『タルブの昔話』
それから二人は当てのない旅に出ました。よく燃える油を探すためです。ある時は村人たちの頼みを聞き、またある時は傭兵として戦場を駆けた彼らは、強い絆で結ばれました。
…しかし、肝心の油を見つけることはできなかったのです。
「……見つからなかったな、がそりん」
「……そうだな」
三年後、タルブの村に戻ってきた彼らは暗い顔で向かい合います。
「……なあ、タケオ。わたしは、少し休むべきだと思う。…五年くらい、この村で過ごさないか?ここはいい場所だ、流れ者のわたしとお前を村に置いてくれるんだから」
彼女の提案に、男はこくりと頷きます。
「…それもいいな。…また、探しに行こう。俺たちのどちらかが死ぬまで、約束は有効だ。…ソフィア、こんな俺でいいなら、一緒に住まないか?」
「………うん、いいよ」
彼女は赤面しながら、その提案をのみます。
…彼らが夫婦になるのに、それほど時間はかかりませんでした。
続く
アルビオンから帰ってきて早くも十日が経過した昼下がり、ルイズは編み物をしていた。ここは、魔法学院の東にある『アウストリ』の広場。
他の生徒たちがボール遊びをしているのを横目で見た彼女は、ため息をつきながら自分の作品を見つめた。…率直に言って酷い完成度である。
彼女に編み物の才能はなかった。セーターを作ってるはずなのにどう見ても毛糸でできた変なオブジェでしかない。
「……はぁ…。
ルイズはベレトが厨房に行っていることを知っていたが、あえてそれを黙認していた。最近は一緒に食卓を囲むから行ってないことも、もちろんわかっている。
ある日彼女はふと思った。あのメイドは料理が作れる、自分には何があるだろうと…。自分の存在意義を考え始めると人というのはドツボに嵌まる。
彼女は趣味の編み物をしてみた結果、自分がなぜ編み物を長い間やってなかったか思い出して軽く鬱になっていた。
「ヤッホー、なにしてんのルイズ?」
ルイズは声をかけてきたキュルケから見えないように、慌てて『始祖の祈祷書』で作品を隠す。ルイズはしっしとキュルケを追い払おうとするが、肝心のキュルケはどこ吹く風。
「………ど、読書中よ!あんたといると集中できないのよ散れ散れッ!」
「…真っ白い本のどこを読んでんの??」
「ふんッ!これは『始祖の祈祷書』っていう、由緒正しいトリステイン王家の国宝なのよ!」
「え、こんなしょうもないモンを王家が管理してんの?トリステインって馬鹿じゃない?…というか、なんで国宝をあんたが持ってんの?」
キュルケの質問に、ルイズはアンリエッタの結婚式に巫女として出席し、詔を詠みあげることを説明した。
ルイズの説明を聞いて、キュルケは納得したように相槌を打っている。
「ああ、なるほどー。この前のアルビオン行きってさ、その結婚式と関係あるんでしょ?」
「……秘密にしなさいよ、ツェルプストー…」
「…ギーシュみたいに言いふらすなんてしないわ。…これからは同盟国同士、あたしたちも仲良くしなきゃねぇ?」
キュルケはなれなれしくルイズの肩に手を回すと微笑んだ。
「アルビオンの新政府は不可侵条約を持ちかけたそうよ?この平和に乾杯っ!」
「…調子のいい女…」
「…話は変わるけどさ、コレなーんだ?」
キュルケは手に持っていたそれをヒラヒラと振る。…本で隠したはずの作品だった。
「…… は ?」
ルイズは祈祷書の下に隠していたはずのそれを呆然と見て、奪い返そうとする。
「か、返しなさいよっ!」
「……………???なにこれ?」
「せ、セーター…」
「………マジ?」
キュルケは素で返した。
「ヒトデのぬいぐるみじゃなくて?」
「そんなの編むわけないでしょ!?」
「…あ、そういうこと?せんせに渡すの?わっかりやすいわねーあんた」
半分呆れ気味にキュルケに言われ、ルイズは思わず怒った顔をする。
「す、好きじゃないもんッ!」
「………わっかりやすいにもほどがないかしら。…ねえルイズ、こんなとこで油売ってていいの?部屋に戻ってみなさい、手遅れになる前に…ね?」
「はぁ?あんた、それどういう…!!」
「メイドが部屋に入ってくのを見ただけよ~?ほら、走った走った!」
ルイズは怪訝な顔をしながらも、自分の部屋に走っていった。…それを見ながら、キュルケはため息をつく。
なんとも頼りない恋のライバルで先が思いやられる。
「……よし、今日は授業バックレて街に行こうっと。今のうちに準備しなきゃねー♪」
暇を持て余したベレトは、ルイズの部屋の掃除をしていた。剣の手入れは全部してしまって、ピッカピカになったデルフリンガーは笑っている。
「はっはっは!いやぁ、こんなに気分がいいのも久しぶりだねえ!」
「錆だらけだったもんな、デルフ。何千年だっけ、たしか六千年とか口走ってたような…」
「おう、相棒の爺さんの爺さんのそのまた爺さんより長生きだぜッ!」
「単純計算でアドラステア帝国の六倍長生きじゃないか。どんな金属を加工したらそんなに長持ちするんだ?」
ベレトとデルフリンガーがしばらく話していると、扉がノックされる。部屋の主であるルイズならそんなことはしないので、客人だろうとベレトは判断した。
「…今、部屋の主はいない。…鍵は開いている、使い魔でいいならもてなそう」
「こ、こんにちわー…」
ひょこっと顔を出したシエスタに、ベレトは微笑みながら手招きする。いつものメイド服を着た彼女は、なぜかお盆に大量の料理を乗せていた。
「ええと…最近、ベレトさん厨房に来ないので、お腹すいてないか心配になって…」
「あ…あー…」
ベレトは厨房に行っていない理由がすぐに思い当たった。食事事情の改善は、思わぬしわ寄せを生んでしまったらしい。
「最近はルイズと一緒に席に座って食事してるからな…」
「……あ…。ご、ごめんなさい…。迷惑、でしたか?」
「そんなわけないだろう?食事量には自信があるんだ、このくらい完食してみせるとも」
ベレトはシエスタの料理を、無理する様子など欠片もなく完食する。料理がなくなった皿を見て、彼女はほっとした様子だった。
「……実は、さっきまで疑ってたんです。お腹いっぱいで食べられないんじゃないかって…」
「ガルグ=マクでは一日十食してた時もあったし」
「…士官学校かぁ。人間同士の殺し合いは嫌だけど、勉強できるなら…うーん…」
シエスタはガルグ=マクに思いを馳せているようだ。その様子を見たベレトは、ふといいことを思いつく。
「…そうだ、シエスタも講義に出てみるか?あっちでやってた授業そのままやってるから雰囲気は味わえると思うが…」
「え、いいんですか!?」
「もちろんいいとも。貴族だけに教えようってわけじゃないし…」
少女の顔がぱぁっと明るくなる。
「あ、ありがとうございます!わたし、頑張りますね!」
「できることを増やしていくことはいいものだ、そのやる気を持ち続けてほしいな」
「はいっ!………そういえば、話は変わるんですけど…わたし、今度里帰りをするんですよ」
傭兵は首をかしげる。メイドの仕事はどうするのだろうか?
「…そうなのか?一日で行って帰られる場所に故郷があるってわけでもないんだろう?」
「はい、お姫さまが結婚するから、特別にお休みが与えられたので。…ねえベレトさん、わたしの村に来てくれませんか?
…辺鄙な田舎なんですけど、綺麗な草原があって。…今頃、夏の花が咲いていて、綺麗だろうな…」
「…そうだな、考えておくよ」
「名物もあるんですよ!ヨシェナヴェっていって、いろいろ特徴的な山菜を使うおいしいシチューなんです!
…ベレトさんにも、ぜひ食べてほしいんです…」
「シエスタ……」
シエスタは恥ずかしそうに顔を伏せた。
「…わたし、貴族には勝てないんだって思ってたんです。それを変えてくれたあなたに、なにかお礼がしたくって…。
ダメだなぁ、から回ってばっかりで…」
「お礼か…自分のやりたいことをやっているだけだから、気にしないでほしい。それに、助けてくれたのはきみが最初だ、シエスタ」
「…べ、ベレトさん…!」
シエスタは感動した様子でベレトに抱き着いた。………その絶妙なタイミングで、ルイズが帰ってくる。
…ルイズの目には、きっと自分の部屋で逢引きしているように見えるだろう。彼女が再起動するのに、五秒かかった。
一秒でシエスタはルイズを視認すると、パッと慌てて離れた。三秒でベレトはシエスタに伏せるように指示を出すが、自分の防御には間に合わなかった。
「る、ルイ…ッ!」
ベレトがルイズの爆発で吹き飛ぶ。レイピアで頭をたたき割らない辺り、まだ冷静だと言えるだろう。
「……ふ、ふふふふふふふふ…。
わたしの部屋で、逢引きだなんて…!!」
「ルイズ、話を聞いてくれ!きみは誤解している!」
「…でてけ。二人ともでていって!!」
ルイズは問答無用でベレトとシエスタを部屋から追い出すと、ガチャリと鍵を閉めた。
彼女はかなり気性の荒い性格だ。プライドが高いと言い換えてもいいだろう。…ベレトは、あくまで彼女の怒りをたまたま買わなかっただけなのだ。
久しぶりに怒った彼女は、自分の感情が思ったように抑えられなかった…ただ、それだけの話だ。
「…いてて」
「だ、だいじょうぶですか…?」
ベレトは困った顔でルイズの部屋の扉をノックしてみるが、反応は返ってこなかった。
「…だめだこりゃ。わかりやすくすねてるな…」
「…ご、ごめんなさい…。これ、わたしが抱き着いちゃったからですよね…?」
「…すっごくタイミングが悪かっただけだろう?うっかり必殺受けて死ぬよりは全然マシだから気にしすぎない方がいいぞ」
「それだけであんなに怒るかな…。ミス・ヴァリエールの頭の中で凄いことになってるんじゃ……?」
苦笑いを返しながら、ベレトは今夜何処で寝ようと途方に暮れるのだった。
三日後、ギーシュが自身の愛する使い魔を探していると見慣れないものがヴェストリの広場の隅っこにあることに気づく。
「……テント?」
あまり立派ではないものの、作った人物が慣れているのか頑丈にできている。その入り口からヴェルダンデが出てきたので、ギーシュは驚いた。
「ヴェルダンデ、どうしてそんなとこにいるんだい?」
もぐもぐと鼻を鳴らすモグラを追って、ベレトがテントから出てきた。
「どうしたんだモグラくん、頼むからもう少しだけ撫でさせて…、やぁギーシュ」
「…おや、先生じゃないか。ヴェルダンデと何やってるんだね?」
「………あ、アニマルセラピー…」
ベレトの目は死んでいた。ルイズから追い出されたベレトは、簡易テントを作って夜を過ごしていたのだが…彼は寂しくなって動物に癒しを求めたのである。
…なお、精神的に追い詰められてるものの酒に逃げるほどではない。
「ここ数日、ルイズと先生の姿を見ないなと思ってたら…」
呆れた顔でギーシュはテントの中を見ると、デルフリンガーとサラマンダーがいた。
「…暑くないかね、このテントの中?」
「意外とそうでもない」
「………どうしてこんな場所で寝てるんだい、先生。…まさか、とうとうルイズから追い出されてしまったのかい?」
ベレトはこくりと頷いた。
「…先生の人柄は、そこそこ知っているつもりだけど…なにがあったんだい?」
「じつは…」
ベレトが三日前の話をすると、ギーシュの顔に同情の色が浮かぶ。
「大変なんだなぁ…」
「他人事だと思って…。……ルイズと、少し仲良くなれたと思ったんだがな…」
「よし、今日は一緒に呑もうぜ先生。いつも世話になってるから、たまには愚痴でも吐くといいさ!」
ギーシュは笑顔を見せながら、自分の部屋に置いていたワインを持ってきた。その気遣いに、ベレトはジーンと目頭が熱くなる。
「あ、ありがとうギーシュ…」
「良いってことよ!愚痴が終わったら、先生の話が聞きたいんだ。…いいかな?」
「いいとも、そのぐらいなら」
その様子を、料理を持ってきたシエスタは微笑ましそうに見守っていた。
一方そのころ、ルイズはいじけてふて寝していた。
「………
そう言いながらも、自己嫌悪と悔しさで涙を流すルイズはドアをノックする音で跳ね起きた。
ベレトは何度かドアをノックしに来ていたものの彼女は意地になって対応しなかったが、そろそろ我慢の限界のようだ。
ルイズはドアを思いっきり開けると、そのまままくし立てる。
「い、今更謝りに来たって…、あれ?」
「あなたに謝ることなんかないわよ、ヴァリエール」
そこにいたのはキュルケだった。
「…なにしにきたのよあんた!」
「三日も体調不良を理由に休んでるから、様子を見に来ただけよ。…せんせのこと、追い出しちゃったって?」
「…あ、あんたには関係ないでしょ…」
キュルケは呆れた顔でルイズの顔を見つめる。
「たかが食事してただけで追い出されちゃ、せんせだって困るでしょうに…」
「それだけじゃないもん。…だ、だだ、抱き合ってたのよ!わたしの部屋でッ!!」
「……マジで?」
キュルケは驚いた。自分が誘惑しても逃げようとしていた彼が、まさかメイドの誘惑に屈するなんて思っていなかったのだ。
(………まてよ?この子思い込みが激しいから、一部分だけ見て判断してるとか?)
「ゆるさないわ、絶対にゆるさない…!あの調子だとキスとかもしたに違いないわ!」
「…好きだから、許さないの?」
「………え」
ルイズはポカンと口を開けて、キュルケを見る。
「あなたってすごーく変わってることを自覚した方がいいわよ。嫉妬深くて、恋人でもない人を強く執着して束縛したがる…そんな困った癖、あたしはあなたしか知らないわね。
…もっと使い魔を大切にしないと、いつか後悔するわよ?」
「…あんたにだけは、言われたくなかったわ」
「……そうねぇ、あなたに言う予定なんてなかったけど…あんまりにもふがいないから。あたし、やることがあるからこれで帰るわね」
「…勝手にすれば。わたしには関係ないし」
ルイズの言葉に、キュルケはにっこりと笑った。
「ええ、そうさせてもらうわ。…
「………?」
去っていったキュルケに、ルイズは首をかしげる。…また明日、だなんて彼女から初めて言われたからだ。
…それでも。ルイズの心は少しだけ軽くなった。
「………うん、また明日」