翌日、ベレトはモンモランシーの部屋に向かう。ぐずるルイズを頑張って説得して部屋を訪ねたベレトだったが…。
「解除薬が作れなかった、だと…?」
ベレトはモンモランシーを睨みつける。モンモランシーとギーシュは闇屋で解除薬の調合に必要な秘薬を探したが、見つけられなかったらしい。
「しょうがないじゃない、売り切れだったんだし!」
「他の店も探してからそういうことは言うんだ、次の入荷はいつだ?」
「入荷は絶望的よ!その秘薬はガリアとの国境にあるラグドリアン湖に住んでる水の精霊の涙なんだけど、最近連絡が取れないって話」
「………つまり?」
「秘薬はもう手に入らないわ、諦めなさい」
ベレトはそれを聞いて、深く深く深呼吸をした。このままではモンモランシーに剣を突き立ててしまいかねないほどに怒りの感情が渦を巻いているのだ。
「……ルイズはどうなる」
「別にいいじゃない、そんなの」
「……ふざけるな、元はといえば惚れ薬を作ったせいだろう!ルイズを元通りにする方法を言え、モンモランシー…!」
ベレトは銀の剣を抜きそうになるのをこらえながら、モンモランシーに解決策を聞いた。彼女は口を開かない。
ギーシュは彼らの様子を見ていたが、ふといいことを思いついた。
「……連絡ができないんなら、こっちからラグドリアン湖へ行けばいいんじゃないか?」
「は?学校どうするのよギーシュ!それに水の精霊は滅多に姿を現さないし無茶苦茶強いのよ!?アンタらが行ったら絶対怒らせるわ!!」
「戦うことになるんだったらしょうがないだろう、そうと決まれば支度を済ませなければね」
モンモランシーは顔を逸らす。
「わ、わたしは絶対に行きませんからね!死にたいなら勝手にすればいいわ!!」
「あー…、じゃあしょうがないな。アンリエッタ姫にこのことを全て相談しなきゃいけない。彼女の『おともだち』がきみの薬のせいで壊れてしまったと聞けば、きみは新しい住居に引っ越すことになるし最悪物理的に首が飛ぶぞ。……身内で終わらせるのが一番だ、そうだろう?」
自分関係ないもんって顔をしていたモンモランシーは事の大きさに気づき顔を真っ青にする。
「お、脅してるの…!?貴族のわたしを平民が脅すなんて…!!」
「モンモランシー、このままだときみは本当に牢獄送りになってしまうよ…。平民がどうのこうの言ってる場合じゃない」
「…………う、ううう…。せ、せめて後衛でお願い…。あーあ、サボりなんて初めてよ」
ギーシュに説得され、モンモランシーは観念してため息をついた。
「なーに、僕なんか今年に入って授業を半分も受けてないんだぜだいじょーぶだいじょーぶ!先生と出会ってから退屈とは無縁の毎日で楽しいよ!あっはっは!」
「…連れ出してる自覚があるから強くは言えないけど、出席日数は最低限守ってもらえるとうれしいな…」
まんざらでもない様子で楽しそうに笑うギーシュに、ベレトは教師として突っ込むのだった。
ベレトたちがラグドリアン湖に着くと、モンモランシーは眉をひそめた。
「……水位が上がってる?ラグドリアン湖の岸辺ってずっと向こう側だったのに…」
「あそこに見えるの、家の屋根じゃないか?」
「…うわーほんとうね、村が飲み込まれてるじゃない!」
ベレトとモンモランシーが村の惨状について話していると、ベレトの後ろに張り付いていたルイズは心配そうな顔で彼を見つめてきた。
「モンモランシーがいいの…?」
「…うーん、誰か一人選べと言われてもモンモランシーはないかな…。それで、なぜ水位が上がってるかわかるかモンモランシー?」
「さらりと好みじゃないって言ったわねコイツ!?……原因は多分、水の精霊が怒ってるからだと思う」
「ん?どうしてそんなことがわかるんだい?」
ギーシュの疑問に、モンモランシーは困った顔を見せた。
「そりゃ、うちの実家は水の精霊との交渉役として王家から重宝されてたからよ。今は父上が水の精霊に暴言を吐いたせいで機嫌を損ねたばかりに、他の貴族にその役目を引き渡してしまったんだけどね。水の精霊はプライドが高いから、機嫌なんか損ねたらそこにいる人間全員溺死させられてもおかしくないのよ?」
「水の精霊はどんな姿をしてるんだ?」
「僕も見たことはないな」
ギーシュもベレトの言葉に相槌を打つ。ルイズはどうでもいいのかベレトの後に隠れてそのマントを掴んでいた。
「ものすごく綺麗だったわ…まるで、そう…」
「もし、貴族の旦那様。お聞きしたいことがあるんでさ」
モンモランシーの言葉を、近くにいた初老の農夫が遮った。
「いったいどうしたの?」
農夫は困った顔で水の中に水没してしまった家を指さした。
「わしはそこの家の主ですじゃ。旦那様方は水の精霊との交渉に来てくださったので?」
「いや、そういうわけではないが…やはり困っているようだな」
「さようですか…。領主さまも女王さまも戦争戦争と言ってばかりでこんな辺鄙な村などどうでもよいと思われているようですなぁ」
モンモランシーは農夫に尋ねた。
「いったい何時からラグドリアン湖はこんなことになっちゃったの?」
「増水が始まったのは二年前からでさ…。ゆっくりゆっくり水は増え、今じゃこのありさま!この辺りの領主さまは領地の経営よりも宮廷でのお付き合いのほうがよっぽど楽しいようで、わしらの話を聞いても『そうかそうか』と耳から耳へ突き抜けているご様子…」
老人はよよよ、と泣き崩れた。
「長年住むわしらにはわかります、水の精霊のあんちくしょうが悪さをしよったんですわ。まったく、水底で大人しくしておけばいいものを!どうして今になって人間さまの土地を奪うのか聞いてみたいもんですが、わしら平民にはどうもできません。ああ、水の精霊と話せる貴族さまがいれば……」
老人は好き勝手文句や愚痴を言った後その場を去っていった。モンモランシーは腰に下げた袋から毒々しい色のカエルを取り出す。
ルイズはその姿を見ただけでヒッと怯えだした。
「………か、カエルきらい…」
「なに、うちのロビンに文句でもあるの?この子はわたしの使い魔なんだから!……いい、ロビン?あなたたちの古いおともだちを呼んできてほしいわ、連絡が取りたいのよ」
げこっと返事をしたカエルにうなずいたモンモランシーはポケットから取り出した針で指をチクリと刺すと、そこから出てきた血を一滴使い魔に垂らす。
「これで相手が覚えてくれていたらわたしが尋ねてきたことがわかるわ。水の精霊に盟約の持ち主の一人が話をしたいって告げてちょうだい。お願いね、ロビン」
カエルはげこっと鳴いてから、湖の中へ入っていった。
「今、わたしの使い魔が水の精霊を呼びに行ったわ。ギーシュ、うかつなこと言うんじゃないわよ?そこの傭兵も!」
「そういえば、水の精霊の涙というのはどうやって手に入れるんだ?殴り倒して泣かせるとか…?」
「水の精霊に物理攻撃なんか効かないし、水の精霊の涙っていうのは通称で涙そのものってわけでもないのよね」
「そ、そうなのかい?じゃあ、水の精霊の涙って?」
疑問をぶつけてきたギーシュに、モンモランシーはため息をついてから答える。
「えーと、まず水の精霊って始祖ブリミルがこの地に光臨した時には既に存在してたくらい古い生命なの。その体は水のように変幻自在に姿を変えて…」
彼女がそこまで言った瞬間、ラグドリアン湖の湖面が光りだす。水面から水の塊が盛り上がり、水の精霊が姿を現したのだ。
ブヨブヨとうごめくその大量の水を、ベレトは困惑した顔で見つめる。
(……これが、水の精霊…。見れば見るほどよくわからない生き物だ…。いや、そもそもこれは生き物でいいのか…?)
「ありがとう、ちゃんと連れてきてくれたのねロビン。わたしはモンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。水の使い手で古き盟約の一員の家系よ。カエルの血に覚えがあるのなら、わたしたちにわかるやりかたと言葉で答えてちょうだい!」
水の精霊はグネグネと粘土のように形を変え、モンモランシーそっくりの姿になってにこりと微笑んだ。
水の精霊は表情を様々に変える。怒り、悲しみ、喜び…。その様子は確かに美しい。
「……覚えている、単なるものよ。貴様の身体に流れる液体を、我は覚えている。貴様と最後に出会ってから月が五十二回交差した」
「よかった、あなたにお願いがあってここにきたの。あつかましいけれど、あなたの一部を分けてほしいの」
「………一部、って体の?」
ベレトの言葉にモンモランシーは睨みつけてきた。
「それ以外ないでしょ、精霊はわたしたちと体のつくりがまったく違う生き物なんだから!だから貴重なものなのよ、水の精霊の涙はね。闇屋に卸してる連中はどんなやばい手段をつかってるのかしら…」
水の精霊はにこりと笑う。
「断る、単なるものよ」
「デスヨネー!ほら、帰るわよ!ルイズは治らない、もうこれでこの話はおしまい!!」
「それじゃ困るんだ、こっちは…。水の精霊よ、いきなりの訪問で済まないがこちらの話を聞いてもらいたい」
ベレトが前に出ると、水の精霊は大きくぶるんと揺れた。……その様子は、まるで恐怖に震えているようにも見えた。
「………………。なにもの、だ?」
「…自分はベレト、我が主が心を侵す薬を飲んでしまった。解除薬を作るためにはその…あなたの体の一部が必要だ。何かを対価に水の精霊の涙を譲ってはもらえないだろうか?」
「………、ならば。我に仇なす単なるものを退治してみせよ。今の我は水を増やすので忙しく、襲撃者にまで手が回らぬ。そのものどもを退治すれば望みを叶えよう」
「得意分野だ、任せてくれ」
モンモランシーはうえーっとうんざりした顔をする。喧嘩が嫌いな彼女にとって、戦いは避けるべきものだからだ。
「……帰っていい?」
「駄目」
「………あーもう、過去に戻って惚れ薬を作った自分をぶん殴りにいきたいわ!バカ、本当にバカ!!」
後悔しても後の祭りとは、まさにこのことだ。そんなこんなで秘薬を手に入れるための旅は何故か賊退治になってしまったのである。
水の精霊の話によると、襲撃者たちは夜に水の中に入ってきて湖底にいる水の精霊を襲うらしい。
襲撃者はガリア側から来ているようなので、ベレト一行はそちら側の岸辺の近くに隠れて夜まで時間を潰すことにした。
「先生、今のうちになにか罠を仕掛けるべきじゃないか?オーク鬼の時は落とし穴を掘ったけど…」
「相手がオーク鬼と同じくらいの知能ならそれでもいいが、万が一気づかれたら逃げられるぞ。……そもそもどうやって賊は水の精霊を襲撃しに来てるんだ…?素潜りでなんとかなる深さではないと思うんだが…」
ベレトの疑問に、モンモランシーはしばらく考えてから答えた。
「多分風の使い手ね。空気の玉を作ってからその中に入って湖の底を歩いてるんだわ。水の使い手なら水中呼吸の魔法があるけれど、水の精霊と戦うには向いてないから」
「たしか、毎日の襲撃で体が削られていると言っていた」
「強力な炎で体を炙られて蒸発させられてるのね…。水の精霊はコケみたいな群体生物で、蒸発した部分は再び繋がれなくなるのよ。コケは一部を燃やしても、燃やされた場所以外は生きているのと同じ。さらに、相手が水に触れてなかったらなんにもできないわ。水に触れてしまったら一巻の終わりなんだけどね…」
「…相手の系統は火と風か。追い風を吹かせた後火を放たれたら厄介だ、速攻で始末するぞ」
ベレトとモンモランシーが話しているのを見ていたルイズは、だんだん機嫌が悪くなっていった。
「や、やっぱりモンモランシーのことすきなんだ…!もう勝手にすればいいもん、でもきらいになっちゃやだー!」
「……またぐずりだしたか…。少し慰めてくる、敵が来る前には戻ってくるから心配しないでくれ」
ルイズを頑張って寝かしつけた時には、もう双月が夜空を照らしていた。きっと、今夜も襲撃者はやってくるだろう。
彼らにどんな事情があってもベレトにだって退けない理由がある。使い魔の傭兵はいろいろほっとけない主人の頭を優しく撫でた。
「さて、そろそろ来るか。…待っていてくれ、すぐに片づけてくる」
ベレトは息をひそめて移動を始める。その殺気は静かに、だが確実に敵を見据えていた。