ゼロと師   作:シャザ

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2章 竜の羽衣

 タルブの村の近くに建てられた寺院は、ハルケギニアにある建築物とは違う印象を受ける。

 ベレトは『竜の羽衣』に見とれていた。彼の髪の色と同じ、濃緑の色に塗られた奇妙な物体にベレトはどこか親近感を覚えた。

 

「……こんなの飛ぶわけないじゃない」

 

 キュルケの言葉に、ギーシュはうんうんと頷いた。

 

「まったくだ。カヌーにこんな翼を付けたって飛べないだろうに!絶対に悪ふざけの産物だよ!」

 

「ううむ、狂人の類が作った芸術品辺りだろうか…。……人はこれで飛べるのだという、強い情熱がなければこれは作れまい…」

 

 ヴィルキンソンはもはや前衛芸術を鑑賞するように『竜の羽衣』を見ていた。

 

「こんな変なの残されても家族が困るわよね(せんせぇ)。……、(せんせぇ)?」

 

「……ああ、今呼んだか?」

 

 ベレトの様子は、まさしく『心ここにあらず』といった感じである。

 

「ベレトさん、ぼーっとしてどうしたんですか?」

 

「……自分の髪と、同じ色だからかな。なんだか親近感がわくというか…。…触ってみてもいいか?」

 

「どうぞどうぞ、触るくらいなら子どものころわたしもやりましたから」

 

 ニッコニコのシエスタに許可をもらったベレトは、『竜の羽衣』にそっと触れてみる。

 その瞬間『ガンダールヴ』のルーンが光り輝いた。

 

「…………なに…!?」

 

 ベレトは、自分が『竜の羽衣』を動かせることを理解した。…この感覚は三度目で、どういうことなのかも知っている。

 …ガンダールヴは武器を操る使い魔であり、武器の使用方法を知らずとも使うことができるのである。…つまり、『竜の羽衣』は武器なのだ。

 

「……なるほど、強力な銃が備え付けられているのか」

 

 ベレトは黒い筒をじっと見てから、シエスタに向き合った。

 

「…『竜の羽衣』の持ち主は、シエスタのひいおじいさんだったか。彼のことが知りたくなってきたよ」

 

「それなら、タルブの村に伝わる昔話を聞くのがいいと思います」

 

 シエスタはタルブの村に伝わる昔話を語り始める。…聞き終わった一行の反応は様々だった。

 

「…よそ者同士、なにか感じるものがあったのだろうな」

 

「……どっちもおじい様から聞いたことがある名前だぞ…?無茶苦茶暴れた時期があったりしないか…?」

 

 ヴィルキンソンは故郷を追い出された者同士のシンパシーを感じていた。ギーシュは頭を抱えている。

 

「うーん、どっちにしろその特殊な油がないと置物ってことよね。その持ち主の言うことを素直に信じるなら、の話だけど」

 

「…がそりんなんて、聞いたことがない」

 

「…本の虫のタバサが知らないの?なら、架空の嘘っぱちの可能性は充分あるわね」

 

 貴族の女子三人は昔話に出てくる油について考察している。彼らを見ながらベレトは、再び『竜の羽衣』に触れる。

 

(…きっと、シエスタのひいおじいさんは噓つきじゃない。これを自分が動かせることを、ルーンが教えてくれたからだ。

……集中しろ、自分が知らなければいけないのは『竜の羽衣』がどうして動かないのかだ)

 

 油が必要なことは、シエスタの話からも明らかだ。…ベレトは、ふとコルベールの授業を思い出す。

 あの道具は、油を燃やすことで動いていた。これも似たような作りではないかと彼は閃いたのだ。

 傭兵は油を入れていた場所を見つけると、そこを開けてみる。中には少量の液体が残っていた。

 

「…うぐ…!す、すごい匂いがする…」

 

 ベレトはすぐに燃料タンクのふたを閉めた。

 

(…あの器全体に油がなければ、これは動かないかもしれないな)

 

「ベレトさん、なにかわかったんですか?」

 

「……彼らは、なにか遺してないか?なんでもいいから手がかりがほしい…」

 

 シエスタは腕を組んで考え始めた。

 

「…んー…。ちょっとだけ遺品が残ってたと思います。後は、お墓くらいですかね。見たこともない文字で書かれていて、誰も読めないんです」

 

「…その墓、見てみるべきだな」

 

 

 ベレトたちは共同墓地の一角に案内された。白い石でできた墓の中、シエスタの曽祖父の墓だけが黒い石でできている。

 

『■■■■■■■■■、■■■■■』

 

「……読めない、か」

 

 ベレトは少しだけ読めるんじゃないかと期待していたものの、やはりうまくいかないようだ。がっかりしたのがわかったのか、シエスタは慌ててもう一つのお墓を指さした。

 

「……えっと、その右隣りにあるのが、ひいおばあちゃんのお墓です!」

 

『元ダフネル天馬騎士隊長ソフィア、愛する人と共に異郷で眠る』

 

「…こっちは読めるな。…ダフネルって、あのダフネルか…?」

 

「…ダフネル?」

 

 シエスタは初めて聞く単語に首をかしげた。

 

「…ひいおばあさんは、自分のいた場所と同じ出身だということだ。知りたい情報は手に入ったから、一度『竜の羽衣』のところまで戻ろう」

 

 

 シエスタは一度実家に戻ると、いくつかの遺品を持ってきてくれた。

 

「ええと、こっちがひいおじいちゃんの遺品、こっちがひいおばあちゃんのです!」

 

 シエスタの曽祖父は目を守るための保護メガネを残していた。曾祖母は槍が一本と、手紙のように見えるものだ。

 

「これは、勇者の槍か。…こっちの手紙は?」

 

「…家族にも読ませないために、わざと故郷の文字で書いたんだそうです。…もしかしたら、ベレトさんのような人が他にも来るって知っていたのかも…」

 

「……なるほどな…」

 

 ベレトは手紙を開け、それを読む。……しばらくして、彼はシエスタに手紙を返した。ルイズは手紙の内容が気になったのか、ベレトに質問する。

 

「なにか、手がかりはあった?」

 

「……特に目新しい情報はなかった。…でも、いい激励をもらったよ」

 

 

 その日、ベレト達はシエスタの実家に泊まることにした。貴族の客を泊めることになったので村長が挨拶にくるほどの騒ぎになった。

 困ったような、疲れたような顔をしたヴィルキンソンが苦笑いする。

 

「いやぁ、大変な騒ぎだったネ…」

 

「…まったくだ。…ちょっと風にあたってくる」

 

 ベレトはタルブの村を見て回ることにした。村のそばに広がる草原が夕日の赤に染まっていて、傭兵はしばしの間見惚れた。

 所々に夏の花が咲いていて、シエスタが気に入っているのもわかるほど綺麗な草原である。

 

「あ、ここにいたんですね。食事の用意ができましたよ」

 

「……シエスタ。…きれいなところだな」

 

「はいっ!わたしのお気に入りの場所なんです!」

 

 シエスタはベレトの隣に座る。

 

「…ベレトさん、ひいおばあちゃんと同じところで生まれたんですよね。…父が言ってました、そんな偶然はなかなかないだろうって。

…ベレトさんがよければの話だけど、この村に住んでくれないかって。そしたら、わたしもこの村に帰ってくればいいって提案されちゃいました」

 

「…それは、難しいかな」

 

「………で、ですよね…!ベレトさん傭兵だし、そういうわけにはいきませんよね…」

 

 しょぼんとした顔をしたシエスタの頭を、ベレトは優しく撫でる。

 

「あうぅ…。もう、わたしのこと子ども扱いして…」

 

「…いい父親を持って、シエスタは幸せだな」

 

「…はい、自慢の父です」

 

 ベレトは、少しだけ寂しい気持ちになった。フォドラに帰れば、愛する人や仲間がいる。…けれど、もうジェラルトはいないのである。

 

「…自分は、それでも戻らなくちゃ。残してきたものがいっぱいある」

 

「……家族、ですか?」

 

「……仲間、かな。もう、両親はこの世から去ってしまった」

 

 シエスタは少しの間目をつむった。

 

「……だから、わたしの言うとおりにはできないんですか…?」

 

「…うん、こっちにいる間はルイズやシエスタを守る。それでも、いつかは帝国に戻る日がくるよ」

 

「ひいおじいちゃんたちは、ここに残ったのに?」

 

「…なんでも、自分は『伝説の使い魔』らしいからな。状況は同じでも、このルーンはひいおじいさんたちにはなかったものだ。

…もしかしたら、違う結果になるかもしれない」

 

 微笑んだベレトに、少女も笑みを返す。

 

「……なら、待っててもいいですか…?わたしは、ちょっとばかり剣の心得のあるふつうの女の子ですけど…あなたの助けになりたいです。

…もし、帰る方法が見つからなかったら………」

 

 シエスタは、その続きを言えずに黙り込んでしまった。ベレトは、ふと気になったことがあったのでシエスタに聞いてみる。

 

「そういえば…かれこれ何日も学院を留守にしてるが、ギーシュ達は大丈夫だろうか…」

 

「…さっき伝書フクロウが学院から来てましたよ?サボりまくってたので先生方みんな怒ってるみたいで、ミスタ・グラモンが真っ青になってました。

…後、わたしはこのまま休暇をとってもいいそうです」

 

「そっかぁ。それじゃあ次に会うのは休暇が明けるころか」

 

「…ベレトさん、『竜の羽衣』、飛ばせるんですか?」

 

 ベレトは頷いた。『竜の羽衣』自体に問題はないので、油をどうにか増やせれば動く可能性はかなり高い。

 

「相談できそうな人がいるんだ。彼ならなんとかできるかもしれない」

 

「そうですか、飛んだらすてきだな…。…あの、『竜の羽衣』が飛べるようになったら…一度でいいからわたしも乗ってみたいんです。

この草原を思うままに飛べたら、きっと楽しいだろうなぁ…」

 

「…もちろんいいとも。元々シエスタの家族のものだ、譲り受けるのはこっちだし、断る理由はない」

 

「ふふっ、楽しみにしてますっ!」

 

 

 翌日、一行は『竜の羽衣』をギーシュの親父のコネで借りた竜騎士隊に学院へ運んでもらうことにした。

 ギーシュは馬鹿みたいな金額に膨れ上がった運送代に頭を抱えている。

 

「…先生、こんなに払えるのかね…?」

 

「…むり。ここまで膨れ上がるのはちょっと予想外だったな…」

 

「……き、きみたち…!!これはいったいなんだね!!?」

 

 ベレトが困った顔をしていると、魔法学院の広場に現れたそれを見たコルベールが慌ててやってきた。

 

「ああ、来てくれてよかった。ミスタ・コルベール、相談したいことがあるんだ」

 

「ほほう、この緑の羽根つきカヌーみたいなやつの事かね?」

 

「これは、『竜の羽衣』といって空を飛ぶことができる…道具だ」

 

「と、飛ぶっ!?浮かぶではなく、飛ぶのか!素晴らしいッ!!」

 

 コルベールは目をキラキラさせながら『竜の羽衣』を見て回っている。その様子はまるで新しいおもちゃを買ってもらった子どものようだ。

 

「羽ばたくための翼ではないな!…ふむ、この風車はなんだろうか?」

 

「それが回ることで前に進むようだ」

 

「なんと…!!よくできているなぁ…。風の力だけでこの大きさを飛ばすとなると、かなりの力がいるのでは?」

 

 ベレトは頷いた。

 

「あなたが作った発明と同じように、油を燃焼させることで動力にしているようだ」

 

「……なるほど。つまり恐ろしく燃焼力の高い油がいるわけだね」

 

 ベレト達が熱心に話していると、ギーシュが耳打ちしてくる。

 ぎらついた眼で竜騎士たちが睨みつけてきているのだ。

 

「先生、彼らに運び賃を払わないと…」

 

「…そういえば待たせてたな…。…申し訳ないがミスタ・コルベール、運び賃を立て替えてもらえないか?」

 

「もちろんいいとも!むしろ払わせてくれたまえ、この『竜の羽衣』を早く調べたくて仕方がない!」




 

 名前も知らない同胞へ

 これを読んでいるということは、おそらくあなたはフォドラの出身だと思います。
 わたしがこの世界に迷い込んだのは何十年も前のことです。
 もしあなたが元の世界に戻りたいと願うなら、東の果てを目指してください。
 そこは一面の砂漠であり、強力な力を持った人間…人間?みたいなのがいます。
 彼らが守る門のようなそれは、シャイターンの門と呼ばれて恐れられているのです。
 わたしは、その門が怪しいと睨んでいます。
 …初めにこの世界に迷い込んだっきり、東の地に行くことはありませんでした。
 敵の攻撃が激しく、逃げるのが精々だったのです。
 ………もし、『竜の羽衣』が動いたなら、守護者たちの妨害を受けることなく門にたどり着けるでしょう。
 …あなたが進む道に、光があることを願っています。

 タルブの村のソフィアより
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