ベレトはシエスタの仕事が終わるまでヴェストリの広場にある茂みに隠れていた。服装と髪の色がイイ感じに保護色だったのが幸いしたのか、誰にも気づかれなかった。
そんな感じで待っていると、身支度を整えた状態でやってくるシエスタを見つける。
「シエスタ、よく来て……今水兵服着てるのかぁ…」
「え、迷惑でした?」
「迷惑というか、なんというか。ちょっとそれのことで問題が起きて…」
ベレトはルイズが水兵服がいきなり流行ったことに疑問を持って自分を探していることをシエスタに教えた。
「モンモランシーが教室に水兵服を着てやってきたんだ…。彼女の事だからギーシュに話を聞きに行くだろう。芋づる式できみに服をプレゼントしたことがバレる…」
「そりゃたいへんですねー。……で、どうします?」
シエスタは楽しそうにニコニコしている。ベレトが珍しく慌てているので面白いらしい。
「……とりあえず、しばらく水兵服を預からせてくれないか…。処分するにしても後で返すにしても、今は何処かに隠しておきたい」
「………なるほど。じゃあ脱いじゃいますね」
「……ん??」
シエスタがそう言いながら服を脱ごうと手をかける。ベレトは血の気が引いた。こんな光景を誰かに見られたら監獄送りである。
「ちょっと待て!!それは駄目だろう!?」
ベレトはシエスタを取り押さえようとするが、少女がバランスを崩し倒れ込む。傭兵はシエスタが頭を打たないように咄嗟に支えた。
「………あ」
「……大丈夫か?」
ベレトが顔を近づけると、シエスタの顔は真っ赤に染まる。
「あ、あの…もうちょっと人が来ないところに行きませんか…?いえ、別にここでもいいんですけどもうちょっといい雰囲気になってからというか…!」
「そうだな、別の場所でゆっくり話すとしよう」
シエスタはなにやら勘違いしているようで、ベレトは首をかしげながら体勢を変えようとする。
その瞬間、自分の使い魔を探していたルイズと目が合った。
「「…………あ」」
その瞬間、ベレトは自分の置かれている状況を客観的に理解する。
体勢を崩した少女を抱きかかえ、人目のつかない場所に移動しようとする剣士。……どう見ても
ルイズは青筋を立てながら笑顔で質問する。
「………
ベレトはシエスタを自分の足で立たせると、にこりと微笑んだ。そのまま逃走の構えを取ったベレトに、ルイズは一瞬固まったがすぐに追いかけ始めた。
「…あ、コラ!待ちなさーい!!」
(今のルイズは冷静とは言いづらい、ここは一旦逃げて体力を消耗させてから話し合いに持ち込むか…)
ベレトはそこそこ卑劣なことを考えながら、ルイズと鬼ごっこを始めたのだった。
一方そのころ、モンモランシーは自身の部屋にやってきたギーシュのへたくそな口説き文句で悦に浸っていた。
「今の僕はきみ以外の女の子は目に入らないよ、モンモランシー…」
「へえ、そうなんだぁ…?…ねえ、そんな喋って疲れない?そろそろ持ってきてくれたワイン開けちゃいましょ?」
ギーシュがワインをついでいると、不意にモンモランシーは窓を見ながらぼそりと呟いた。
「あ、姫さま」
「え!!ど、何処だ!?何処にいらっしゃるんだ!?」
(こいつ、自分の言ったこと秒で忘れてる…。もし反応しなかったらこのまま許そうかと思ってたけど、惚れ薬使おうっと)
彼女は袖に隠していた惚れ薬をギーシュの杯に垂らす。そんな大胆な犯行でもギーシュはまったく気づかなかった。
「嘘よ、じゃあ改めて乾杯しましょ?」
「あ、嘘かー…。びっくりしたよ、ほんと」
ギーシュが杯を取ろうとしたその瞬間、ベレトが部屋に入ってくる。
「…ふう、すまないが少しだけ休ませてくれるか?全力で走ったから…」
「ちょっと!?勝手に人の部屋でくつろがないでよ!」
ベレトがベッドに座り込むのを見たモンモランシーが文句を言おうとすると、再び部屋に誰かが突入してきた。
モンモランシーは突き飛ばされて鼻を床に打ち付け悶絶する。
「ぜー…、ぜー……。お、追いついたわよぉ、
ルイズは荒い呼吸をしながら眉間にしわを寄せている。全力で追いかけたのか息も絶え絶えだった。
「……あー、喉が渇いた!あんなに全力疾走させるとかホントに何考えてるのよ!!」
近くにあったワインの入った杯を奪い取り、彼女は一気に飲み干す。
それは、惚れ薬の入ったギーシュの杯だった。
「あああああ!!?ちょ、ちょっと!?」
モンモランシーが止めようとするが、既に手遅れであった。ルイズはベレトに怒鳴ろうとして…
その瞬間、ルイズのベレトへの好意が膨れ上がり、彼女の顔は真っ赤に染まる。
怒りよりも悲しい気持ちが大きくなったルイズの目から涙が溢れた。
「いつもわたしよりあのメイドを優先して…
「……ルイズ?」
「わたしのことを見て!もっと褒めて!もっと、もっともっとわたしに時間を使って!!」
なにやら様子がおかしいルイズに困惑したベレトは、泣きじゃくる彼女にギュッと抱きしめられた。
…その異常事態に頭を抱えたモンモランシーに気づいた者はいなかった。
ベレトはしばらく泣きじゃくっていたルイズが疲れて眠ってしまったのでおんぶしながら部屋に戻る。
ベッドに寝かせたルイズを見ながら、傭兵はソティスと話を始めた。
「……で、じゃ。怒っていたと思ったら急に泣き出したが、いったいこの娘の中で何があったんじゃ?」
「………さあ…??明日起きたら聞いてみるしかないだろう」
「……
スヤスヤ眠るルイズの寝言に、ベレトとソティスは目を合わせた。
「どんな夢を見てるんだろうな?」
「…聞かぬ方がいいと思うが。わしも寝てる時の夢はできれば人に言いたくないのお…」
時間は遡り、ベレトとルイズが追いかけっこをしていたころ。
タバサの帰省についていったキュルケは馬車に揺られながらガリアへと向かっていた。
「……ねえタバサ、その本面白い?」
「………………」
先ほどから全くページをめくらない友人に、キュルケは質問する。こういう時は、お互いに無理やり聞かないのが彼女たちのルールだ。
明らかに性格が違うのに親友になれたのは、お互いに地雷原を避けているからなのである。
「とはいえ…暇ね。何か面白そうなものないかしら…あら?」
暇を持て余したキュルケは前方からやってくる集団に視線を向ける。
十人にも満たない貴族の軍人たちは一言もしゃべることなく馬を進めていた。戦時中なので珍しくもない光景だが、それを率いている美男子にキュルケはため息を漏らす。
「はー…いい男っているものねぇ。ま、どんなにかっこよくてもあっさり死ぬのが戦争だけど。……あれ?」
キュルケはその軍人の青年に見覚えがある気がしたが、なにぶん熱しやすく冷めやすいので思い出せなかった。
思い出せないのならたいしたことじゃないのだろうと、その集団の事を一旦忘れた彼女はタバサの方に近づく。
時が止まったかのように動かないタバサの肩に触れながら、キュルケはのんきに笑った。
「まあいっか!何があっても大丈夫、あたしたちは無敵のコンビなんだから!だから、そんな緊張しないの」
「……………ありがとう」
アルビオンのロンディニウムにある寺院の部屋の一つで、男はぼーっとベッドで休んでいた。
ベレトに重傷を負わされたワルドである。かつて風の真骨頂である空中戦で二度敗れた彼は、その傷を癒すために療養していた。
「……なんとも、退屈だ。いつまでここで時間を浪費せねばならんのだ?」
「そりゃ、完治するまでさ。ガンダールヴにやられた傷は深いんだ、このまま行っても返り討ちに遭うだけだよ?」
スープを持ってきたフーケの微笑みに、ワルドは顔を逸らした。まったくその通りである、だが納得しきれるものではないのだろう、その目には苛立ちが見えた。
「ぐう…、この傷さえなければ…」
「最近のアンタはいい顔するようになったねぇ…。ま、今はあの王子が恋人を連れて帰ってくるのを待つしかないのさ」
フーケは皮肉たっぷりにそう言いながらスプーンをワルドに近づける。
「食べな、今のアンタは血も肉も足りてないんだから」
「ガンダールヴめ…この屈辱、忘れんぞ…!!」
……レコン・キスタの策は、未だ進行中であった。