ゼロと師   作:シャザ

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3章 タバサの秘密

 キュルケたちはのんびり二日ほどかけてタバサの実家へと向かった。ガリアの関所に着くと、そこにいた衛士が呼び止めてくる。

 

「ああ、すいませんがこの先通行止めです」

 

「え、どうして?」

 

 キュルケが尋ねると、衛士は申し訳なさそうに告げる。

 

「ラグドリアン湖の水かさが増えて、街道が水没してるんです。…しかも、今もまだ少しずつ水が増え続けているんだとか…」

 

 

 街道をしばらく進むと、明らかに水が増えたラグドリアン湖が丘の草花を呑み込んでいた。

 

「あなたのご実家、この辺なの?」

 

「もうすぐ」

 

 街道を迂回して森の中へ入って行った馬車は、しばらくすると農民たちが休んでいる空き地に出た。中に収穫されたばかりのりんごが入っていたカゴを見たキュルケは農民に話しかけた。

 

「美味しそうなりんご。いくつか売ってちょうだい?」

 

「どうぞどうぞ!見た目麗しい貴族さまに買われて、りんごも嬉しいでしょうなあ」

 

「ほら、タバサもどう?」

 

 タバサにりんごを渡しながら彼女はりんごをかじり、その甘さに目をまるくする。なかなか美味しいので、高級品だったのかもしれないとキュルケは微笑んだ。

 

「んー、美味しい!ここ、なんていう土地なの?あたし、このあたりは初めて来たのよねぇ」

 

「へえ、このあたりはラグドリアンの直轄領でさ」

 

「………え!?」

 

 直轄領は王が直接管理している土地のことである。確かにいい土地なのでガリア王が気に入っていてもおかしくはないが…。

 

「わしらも陛下のご家来さまということになるんですかなあ、かっはっは」

 

「……ってことは、あなたの実家って…」

 

 キュルケは目を丸くしながらタバサの方を見つめた。

 

 

 それから十分ほどでタバサの実家に辿り着き、キュルケはその門に刻まれた紋章にギョッとしてしまった。

 『さらに先へ』と書かれた銘と、交差した二本の杖。ガリア王家の紋章が刻まれていたのである。…しかし、よく見てみるとその紋章にはバッテンの傷がついている。

 

(不名誉印…?王族の資格を剥奪された元王族ってことよね…?)

 

キュルケが不審に思っていると、一人の老人が近づいてくる。…なんとも、寂しいお迎えだとキュルケは思っていた。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 

「……うん」

 

 客間に案内されたキュルケは、タバサに一つ質問した。

 

「そうね、あなたのお父上にご挨拶したいのだけれど…どこにいらっしゃるの?」

 

「土の中」

 

「…………ごめんなさい、嫌なこと聞いちゃって…」

 

「…少しここで待っていてほしい。すぐに戻ってくるから」

 

 そう言いながらタバサは客室を出ていった。ポカンとしたキュルケに先ほどの老僕がワインとお菓子を持ってきてくれた。

 しかし、彼女はそれには手をつけずに老人に尋ねた。

 

「……このお屋敷、随分立派だけど…。あなた以外に気配がないように感じるのはあたしだけ?」

 

「このオルレアン家の執事、ペルスランでございます。…失礼を承知の上でお聞きしたいのですが、シャルロットお嬢様のお友達でごさいますか?」

 

「シャルロット…?あの子、そんな名前だったのね…。あたしはタバサって呼んでるわ」

 

 そこまで言ってから、彼女はオルレアン家が王弟家だということに気づく。

 

「オルレアンって王弟家じゃない。どうして不名誉印なんかを飾ってるの?あれってもう少し血統が遠い家に罰として与えるものだと思ってたんだけど…?」

 

「お見受けしたところ、外国の方だと思いますが…。お許しがいただけるならば、お名前をお伺いしても?」

 

「ゲルマニアのフォン・ツェルプストー。この家に何があったの?タバサはどうして偽名で留学してきたの?あの子、何も言ってくれないのよ」

 

 老人は悲しそうにため息をついた。

 

「先ほど、お嬢様のことを『タバサ』と呼んでおられていましたが。…わかりました、お嬢様が友人を連れて来るなど初めてのこと。お嬢様が心を許す方なら、信用してお話しさせてもらいましょう。……ここは、()()なのです」

 

 

 屋敷の一番奥にある部屋から出たタバサの眉間には、ほんの少しだけしわが寄っていた。その心の中では、暴風の如き怒りが渦を巻いている。

 

 この部屋の主である母親は、ガリア王の卑劣な毒によって心を狂わされたのだ。

 今でも、自身の娘であるタバサを認識すらできず人質としての役を背負わされていることが、彼女には許せなかった。

 

「タバサ、母君の様子はどう?」

 

 タバサの近くに、緑の外套を纏った少年が現れる。

 

「………いつもと同じ。あなたが気にすることじゃない」

 

「………そうかもね。今回の任務のこと、ペルスランさんから聞いた?」

 

「まだ。今回はあなたが監視?」

 

 タバサにそう問われた少年はうなずいた。

 

「うん、あの王女本当にボクらのことを手下扱いして困るよ…。こっちだって人質が無ければあんなワガママ王女に義理立てする道理もないのに!今回はメイジじゃないと倒せない相手なんだってさ。詳しいことはペルスランさんが知ってる」

 

「わかった」

 

 

 ペルスランはそもそもの発端について話し出した。

 

「全ての始まりは、五年前。先王陛下が崩御されたことでございます。王位継承権を持っていた方は二人、一人は現在王位についているジョゼフ様、もう一人はその弟でありシャルロットお嬢様のお父上でもあったオルレアン公です」

 

「つまり、タバサは王族ってことよね?それにしたって、やけに戦い慣れてるけど…」

 

 ペルスランの顔が哀しみで歪むが、彼はそのまま話を続けた。

 

「しかし、ジョゼフ様はお世辞にも王族として出来がいいとは言えぬ無能でありました。しかしオルレアン公は、兄と違って才能と人望に溢れていたのです。彼を王にしたいと思う者達が現れてしまったことが、不幸の始まりでした。

……宮廷内で醜い争いが起き、その結果オルレアン公は狩猟会の最中に、毒矢によってそのお命を奪われたのです…!!なんという卑怯者どもでしょう!!」

 

 ペルスランはテーブルを思い切り叩き、その拳を握りしめた。

 

「ジョゼフ一派は次に、お嬢様を狙いました。奴らはお嬢様と奥様を宮廷に呼び付け、料理を振る舞ったのです。………無論、お嬢様のそれには毒が盛られていた。奥様はそれに気づいていたのでしょう、娘を庇ってその料理を口にし…廃人と化してしまったのです」

 

 あまりにも壮絶な惨劇に、キュルケは言葉を失った。

 

「快活だったお嬢様から言葉と表情を奪うには、充分過ぎる仕打ちでしょう。そんなお嬢様は、自身の命を守るために王家の無理難題に挑み、見事それに打ち勝った。しかし、奴らに人の心などなかった。王家に忠誠を誓い、ご自身を守ったシャルロットお嬢様に王家はたかがシュヴァリエの称号一つのみというあんまりな仕打ちを与えたのです…。さらには留学という形で国から追い出し、奥様はこの屋敷で監禁する始末…!」

 

 拳を握り締め続けたせいで爪が食い込んだのか、ペルスランの手から血が溢れていた。

 

「そして、奴らは未だに宮廷で困難な汚れ仕事が持ち上がると、今日のようにほいほい呼び付けたあげくお嬢様を奴隷の如くこき使うのでございます!!父を殺され母を狂わされた娘にしていいことではない!!なんと残酷な連中なのでしょうか…」

 

 キュルケはタバサの無口の理由と、シュヴァリエを誇らない理由をまざまざと思い知った。

 

「それだけに留まらず、最近では護衛と称した監視まで用意されているのです。任務を途中で投げ出したり失敗した時、シャルロットお嬢様は殺されてしまうでしょう…」

 

「……酷い話ね。タバサが話したがらないのも、わかる気がするもの」

 

「……タバサという名前は、お嬢様が奥様からプレゼントされた人形の名前なのです。かつてのお嬢様の喜びようは、今でもはっきりと思い出せます。今は、奥様がその人形をシャルロットお嬢様と思い込んで腕の中で大切になさっておられるのです…」

 

 ペルスランの話がひと段落すると、タバサが戻ってきた。その隣には、フードで顔を隠した少年の姿があった。身長はタバサより少し高いくらい、その背にある大きな弓は、彼がメイジでないことを示している。

 

(あいつが、監視役?あたしと大して変わらない年齢に見えるけど…)

 

「……油断してはなりませぬ、ツェルプストー様。あの男、信じがたいほどの弓の使い手なのです。お嬢様が最初に出会った時、奴は弓で小さな蜂を叩き落としたと聞きました…」

 

 ペルスランはキュルケに忠告をしてから、タバサに一通の手紙を渡す。彼の顔には苦痛の色が浮かんでいた。

 

「王家からの指令でございます、いつ頃取りかかりますか?」

 

「明日」

 

「…わかりました、そのように使者に伝えます。……ご武運を」

 

 そう言い残したペルスランは一礼した後部屋を出て行った。

 タバサはキュルケの方向を向いた。

 

「ここで待ってて」

 

「えー、ヤダ。今から危険な事しに行くんでしょ?さっきのお爺さんが話してくれたわ、あたしもついていくわよ」

 

「危険、無事じゃ済まない」

 

「…それで退く女じゃないって知ってるでしょ?余計について行きたくなっちゃったわ!……あなたの荷物を一緒に背負わせてほしいの、駄目かしら?」

 

 タバサは答えなかったが、拒絶はしなかった。

 

 

 その夜、彼女たちは同じ部屋で寝た。監視の少年は部屋の外で休んでいるらしい。

 気が張り詰めて疲れていたタバサはすぐに眠ってしまったが、キュルケは任務のことで頭から離れず寝付けなかった。

 

「こりゃ、本当に命かけるくらいのおおごとだわ」

 

 死の危険は彼女にとって隣人のようなものなので恐怖はないものの、小さな友人がいつもこんな大変な任務に人知れず駆り出されていたことが心配だった。

 

(たった一人で戦い続ける日々は、どれだけの苦痛と孤独だったのかしら。…あたしには、きっと一生わからないんだろうな)

 

 タバサの寝顔は、どこまでも年相応な少女のものだった。シュヴァリエに叙される功績をあげ、困難な汚れ仕事に立ち向かう掃討者にはとても見えない。

 

「……かあ、さま…」

 

「!!」

 

 タバサの寝言に、キュルケはびくりと反応する。

 

「それを、食べたらダメ…!母さま…!!」

 

 悪夢にうなされているらしい。キュルケはベッドに入り込むと、タバサの身体を抱きしめる。

 しばらくするとキュルケの温かな体温で安心したのか、タバサは寝息を立て始めた。キュルケは、タバサがどうして自分を友人として扱うのかなんとなくわかった気がした。

 

(そっか、この子の心は凍てついてなんかない。その奥底にはちゃんとあったかい普通の女の子がいるのね…。今は、氷と風の鎧で覆い隠しているだけで…)

 

 それを払ってくれる炎を、タバサは自分に感じてくれたのかもとキュルケは思う。子供をあやすように、彼女は小さな友人に優しく呟いた。

 

「ね、シャルロット。この『微熱』があなたのことを全部暖めて溶かしてあげる。だから、安心してゆっくりおやすみなさい。大丈夫、あたしが護ってあげるからね」

 

 キュルケは母親のようにタバサを抱きながら、まどろみに身を委ねた。





タバサの監視者
《???》
年齢:不明 性別:男 クラス:不明
 タバサの監視役である少年。緑の外套で身を包み、その正体は不明。
 戦闘の際は弓を使うようだ。
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