ゼロと師   作:シャザ

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3章 あなたと朝日を

 一行を乗せた風竜がラグドリアン湖に着いた時、既に空は白み始めていた。アンリエッタとウェールズは風竜から降りて、かつて待ち合わせ場所にしていた場所へと向かう。

 

「……ああ、懐かしいな」

 

「ええ、本当に」

 

「初めて会ったあの日、僕はきみのことが妖精のように見えたんだ。…たしか、あのあたりで水浴びをしていた」

 

 ウェールズが指示した方向はアンリエッタの記憶と一致している。彼女は羞恥で顔を赤くしながら恋人の頬をむにっと軽くつねった。

 

「もう!相変わらずですわね!」

 

「い、いふぁいよふぁんりえっふぁ(い、いたいよアンリエッタ)。……あの時、僕はこう思ったんだ。このまま二人で何処かに逃げ出せたら…と。二人でいられるんなら何処だっていい、庭付きの小さな家でいつまでも暮らせたなら…と」

 

 …それは、ウェールズが初めてアンリエッタに見せた弱い部分だった。それを聞いたアンリエッタは悲しそうに俯いた。

 

「……ウェールズさま。…どうして、今更そのようなことをおっしゃるのですか?どうして…あの時に愛しているとおっしゃってくれなかったの?わたくしは、その言葉をずっと待っていたのに…」

 

「きみを不幸にしたくなかった。…僕ときみの道は園遊会が終われば途切れて、二度と交わらないだろうと諦めていたから。……弱虫だって笑ってくれ、アンリエッタ」

 

「………笑うわけ、ありません。…ずっとこの時が続けばいいのにと、わたくしも本当はずっと願っていたのですから」

 

 ぽろぽろと涙を流すアンリエッタをウェールズは抱きしめた。

 

「……いつもきみを悲しませてしまうな。………そうだ、いいことを思いついた!」

 

 ウェールズは湖の中に入っていく。アンリエッタはいきなり水に濡れ始めた彼に目をパチクリさせた。

 

「か、風邪ひきますよ?」

 

「…あはは、あの時とは真逆だね!……僕は、水の精霊に誓おう。平和とアルビオンを取り戻し、愛するきみと未来を描くことを」

 

「……~~~~っ!!」

 

 その宣誓を聞いた少女の顔が真っ赤になる。

 思わずアンリエッタは水の中に飛び込み、ウェールズに抱き着いた。

 

「……その言葉をどれだけ…待ったと思ってるんですかぁ…!」

 

「僕は、もう言い訳はしない。……待たせてごめん、アンリエッタ」

 

 アンリエッタと唇を重ねたウェールズは、夜明けとともに昇る朝日を見て微笑んだ。

 

 

 ラグドリアン湖から戻ってきた二人の下半身がずぶ濡れなことに気づき、ヴィルキンソンは困った顔で空を仰いだ。

 

「……お二人とも、近頃は暑くなったとはいえ…」

 

「ごめんよヴィル、ラグドリアン湖の水は冷たくっていい感じだったよ!」

 

「………まったくもう…」

 

 ヴィルキンソンがため息をつくと、ウェールズは申し訳なさそうに笑みを浮かべた。

 ベレトは朝日を見て一行に声を掛ける。

 

「…さて、そろそろ帰ろうか」

 

「さんせーいっ!女王さまも王宮に戻さなきゃだし、今すっごく寝たいわ!」

 

 

 こうして、アンリエッタ誘拐未遂事件は解決した。…だが、その代償は大きい。ヒポグリフ隊が壊滅し、隊長がいなくなったグリフォン隊と同じく護衛としての役割が果たせなくなってしまったのだ。

 生き残ったヒポグリフ隊の隊員はリーダー不在のグリフォン隊と共に唯一健在のマンティコア隊の指揮下に置かれることとなった。

 

 ベレトとルイズは虚無の曜日にヴィルキンソンに呼び出され、トリスタニアにある酒場でその後の話をしていた。

 

「……ということで、どうやら女王陛下は新しい衛士隊を新設するらしいね」

 

「へぇ…。今度はどんな生き物の名前が付くのかしら。……ペガサスとか?」

 

「そこまではわからない、なにせまだ噂でしかないからネ。でも、新しい衛士隊が増えることは確定していて、もう人員集めが始まっているようだ」

 

 ヴィルキンソンの話を聞いていたベレトだったが、それよりも隣で食事をしているウェールズが気になった。なぜなら彼は顔に蝶を模った仮面を付けているのだ。

 

「……ウェールズ、その仮面はいったいなんだ?」

 

「……もぐもぐ…。ああ、これかい?変装の一環ってところかな」

 

 明らかに悪目立ちしていると言いたげな表情を浮かべたベレトに、ウェールズは楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「なんでも、どこかの王族が自らの身分を隠して戦った時のもの……の贋作だと聞いたよ」

 

「多分それ店員は適当なことを言ってるだけですよ殿下…」

 

 ヴィルキンソンのツッコミに一通り笑ったウェールズは水を飲んだ後にため息をつく。

 

「……それで、二人はこれからどうするつもりだ?」

 

「今は身を隠そうと思っている。『レコン・キスタ』は今回の奸計を成功する前提で計画を練っていたはずだ…」

 

「ああ、自分たちが立ちはだからなければ今頃アンリエッタ姫はアルビオンだ。ルイズ、失敗した彼らが今最も欲しいものがわかるか?」

 

 ルイズが首をかしげているのを見たヴィルキンソンが代わりに答えた。

 

「……情報だね?手駒が戻ってこなかったことで失敗や全滅したことは予測できるが…いったいどうして失敗したのかがわからない!」

 

「………あ、全滅してたら何の情報も手に入らないから!?」

 

「そうだ、なら彼らは次に何をすると思う?」

 

 ルイズはうーんと考えてから、自信なさげに答えた。

 

「……一般人に扮した『レコン・キスタ』を紛れ込ませて、調査させる?」

 

「…おそらくな。この場合は大量に入国させて全て捕らえるのも難しくする…と予想ができるな」

 

「なるほど…それで、どうしてそれがウェールズ様の正体を隠すことと繋がるわけ?」

 

「このトリスタニアでアンリエッタ姫を知らない者はいないだろう?……そういうことだ」

 

 つまりウェールズの顔を知る人物がこの街に潜入した場合、素顔を見られれば彼が生存していることが簡単にバレてしまう。気休めではあるものの、顔を隠すと存外わからなくなるものだ。

 

「でも顔を隠すならもっといい仮面があったんじゃないか?」

 

「そうかなぁ…、僕はコレ結構気に入ってるよ。蝶の仮面を付けた王女は親を失い国を滅ぼされてなお希望のために戦ったらしい。…僕も、希望を捨てずに立ち向かうさ」

 

「………そうだな。それはそれとしてその話アンリエッタ姫には言わない方がいいぞ、仮面の由来聞かれたら全力で誤魔化した方がいい」

 

 ウェールズが不思議そうに首をかしげるのを見て、三人はため息をつくしかなかった。

 

 

 一方、アルビオンでは《アンドバリの指輪》で蘇らせた者たちが一人残らず戻ってこなかった事でクロムウェルが頭を抱えて悩んでいた。

 彼の近くにいるのはシェフィールドただ一人。

 

「み、ミス・シェフィールド!!話が違うではないか!?ウェールズ王子を使えば確実に女王の身柄を確保できると……!」

 

「ええ、そのつもりでしたわ。何かしら我々の想定を超えたことが起きたのでしょう」

 

 そう答えた彼女であったが、クロムウェルから汗がダラダラこぼれているのを気にした様子もない。彼女は『アンドバリ』の指輪で操ったウェールズの末路について考えていたからである。

 

(薬で仮死状態にしたウェールズを『アンドバリ』の力で操り人形にする…、こんな悪魔的発想ができるのはこのわたしだけでしょうね…!)

 

 死者を蘇らせるよりも、生者を操る方が指輪の消費魔力は多くなる。このことが気に食わなかったシェフィールドは捕らえたウェールズを仮死状態にすることで魔力消費を抑えて操ることに成功したのだ。

 この方法で操る生者には大きく二つのメリットがある。生者をそのまま操った場合、時間経過で元に戻るデメリットがあるが仮死薬を使用すればそのデメリットを排除できること。もう一つは他の死体と混ぜればそれが仮死薬を使った人形か死体を指輪で操っているのか判別できないのだ。

 『アンドバリ』の指輪で蘇った死体は火に弱い故に、生者が混ざっていてもそのまま火葬されてしまう。自らの手で味方を殺すという最悪の展開を簡単に演出できるこの組み合わせを、シェフィールドという女は気に入っていた。

 

(……ああ、この悲劇を自分の目で見てみたかった…!!あの小生意気な女王の絶望の顔を想像するだけで頬がにやつく…!!)

 

 だからこそ、ウェールズが『アンドバリ』の魔力から解放されているばかりか普通に生き残っていることをシェフィールドは想像もしていなかった。

 虚無のメイジであるルイズの『解除』を東方出身の彼女が知るはずもない。

 

 

 アンリエッタを誘拐しようとする『レコン・キスタ』の策略は失敗に終わった。しかし、その悪意は未だトリステインを狙っている。




《蝶の仮面》

魅力+2

 ウェールズがアンナ商会で購入した紺色の仮面。絶望の世界を生きた王女が自らの正体を隠すために仲間から送られた品………の贋作。
 本物は既に壊れているとのこと。
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