タルブの村の火災は収まっていたものの、草原から進軍するアルビオン軍によって無残な戦場となっていた。
村を守る自警団はよく戦ったものの、竜騎士への対抗手段の少なさから苦戦を強いられていた。アルビオン軍は嫌がらせも兼ねて二十もの竜騎士をタルブの村に進軍させたのだ。
ラ・ロシェールに立てこもったトリステイン軍を打ち破るための準備で忙しいので片手間の戦力に留めているのが、せめてもの救いだろうか…。
「……みんな、無事か…?」
「……な、なんとか死人は出てない感じっすかね…」
シエスタの父はため息をついた。弓砲台で二体の竜騎士を叩き落としたまではよかったのだが、敵に気づかれて破壊されてしまったのだ。
現在彼らは地下に作ったシェルターに隠れ、反撃の機会をうかがっていた。
「……何度かラ・ロシェールからトリステイン軍の竜騎士が飛んできたが、全部やられたようだしな。今まで死人が出ていないのが逆に奇跡だろう。……時間の問題だな」
「そうですね。逃げても村は滅びるだけだし、このまま戦い続けてもいつかは…」
「……だが、我々が退けば奴らは避難した家族を襲う。それが許せるのなら逃げるといい」
「…………冗談!」
家族思いの彼らは最後まで戦い続けるつもりであった。
ベレトは風防から顔を出して、タルブの村の惨状を見つめていた。……ルミール村を思い出した彼は、思わず操縦桿を強く握りなおす。
厳密に言えば、あの時とは状況は違う。あれは個人の実験だったが、今回は軍事行動である。悪意の性質こそ異なるものの、知り合いにこれ以上被害を出すわけにもいかないと決意を新たにする。
「………見つけた。さて、『竜の羽衣』の力…お前たちで試させてもらうぞ」
ベレトの視界に敵の竜騎士が映りこむ。森に向かってブレスを吐く火竜に向かって、『竜の羽衣』は急降下した。
「一騎とは舐められたものだ」
アルビオンの竜騎士は急降下してくる竜騎士を迎え撃つために上昇しながら呟いた。見覚えのないかたち、固定されているかのように羽ばたきのない翼、それに奇妙な『なきごえ』。
竜騎士はあんな竜ハルケギニアにいただろうかと首をかしげる。……が、彼は慢心していた。どんな竜だろうが、アルビオンの火竜のブレスを食らえば翼を焼かれて地面に叩きつけられる。
「三匹目だ、落ちろ!」
唇のはしを歪めた竜騎士は急降下してくる敵を待ち受けようとして…その速度に目を見開く。想像よりもはるかに速い。慌てて火竜にブレスを吐くように指示するが…何もかもが遅かった。
敵の竜の翼が光り、白く光を放つ何かによって火竜と男は穴だらけになった。
「ぼばッ…!」
竜の喉にある油袋に炸裂した銃弾で火竜は跡形もなく爆散し、竜騎士は相棒と運命を共にすることになった。
空中で花火と化した竜騎士の横をすり抜けながら、ベレトの『竜の羽衣』は急降下を続けた。火竜のブレスよりも『竜の羽衣』に標準装備されている銃の射程は遥かに長い。
真正面から自信満々に迎え撃ってきた竜騎士を、ベレトは容赦なく銃弾の雨でハチの巣にしたのである。
それを見ていたアルビオンの竜騎士たちは仲間を倒した『竜の羽衣』に向かってくる。
「続けて三騎、右下からだ!」
デルフリンガーの言葉に、ベレトはその方向から来る三つの影に注目した。
「気ぃつけろよ相棒、やつらのブレスを浴びたら一発で終わりだぜ。なにせこいつは恐ろしく速いが重さをできるだけ排除した分耐久に難があるようだからな!」
「ああ、敵が接近する前に撃ち落とすとしよう!」
『竜の羽衣』は火竜を大きく上回る速度で旋回を行いながら、敵の背後に回る。…そのスピードに竜騎士たちは反応すらできず、後ろを向こうとしたその時には既に銃口は狙いを付けていた。
両翼に付けられた機関砲が火竜の翼を穴だらけにする。
「……次だッ!!」
ベレトは間髪入れずに照準をずらすと残りの二匹を瞬く間に撃ち落とした。敵を倒した彼は機体を上昇させる。
ルーンの力で『竜の羽衣』の速度を出すためには、高い高度からの急降下が最も重要だと知っているからだ。
「…すごい、天下無双のアルビオンの竜騎士がこんなあっさり…!羽虫みたいに落ちてくわ!」
「……製作者は『竜の羽衣』を何と戦わせるつもりで設計したんだ?『白きもの』みたいな巨大生物でもいたのか…?」
あまりにも高性能な『竜の羽衣』に、ベレトは首をかしげている。普通の竜やペガサスを落とすためだと考えると、明らかに過剰戦力なのである。
「相棒、考えてるところ悪いが…右から十も来てるぜ!」
「うわっ!ほんとに来てる!?」
慌てるルイズに、ベレトは逆に冷静になった。性能だけならばこちらの方が上、慌てなければ充分勝てるのだ。
「一度距離を置いて、返り討ちにしてやろう!」
ルイズは怖くて泣きそうなのを我慢しながら『始祖の祈祷書』を握りしめる。
(…ああもう!なんにもできないってやっぱり辛い!
恐怖に負けたくないと、彼女は歯を食いしばる。そのまま『水』のルビーを指にはめ、祈った。
「……姫さま、
心を落ち着けようと、彼女は『始祖の祈祷書』を開いた。…何の気なしに開いた瞬間、『始祖の祈祷書』と『水』のルビーが光を放つ。
「………んん?」
一方そのころ、『レキシントン』号の後甲板でトリステイン侵攻軍総司令官サー・ジョンストンは伝令の報告に顔色を変えた。
「全滅…?たった十二分で二十騎の竜騎士がか!?敵は何騎だ、百騎か?トリステイン艦隊を沈めたのにそんなに残っていたのか!!?」
「い、いえ…それが、敵は一騎とのことで…」
「……ふ、ふざけるなァ!!そんなことはありえん、冗談を言うんじゃない!!」
このジョンストンという男、所詮お飾りの大将である。予測不能の事態にはめっぽう弱かった。
「敵の竜騎兵はありえないスピードで飛びまわり、射程の長い強力な魔法攻撃でこちらの竜騎士を次々と討ち取ったとか…」
「わ、ワルドのヤツはどうしたッ!?竜騎士を預けたあの裏切り者のトリステイン人は!」
「損害には含まれていないようですな。…消息は不明のようですが」
被害状況を確認していたボーウッドが報告すると、ジョンストンはヒステリックに絶叫した。
「また裏切ったか!それとも臆したか!?どうにも信用ならぬと…」
「兵の前で取り乱せば、士気にかかわりますぞ司令長官殿」
「な…なにィ!?竜騎士隊が全滅したのは貴様のせいだぞ!!その稚拙な指揮が竜騎士隊の全滅を招いたのだ!ここ、このことはクロムウェル閣下に報告させてもらうからなあ!!」
わめきながら掴みかかってくる
「……最初からこうしていればよかったな。…きみ、この男を休ませてあげなさい」
彼は砲撃と爆発以外の耳障りな雑音が嫌いだ。一瞬の判断を間違えれば死に繋がることを、歴戦の将であるボーウッドはよく知っている。
心配そうに自分を見つめる伝令に、ボーウッドは落ち着いた声で言った。
「竜騎士隊が全滅したとしても、艦隊はこの『レキシントン』号含め健在だ。…ワルド子爵にはきっと策があるのだろう、諸君らは安心して職務に励みなさい」
「…は、はいっ!」
ボーウッドは敵に思いを馳せる。
(…たった一騎で二十騎を討ち取るか…まさに英雄だな。だが、戦況は個の英雄では変えることはできん。この艦隊を打ち崩せるものなら打ち崩して見せろ、英雄…!)
そうこうしているうちに、ラ・ロシェールに布陣を整えたトリステイン軍が見えてきた。
艦隊はトリステイン軍に砲台の照準を合わせる。
タルブの平原に布陣する敵が進軍するのを、トリステイン軍が迎え撃つ。その中にはヴィルキンソンの姿もあった。
「…運命とは、本当に奇妙なものだ。こうしてアルビオンの同胞だった者たちと戦うことになるとはね…」
ぼそりと独り言を呟くと、彼の近くにいた女性兵士が怪訝な顔をする。装備から見て平民だということはすぐにわかった。
「…お前はアルビオンの出身なのか?なぜアルビオン軍ではなくここにいる?」
「ああ、元々は王軍にいたんだがね。殿下に生きろと言われて落ち延びてしまった」
「…軟弱だな。自身の主を見捨ててまで生き延びた気分はどうだ、アルビオン人」
彼女は冷たい目でヴィルキンソンを睨んだ。別に言い訳をするわけでもなく彼は寂しそうに笑みを浮かべる。
「…………まったくもって、最悪の気分だよ」
「……なにがしたいかは知らないが…妙な真似をすれば即座に撃ち殺す。…お前が貴族だろうが関係ない、覚えておけ」
「ああ、そうしてくれ。私はヴィルキンソン、きみは?」
彼女は仏頂面で答える。ぶっきらぼうだが無視しないだけ優しいようだ。
「……アニエス」
「…いい名前だ。お互い生き残ったら握手でもしようじゃないか!」
「…………生き残ったらな」
アンリエッタは生まれて初めて見る敵に怯えていた。落ち着こうと軽く祈りを捧げようとした瞬間、敵の砲撃がトリステイン軍を襲う。
何百発もの砲弾が人や馬を吹きとばして辺りは血と硝煙の臭いでいっぱいになった。
「……ッ!!お、おちついて、おちつきなさいっ!!」
恐怖に駆られたアンリエッタは叫ぶが、パンッという大きな音が彼女の耳の近くで鳴った。銃声ではなく、マザリーニが手を強く叩いた音である。
「ひゃっ!?な、なにをするんですか!」
「…落ち着いてくだされ、殿下。将が取り乱せば、それは軍に瞬く間に伝わります。そうなれば最後、どんな屈強な軍であろうと
マザリーニは近くの将軍たちと素早く打ち合わせをすると、長年の歴史を誇る貴族の連携によっていくつもの空気の壁を作り上げる。
砲弾は魔法の壁に防がれるものの、何割かは地面に飛び込んで被害を出す。
「ぎゃあッ!?」
マザリーニはあくまで冷静に戦況を分析する。
「……この砲撃が終わり次第、敵は突っ込んでくるでしょう。迎え撃つしかありませんな」
「………勝ち目はあるのですか?」
「………………五分五分、といったところですな」
アンリエッタはその間の長さで察した。敵の艦隊は無傷、たいして味方の艦隊は全滅してしまった。空から襲われるということは凄まじいストレスである。
空襲が続けば続くほどに味方の士気は下がっていくだろう。……勝ち目がないことは明白であった。
「……心を強く保たなければいけませんね」
「…ええ、そうですな。…たとえ、誰が死んだとしても絶望してはなりませんよ、殿下」
マザリーニは臆病な王女に微笑んだ。本来ならこんな戦場に来るべきではないのだろうが…それでも、彼女は自分の意思でここに来た。
その勇気にこたえなければならないと、マザリーニは決意するのだった。