早朝ベレトはいつも通りに目を覚ますと、まだ寝ているルイズを起こさないようにそっとベッドから出ようとする。
…が、ルイズの手はベレトの服の袖をしっかり掴んでおりこのままではベッドから出ることができない。
(困ったなぁ、指を一本ずつほどいていくしかないか…)
ベレトがルイズの人差し指に触れようとすると、パチリと彼女の目が開いた。
「……お、おはよう
「うん、おはよう」
むくりと起き上がったルイズがせいいっぱい絞り出した挨拶に、ベレトも返事を返した。ルイズは顔を赤らめながら、何か言いたそうにもじもじしている。
「えっと、その…あのね……」
「大丈夫だ、考えがまとまるまで待つよ」
「あのねあのね?」
ベレトはルイズの様子にどこか違和感を覚える。ここまで他人に甘えるような態度をルイズが取るのは初めて見たのだ。
「夢を見たの。
「……うん」
「わたしが一生懸命頑張ってるのに、
ルイズはベレトの左手を甘噛みしてきた。上目遣いでベレトの顔を見つめながら、彼女はとんでもないことを言い出した。
「他の女の子にプレゼントなんかしないで。他の女の子を見ないで。…ずっと一緒にいて。簡単なことでしょ、
(やっぱり、何かがおかしい。先日までいつものルイズだったはずなのに、いきなりどろりとした好意を向けている…?)
よく言えば甘えん坊、悪く言えば媚びを売っている。いったいどうしたのだろうとベレトは首をかしげた。
「いや、難しいことだ。ずっと一緒にいるのはとても難しい…。だっていつかは帰らなきゃいけないんだ、前にも言ったはずだけど…」
「……ついてくもん。わたしずっとついてくもん…!」
「ルイズ、少し落ち着いてくれ。ちょっと様子がおかしいぞ?」
「おかしくないもん!」
ルイズはベッドから立ち上がると、タンスの奥深くから何かを取り出してベレトに差し出した。
「ん!」
「これは?」
「きて」
「……???」
ベレトはそれを受け取ってじっくりそれを見つめてみた。どうやら毛糸でできているらしいが用途が全く分からない。軟体生物のぬいぐるみにしか見えなかった。
(きて…まさか、『着て』って言ってるのか?これは衣服なのか…?)
ルイズの涙目に少し罪悪感がわいたベレトは、穴らしきものを見つけることに成功した。とりあえずそのまま被ってみる。
「………えーと。なんとも、おさまりがいい被り物だな……?」
「違うもん、それ、セーターだもん…」
慌ててそれを取って再び眺めてみるが、穴は一つしか見当たらない。これでは頭部と両手がセーター?に隠れてしまう。
「これは…どうやって着るんだ…?」
困惑しているベレトに、ルイズはぎゅうっと抱きしめてきた。
「~~~♪えへへ、ぎゅうー」
「………誤魔化してないか?それに、今日は授業があるだろう?」
「今日はサボる、今はただこうしてたいの。だって、一歩でも外に出たらギーシュとかあのメイドと話すんでしょ…?そんなのいや!」
(………あの真面目なルイズが、サボり!?何が起きているんだ、彼女に…)
「ねー、なにかお話して?」
甘えた口調で呟くルイズに話をしながら、彼女がどうすれば元に戻るのかベレトは頭を悩ませるのだった。
昼過ぎになるとルイズは再び眠ってしまった。ベレトはルイズが自分の服を掴んでいないことを確認し、二人分の昼食を取りに食堂に向かう。
「……というわけで、どうすればいいと思う?」
「ええ……?」
ベレトがルイズの様子がおかしいとシエスタに相談してみると、彼女は困った顔をする。
「ベレトさんが心当たりないんなら、私にもわかりませんね…」
「そうか…、昨日のお昼まではいつも通りだったんだが…」
「………そういえば、心をどうにかしてしまう魔法の薬なんてものがあるって
「魔法の薬?」
「はい。…でも、ミス・ヴァリエールが警戒しないでそんなもの飲みますかね…?明らかに怪しい瓶に入ってたら手に取らないと思うんですが…」
ベレトは先日のことをよく思い出そうとした。彼の脳内で昨晩の騒ぎが再現される。
(彼女の態度が急変したのはモンモランシーの部屋に突入してきた後だ。荒い呼吸をしていたルイズはワインの入った杯を奪い取って………)
飲んだ。それに気が付いたベレトはどんどん顔が険しくなっていく。…飲み物の中に薬を混ぜるのは暗殺などでもよく使われる手口だからだ。
「………あれかぁ…」
「なにか気づいたんですか?」
「ああ、ちょっと元凶かもしれない人物に心当たりがあるな…。少し聞いてみるか」
ベレトは食堂を出ようとするモンモランシーの腕をひっつかむと、彼女の隣にいたギーシュが驚いた顔で抗議する。
「せ、先生!?モンモランシーが何をしたというんだい!?」
「……あのワインに何を入れた、モンモランシー?…場合によっては斬り伏せる」
そんなことを言われれば普段のモンモランシーは文句を言うのだが、今日は顔を真っ青にして何も言わない。
「わ、ワインだって?どういうことだい先生、わかるように説明してくれ」
「昨日の夜、モンモランシーの部屋にあったワインを飲んでからルイズの様子がおかしくなった。怒った彼女が手に負えないのはきみだって知ってるだろう、それがあんな風にいきなりしおらしくなって猫みたいになるなんて変だと思わないか?」
「……い、言われてみたら…。でも、あのワインは僕が持ってきたやつだよ?変なものは混ざってないはず…」
ギーシュはその時モンモランシーの顔を見た。冷や汗をだらだらかきながら口をつぐんでいる彼女に、彼の頬が引きつった。
「モンモランシー、まさか…。ワインに何か混ぜ…!?」
「あの子が飲んじゃったのが悪いのよ!!そもそも、あんたが浮気なんかしなけりゃこんなことにはならないのにー!!」
「おい、おい。いったい何をワインに入れた!?」
逆ギレしたモンモランシーにベレトは確信する。この少女がおそらくギーシュ狙いでワインに仕込んだ薬を、間違ってルイズは飲んでしまったのだ…!
モンモランシーはしばらくあーだのうーだの言っていたが、ベレトの殺気がこもった眼で観念したのかぼそっと呟いた。
「…惚れ薬よ」
「「惚れ薬!?」」
「しっ!ホントは作ったらダメなのよコレ!」
「なら作るんじゃないそんなもの!!」
ベレトたちはモンモランシーの部屋で彼女が何をやらかしたのかを説明されて頭が痛くなった。だいたい想像通りだったし巻き込み事故である。
傭兵は厳しい顔で少女を睨みつけた。もしこれが人を殺せる毒薬だったら取り返しのつかないことになっていたからだ。
「ルイズを元に戻すんだ、今すぐに」
「いいじゃない、惚れられて困るもんでもないしー」
「モンモランシー、僕はこういう状況なのになんか感激してるよ…」
「ふんっ!別にあんたじゃなくてもいいのよ、どうせ遊びなんだからね!浮気するのが気に食わないのよばーか!!」
プライドの高さに定評のあるトリステインの女貴族であるモンモランシーに、ギーシュはくらっときたようだ。
「ああ、モンモランシー…。嫉妬してるきみも素敵だぁ…」
「もう、調子乗って…」
いちゃつき始めた二人にベレトはため息をついてから本題を切り出した。
「はぁ…せめて二人きりの時にやってくれ…。それで、ルイズの事だが…」
「ほっとけばいいでしょ、そのうち治るわよ」
「そのうちって…ギーシュに飲ませようとするような薬だ、一週間そこらじゃ元には戻らないんじゃないか?」
「薬の効き目って個人差があるから、一ヶ月とか一年とか?」
それを聞いたギーシュの顔が再び引きつった。一ヶ月以上も薬の効果が続くのは流石にドン引きである。…それが惚れ薬ならなおさらだ。
「そ、そんなシロモノを僕に飲ませようとしたのか…!?」
「今すぐなんとかするんだ!!この調子じゃまたテント暮らししなきゃいけなくなる!!」
「え、無理。一番手っ取り早いのは解除薬の調合なんだけど、その原料が高いのよ。惚れ薬作って貯金もないし、お手上げってカンジ」
ベレトは懐からアンリエッタにもらったエキュー金貨をじゃらじゃら取り出し机に叩きつける。もはやなりふり構ってる余裕はない。
「これで足りるか?」
「うおっ!?いったいどこで稼いできたんだい先生!五百エキューはあるじゃないか!」
「出所は聞くな、重要なのは足りるかどうかだ」
モンモランシーはしぶしぶ頷いた。
「……わかったわ。多分それだけあれば足りると思う」
「明日中になんとかするんだ、いいね?」
モンモランシーを脅して解除薬を作らせることを約束させたベレトがルイズの部屋に戻ると、なにやら部屋の中が妙な煙で充満していた。
まさか毒かと警戒するベレトだったが、部屋の主が泣いているので命に別状はないらしい。
「どこにいってたのよぉ…。一人にしないでぇ…」
「ルイズ、お腹空いてないか?」
「すいた、
「……今日だけだぞ」
ベレトはぐずるルイズにスプーンを差し出すと、彼女は一口食べる。…が、すんすんと匂いを嗅いだルイズの目が再び潤んだ。
「…モンモランシーの香水の匂いがする~~~」
「なにか問題があるのか?」
「わたしに魅力がないから他の女の子と仲良くするんだもん…。こうして薄着でも襲ってこないってことはそういうことだもん…」
泣きながらそんなことをまくし立てるルイズに、ベレトはデコピンで返す。
「あいたッ!」
「ルイズ、自分の価値というものを安売りするものじゃないぞ。今、きみはモンモランシーの作った惚れ薬のせいで一種の錯乱状態に陥っている。明日には解除薬ができているはずだから、それまで我慢するんだ」
「……くすりのせいじゃないもん。この気持ちは薬のせいじゃない。だって、
「ルイズ。…それ以上を口にしては駄目だ、とにかく今はゆっくり寝るといい」
それを聞いたルイズは首を振った。
「そんなのどうでもいい。…ぎゅってしてくれないと寝ないもん」
「……ちゃんと寝るって約束するなら」
「どこにもいかない?」
「…ああ、行かないとも」
ベレトにぎゅっと抱きしめられたルイズは顔を真っ赤にしながらもぞもぞと動く。傭兵が怪訝に思っていると、ルイズの唇がベレトの喉に触れる。
口へのキスは相手への深い愛情、頬へのキスは相手への親愛を表すのだが、喉へのキスは何を意味するのか。
…それが意味するものは、相手への強い欲求である。間違っても友人や同僚などにやってはいけない、なぜなら喉へのキスは相手を自分のものにしたいとか離したくないとかそういう意味合いなのだ。
幸か不幸か、ベレトはその意味を知らなかった。ふざけているのだと思ったベレトはくすぐったそうに笑う。
「ふふ、くすぐったいな。あんまりいたずらをしてると眠気が去ってしまうぞ?」
「………ねえ、
ルイズにそう言われたベレトは少しだけ悩んでから、ルイズのおでこにキスをした。
「……はい、これ以上はもう駄目だぞ。おやすみルイズ、いい夢を」
「………ん」
ルイズは満足してベッドに潜り込むとスヤスヤ寝息を立て始めた。それを見て安心したベレトはほっと息を吐く。なんというか、ルイズを騙しているようで罪悪感でいっぱいだった。
「………つ、疲れた…」
「うむ、おぬしもよく頑張ったな。えらいぞ」
ソティスの労いの言葉が身に染みた。すやすや寝ているルイズをよく見てみると、ベレトがプレゼントしたペンダントを大切そうにぎゅっと握りしめている。
ベレトが惚れ薬で心のバランスが崩れた教え子の少女の頭を優しく撫でてやると、寝顔が安らかになった気がした。
「……大丈夫だ、解除薬ができればいつものきみに戻る。…絶対に解放するから、我慢してくれ」
ベレトの独り言を、女神は微笑ましそうに見守っていた。