それからというもの、二人は充実した日々を過ごします。畑を耕し、ブドウを摘み、子育てに苦労して。
どこにでもいる普通の夫婦としての生活を楽しんだ二人は、何年も後に再び旅に出ました。
「次はどこに探しに行こうか?」
「……隣国のガリアを探す」
「…あの子にいい報告ができるといいなぁ」
…彼らは何度も、何度も旅に出ました。それでも、油を見つけることはできませんでした。
それでも、二人は諦めきれません。…彼らはどんどん年老いていきます。
ある日お爺さんになった男が『竜の羽衣』を見ていると、自身の妻に話しかけられました。
「…そこにいたのかい、タケオ」
「……ソフィア。…時間というものは、存外早く過ぎるのお…。鍛えていた腕が、まるで木の枝のようじゃ」
「しょうがないさ、生きてるんだから」
お爺さんの隣に立った彼女は、老人に語りかけます。
「……わがままばかり言って、すまないね」
「どうしたんじゃ、柄でもないこと言いおって」
「わたしがこいつが飛んでいるところを見たいと言ったばかりに、色んなとこに行くことになって…。
そもそも、お前がわたしの…」
「…いいんじゃよ。わしも、またこいつを飛ばしてみたかったんじゃ。君との約束抜きにしても、な…。…それに、楽しかった。旅も、君との生活も」
老人となった男は、微笑みます。
「……わたしも、楽しかった。…わたしを、一人にしないでくれてありがとう…」
「さて、帰るとするかの…」
「ああ、我が家でご飯が待っているぞ。今日はヨシェナヴェだそうだ」
「……ああ、それは…楽しみじゃ」
お婆さんは数歩寺院の入り口に向かいます。…しかし、ついてきているはずのお爺さんの足音がないことに気づき、振り向きました。
「………タケオ?」
お爺さんは倒れていました。
「……タケオ!!?おい、しっかりしろ、タケオ…!!」
……その日、お爺さんは亡くなりました。…彼らの約束は果たされることはなかったのです。
おわり
ベレト達が一枚目の宝の地図に従いその地点に向かっていると、鉄臭い匂いが漂い始めた。
「…血の匂いがするな。小競り合いでもあったのか…?」
「……匂いの元は、あれ」
タバサが指さした先で、犬のような人のような生き物が死んでいた。
「…これは?」
「コボルドと呼ばれる亜人の一種。…大したことはない相手」
ベレトが死体を検分すると、真っ二つに切断されており切り口は恐ろしく滑らかであった。まだぬくもりが残っているので、倒されてすぐのようだ。
「…普通の剣じゃこうはならない。魔法で倒されたのか…?」
「…宝を狙ってるのかしら、これをやった人は…。こうしちゃいられないわ、急いで宝を確保しなくちゃ!」
キュルケに急かされ、一行は先を急いだ。宝の地図が示していたのは洞窟であり、コボルドたちの領域だ。
…が、その中に生存しているコボルドはいなかった。
「…いたるところに死体が転がってるわね」
「……いた。これをやったのは、あいつだ…!」
ベレトの視線の先には、フードを被った人間がいた。傭兵がわざとらしく砂利を踏んで音を出すと、フードの人物は杖をこちらに向けながら振り返る。
「……ッ!!」
「…おまえは……」
一行は彼の顔に見覚えがあった。杖を納めた男は、困った顔で彼らに質問する。
「きみたち、どうしてここに…?」
「ヴィルキンソンさん!…ええと、なにやってるのか知りたいのはこっちなんだけど…」
「コボルドを退治してほしいと近くの村に頼まれてね。きみたちは?」
「この洞窟にあるらしい宝を探しに来たんだ。……ええと、なんて名前だったか…」
ベレトが思い出そうとしたものの、その前にキュルケが教えてくれた。
「『始原の宝杯』よ。なんでも、四人の聖人の血を捧げると死者蘇生ができるとか…」
「……それは、あれの事かね?」
ヴィルキンソンが指さした場所にはコボルドたちが作ったと思われる祭壇があり、そこには血まみれの杯が存在している。
…ろくでもない用途に使われていたことは明らかだった。
「…あれが『始原の宝杯』というやつかね…?ただの鉄のコップに見えるんだがね」
「……中身が入ってたらまずい、ここは自分が取ってくる。ヴィルキンソンもついてきてくれ、あの杯に魔法探知をかけてもらいたいんだ」
「任せてくれ、コボルドたちが罠を仕掛けているかもしれないからね…」
ベレトとヴィルキンソンが杯の中を確認すると、吐き気のする異臭と共におぞましい中身を見ることになった。
「……うっわ、腐った血の中に虫やら目玉が浮いている…」
「……で、これはどうなんだ?」
「…ディティクト・マジックに反応はないようだから、普通の杯だね。……どれだけ人間の血を吸っているかは考えたくもないが」
「なら用はないな、みんなに報告しに行こう」
『始原の宝杯』が偽物だと聞かされた一行は残念そうな顔をする。
「あっちゃー、最初のお宝はハズレかぁ…。次に期待ね!」
「趣味の悪い杯でお金を手にするわけにもいかないしね…。血まみれの杯を売りつけたら質屋も可哀想だわ」
「いっそミス・ツェルプストーが焼き尽くした方がいいかもしれませんね…。犠牲者の供養にもなるでしょうし…」
シエスタの提案に、キュルケは感心したように頷いた。
「あら、いいわね。こんな気持ちの悪いもの、この世から消し飛ばしちゃいましょう!」
「……キュルケ、加減はしてほしいな」
「はーい、任せてせんせ」
キュルケの『炎球』が『始原の宝杯』…ならぬ、『始原の偽杯』を焼き尽くす。
「……これで、コボルドに殺された人たちも浮かばれるだろう」
「…そうだな。わりと乱暴に処理した気がするが…」
ヴィルキンソンは近くにあった村にコボルドを退治したと報告しに行った後、一行の元に戻ってきた。
「…おかえり」
「ああ、戻ったよ。これからきみたちはどうするんだい?それによってはここでお別れだが…」
「宝探しの続きよ。…回復役がいるとこっちとしては心強いんだけど…無理強いはしないわ」
ルイズのお願いにヴィルキンソンは薄く微笑んだ。
「ふっ、そのくらいお安い御用だとも。なんなら前衛もできる!」
「今回は実戦経験を積むって目標もあるからほどほどにしてもらえると嬉しいな」
「…そうかね?」
ベレト達は廃村の寺院の近くにいた。のどかな雰囲気に包まれた場所だが、爆発によって吹き飛んだ。
寺院からオーク鬼と呼ばれる豚のような亜人が飛び出して、怒りのこもった唸り声をあげた。
…数十年前に開拓村だったここがうち捨てられた原因である彼らは、恐ろしいことに人間の子供が大好物という困った害獣である。
人間の屈強な戦士五人分に匹敵する怪物に、タバサは眉をひそめた。
(……想定よりも多い…)
一匹のオーク鬼が進もうとした瞬間、ギーシュの掘った落とし穴に引っかかる。中は油だらけで出ようとすると滑ってしまう作りになっていて、オーク鬼は驚きの声をあげた。
「ぷぎィッ!?」
「よし、追撃だァ!!くたばれ豚野郎!!」
ギーシュがワルキューレを創り、落ちたオーク鬼を槍でめった刺しにする。タバサは困った。ギーシュが先走ったことを察してしまったのである。
かなり大きく作った落とし穴なのに、あれでは奇襲の意味がない。
タバサは自身の十八番である氷の矢の魔法、『ウィンディ・アイシクル』でまだ生きていたオーク鬼を串刺しにして倒した。
それを見たキュルケが追撃で別のオーク鬼を仕留めるものの、効果的な奇襲はここまでだった。
オーク鬼が怒りの声をあげるのを見たベレトは、隣にいるシエスタに声をかける。
「よし、行くぞシエスタ」
「はい、ベレトさん!」
「……二人とも、気を付けてね」
ルイズは罠の準備をしながら二人を心配していた。彼女は歯痒そうに顔をゆがめている。
「わたしも戦いたかったんだけどな…」
「オーク鬼は刺突より斬撃の方が効きやすいんですよ。ミス・ヴァリエールのレイピアは人間には強いけど、オーク鬼は肉の鎧で内臓を守っているので刃が届かないんです」
「わかってるわよ…。……死なないでね」
「……もちろん」
ベレトはルイズの頭を撫でてから、オーク鬼に立ちはだかる。門の前に現れた人間たちに、オーク鬼たちは下品に笑った。貧弱な戦士二人など、自分たちの敵ではないと理解しているからだ。
一匹のオーク鬼がシエスタの方を見てじゅるりとよだれを垂れ流しているのを、彼女は嫌悪感のある目で睨みつけた。
「ぷぎィィィッ!!!」
オーク鬼はシエスタを叩き潰そうと棍棒を叩きつける。…が、棍棒は地面を叩いた。不思議に思った怪物は首をかしげ……横にずらした頭がずれ落ちる。シエスタは攻撃を避けながらキルソードで豚の首をはねたのだ。
「………ぶひ??」
なめてかかったオーク鬼たちは、首の落ちた仲間の死体を呆然と見ている。仲間が柔らかそうな人間の女の子によくわからないまま斬り殺されて、脳が理解を拒んでいるようだ。
……その隙を逃すほど、傭兵は甘くなかった。
「…よそ見している暇があるのか?」
ベレトは天帝の剣を容赦なく振るう。オーク鬼は恐怖の悲鳴をあげながらバラバラに解体されていった。
「…ぶ、ぶぎゃアアアアアアアア!!??」
仲間たちが惨殺されて恐怖に支配されたオーク鬼が、わき目もふらずに逃走しようとする。
……森に入っていったオーク鬼の断末魔が響き渡った。
ベレトがルイズの元に戻ると、大木に押しつぶされたオーク鬼の死体が転がっていた。トドメにレイピアで突き刺したのか、頭蓋骨に穴が開いている。
「ルイズ、ケガはないか?」
「……うん、大丈夫。キュルケ達は?」
「シエスタが確認に行った。すぐに合流して戻ってくるよ」
一行は無事に合流すると、さっそく反省会をすることになった。
「せんせ、ギーシュが先走りました」
「………ギーシュ、反論は?」
ギーシュは頬をかきながら先行した理由を説明する。
「一匹掛かった時点で落とし穴に落ちるとは思えなかったからね」
「自分のモグラが掘った穴でしょうが!モグラの方見なさいよ、しょぼんとした目であんたを見てるわよ!」
ルイズは悲しそうな目をするモグラを撫でながらギーシュに怒っている。アルビオンでの一件以降気に入ったのかもしれない。
「……ご、ごめんよヴェルダンデ…」
「あまり作戦と違うことをしないようにな、ギーシュ。今回はうまくいったかもしれないが、大失敗したらこの中の誰かがオーク鬼の棍棒のシミにされていてもおかしくないんだ」
「……そうだね」
ベレトは反省するようにギーシュに促す。…が、彼はこう付け足した。
「でも、落とし穴の中に油を入れる観点はいいと思う」
「オーク鬼は馬鹿だけど身体能力が高いからねぇ。落とし穴に仕掛けをするのは定石の一つ…これもまた戦いには必要なことだよグラモン少年」
ベレトとヴィルキンソンに褒められ、ギーシュはにへへと笑った。
キュルケはマイペースに地図を見ている。
「せんせ、そろそろお宝を見に行きましょうよ」
「ええと、どんなのでしたっけ?」
シエスタはお宝にはさほど興味がないため、何があるのか覚えていない。
「あの寺院にある祭壇にはチェストが隠されていて、その中には司祭が隠した金銀財宝と秘宝『ブリーシンガメル』があるそうよ」
「ぶりー…なんて?」
「地図によると…黄金の首飾りで、あらゆる災厄から身を護るマジックアイテムだそうよ。ワクワクするわね!!」
その夜、一行は焚火を囲んでいた。ギーシュは青筋を浮かばせながら口を開く。
「………あのさ」
「…………なに」
「僕、言ったよね。こういうお宝の地図なんてだいたい偽物だって…。苦労した結果がこれか!!?」
ギーシュは戦利品の、数枚のコインを地面にたたきつける。全部銅貨であった。彼は真鍮でできたネックレスをキュルケの前に突き付ける。彼女はつまらなそうに無視した。
「こっち見ろキュルケッ!こんな安物のネックレスが『ブリーシンガメル』とでも言いたいのか!!」
「うっさいわね。爪研いでるんだから邪魔しないで」
「これで七件目だぞ!猛獣の住処が二件、亜人の住居が三件、盗賊たちの隠れ家になってたのが二件だ!!
そいつらを苦労してやっつけて、手に入れたのがコレ!?いくらなんでも割に合ってないだろう!!」
キュルケの宝探しにあまり乗り気ではなかったギーシュが怒るのも無理はないだろう。誘ってきた彼女の対応も悪く、険悪な空気が漂う。
……その時、とてもいい匂いが二人の鼻を刺激した。シエスタが全員分の食事を作ってくれたのだ。
「みなさん、食事の用意ができましたよ!」
「…………とりあえず、ご飯にしましょ」
「……そーだね」
シエスタの出してくれたシチューを口に運ぶと、全員がっつくように食べ始めた。空腹だったのもあるが、シチューがとてもおいしかったからだ。
「う、うまいっ!この食材、どこで買ったんだい?」
「全部山で採れるものですよ、ミスタ・グラモン。そのお肉は野うさぎで、他にも山菜とハーブを入れてます」
「へえ…、あまり見たことのない野菜が入ってるのはそういうこと?」
ルイズは馴染みのない野菜を突っついている。その様子を微笑ましそうに見ながら、シエスタは鍋をかき混ぜた。
「わたしの故郷に伝わるシチューで、ヨシェナヴェっていうんです。父から教わった、食べられる山菜や木の根っこを入れて作る不思議な料理で…。
父は、ひいおじいちゃんから教わったって言ってました。今では村の名物です」
「ああ、その名前は前に聞いたな。……どこか、傭兵の大雑把なシチューを思い出す」
ベレトは傭兵団にいた頃、ジェラルトが料理当番の時に出していたシチューを思い出した。
(あれも山で採ってきた野草が入っていたな…)
学院から出発して十日。ルイズは『始祖の祈祷書』を開いて詔を考えていた。たまにベレトに詔を詠み一緒に推敲を重ねているものの、これがなかなか難しい。
結婚式は二週間後なのでその一週間前には詔を完成させねばと、ルイズは少し焦りを覚えた。
「ルイズ、進捗はどう?」
「んー……。微妙ね、正直言って。すー、はー…。よし、集中っ!」
深呼吸をして、『始祖の祈祷書』を開く。白紙のページをじぃっと見つめ、アイディアが降ってくるのを待っていると…。
(………あれ……?……
ルイズは思わず目をこすり、もう一度ページを見てみるものの相変わらず白紙だった。ルイズは首をかしげる。
「……気のせい?」
食事を終えた一行は、これからどうするのか相談を始めた。
「僕は、そろそろ帰りたいよ…。風呂でゆっくり疲れを取ってベッドで寝たいんだ!!」
「あ、あと一件だけ行きましょうよ!………コレだ!」
キュルケは地図を睨み続け、一枚の地図を叩きつけた。
「お願い、これがダメだったら学院に帰るから!」
「なんていうヤツ?」
「…『竜の羽衣』」
「うぇっ!!?そ、それホントですか!?」
シエスタが驚いた顔をしたので、キュルケは目を丸くする。
「あら、知ってるの?」
「だってそれがあるの、わたしの故郷ですよ!?」
翌朝、シエスタは風竜に乗った一行に説明する。なんでも、村の近くにある寺院に安置されているらしい。
「なんで『竜の羽衣』って名前なの?」
「……それを使うと、空が飛べるそうなんです」
「……『風』のマジックアイテム?」
タバサの言葉に、シエスタは悲しそうに否定する。
「……そんな大層なものじゃないんです。…あのネックレスと同じで、名前ばかり立派な秘宝。…それでも、拝んでる人はいるんですよ」
「…どうして悲しそうなんだ?」
「……ひいおじいちゃんの遺品なんです。ある日、ふらっとやってきたひいおじいちゃんは、『竜の羽衣』を使って東の地からやってきたって村の人に言ったそうです。
…でも、村の人たちはひいおばあちゃん以外誰も信じなかったそうです。頭がおかしかったんだってみんな言ってます」
シエスタはため息をついて、再び語りだした。
「それで空を飛んでみろって誰かが言ったみたいなんですけど、飛べなかったみたいで…。最終的に村に居ついちゃったんです。
…一生懸命お金を貯めて、貴族に『固定化』を頼むくらい大事にしてました」
「…ろくでもない爺さんだなあ」
「『竜の羽衣』の件以外だと働き者でいい人だったんで、村の人たちからは好かれてたんですよ」
「シエスタ、話を聞く限りだと村の名物になってないか…?勝手に持ち出したらダメだろう」
ベレトがそう言うと、彼女は首を振った。
「別にいいですよ。わたしの家の私物ですし、ベレトさんが気に入ったなら父にかけあってみます」
「貰えるもんは病気とか呪われた道具とか以外は貰っとくべきよせんせ!もし要らなくても適当な馬鹿や好事家に売り払ってあげるわ!」
「ひっどい女…。
(『竜の羽衣』…。竜、竜か…。どうしても、『白きもの』が頭をよぎるな)
一行を乗せた風竜は、シエスタの故郷タルブの村へ羽ばたく。