト達はつまらなそうに自分の席に戻り、ルイズの陰口を言い始めた。なんとも情けない連中である。

 

「どうせ大したことじゃねーさ、なあ?」

 

「ええ、だって無能(ゼロ)のルイズだもんねェ。あんな出来損ないの平民擬きに大きな手柄が立てられるわけないじゃない!

フーケを捕まえたのだって偶然よ、『破壊の杖』の力をたまたま引き出したおかげだって聞いたわ!」

 

「聞いた聞いた、あれ聞いたときなーんだって思ったもん。そんなの俺にだってできるぜ」

 

 モンモランシーの嫌味に、生徒たちは同調し始める。なにやら奇妙な嘘が出回り始めたようだ。

 ベレトは『破壊の杖』なんて一度も使っていないのに、いつの間にかゴーレムをそれで倒したことになっている。

 モンモランシーは鞘に納めて立てかけていたデルフリンガーを蹴とばす。

 

「いてっ」

 

「あーらごめんなさい、剣なんて低俗なものに視線なんて送りたくないからつまずいちゃったわーおーほほほ」

 

 彼女がデルフリンガーを蹴ったのは、わざとである。ルイズとデルフリンガーを馬鹿にされ、ベレトは流石に一言文句を言おうと立ち上がる。

 

「…おい」

 

 …が、次の瞬間ルイズがモンモランシーを呼び止めた。

 

「…モンモランシー、あんたは貴族の杖に対して同じことができるかしら?」

 

「………え」

 

「もし、そこにあったのがわたしや、キュルケや、タバサの杖だったとして、あんたはそれでも蹴ることができる?

傭兵にとって、剣はメイジの杖と同じくらい大事なものよ。…仕事道具なの、わかる?」

 

 ルイズは淡々とモンモランシーを責める。

 

「…な、なによ…!所詮平民でしょう!?」

 

「………その平民は、わたしの使い魔よ。ってことはわたしの身内でもあるわ。…決闘がお望みなら、いくらでもやりなさい。

その分、きっちり()()させてもらうから……!!」

 

「ひ、ィ…ッ!わ、悪かったわよ…」

 

 モンモランシーはルイズの眼光に一歩後ずさると、逃げるように席に戻っていった。

 

「…こんな感じでどうかしら」

 

「…話がわかる相手でよかったな」

 

「賊相手ならまだしもクラスメイトには十分よね」

 

 ルイズのドヤ顔に、ベレトは苦笑いするしかなかった。そんなふうに過ごしていると教室に誰かが入ってくる。

 

 

 教室に入ってきた教師は、コルベールだった。ベレトはこの教師がそこそこ好きだ。

 初めて会った時に彼は身を挺して生徒たちを守ろうとしていたし、ユーモアもあって面白い。

 

「さて、皆さん…まずはこれを見てもらいたい」

 

 そう言いながら、コルベールはヘンなものを取り出した。

 

「…なんじゃこりゃぁ?」

 

 一人の生徒が思わず呟くほどに、珍妙な形をしていた。鉄の筒が複雑に組み合わさったものに、車輪などがくっついている。

 コルベールはもったいぶった咳を一つしてから語りだした。

 

「えー、『火』系統の特徴を、誰かこの私に開帳してくれるかね?」

 

 気だるげにしていたキュルケがそれに答えた。彼女は凄腕の『火』のメイジで、トリステインの魔法学園に来たのも自主的ではないため授業への態度が酷い。

 

「情熱と破壊が『火』の本領ですわ…すくなくとも、ツェルプストーにとっては」

 

「ふむふむ、情熱…。…今まで、多くの『火』系統のメイジにこの質問をしてきましたが、やはり破壊という者は多い。

…ですが、このコルベール…『火』が司るものが破壊のみでは寂しいと思っているんですよ」

 

「…さびしい?」

 

 キュルケは首をかしげる。

 

「ええ、『火』は人間の始まりの叡智、使いようによっては楽しいことができるのです。

私との授業で、破壊以外の見せ場があることを教えてあげましょう!」

 

「………それで、その妙なカラクリ?」

 

「そう、そうなんです!これは私が発明した装置の一つ、油と火の魔法を使って動力を得ることができるのです!」

 

 ベレトはなんだか面白そうな話をするコルベールの話に聞き入っていた。

 

「まずは、この『ふいご』で油を気化させる。…そうするとこの円筒の中に気化した油が放り込まれるのですぞ」

 

 慎重な顔で、彼が円筒に空いた小さい穴に杖を突っ込み、『発火』の魔法を唱える。

 断続的な発火音は、気化した油に引火し爆発音に変わった。

 

「ほらごらんなさい!この金属の円筒の中で、気化した油が引火する力でピストンが上下に動いているのがわかるでしょう!?」

 

 円筒の上にくっついたクランクが動き、車輪を回転させる。車輪の回転によって箱についた扉が開くと、ぴょこぴょことヘビの人形が顔を出した。

 

「動力はクランクに伝わり車輪を回す…するとどうなるか!?ヘビ君が顔を出してぴょこぴょこご挨拶!どうです、面白いでしょう!?」

 

 ………生徒たちは五秒ほどその様子を見て、一言。

 

「「「………え、終わり?」」」

 

 ベレト以外が冷めた目でヘビ君のおもちゃを見ているので、コルベールは悲しくなった。

 

(……なんか、いくらでも悪用できそうなモン造ってる……!!)

 

 ベレトは内心頭を抱えたかった。方向性がハンネマンとあまりに似通っている。

 これの本質は、ヘビがぴょこぴょこ顔を出すことではない。…気化した油の持つ力がどれだけ強力か、という実験結果だ。

 

「今はまだこれが精一杯ですが、例えば荷車にこの装置を載せれば馬無しで動かすことができるのですぞ!

例えば海に浮かんだ船に水車をくっつけてこれで回せば、帆など要らなくなるのですぞ!」

 

「…………それ、魔法でよくないっすか?」

 

「そうそう、そんな変なの使わなくてもいいじゃないですか、コルベール先生には悪いけど」

 

(…魔法無しでこれを使えないから、そういう感想にしかならないのか…)

 

 がっくりと肩を落としたコルベールは、それでも説明を続ける。

 

「…皆さんはまだ、これのすごいところがわかっていないでしょう。…これには、()()()()()()

改良を繰り返せば、この装置は魔法無しで動くこともできるハズです…!断続的に点火する方法を見つければ、きっと…」

 

「…すごいな、それ」

 

 ベレトの呟きに、コルベールは顔をバッと上げる。

 

「………い、今なんと?」

 

「今は確かに未熟かもしれないが、たしかにそのおもちゃからは無限の可能性を感じる。

…馬無しで動く馬車、帆無しで海原を往く船…一度乗ってみたいものだ」

 

 そう語るベレトは、本当に楽しそうに笑みを浮かべた。

 

「きみは…ミス・ヴァリエールの使い魔の傭兵か。このロマン、わかってくれる人がいてくれて嬉しいですなぁ!」

 

 しばらくベレトを監視していた時期もあったものの、今の彼は傭兵を信頼していた。

 フーケを捕らえることができたのも彼のおかげだというし、興味が沸いたコルベールは質問をしてみる。

 

「ふむ、きみはいったいどこの生まれなのだ?」

 

「…ええと、自分は…」

 

 ベレトが答えようとすると、ルイズが慌ててそれを遮った。

 

「ミスタ・コルベール!彼はその、東方のロバ・アル・カリイエからやってきたんです!そうよね、(せんせぇ)!?」

 

「あ、ああ…そうだな!」

 

 ここで別の世界から来たとぶっちゃけるとその経緯を全部話さなければいけないことに気づいたベレトは、ルイズに口裏を合わせることにした。

 

「なんとっ!いや、あの恐ろしいエルフたちの住まう地の出身だったとは!その強さにも納得ができるというものですな!」

 

 コルベールはうんうんと納得してくれたようだ。その後は大したトラブルもなく授業は終わった。

 モンモランシーはびびってルイズを挑発することはなかったのだ。

 

 

 その夜、ルイズはベレトを外に出してから着替え、終わったら彼を部屋に入れた。

 ベレトがわら束で寝ようとすると、ルイズに呼び止められる。

 

「……(せんせぇ)、ちょっといい…?」

 

「…どうした?今日の問題でわからないところでもあった?」

 

「それは大丈夫。……いつまでも床で眠らせるのはあんまりだから、一緒にベッドで寝ない?」

 

 ルイズの顔は赤い。

 

「別に今のままでも上等なんだけどな…。だって夜風にさらされないだけいいもの」

 

「こっちの良心の問題よ。大丈夫、このベッド二人で眠れるくらい大きいし」

 

「……………わかった、そうさせてもらうよ」

 

 ベレトの心臓が、とくんと跳ねる。視線を合わせないように、二人は背中合わせに寝っ転がった。

 沈黙に耐えられなくなったのか、ルイズは質問し始めた。

 

「……(せんせぇ)がいた場所ってどんなところ?前に聞いたときは、戦争が終わったばかりだって聞いたけど」

 

「…ガルグ=マクっていう士官学校で、教師をしていたことがある。…人としての生き方は、あそこで学んだんだ」

 

「…生徒じゃなくて教師として?」

 

「ああ、子どものころから顔が無表情だのなに考えてるのだのいろいろ言われてきたが…」

 

 ルイズはきょとんとしている。今のベレトにはあまり当てはまらないなと不思議に思ったのだ。

 

「…想像できないわ。きっとそんなことを言ってた連中は見る目がないのね」

 

「どうだろう、あの一年は自分が変わるには十分だった」

 

「どんな人がいたの?」

 

「…そうだな、三つの国の次期リーダーが一つの学び舎に集まっていたんだ。そのうちの一人、エーデルガルトは次期皇帝の王女だった。

黒鷲の学級(アドラークラッセ)という学級の級長で、自分の教え子だ」

 

「こ、皇帝…!?」

 

 ルイズは目を丸くして驚いた。

 

「ああ、他にもひきこもりや歌姫やどこでも寝てるめんどくさがりがいた。かなり個性的で、自分は彼らが好きだ」

 

「…問題児ってやつじゃないかしらそれって」

 

「そうともいう。…でも、自分の性分には合ってたんだ。…教師として過ごしたあの日々がなければ、今の自分はいないと思う」

 

「……そっか、(せんせぇ)がただの傭兵じゃなくてよかった」

 

 ルイズはただの傭兵だったベレトを想像しようとして、やめた。そんなもしもはありえないからだ。ここにいるベレトだけが、彼女の師だから。

 

「………おやすみ、ルイズ」

 

「……うん、おやすみ」

 

 ルイズは目を閉じて考える。

 

(…わたしは、前に進めているのかしら。剣を習って、用兵を習って…それでも、未だに誰もがわたしを無能(ゼロ)と馬鹿にしてる。

……このまま魔法が使えないままじゃ、きっと変わらない。…どうすればいいんだろう。こればっかりは(せんせぇ)に聞いてもダメな気がする…)

 

 自問自答しながら、ルイズは夢の中に落ちていった。

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