ゼロと師   作:シャザ

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3章 傀儡(くぐつ)王子ウェールズ

 路地裏の真上を飛んでいた風竜から下を見ていたベレトは、見覚えがある人影が倒れていることに気づいた。

 

「止まってくれ、あそこで倒れているのはヴィルキンソンじゃないか?」

 

「え!?…た、たしかにそう見えなくもないけど…夜だからわからないわ!」

 

「アレが死体だったらまずい、一度確かめてくる」

 

 ベレトは路地裏に降りると、ヴィルキンソンの脈を確かめる。

 

「……気絶しているだけだな。起きろ、何があった!」

 

 しばらく揺さぶっていると、ヴィルキンソンは目を開いた。

 

「………うぐっ!こ、ここは…」

 

「目が覚めたのねヴィルキンソンさん、なんでこんな場所で気絶してたの!?」

 

 ルイズに質問されたヴィルキンソンは気絶する寸前の事を思い出した。

 

「それ、は……!!そうだ、殿下!殿下を見ていないか!?」

 

「…殿下というのは、ウェールズのことで合ってるか?」

 

「ああ、酔ってぶつかったのがアルビオンに残ったはずの殿下だったのだ…。驚く私を気絶させ、どこかに去ってしまった!」

 

 ルイズの顔が真っ青になった。

 

「ああ、なんてことなの…。ヴィルキンソンさん、多分それは敵の手で蘇った皇太子ウェールズさまよ!」

 

「……な、なんだって!?卑劣な『レコン・キスタ』め、なんということを…!!」

 

「これからアンリエッタの安否確認に向かう、ついてきてくれ」

 

 ヴィルキンソンはアンリエッタの名前を聞くと首をかしげた。

 

「敵の狙いが女王陛下という事か…?一体殿下を使って何をするつもりなのだ…」

 

 

 王宮にたどり着いた一行を、魔法衛士隊が取り囲む。マンティコア隊の隊長は叫んだ。

 

「再び忍び込もうとするとは不届きものどもめ!!奴らを捕えろ、女王陛下の居場所を吐かせるのだー!!」

 

「お前たちと争っている時間はない、状況はどうなっている!」

 

 ベレトにそう言われた隊長は相手があの怪しい多国籍の集団であると気づき舌打ちする。

 

「む?誰かと思えばあの人騒がせな連中ではないか!とっとと帰れ!!」

 

 ルイズはあんまりな物言いにカチンとなったのか、懐からアンリエッタが渡してくれた許可証を取り出した。

 

「わたしは女王陛下直属の女官です!この許可証がその証よ!わたしには陛下の権利を行使する権利があるわ、とっとと情報を吐きなさい!!」

 

「なんだとぅ!?キサマのようなちんちくりんが陛下の女官な、わけが……」

 

 隊長はルイズが見せつけた許可証を信じられない目で何度も確認する。だが、何度見てもそれは本物の許可証にしか見えなかった。

 彼は内心納得がいかない様子だったが、それでも軍人として目の前の人物に非礼があってはならない。彼はことの次第を報告した。

 

「むぐぐぐ…。今から二時間ほど前、女王陛下が何者かに拐かされました。警備の者を蹴散らした敵は馬を用いて逃走、現在ヒポグリフ隊が行方を追っています」

 

「少し遅かったみたいね…。賊はどちらに向かったの?」

 

「街道を南下しているようです、おそらくラ・ロシェールに向かっているのかと…。ほぼ間違いなくアルビオンの手のものです。近隣の警戒と港の封鎖を命じましたが、竜騎士が使えない今、ヒポグリフと馬で追いつけるかは……」 

 

 ベレトとルイズが風竜に飛び乗り、事態が深刻であることを説明すると一行は緊張した顔で頷く。

 

「これは時間との戦いだ。夜明けまでには決着がつくだろう」

 

「タバサ、敵は馬で移動しているわ!低く飛んでちょうだい!」

 

 トリスタニアの城下町を抜けた風竜は暗闇で視界が効かないが、その他の器官で空気の流れを感じているのか障害物を巧みに避けながら飛び続けた。

 

 

 ヒポグリフの一隊は足の速さと夜目が利くため追跡に最適であった。夜闇に乗じた誘拐事件に、彼らは屈辱と怒りで燃え上がった。

 

「走れ!!一刻も早く陛下を取り戻すのだぁ!!」

 

 馬の倍の速さで疾走するヒポグリフ隊が、馬で移動する賊に追いつけないなどということはあり得ない。敵の一隊を確認した隊長が獰猛に笑みを浮かべながら叫ぶ。

 

「まずは馬を狙え、陛下に当ててはならぬぞ!!」

 

 一気に距離を詰めたヒポグリフ隊は土の魔法で敵の進路を阻み、止まった馬にヒポグリフ隊が放った魔法が襲いかかる。

 馬から投げ出された敵は、容赦なく魔法衛士隊の魔法によって貫かれた。敵の首魁であろう青年は近くに倒れていた味方を盾にして防いだようだが、もはや詰みの状況であることは明白であった。

 

「……おぉ、なかなかやるものだね」

 

「貴様は四肢を砕いてからその首を刎ね飛ばしてくれる!……覚悟ォ!」

 

 隊長が青年に杖を振り下ろそうとした、その瞬間だった。

 

「ぎゃあああ!!」

 

 味方の悲鳴が、夜の街道に響き渡ったのだ。致命傷を受けたはずの敵が立ち上がり、油断していた部下とヒポグリフが先ほどとは逆の立場で再現されている。

 

「な、あ……!?」

 

 タチの悪い悪夢のような光景に唖然とする隊長の足を、青年が盾にしたメイジが『ブレイド』で切り裂いた。

 青年は移動が困難になった隊長に向かって微笑みながら近づく。その目に一切の感情が見えず、隊長は思わず震え上がった。

 

「形勢逆転、と言ったところかな?さて、首を刎ねようか」

 

 声をあげることすらできず、隊長は暴風で身体をバラバラに『分解』されてしまった。

 

 

 眠りの魔法から目覚めたアンリエッタが目にしたのは、凄惨な殺戮の現場だった。そこで倒れているのが自分の国の近衛だと気づいた彼女は吐き気を必死に我慢する。

 

「ウェールズさま、なんということを…」

 

「……驚かせてしまったようだね、すまないアンリエッタ」

 

 悪びれもせずそんなことを抜かすウェールズに、彼女は震えながら杖を突きつけた。

 

「あなたは、だれなの…?」

 

「ウェールズ、きみの恋人だ」

 

「……なら、どうして魔法衛士隊の隊員を皆殺しにしたのですか!!」

 

「……仇を取りたいなら、僕の胸を貫いてくれ。きみに殺されるなら、その結末も悪くはない」

 

 ウェールズが自身の胸を指し示すのを見たアンリエッタは呪文を唱えようとしたが、出てくるのは嗚咽(おえつ)ばかり。

 

「どうして、こんなことに…」

 

「僕を信じてくれ、アンリエッタ。必ずわけは話すから、今は僕に従ってほしい」

 

「……わたしに、どうしてほしいというのですか」

 

「………そうだな。あの誓いの言葉を思い出してくれ。そう、あのラグドリアン湖できみが口にしたアレだ」

 

 アンリエッタは涙を流しながらあの輝かしい日々を思い出す。

 

「もちろん覚えています、ウェールズさまを永遠に愛すると決めたのはわたくし自身なのですから…!」

 

「……ああ。あの誓約から変わったのは、きみが女王であるという一点だけさ。……他のものは何一つ変わっていないだろう?」

 

 彼女は幼い子供のように何度も頷いた。

 

「だから、きみはその宣誓をただ信じてくれ。後は僕らがなんとかするから」

 

 そう言いながらウェールズは自身が連れてきた部下たちに微笑んだ。致命傷を受けたはずの彼らは、それでも生前と変わらぬ動きで敵を待ち受ける。

 

「……さて、次は彼らと違って話ができる相手だといいんだが」

 

 ウェールズは先ほど殲滅したヒポグリフ隊を無感情に見つめた。

 

 

 ベレトたちが街道を風竜で進んでいると、やがて『衛士隊だったもの』が無残に転がる場面に出くわした。焼け焦げ、手足がバラバラになったその死体たちの顔はおぞましいものを見た恐怖で彩られている。

 

「これは…かなり派手にやったな…」

 

「せんせっ!まだ息がある人がいるわ!」

 

 キュルケに呼ばれたベレトたちはヒポグリフ隊の生き残りの怪我の具合を確認する。腕に深い裂傷があるが、今すぐに命に関わる致命傷は避けているようだ。

 

「……だ、大丈夫?」

 

「……な、なんとか…、あんたたちは?」

 

「我々は女王陛下救出のために動いている者だ!いったい君たちは何にやられた!?」

 

 ヴィルキンソンの問いに、彼は青ざめた顔で首を振った。

 

「……わ、わからない…!人間の形をしているのに、致命傷を与えても平然と反撃してきて……うぅ…」

 

 その言葉を最後に騎士は意識を失った。その瞬間あちらこちらから敵の魔法が飛んでくるが、タバサの創りだした空気の壁が全て弾く。

 ……草むらから立ち上がった敵に、ヴィルキンソンは背筋に冷たいものが走った。

 

「……悪夢だ。死んだ味方とこうして出くわすとは…」

 

「……あのパーティで見たことのある顔が混ざってるな。やはり敵は『アンドバリ』の指輪で死体を兵士として運用している…」

 

 アルビオンの貴族たちの後ろからウェールズが現れ、友達にするように軽く手を振った。

 

「やぁ、さっきぶりだねヴィル」

 

「………殿下…。……そういうことだと、捉えても良いのですね?貴方は、敵として蘇ってアンリエッタ女王をたぶらかしたのだと…!!」

 

「……たぶらかした?」

 

 ウェールズは微笑みながら首をかしげた。

 

「そもそもきみたちはなにか思い違いをしているようだ。彼女は自分の意思で僕につきしたがっているのだから」

 

「……ええ、その通りよ」

 

 そう言いながらアンリエッタはウェールズの隣に立つ。ルイズは痛ましいものを見る目でアンリエッタに叫んだ。

 

「姫さま!彼は『レコン・キスタ』が奪い取った『アンドバリ』の指輪で偽りの命を与えられた人形です!その人はウェールズ皇太子ではありません、こちらに!」

 

 しかし、アンリエッタはウェールズから離れようとしない。

 

「……見ての通りだ。ここできみたちと戦ってもいいが、今の僕たちには移動手段がない。できれば朝までに馬を調達したいし、魔法も温存しておきたい。……ここは見逃してくれないか?」

 

「…………タバサ!」

 

 ベレトはウェールズの死角に隠していたタバサに攻撃の指示を出す。彼女はすかさず自身の十八番『ウィンディ・アイシクル』でウェールズを狙撃するが、その射線上にアルビオンの貴族が立ちはだかった。

 ズタボロの穴だらけになった味方を見てもウェールズには全くの動揺がない。それどころかタバサに拍手をする始末だ。

 

「惜しい、あと少し速かったら僕に当たってたね」

 

「………味方を、そんな風に盾にするなど…!!」

 

 ヴィルキンソンが信じられないものを見た怒りと悲しみで心が張り裂けそうだった。生前のウェールズならば、味方を盾にするなど絶対にありえない。

 ベレトはあまりに生前とかけ離れた行動を取ったウェールズをにらみながらアンリエッタの説得に加わる。

 

「……アンリエッタ姫、あなたの恋人はこんなことをするような人間ですか?」

 

「姫さま!ウェールズ王子はもういないんです!この人は……」

 

「……それがどうしたというのです?」

 

「…………え?」

 

 アンリエッタは首を振ってベレトたちの説得を拒絶する。

 

「わたくしは全てを知ってなお彼についていったのよ、ルイズ。あなただって、本気で誰かを好きになればわかるわ。本気で人を愛してしまえば、どんなものを対価にしてもその人に尽くして愛したくなる…。…わたしは誓ったのよ、永遠に彼を愛するって。…その邪魔をするなら、あなたにだって杖を向けるわ!」

 

「……姫さま…!」

 

「…最後の命令よ、わたしたちを追ってこないでちょうだい。わたしに、『おともだち』を殺させないで…」

 

 ルイズは唇を噛みしめながら杖を下ろす。…たとえ敵の罠だとしても愛に殉じるというのならば、それを止める権利など自分にないのではないかと思ってしまったからだ。

 …しかし、闇に消えようとする死者の一行とアンリエッタの前に、ベレトとヴィルキンソンが立ちはだかった。

 

「………そこをどいてちょうだい」

 

「…………あなたの言うことなんて聞けないな。だってあなたは自分の主ではないし、個人的に気に入らないからだ。……そんな風に目を曇らせて、一番悲しむのはウェールズ皇太子だろうに!」

 

「ヴィル、きみならわかってくれると思っていたんだがな」

 

「……ほざけっ!貴様は殿下ではない、卑劣にも殿下のフリをして女王をかどわかした『レコン・キスタ』の手先だ!!」

 

 ウェールズに『ブレイド』を唱えたヴィルキンソンとデルフリンガーを引き抜いたベレトが斬りかかる。しかし、近づこうとする二人をアンリエッタの水の壁が阻んだ。

 

「ウェールズさまに近づかないで!」

 

 二人を押しつぶそうと水の壁が迫る。…だが、次の瞬間アンリエッタの目の前が爆ぜた。

 

「きゃぁ!?」

 

「………こんの馬鹿姫ッ!いいわ、とことんまでやってやろうじゃないのよ!わたしの使い魔に手ェ出して怪我なしで済むなんて思わないでくださいね姫さま!!」

 

 ルイズはもう我慢の限界だったようでもはや相手が誰であっても叩き潰すつもりのようだ。話を見守っていたキュルケとタバサも戦いの気配を感じて杖を構える。

 …自らの意志を貫くための戦いが始まった。

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