『タルブの昔話』
用心棒の女性が奇妙な何かをじぃっと見ていると、その持ち主が話しかけてきました。
「…なにをしている?」
「…タケオか、相変わらずしみったれた顔をしているな、おまえは」
「……ほっとけ」
男はぶっきらぼうにそう言うと、女の隣に座り込みます。
「あんたも、どうせこいつが空を飛ぶなんぞ思ってないだろうに、物好きだな」
「…飛ぶんだろう?だが、どんな感じに飛ぶかいまいちわからない。どう動くんだこの鉄の塊は?」
女がそう言うと、男は説明を始めた。
「先端に二本、刃みたいなのがあるだろう?あれがすごい勢いで回転する。
その力の源は、ガソリンだ」
「がそりんとはなんだ?」
「よく燃える油だ、それでエンジンを動かすんだが…今は燃料のガソリンがない。内燃機関がロクに開発されてないこんな場所じゃァ、ガソリンの精製は不可能だ…」
男は諦めた顔で呟きます。…その顔が、女のやる気に火をつけました。
「……タケオ、そのがそりんとやらがあれば、これは動くんだな!?」
「そうだ」
「もし、わたしがそれを見つけることができたら、わたしをこれに乗せてくれっ!!」
「…………は??」
彼女は幼い子供のように目を輝かせてそれを指さします。女は馬鹿でした。
「おまえと、一緒に空を飛んでみたいんだ…!いいだろう、タケオっ!?」
「………わかった、わかったよ…。約束だ、俺は…あんたをゼロ戦に乗せて、タルブを飛ぶ。
その代わり、約束を果たせたら帰る手段を一緒に探してもらうぞ…ソフィア」
「ヨシッ!約束だ、タケオッ!」
二人は、ギュッと握手を交わして約束をしたのです。
続く
オスマンは困ったように一冊の本を見つめていた。王室から送り付けられたボロボロの本のページをめくるが、そこには何も書かれていない。
三百ページ以上はあるだろうそれには、文字の一言もないのだった。
「…これがトリステインの王家に伝わる『始祖の祈祷書』か……。文字すら書かれておらぬのに祈祷書などと、詐欺にもほどがあろう」
学院長はため息をついた。…実際のところ、こういったものはレプリカが多く存在している。
『始祖の祈禱書』は、始祖ブリミルが神に詠みあげた呪文が記されているとされる本で、世界各地に偽物があるのだ。そういったものを集めるだけで図書館ができると言われているぐらいである。
オスマンは各地で『始祖の祈禱書』を見たことがあるが、一応祈禱書の体裁を整えていた。…つまり、王室のそれは祈祷書ともいえないのである。
その時、ノックの音が響いた。オスマンの呼んだ客人である。
「入ってきなさい」
入ってきたのはルイズであった。
「…わたくしに何か用ですか?」
「おお、ミス・ヴァリエール。旅の疲れは癒せたようで何よりじゃ。…辛いこともあったじゃろうが、おぬしらの活躍で無事に同盟が締結して危機は去ったのじゃ。
婚姻を妨げるものはない。…きみたちのおかげじゃ、胸を張りなさい」
オスマンは優しい声で慰めるが、ルイズの顔は暗い。好きでもない相手と結婚するアンリエッタの哀しそうな顔を思い出してしまったのだ。
学院長はちょっと対応間違えたかなと内心思いつつ、彼女に『始祖の祈禱書』を差し出した。
「…ほれ、ミス・ヴァリエール。ちょっとこれを読んでみなさい」
「…あ、はい。………………?………。…あの、全ページ白紙なんですが…。なんですか、これ…?」
「王家に伝わる『始祖の祈祷書』じゃ」
「……これがァ!?」
ルイズは信じられない顔で『始祖の祈禱書』を指さした。ほっほっほとオスマンは笑っている。
「ワシもそう思う。…トリステイン王室の伝統で、王族の結婚式の際には巫女を用意せねばならんのじゃよ。巫女は『始祖の祈禱書』を手に式の
…姫は、その大役にミス・ヴァリエール、そなたを指名した」
「姫さまが…?」
「そうじゃ。巫女は、式の前より『始祖の祈禱書』を持ち歩き、
「わたしが考えるんですか!?」
「そうじゃよ。草案は宮中の連中が推敲するとは思うがの…。面倒じゃと思うが、これは名誉なことじゃ。
王族の結婚式に立ち会って詔を詠むことなど、一生に一度あれば幸運極まりないことじゃ」
ルイズはアンリエッタが自分を選んでくれたことが少しだけ嬉しいと思った。彼女との友情に報いなければと、ルイズは顔をあげる。
「…その役目、謹んで拝命いたします!」
「快く引き受けてくれるか、よかったよかった。姫も喜ぶじゃろう」
その日の夜、ベレトはヴェストリの広場で剣を構えていた。ベレトの脳裏に、ワルドとの戦いで苦戦した記憶が蘇る。
(…『ガンダールヴ』としての力がなければ、負けていたのはこちらだった。…まだまだ鍛錬が必要か)
ベレトは、かつての教え子たちの幻影をイメージする。その戦い方、癖、剣技…ベレトは全てを覚えていた。
彼らと戦えば、なにか思いつくかもしれない。…最初にイメージしたのは、ペトラだ。
「……シッ!!」
ペトラに斬りかかるが、彼女はベレトの攻撃をひらりと躱す。まるで羽のように軽やかな動きは、ブリギット特有のものだ。
警戒している彼女に攻撃を当てるには、カウンターが有効だということを彼は知っているが…。
ただでさえ素早い彼女にとって生半可な攻撃は止まって見えるに違いない。
「…はぁッ!!」
ベレトは三十分以上イメージのペトラと戦い続けたが、決着がつく前に誰かの気配を感じて振り返った。
「…誰だッ!!」
「わあっ!?」
人影は声をかけられると思っていなかったようで、持っていたものを落としてしまった。ガチャンと月夜に陶器製のものが割れる音が響く。
「わーっ!や、やっちゃったぁ…」
ベレトはその声で、相手が誰か気づく。近づいてみると、予想していた通りそこにいたのはシエスタだった。
「やあシエスタ、手伝おうか?」
彼女は割れたカップを一生懸命に拾っていた。
「い、いいんですか?」
「自分が驚かせたせいだし…」
ベレトとシエスタは黙々と欠片を拾い終えると、広場で話し始めた。
「…で、なにか用でもあったのか?」
「はい…とても珍しい品が手に入ったので、ベレトさんにご馳走したくって…!今日、厨房で飲ませてあげようって思ってたんですけど、おいでにならなかったから…」
「へえ、珍しいご馳走…?」
ベレトはシエスタの持っているものに視線を移す。ティーポットとカップがのったお盆だ。
「そうです!東方、ロバ・アル・カリイエから運ばれたもので、お茶っていうんです!」
「お、お茶…?」
呆然と傭兵は呟く。なんだったらフォドラで無茶苦茶飲んでいて珍しいという認識がないので困惑した。
(珍しくもないような……いや、そういえばこっちにやってきてから一度もお茶を飲んでいないな…)
シエスタはティーポットから割れなかったカップに注ぐと、ベレトに差し出した。
「はいどうぞ、不思議な味ですよ!」
「ありがとう、シエスタ」
ベレトはカップの中のお茶を飲んでみる。…フォドラで飲んでいたものとは風味がだいぶ異なるがそれでも茶葉の香りがいい。
「…おいしい!自分の知っているものとは違うが、おいしいお茶だな」
「…え。……そういえば、ベレトさんは東方の生まれだと聞きました。そりゃ知ってて当然ですよね…」
シエスタがショボーンとした顔をするので、ベレトは彼女の頭を軽く撫でた。
「…ひゃっ…!?くすぐったいですよ…」
「落ち込むことはないだろう。…懐かしいものを飲ませてくれてありがとう、シエスタ」
「…ありがとうございます。…ところで、さっきの剣舞?ですが…凄かったです!」
シエスタはさきほどのイメージとの戦いを見て興奮していた。
「ああ、今まで出会った中で、最も軽やかな剣士のイメージと戦っていたんだ」
「へえ、どんな人なんですか?」
「異国の女王だよ。狩りがとても上手くて、まじめな勉強家だった。…今でも元気でやってると思う」
「はえー。わたし、トリステインから出たことないので、そういう異国の話って憧れちゃいます!…ベレトさんって傭兵だから、いろんなところに行ってるんですよね?
…よかったら、外国のお話してほしいです!」
シエスタが子どものような目でせがんでくるので、彼は当たり障りのない話をすることにした。
「それじゃあ、さっき言った女王の統治する国のことでも話そうかな…」
ベレトの話を、シエスタは楽しそうに聞いている。しばらくすると話題が帝国の事やガルグ=マクの話に移った。
「……ガルグ=マク、かぁ。お金があったら、平民でも勉強できるなんて、凄い場所ですねぇ…」
「士官学校だから軍人になる勉強だし、だいたいの生徒は貴族だったけどね。…いつか、もっと平民が勉強できる場所を作れればいいんだけど…」
「……その時は、わたしもお手伝いしたいです!何ができるかは、まだわからないけど…」
シエスタは元気いっぱいに宣言した。
「…ありがとう、そう言ってもらえて嬉しいな。…さて、そろそろ寝る準備をした方がいいんじゃないかな?明日も仕事があるんだろう?」
「そうですね…それじゃ、また明日ですねベレトさん。…また、お話してくれますか?」
「…もちろんいいとも。自分なんかの話でいいのなら、いくらでも」
シエスタは顔を赤くすると、もじもじしながら言った。
「…すごく、良かったです。いつか、あなたといっしょに………」
「………ん?」
「な、なんでもないですっ!それでは、またっ!」
シエスタは凄い速さで帰っていった。ベレトはシエスタが去っていった方向を見ながら、その身体能力に驚いた。
(…身体能力高いな……)
ルイズの部屋に戻ったベレトは、ルイズが見覚えのない本を持っていることに気づいた。古ぼけた本である、図書室で借りたのかもと彼は思った。
「ただいま。…何を読んでるんだ?」
「お帰りー。…読んでみる?」
「ハルケギニアの文字はわからないんだが…」
ルイズはにっこりと笑うと、無言で本を押し付けてきた。ベレトがとりあえず中を読んでみると、ぜーんぶ白紙で面食らうことになる。
主人の方を見ると肩を震わせて密かに笑っているようだった。なかなかいい趣味をしている。
「………なんだこれ」
「…ふふふ、その顔面白いわね。…これ、王室に伝わる『始祖の祈禱書』らしいわよ?」
「なんでそんなものがここに?」
ルイズが朝のことを説明すると、彼の顔が微妙なものを食べた時のように歪む。
「…つらくないか?アンリエッタ姫が望んでない結婚の詔って…」
「心配しないで、
無理をしているのを隠すように、ルイズは微笑んだ。
「…そうかもしれないな。詔を考えるのは大変だろうが、困った時は相談してくれ」
ベレトがそう言うと、ルイズはこくりと頷いてからぼーっと祈祷書を眺め始める。きっと彼女の脳内は詔のことを考えてるんだろうと思い、邪魔をしないようにベレトは剣の手入れを始めた。
一方そのころ、ヴィルキンソンはアンリエッタの部屋を出るところだった。アンリエッタはウェールズの話が聞きたくて、彼を部屋に招いたのである。
現在トリスタニアに滞在しているヴィルキンソンは、彼女の頼みを快く引き受けた。できるだけ彼女の心の負担が軽くなればいいという完全な善意で…。
しかし、善意だろうと気に入らない人間はいる。通路を歩くヴィルキンソンに、通りかかった宮廷貴族の心無い陰口が耳に入る。
「………あれが姫殿下の
「まったく、アルビオンの恥さらしめ…。姫殿下の客人でなければ囲んで火で炙ってやるところだ…」
「……………」
ヴィルキンソンは居心地が悪くて、無言で王宮を出ていった。見張りに会釈し、ヴィルキンソンは城下街に繰り出す。
(…連中の言っていることも、理解はできる。今の私は戦場から逃げた臆病者だ、どんな言葉で飾ろうと状況は変わらんのだ…。……今は、杖を磨くべき時だ。
『レコン・キスタ』に突き付けるために準備をせねば……)