ゼロと師   作:シャザ

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4章 波乱の夏休み

「……夏季休暇?」

 

 ベレトは初めて聞く単語に首をかしげた。少なくとも教師をしていた時ガルグ=マクにそんな概念は存在せず、夏にシルヴァンの兄貴を退治しに行った記憶がある。

 ルイズはそんな様子のベレトに目を丸くした。

 

(せんせぇ)、夏季休暇知らないの…?」

 

「………知らない。休暇ってどれくらいの長さなんだ、一週間くらい?」

 

「……に、二ヶ月と二週間…」

 

「二ヶ月!?そんな馬鹿な…」

 

 衝撃を受けたベレトはがっくりとうなだれる。ルイズはここまで困っているとは予想していなかったのかおろおろするしかなかった。

 

「そ、そんなに悲しむことないじゃない…」

 

「いや、ここまで長い休暇は初めてで…。本当にいきなり二ヶ月も休みを与えられて困惑しているんだ……」

 

「……傭兵ってホントに大変なのね…」

 

 ベレトが沈んだ表情をしていると、近くを通りかかったシエスタが声を掛けてきた。

 

「ベレトさんこんにちわ!…ええと、なにかあったんですか?」

 

「……夏季休暇が二ヶ月もあって困ってるんですって…」

 

「え、ええ…??そんなことあります…?」

 

 シエスタの困惑ももっともだ。普通の人間なら休みは喜ばしいものなのだ。

 

「……本当にどうしよう」

 

 ベレトの困っている姿にシエスタはピピーンとひらめいた。

 

「そうだ!ベレトさんタルブの村に遊びに来ませんか?」

 

「……は?(せんせぇ)はわたしの使い魔なのよ!予定はこっちで決めるわ!」

 

「ミス・ヴァリエール…ちょっとそれは理屈が通らないんじゃないですか?」

 

 少女たちの目線がバチバチぶつかるのを見たベレトは両者の間に立って二人を落ち着かせようとする。

 

「そこまでだ二人とも、喧嘩はやめてくれ…」

 

 しかしヒートアップした二人は聞く耳を持たない。このままではお互いに剣を抜いて大変なことになってしまうとベレトが困っていたその時、上空からフクロウが現れてルイズの肩にとまった。

 

「……ん?なによあんた、今大事な話してるんだからどっか行きなさい!」

 

「ホホウ!」

 

 フクロウはルイズの頭を翼でばっさばっさ叩きだす。抗議しているフクロウのくちばしに書簡が挟まっていることに気づいた彼女はその中身を読みだした。

 

「………これって!」

 

「なにかあったのか?」

 

「…(せんせぇ)、仕事の時間よ」

 

 

「それで、仕事とは?」

 

 自室に戻ったルイズは荷物を改めながらフクロウの持ってきた手紙を見せてきた。

 

「……ん」

 

「…済まない、こちらの文字は読めないんだ…」

 

「あ、そうだった…。なんだかすごく馴染んでるからちょくちょく忘れちゃうわね…」

 

 うっかりしていたルイズはこほんと咳払いして誤魔化してから、ベッドに座りながら説明し始める。

 

「この前の事件で姫さまは落ちこんでるわ、衛士隊が自分の判断で酷い目にあったから…。……それはそれとして仕事は待ってはくれないわけで…」

 

「……そうだな」

 

 手紙によると、マザリーニを含めたお偉いさんたちはアルビオンは艦隊の再建までまともに攻めてはこないが、卑怯なやり方でトリステインを内側から攻撃してくるだろうと予想したようだ。

 そんなことをされてはたまらないとアンリエッタたちは治安維持を強化する方針らしい。

 

「……まぁ、道理ではあるな。それで、自分たちは何をしろと書かれている?」

 

「身分を隠して情報収集ですって。怪しい奴がなにかやってないか…とか、平民たちの噂が知りたいみたいね」

 

「……なるほど、間諜(かんちょう)か…。………ルイズに?」

 

 ベレトはアルビオンに行く途中で空賊に襲われた際、自分の目的をうっかり喋ってしまったルイズを思い出してため息をついた。彼らが本物の空賊だったらその時点で大変な目に遭っていただろう。

 

「……大丈夫かなぁ…」

 

「なによ、不安なの?わたし一人でもやるんだから!」

 

「いや、自分もついていく。トリスタニアの様子も気になるし、ルイズはこういったことに慣れていないだろう?」

 

「……まぁ、(せんせぇ)は慣れてても不思議じゃないけど…。大丈夫よなんとかなるわ!」

 

 ルイズの根拠のない自信はどこから湧いてくるのか、ベレトは不思議で仕方がなかった。

 

 

 二日歩いてトリスタニアに到着した二人は、まず財務省を訪ねて手紙に同封されていた手形を金貨に換金する。新しく製造されて価値が低い新金貨六百枚、四百エキューだ。

 ベレトがかつてアンリエッタから報酬としてもらった新金貨四百枚が残っているので、だいたい二百七十エキューである。自由に使えるのは六百エキューくらいだろう。

 ベレトはまず、呉服屋でルイズ用の服を買い求めた。身分を隠せと言われているのに五芒星のマントを付けていたら貴族だとバレバレなのである。地味な服を着たルイズは不機嫌だった。

 

「……足りないわ」

 

「……何の話だ?」

 

「この頂いた活動費のことよ!四百エキューじゃ馬を買ったらなくなっちゃうわ!」

 

「………平民がそんないい馬を個人所有してると思っているのか?」

 

 ベレトは高級志向のルイズに頭が痛くなる。

 

「必要よ、馬具だって買わなきゃいけないし!宿だってこれっぽっちじゃ二ヶ月半泊まるだけでなくなっちゃうわ!」

 

「どんな高級宿に泊まるつもりなんだ、四百エキューが消える宿なんて絶対貴族御用達じゃないか…」

 

「安い宿じゃ眠れないわ」

 

「案外気にならないと思うが…」

 

「そりゃ、(せんせぇ)は屋根と壁があるならぐっすり眠れるんでしょうけど!こっちは女の子なんだから!」

 

 ルイズたちはぐだぐだ話し合いながら居酒屋に入ると、店の一角が賭博場になっていることに気づく。ろくでもない大人たちの遊び場というのは奇妙な魅力があるものだ。

 

「……おぉ、賭博だ。こんな場所でもやっているんだな」

 

 賭博場を呆れた目で見ていたルイズだったが、ふと始祖ブリミルからの天啓が降りてきた…ように感じた。或いは、悪魔の囁きかもしれないが。

 

「……!そうよ、博打で増やせばいいんだわ!」

 

「……え!?」

 

「足りないなら増やせばいい…。まずは百エキューをチップにしてここから元手を増やすのよ!!」

 

「ちょっと待て、落ち着けルイズ!」

 

 ルイズはあっという間に百エキューをチップと交換し、ルーレットであっという間にスってしまった。

 

「ほら言わんこっちゃない…高い勉強代だと思って撤退し…」

 

「ま、まだよ!!ここに三百エキューがあるじゃない!!!」

 

 彼女の目は血走っていた。しかし、二百七十エキュー分のチップはシューターの懐を温める結果に終わってしまう。

 

「…………あは、あはははは…」

 

「ルイズ、正気に戻るんだ!」

 

 壊れた笑い声を発し始めたルイズをガックンガックン揺らして正気に戻そうと頑張る傭兵だったが、頭を揺らしたのが逆効果だったか彼女の判断力はますます低下している。

 

「あははは大丈夫よ(せんせぇ)、わたしはいたって正気!見てなさい、必勝法を思いついたんだから…!」

 

「………必勝法?」

 

 この時点で嫌な予感がするベレトは胃がキリキリと痛くなった。どう考えても賭博で頭がおかしくなっている彼女の必勝法など絶対ろくでもないものに決まっているからである。

 

「今までわたしは赤とか黒に賭けていたわ。でもそれじゃ当てても二倍にしかならない…。でも、数字を当てれば三十五倍なの!!今までの負けなんか一気に取り返せちゃうわ!!」

 

「それはほぼ確実に負ける方法だーッ!!!」

 

 

 ベレトたちは夕暮れの広場の片隅で座り込んでいた。あの後ベレトの持っていた二百七十エキューもチップに変えられ、最終的に一文無しになってしまったのである。

 正気に戻ったルイズの目は淀んでいた。

 

「どうして……」

 

「きみは二度と賭けをしない方がいい、こう言ってはなんだが致命的に向いてない」

 

「………ハイ」

 

 しょぼんとするルイズにベレトはどうすればよかったのかと自問自答を始める。

 

(…ルイズが百エキューをスった瞬間に賭博をやめさせるべきだった…。よくよく考えてみたらあんなに熱くなりやすい子が賭場に行ったら夢中になるのは当然じゃないか…)

 

「……で、これからどうする?」

 

「………ちょっと考えましょう。あの切手だって姫さまのご自由にできる金額ギリギリを書かれてるはずだからあれで精一杯のはず…」

 

「それを全部賭博で使い切ったわけなんだが…アンリエッタ姫に申し訳ない気持ちはあるのか?」

 

「………た、足りなかったんだもん…」

 

 ルイズは泣きべそをかくが、もはや後悔しても遅い。アンリエッタに怒られること覚悟で正直に話すべきかとベレトが考え出したその時、近くを通りがかった男性が二人に声をかけてきた。

 

「……どうしたのお嬢さん?そんな浮かない顔していたらツキが逃げちゃうわよ?」

 

 奇妙な身なりのその男は派手な格好で女言葉を話しており、かなり怪しいがルイズを純粋に心配していることはすぐにわかった。

 

「ああ、彼女は自分の連れだ。少しばかり失敗して無一文になってしまった」

 

「あらら、それは大変ねぇ。よろしかったら何があったか教えてもらいたいわ」

 

 ベレトは少しだけ考えてから多少の嘘を混ぜて説明する。

 

「……自分たちは傭兵だ。この子は傭兵になってまだ日が浅くて未熟だが、光るものがあるから面倒を見ている。……彼女は今日の稼ぎを賭博で全て吹っ飛ばしたんだ……」

 

「よくあることね…こういう失敗を繰り返して、大人の階段を昇るのよ…」

 

 男はうんうんと頷いてからルイズの顔をじっと見た。

 

「……あなたたち、わたくしの宿にいらっしゃい。わたくしはスカロン、『魅惑(みわく)の妖精』亭の店主よ。条件付きではあるけれどお部屋を提供してあげる」

 

「……条件?なにさせる気?」

 

「なにも売春させるってわけじゃないわ。一階でお店を経営してるから、あなたに手伝ってほしいの」

 

 ルイズは不満そうな顔をするが、ベレトに軽く肩を叩かれて渋々了承した。

 

「……わ、わかったわよ!明らかにアンタ変だけど、断ったらホントに宿無しの一文無しで大変になるじゃない…!」

 

「トレビアンッ!……じゃ、ついてらっしゃい」

 

 スカロンはくねくねと歩き出すが、ベレトはその様子を見て思わず鳥肌が立った。

 気持ちが悪いとかそういう意味ではなく、妙な歩き方をしているのに隙がまったく見当たらなかったからだ。もしこの瞬間ベレトが剣で斬りかかっても彼は反応してくるだろう。

 

(……ただの宿屋の主人ではないな…)

 

「……無料で宿が取れたと思えば…。でもアイツなんか嫌だわ…」

 

「まぁまぁ、ここは厚意に甘えよう。悪人だったら倒して逃げればいい」

 

 それが、奇妙な男スカロンとの出会いだった。

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