アンナ達と出会った翌日、ベレトはアウストリの広場でシエスタをじっと待っていた。昼食を食べた後に日差しを浴びながらまどろむ時間というのは最高に幸せな瞬間であると言えるだろう。
「…ベレトさん、起きてください」
「……ん、その声はシエスタ…」
ベレトは彼女の着ている服に気づくとにっこり微笑んだ。朝に手渡した服だ。
「ど、どうでしょうか」
「似合ってると思うよ」
「……これって軍服じゃないですか?だいぶ改造されてるみたいですけど…」
「ちょっと騒がしい女の子がその服を流行させたいと言っていたから、軍服ではないよ多分」
シエスタはちょっと顔を赤くしながら短めのスカートを掴んだ。
「……ちょっと短くないですかね?」
「今度店に行ったときに作者に言ってみるよ」
そんなことを言ってると、茂みから何故か道具屋のアンナが飛び出してきた。そのまま彼女はにっこり笑顔を見せる。
「改善案ありがとうございます!次の商品に反映させるのでお楽しみに!」
ベレトは困った顔で衛士を呼ぼうか一瞬本気で悩んだ。
「………??…不法侵入か?」
「一応許可とりました!」
「え、どちら様ですか?」
「アンナです、よろしく!」
道具屋アンナはピースしながら自己紹介をする。シエスタはぺこりと頭を下げた。
「わ、わたしはシエスタですっ!スカート短い以外不満はないです!」
「ありがとっ!シエスタさんって貴族っぽくないけれど、もしかしてここで働いてるの?よかったら便利な道具見ていく?」
シエスタは財布の中身を確認するが、やがて無表情で首を振った。どうやら手持ちのお金がないらしい。
「………ええと、今回は遠慮しときます…」
「むー、残念」
シエスタたちの微笑ましい一幕を眺めていたベレトは、ぎくしゃくした足取りで歩いてくる二人の少年に気づく。
ギーシュと身体がぽっちゃりしたマリコルヌである。彼らがつるんでいるのは珍しいなと傭兵は首をかしげた。
彼らはシエスタの服装に若干血走った眼を向けている。
「せ、先生!彼女の服装はなんだね!?」
「け、けけけ…けしからん!けしからんぞギーシュッ!なぁ!?」
「ああ、こんなけしからん格好初めて見た!!デザイナーは誰だっ!?」
「あたしです!」
楽しそうにアンナが手を挙げるとギーシュたちはサムズアップしてその喜びを表現した。
「「よくやったァ!!」」
シエスタは内心泣きそうだったが相手は貴族なので仕方なく愛想笑いを浮かべた。
「あ、あー!そうだった!そろそろ休憩も終わりなのでお暇させてもらいますね!」
そう言いながらシエスタは逃げるように立ち去って行く。
「……なんと可憐なんだ…。いつものメイド服や戦装束なんかより花があっていい…」
「まったくだなギーシュ…」
「……興奮するのは別に(どうでも)いいが、きみたちが一緒に行動するのは珍しいな?」
ベレトの疑問に二人は我に返ってきた。それからギーシュは先生に詰め寄る。
「先生…あの服まだ持っているなら譲ってはくれないだろうか…!ぜひ贈りたい人物がいるんだよ」
「……アンナから直接買えばいいだろう?」
「はいはーい!アンナ商会魔法学院出張店にようこそー!」
「い、いくらだ??」
アンナはにこにこしながら羊皮紙に値段を書いた。
「はい、このくらいのお値段になります!どうですかね?」
「か、買わせてもらうよ!」
「ぼぼ、ぼくも!」
なぜかギーシュだけでなくマリコルヌまで服を買っていったが、その服を何に使うのかなど個人の自由だからベレトは気にしなかった。
……犯罪行為に使うのでなければ、という前提はつくが。
「ただの水兵の服が女の子が着るだけでここまで魅力的になるとは…」
ギーシュの独り言を聞きながら、ベレトは横目でアンナを見る。ドヤ顔がまぶしかった。
その夜、ギーシュは元恋人のモンモランシーの部屋の前にいた。その手には女性用水兵服の入った袋を持っている。
コンコンとノックをすると、部屋の主はイラッとした顔で出迎えた。
「……どなた?こっちは忙し……、ギーシュ?」
「やあモンモランシー、元気?」
「……何しに来たの?」
「よりを戻しに来たんだ、ほら僕は凄く反省してるから!やり直そう!」
モンモランシーは冷たい目線でギーシュをしばらく見つめていた。ギーシュは馬鹿なので熱っぽい視線を向けているとばかり思っていた。
「帰ってくれない?」
「まあまあまあまあそう言わず!中に入れておくれ!」
ギーシュが中に入ってこようとするのでモンモランシーは必死に扉を閉めようとするが、ギーシュはとっさに靴をドアに挟んで普通に侵入した。
「モンモランシー、好きだ!大好きだ!!愛してるよ!!」
「………まったく、調子がいいんだから…」
語彙力の低い愛の言葉だったが、モンモランシーはそれを聞いて悪い気はしなかった。なんだかんだ言って未練はあるのである。
……そうでなければ、今彼女が作っているものの説明はつかない。ギーシュは持ってきたお土産を手渡した。
「……なにこれ?」
「開けてごらん、きみへのプレゼントだ」
モンモランシーが開けると、そこに入っていたのはアンナの作った女性用水兵服であった。
可愛らしいがどこか執念を感じる一品である。
「………へんな服、どこで手に入れてきたのよこんなの」
「ほら、早く着てみてごらん?きみの魅力を数倍に引き上げる魔法がかかってる」
モンモランシーはシャツを脱いでその上着を着てみる。
「…………き、着たわよ」
後ろを向いていたギーシュが振り向くと、その顔がぱあっと笑顔になった。彼は愛の言葉を呟きながらキスをしようとする。
「ああ、モンモランシー……、やっぱりきみは清純だぁ…。ぼくの可愛いモンモランシー…」
「か、かんちがいするんじゃないわよ、二股許したわけじゃないしやり直すともまだ言ってないわ。ほら、とっとと帰らないと叫ぶわよ!!」
「わ、わかった…!それじゃあまた明日話し合おうじゃないか!」
ギーシュが去っていくのを確認したモンモランシーはほっと息を吐いた。高圧的に振る舞ってはいたがいつボロを出してもおかしくない状況だった。
「ったく、あんなに好きだって言われたらうっかり許しそうになるわ…。……でも、あのままじゃまた浮気されるだけ。………早く、これ完成させなきゃ…」
そう言いながら、彼女は自分の作っていた魔法薬を見た。あと一工程で完成するそれを、明日ギーシュに使おうとモンモランシーは改めて決意を固めたのだった。
翌日、教室に現れたモンモランシーはあの水兵服を着ていた。男子生徒はその姿に見入ってしまい、一方の女子生徒たちは殺気のこもった眼で睨んでいるようだ。
モンモランシーは大いに自尊心を満足させている。
「………見覚えがあるわねアレ」
そう言いながらルイズはベレトの顔をじっと見つめていた。
「……昨日小さい方のアンナが学院にやってきて、露天販売をやり始めたんだ。そこでギーシュとマリコルヌがあれを買っていた」
「へー、そうなんだぁ…。…………ねぇ
「……ッ。い、いや…気のせいじゃないか?」
ベレトは困った顔を見られないように顔を逸らす。…が、ふよふよ浮いていたソティスと目が合った。
ソティスはニヤニヤしながらベレトに話しかけてくる。
「おぬし、言わんでいいのか?そもそもの発端が黒髪の小娘に服を渡したことじゃと」
「…言ったらまた追い出されるだろう?またテントでモグラと戯れる生活なんて嫌だ…」
「どうせバレるんじゃから速く言った方がよかろう」
「……それはそうだが…。ああ、こんなことになるんだったらルイズにもあの水兵服買っておくべきだったかもしれないな…」
独り言をぶつぶつ言うベレトに、ルイズは嫌な予感がした。明らかに隠し事をしているし、気になったのだ。
(後で
お昼休みにルイズは別行動を始めたベレトを追おうとするが、すぐに見失ってしまった。
行く場所に心当たりはないルイズは、ひとまずコルベールの研究室を覗いてみることにした。最近ベレトと仲がいいので、居場所に心当たりがあるかもしれないと思ったのだ。
「おや、ミス・ヴァリエール。どうかしたかね?」
「えっと、わたしの使い魔がどこにいるか心当たりはありませんか?」
「ふむ…今日は会っていないが。今ちょっと手が離せなくて外に探しに行くのも難しいのだ、申し訳ないが他をあたることをお勧めするよ」
コルベールは『竜の羽衣』の分解整備に戻った。ルイズは『竜の羽衣』への興味が薄いためそれ以上の追及はせずにその場を去る。
ルイズは風の塔へとやってきた。魔法学院は六本の塔で構成されていて、風の塔もその一つである。授業以外には使われないので人はまったく来ないが…。
その入り口へ入っていく人物が見覚えのある例の服を着ていたので、彼女は眉間にしわを寄せる。
(……あれ、モンモランシーじゃないわね。今の人、黒髪だった)
ルイズは黒髪の少女で一人心当たりがあった。ベレトと仲のいいシエスタである。怪しく感じたルイズはこっそりあとをつけることにした。
謎の人物は階段を上った後、二階の倉庫に入っていった。少女が耳を澄ますと、気持ちの悪い男の声が聞こえてくる。
「はぁ、はぁ…うひひ。さ、最高ォ…」
ルイズは声の主が女の子を辱めているのではないかと思い、すぐさまレイピアを抜いて倉庫に突入する。
「そこでなにをしてるのあんた!!」
「うひぃいいい!?な、なんだぁ!?」
そこにいたのはなんと例の水兵服に身を包んだふとっちょのマリコルヌであった。なぜか短いスカートをはいているその姿ははっきり言って見るに堪えない醜さである。
ルイズはドン引きした。
「………うっわ」
「ひっ!に、逃げろ!!」
マリコルヌは逃げようとしたものの、ルイズの足払いであっさり転ぶ。彼を逃がさないように背中を踏みつけながら、ルイズは倉庫に置かれていた古びた鏡を見つめた。
この鏡は『嘘つきの鏡』と呼ばれるマジックアイテムで、映すものの美醜を反転させる用途不明の粗大ごみである。人の心を逆撫でするのでこんな場所で雑に放置されていたようだった。
例の服を着たマリコルヌは恐ろしいほど醜かったので、さぞかし絶世の美人を映していたことだろう。
「……あんた、なにやってるの?」
「いや、あんまりに可憐すぎて。で、でもぼくには着てくれる人がいないから…」
「……だから自分で着てたの?」
「そ、そうだよ悪いか!じ、自分で着るしかないだろう!?ギーシュにはモンモランシーがいるし、あの傭兵には厨房のメイドがいる!ぼくに彼女をくれよおおおお!!」
醜い欲望を叫ぶマリコルヌの首筋近くに、ルイズは勢いよくレイピアを突き刺した。今、彼が聞き捨てならないことを口走ったからである。
「……ねえ、あんた今なんて言った?
「え?だってあいつが初めにメイドに水兵服着せてたんだよ。ああ、なんて甘美な組み合わせだ!思い出すだけでぼくの心は火竜のブレスのような熱さで焦げてしまいそうだッ!ああ、なんてぼくは可憐な妖精さんなんだ……ぐぇッ」
ルイズは妄言を吐き出したマリコルヌの頭を踏みつけ気絶させると、怒りがふつふつ湧いてきた。
「………まったく、
彼女は気絶したマリコルヌを放置して、引き続きベレトを探すのであった。