しばらくベレトたちが待ち伏せしていると、岸辺にフードを被った二人組が現れた。背丈のだいぶ違うその二人が杖を出すのを見てから、ベレトはこっそりと背後から接近する。
ベレトの狙いは、どちらか片方を暗殺することだ。水の精霊を相手取ることのできる敵なのだから正面での戦いは避け、奇襲で一人倒してしまおうと考えたのだ。
(……気づいてくれるなよ…)
ベレトと敵の距離、三十メートル。ゆっくりと近づくベレトを止めたのは甲高い笛の音だった。
ピーッという鋭い音は、自然のものではなく誰かが鳴らしたものである。
「!!」
ベレトは慌てて笛が鳴る方向を向く。…木の上で闇夜に紛れる服装を着た斥候がベレトをしっかり見ていた。
(…気配が全くしなかった。いったい何時からバレていた…?)
というかベレト自身夜に見つけるのは困難な服装をしているので隠れていれば見つからない自信があった。
これではメイジに攻撃しても反撃を食らってしまう。
「しょうがない、まずは斥候を倒す」
「……おぬし、ヤツの大弓に気を付けるのじゃ!射抜かれれば無事ではすまぬぞ!」
ソティスが注意した通り、弓兵は巨大な弓をつがえベレトを狙っている。ベレトが放たれた矢を避けると、そこに生えていた樹が粉砕された。
「……たしかに当たったらただじゃすまないな…」
「なんという…並みの力ではこうはなるまい…!」
一方樹が破壊された音を聞いたギーシュはパニックに陥った。
「あ、あわわわ!!先生が、先生がぁ!!?行けワルキューレ、助けるんだ!!」
頭が真っ白になったギーシュはやみくもにワルキューレを三体作ると、メイジ二人組に突撃させる。
…だが、小さい方のメイジが杖を一振りしただけで全て氷漬けになり破壊されてしまった。
ベレトは三人の連携がなかなか巧みであることに気づいた。メイジの二人を狙おうと近づけば弓兵の強力な狙撃が襲い掛かる。かといって弓兵に時間を稼がれればメイジたちはラグドリアン湖に侵入して水の精霊を襲撃するだろう。
「……困ったな、せめて重装兵がいれば盾で防ぎながら進めるんだが」
ないものねだりをしてもしょうがないと諦めたベレトは天帝の剣を装備した。これ以上射られる前に仕留めるべきだと判断したのだ。
「悪いが、そこから降りてもらうぞ!」
天帝の剣による一撃で弓兵が登っていた大木が両断され、ベレトのいる方向に倒れだした。
「ッ!!その剣は…!?」
弓兵の目が大きく見開かれる。彼は不安定な体勢で弓を引こうとするが、おそらく射られる前に斬ることができるだろうとベレトは判断した。
だが、敵もそのことに気づいたのか大弓を投げ捨て腰の剣を抜き、突っ込んでくる。
「悪いが死んでもらうぞ」
「お前がくたばれッ!!」
両者が攻撃しようとしたその瞬間、身長の高い方のメイジが驚きの声をあげた。
「せ、せんせッ!!?ちょっと、二人とも戦うの中止してー!!」
「……は?」
「……んん?この声は…」
彼女らはフードを外す。なんと、二人組の正体はキュルケとタバサだった。彼女たちは天帝の剣にはめ込まれた紋章石が光ったのを見て、それが知り合いであることに気づいたのだ。
「……なにを、しているの?」
タバサは珍しく困惑した顔をしている。
「そっちこそ、なぜ水の精霊を襲撃しているんだ?」
ひとまず彼らはお互いに事情を説明することにした。
「それにしても、なかなかいい位置取りだった。あれを考えたのはタバサか?」
「ええ、襲撃者が来る事は予想していたんだけどまさかせんせが襲ってくるなんてねー。見張りがいて助かったわ!」
「……うん、本当に居てよかった」
ベレトは目を逸らすしかなかった。もし弓兵に見つからなかったりそもそも彼を連れていなかった場合キュルケたちは死んでいた可能性が高かったからだ。
「……ううん、今回はいいところなかったな…」
「馬鹿の一つ覚え」
「………もっと冷静になるべきだったかもしれないなあ…」
ギーシュはいじけているらしい。そんな彼をタバサは無表情で罵倒しているが、何を考えているのだろうか。
ベレトは何か助言をしようと立ち上がろうとするが、ルイズはウルウルした目で彼を見ていた。というか袖をひっつかまれて動けない。
「
「……ルイズ…。わかった、行かないから手を離してくれ」
「……キスして。じゃないと離さないもん!」
「えー…?」
困ったベレトは助け船が欲しくなるが、事情を知っている元凶のモンモランシーはニヤニヤしている。
「よっ!色男ッ!」
「…きみはもう少し反省しなさい」
ベレトは少しだけ悩んでから手の甲にキスをするが、彼女は不満そうに頬を膨らませた。
「手の甲じゃヤダ…」
「…………あーもう、今日だけだぞ?」
再び一分ほど悩んだ後、彼はルイズの額にキスをする。ルイズはギリギリ満足したのかスヤスヤと寝始めた。
「あはははっ!さっきまで容赦のない戦士だったのに、女の子には弱いんだなあ!」
「むう…笑うところじゃないぞ」
「ごめんね、あまりに面白くて…」
「……ところで、きみは一体誰なんだ?」
弓兵の少年はフードを深く被ったまま笑った。
「タバサの仲間…とでも覚えてくれ。多分二度と出会うことはないだろうけどね」
「…むう、なかなかいい腕をしていたから名前だけでも知りたかったんだが…」
「お互い、やるべきことがまだあるだろう?」
少年は年相応の柔らかな微笑でお茶を濁す。そう言われてしまったらそれ以上追及はできなかった。
ベレトが水の精霊に協力していた理由を知ったキュルケはうーんと頭を悩ませた。
「困ったわねぇ、せんせたちは惚れ薬でおかしくなったそこのおチビさんを元に戻すために水の精霊の涙が必要だから協力していたのね?でもあたしたちも水の精霊を退治しなきゃいけないのよ…」
「それは水の増水が原因なのか?」
「そうそう、タバサの実家の領地が被害に遭っててタバサがやっつけてくるように頼まれたのよ。あたしと弓の子は手伝いってとこかしら?」
ベレトもしばらく考え込んだが、とりあえず折衷案を出してみることにした。
「とりあえず、きみたちは水の精霊を襲うのは中止してくれ。その代わりに水の精霊から水かさを増やす理由を聞いてみて…。なんとか、水かさを増やすのをやめてもらえないか頼んでみよう」
「あんな連中に聞く耳があるのかしら」
「人間とは違っても、ちゃんと交渉できる知性はあるようだ。襲撃者を倒すのと引き換えに体の一部をもらうことになっている」
「………ねえタバサー、ようするに水浸しになった土地が元に戻ればいいんでしょう?」
タバサは頷いた。水の精霊との戦いはめんどくさいので戦わないで任務が済むんなら大歓迎なのである。性根の腐ったいとこはまた血管がプッツンするだろうが知ったことではなかった。
「よし決まり!じゃあ明日交渉することにしましょ!」
翌朝、モンモランシーがカエルを再び湖に放り込むと、水の精霊が現れた。
「水の精霊よ、あなたを襲うものはもういないわ!約束通り、あなたの一部を譲ってほしいの!」
「無論だ、単なるものよ。受け取るがいい」
水の精霊は体の一部を水滴のように弾けさせると、ギーシュが持っていた瓶に飛び込ませた。湖の中に帰ろうとする水の精霊を、ベレトは呼び止める。
「待ってくれ、少し聞きたいことがある」
「………なんだ?」
水の精霊から帰りたいという気持ちがありありと伝わってくる。だが、水の精霊をこのまま放置するわけにもいかなかった。
「今、あなたはこの湖の水を凄い勢いで増やしているらしいが、その理由を教えてはもらえないだろうか?このままでは水浸しで周りの人間たちは困る、できれば水かさを元に戻してほしいんだが…」
「……お前たちに、任せてもよいものか。……実に悩むが、我との約束を守ったならば信用して話そうと思う」
何度か形を変えながら、水の精霊は考えをまとめたようだった。
「数えるのも億劫なほどに月が交差するときの間、我が護りし秘宝が単なるものに盗まれてしまったのだ。月が三十ほど交差する前のことだ」
「…ええっと、それは奪い取った人間への復讐とかそういう?」
「そうではない。ただ秘宝を取り戻すため、ゆっくりと水を増やし浸食することでいずれ水が秘宝にたどり着くであろう」
(ずいぶんと気が長い…。長命になるとそういうものなんだろうか?ジェラルトもそのあたり適当だったし…)
まだ三十年も生きていないベレトには、まだまだ想像もできない領域だ。神祖の器だったころの自分ならまた違った感想が出るかもしれないと、ベレトはぼんやり考えていた。
「それなら、自分たちが賊から奪い返してこようか?なんて名前の秘宝なんだ?」
「『アンドバリ』の指輪。我が共に時を過ごした指輪だ…」
指輪の名前を聞いたモンモランシーが反応する。
「聞いたことあるわね、それ。『水』系統のマジックアイテムで、死者に偽りの命を与えて操れるんじゃなかったっけ?」
「その通りだ、単なるものよ。誰が作ったものなのかは我も知らぬが、死に怯えるお前たちには価値あるものに見えるのだろう。…だが、所詮は偽りの命を与えるだけの代物、益にはならぬ」
「…うへぇ、聞くだけでも危険物ってわかる…。それで、どんな連中だったわけ?名前くらいわからないの?」
「風の力を行使して我の住処を荒らしたのは数個体。秘宝のみが盗まれたのだ。……その個体の一人は…『クロムウェル』と呼ばれていた」
その名前を聞いたキュルケが驚いた顔で呟いた。
「……マジ?そいつレコン・キスタの新皇帝じゃない!?」
「……それは…、まずいことが起きてないか?死者をいいように操れるのならいくらでも悪用できるぞ…」
しかも多分指輪はアルビオンに持っていかれてるので、水の精霊が水かさを増やし続けてハルケギニアが水没しても指輪が見つかることはない。水の精霊も得しないし敵が物理的に沈んだレコン・キスタ大勝利である。
「えっと、多分指輪を奪った賊は空を飛ぶ大陸にいるのでこのまま水を増やしてもあまり効果はないと思う…。やっぱり、ここは自分たちが指輪を取り返してきた方が確実だ。任せてはもらえないだろうか?」
「そうか、それならば水を増やす必要はないだろう」
「いつまでに取り戻せばいい?」
「……ふむ、お前たちの寿命が尽きるまでに取り返せばよい。我には一日も十年もさほど変わらぬ」
水の精霊が湖の中に帰ろうとしたその時、タバサが水の精霊を呼び止めた。
「少しだけ待ってほしい、あなたに一つ聞きたい」
「なんだ?」
「あなたは私たちの間で『誓約』の精霊と呼ばれている。その理由を教えてほしい」
「………。単なるものよ、おそらくだがそれは我の存在こそが理由だ。我は変わらぬ。お前たちが目まぐるしく世代を入れ替える間に、我はずっとこの水と共にあった。……それゆえに、お前たちは変わらぬ我に何かを祈りたくなるのだろう…」
それを聞いたタバサは、頷いてから目をつむり手を合わせた。それを見たキュルケは、思わず考えてしまう。
(この子は、何を誓約してるのかしら…。母の呪縛を解くこと?それとも…)
首を振ってその思考を断ち切ったキュルケは、ニコニコといつもの顔に戻った。
「それじゃ、あたしも誓約しちゃおっ!」
そんな感じに祈り始めた二人を見たモンモランシーはギーシュをつっついた。
「ほら、あんたも誓約しなさいよ!」
「……へ?なにを?」
とぼけたことを言ったギーシュのふとももに蹴りを入れながらモンモランシーは怒りだした。
「なんのために惚れ薬なんか作ったと思ってんのよこのバカ!!」
「ああ、そっかぁ。ギーシュ・ド・グラモンは誓いまーす、これから先モンモランシーを一番目に愛することを…」
今度は思いっきり頭を小突かれ、ギーシュは涙目になった。
「あいたっ!なんで殴るんだね!?」
「『一番』じゃなくって、わたし『だけ』を愛しなさい!!どうせすぐに二番三番を増やすでしょあんた!!」
「うへぇ……」
ギーシュはしぶしぶ誓約の言葉を口にする。明らかにやる気のない誓約を聞いて、モンモランシーは獣用の拘束具でも買おうか真剣に検討し始めた。
ルイズは周りがなんだか祈り始めたので、ベレトにも誓約をしてほしくなった。
「誓って?」
「………それは、駄目だ」
ベレトは首を振った。正気ではない女の子に永遠の愛を誓うことはできないし、いずれフォドラに帰るのだ。彼はルイズを気に入っていたし、できる限りは色んな事を教えたいとも思っていたが…彼女が傷つくのだとしても、嘘は誓えなかった。
「どうして、愛を誓ってくれないの?」
「大切だからこそ、嘘は誓えない。……惚れ薬で心がおかしくなっている今のきみにはなおさらだ」
ベレトの言葉にルイズは泣きじゃくった。傭兵はそんな主の頭をそっと撫で続けた。