コルベールは傭兵を自身の研究室へ案内した。…とは言ってもボロボロの掘っ立て小屋である。
「初めは自分の部屋で研究していたのだが…、騒音と異臭で苦情が入ってしまってね…」
「…追い出されたんだな」
「…そういうことになるね。そんなこんなで女性には縁がなくて未だに私は独身だ」
研究室は薬品や本、ベレトにはよくわからない道具で満ちていた。椅子に座ったコルベールは『竜の羽衣』の油を入れたつぼの匂いを嗅いでみる。
「……ふむ、嗅いだことのない独特の匂いだ…。温めずにここまで匂いを発生させるということは、かなり気化しやすいようだ。…これは、爆発したときの力が相当強いのだろう!」
コルベールは羊皮紙にメモを取り出す。
「これと同じ油があれば、『竜の羽衣』は飛ぶのだね?」
「…おそらく。あとは壊れてないことを祈るくらいか」
「…面白い!調合は難しいだろうが、このくらいの困難の方がやりがいがある!」
コルベールは油に向かって色々と試し始めた。
しばらくすると、コルベールはベレトに質問をし始めた。
「…きみの名はたしかベレト、と言ったか。『竜の羽衣』はきみの故郷…つまり、ロバ・アル・カリイエのものではないのかね?」
「……違うが?そもそも自分はロバ・アル・カリイエとやらの出身じゃないし…」
「………んん?だが、前に東方の出身だと聞いたような…」
「あっ!…………あー、言いふらさないと約束できるか…?」
困った顔をした傭兵に、中年メイジは真面目な顔で頷いた。
「わかった、他言はしないと約束しよう」
「…自分は、この世界の人間ではないんだ。…ややこしいことに、その『竜の羽衣』も自分のいた世界とは違う場所から来ているらしい。だから、自分もよくは知らない」
「……別の世界…、なるほど…」
コルベールは、納得したような顔をして頷いた。
「……信じるのか?自分でも無茶なことを言っていると思うんだが…」
「驚きはしたさ。…ただ、なんというかね…ハルケギニアの常識では測れないなとは思っていた。
今まで色んな人間に会ってきたが、きみはいい意味で傭兵っぽくない」
「………変わってるかな?」
「ああ、変わっているとも!なに、私も似たようなものだ!四十も過ぎて嫁すらこない私だが…誰にも譲れぬ信念があるのだ」
コルベールは部屋にあるものを見回す。それらは、彼が生きてきた半生そのものだ。多くの人からガラクタ扱いされるそれらを、コルベールは優しく撫でる。
「…悲しいことに、ハルケギニアの貴族は魔法をただ便利な道具としか思っていないのだ。私は、そうは思わない……
「……あなたは自分の知り合いによく似ている。きっと気が合うし、何時間でも語り合うだろうな…」
「ああ…異世界、異世界か…!ハルケギニアの
コルベールはベレトに手を差し出すと、にっこりと笑いかける。ベレトはその手をしっかりつかんだ。
「これからよろしく、コルベール先生」
「ああ、よろしくベレト先生!」
アウストリの広場に置かれた『竜の羽衣』の内部に入り込んだベレトは、中にある操縦桿を掴んでみたりボタンを押してみた。
そのたびに『ガンダールヴ』のルーンが光り輝き、『竜の羽衣』の情報が流れ込んでくる。
(……なるほど、これを動かすと翼の一部が連動して動いているな…。こっちの足元にあるのを踏むと後ろの部分が動くのか)
傭兵が次のスイッチを押してみると、ブンという音と共に硝子板に円と十字の光像が現れた。
「おぉ…!…いやー、楽しくなってきたな」
その独り言に、立てかけていたデルフリンガーが反応する。
「なー相棒、こいつは飛ぶんか?」
「今は、飛べないって言った方がいいのかも。魔法で保存されていたからか、今のところ壊れていそうなところはないな」
「…なるほどねぇ。こんなもんが空を飛ぶ世界とやらは、そうとう変わってんだろうね」
周りには何人か生徒がきていたが、すぐに興味をなくして去っていった。普段コルベールの発明品に塩対応をしている彼らはそんなものだろうとベレトは気にしなかった。
しばらくベレトが『竜の羽衣』をいじっていると、ひょこっとルイズが顔を出してきた。学院をサボっていたバツに窓ふきをすることになり、ちょっと疲れた顔をしている。
魔法や使い魔を使ってはいけないということで、ベレトは参加できなかったのである。
「…つ、疲れたぁ…」
「あ、ルイズ。どうだった?」
「もう、大変だったわ…。どこか座れるとこないかしら?」
「さっき座席の後ろにあったでかいのをどかしたから、そこでいいなら乗ってくれ」
ベレトはルイズに手を差し伸べると、彼女を引っ張り上げる。
彼女は座席の後ろにできた空間に座ると、ふあぁとあくびをする。
「…結局、お宝らしいお宝は見つけられなかったわね」
「『竜の羽衣』くらいだな、でもこれにしたって売却できるようなものではない。…これの本当の価値は、きっと自分たちには理解しきれない」
「かもしれないわね…。本当にこれ、飛ぶの?インチキ扱いされてたってことは、魔法で動くわけじゃないだろうし…」
「……コルベール先生に相談してみたら、油を調べてくれるそうだ。気長に待つことにするよ」
ルイズは『始祖の祈祷書』をしばらく見つめてから、ため息をついた。
「……
ルイズのその言葉に、ベレトはハッとした顔をする。…そう、彼女はまだ誤解したままなのである。
「……ルイズ、きみは…自分がシエスタとよからぬことをしていたと思っているだろう?」
「あれがよからぬことじゃなかったらなによ…」
「シエスタは食事を持ってきただけだよ。抱き着いてきたのは…おいしく完食したら感激したみたいだ」
「……うそよ」
「嘘なんかつかない。自分の剣に誓ってもいい、何もなかった!」
ルイズはベレトの主張を信じるべきか悩んだが、最終的に信じることにした。
「……わかったわ、今回は信じてあげてもいい」
「……よ、よかった…」
「たーだーしー、あんまりあのメイドに現を抜かすのは無しね!約束よ約束!」
「ああ、普通に接すると誓う」
ルイズは無言だったが、ベレトは彼女の怒りがしぼんでいくのを感じた。
それから三日、コルベールに呼ばれたベレトは『竜の羽衣』のところに向かう。コルベールはワインの瓶に入れた茶色の液体を突き付けた。
「見てくれベレト先生!できた、できたのだ!調合がついにできたっ!!」
「………は、早くないか…?まだ三日しか経っていないぞ…!?」
「この三日間研究室にこもりっぱなしだったからね。…まず、私はきみにもらった油の成分を調べたのだ。それは微生物の化石から作られていた」
「……化石というと、たまに地層から見つかるあれか。大きなものは高値で取引されることもあると聞いたことがある」
コルベールは頷くと、続きを話し出す。
「それに近いものを探してみると、石炭…木の化石が当てはまってね。備蓄のあるもので助かったよ…。私は石炭を特別な触媒に浸し、成分を抽出して数日かけて『錬金』をかけたのだ!」
「……それでできたのがこの油、ということか。……やっぱり早くない…?時空を捻じ曲げる魔法の道具でも持ってるのか?」
「はっはっは、そんなもんがあったら私は二度と研究室から出てこないだろうね!!さて、話はこのくらいにして『竜の羽衣』を動かしてみようではないか!ワクワクして眠気が吹っ飛んでしまったぞ」
ベレトは油を受け取ると、燃料タンクに注ぎ込んだ。操縦席に乗り込み『竜の羽衣』の飛ばし方を確認すると、彼はコルベールに話しかける。
「コルベール先生、風車を回してくれ!」
「…うん?油の燃焼力で回るのではないのかね?」
「…最初は手動で回す必要があるみたいだ。手で回すのは難しそうだから、魔法で直接お願いしたい!」
「うむ、了解!」
ベレトはガンダールヴの力を使い、『竜の羽衣』を動かすための操作を行う。コルベールが回した風車のタイミングに合わせ、点火スイッチを押す。
レバーを前に倒すとバスバスという妙な音が聞こえた後、中の内燃機関が動きだし『竜の羽衣』は振動しながら風車を回転させた。その音はまるで竜の咆哮のように辺りに響き渡る。
「『竜の羽衣』が
ベレトは感動しながらも、『竜の羽衣』の計器を確認する。燃料不足で飛ぶことはできないが、故障している部分はないらしい。操縦席から降りたベレトはコルベールと拳をぶつけ合った。
「動いてよかったな、コルベール先生!」
「ああ!やったなぁ!しかし、なぜ飛ばんのかね?」
「単純に油、燃料が足りていないみたいだ。瓶に入れた程度じゃまだ容量に余裕がある」
「なるほど、目算でいいからどれくらい必要かわかるかね?」
ベレトは瓶の中身を入れた時のことを思い出しながら、軽く計算してみた。…しばらくして、彼は五本の指を立てる。
「……ふむ、瓶で五本ということ…」
「いや、
「そんなに作らねばならんのかね?まあ乗りかかった船だ、とことんやってやろうじゃないか!!」
その夜、ベレトはゆっくりと休もうとすると、部屋に戻っていたルイズに話しかけられた。
「
「ああ、詔のことか。どのくらいできた?」
「……うーん、自己評価70点くらいかしら」
彼女は一つ咳ばらいをしてから、詔を詠み始めた。ベレトと一緒に推敲したものの、あまり出来がいいとは言えない。
「……うん、誠意は伝わってくるな!」
「…………取り繕わなくてもいいわよ。自分でもなんか微妙だなぁとは薄々気づいてたし…。………もう寝るわね」
ルイズはベレトの見えないところで着替えると、ベッドの中に潜り込んだ。ベレトはわら束の方に向かおうとしたが、ルイズは手招きする。
「……ほら、ベッドで寝ていいから」
ベレトはルイズの隣に寝転ぶ。
「ねえ、
「…ああ、コルベール先生はすごい研究者だ。油を三日で作ってしまったんだ」
「……うっそぉ!?あ、あのコルベール先生が…?………よ、よかった、わね…」
「後は色々と準備してから試しに飛ばしてみて…それから、東に飛ぶ準備をしよう」
「…………っ!!」
ルイズは顔を硬くする。それはつまり、ロバ・アル・カリイエに向かうということだ。エルフの住む恐ろしい場所だと、子どものころ父から教わったことがある彼女はベレトを説得しようとする。
「…お願い、思いとどまって。なんで聖地を取り戻したいなんてみんな言ってると思う?エルフって亜人が強すぎて何度も返り討ちにあってるからよ!こっち側の国が何度も軍を差し向けたのに、ただの一度も聖地を奪還できたことはないわ…」
「……なら、準備をじっくりする。今すぐに行くわけにもいかないだろう?」
「………。人間だって気性が違うかもしれない」
「……そんなの、今更だ。分かり合えないとあちらが叫ぶなら、戦って道を切り開く」
今までだって、ベレトはそうしてきた。彼の人生は戦いの連続といってもいい。『灰色の悪魔』でも、ガルグ=マクの教師でも、帝国の将でも…ルイズの使い魔だったとしても、それは変わらない。
「……あーもう!わかったわよ、どうせいつかは行っちゃうんでしょ!?どのくらい先かは知らないけど!」
「帰り道があるかもしれないからね、どうしても一度は行かなきゃいけないんだ。シエスタのひいおばあさんは、手紙に門があると書いていたから…」
「……少なくとも、わたしはついてくからね。勝手に行かないでよ!?」
「………心強いな」
ルイズはあくびをしてからベレトの左腕を抱き枕にした。
「……だから、もっと強くなるわ。……おいてかないでね、
そう言いながら彼女は持ち前の寝つきの良さで寝息を立て始めた。ベレトも寝るために瞼を閉じる。
その翌日、恐ろしい策略がタルブを襲うなど彼らは思いもしなかった。