ゼロと師   作:シャザ

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4章 ルイズの苦難

 翌日、ルイズはゲンナリしながら料理やワインを運んでいた。本日も『魅惑の妖精』亭は繁盛しているが、そんなものに思考を逸らす暇はない。

 ルイズを見た酔っぱらいどもの対応は大きく分けて二つ。子どもだと馬鹿にするか、逆に興奮してセクハラしようとしてくるかである。前者はワインをぶっかけ、後者は平手打ちで対応した彼女であったが、それが許されるわけもない。

 

「ルイズちゃん、ちょっと下がってなさい。他の子のやり方をちゃんと見て覚えるのよ?」

 

「………ハイ」

 

 スカロンに店の隅っこに立たされたルイズは不貞腐れた顔で他の女の子たちの『お仕事』を観察する。彼女らはニコニコと微笑み、何を言われても何をされても怒らない。相手を褒め、上手に会話をして……しかし触ろうとする男たちの手を優しく制止して触らせない。

 そんな魅力的な彼女たちの気をひこうとして、男たちはチップを奮発するのだ。

 

(あんなこと、貴族のわたしができるわけないじゃない…!ヴァリエール家の生まれで、公爵家なのよ!?可愛い格好で愛想を振りまくなんて……!……かわいい、格好?)

 

 ふとルイズは自分の格好を鏡で確認してみる。キャミソールに身を包んだ彼女はふとポーズを取ってみた。

 内心自分でも中身はちょっと問題あるかもと思っている彼女だったが、その外見は母譲りの美貌である。

 

「……おぉ、けっこう可愛いじゃない」

 

 ルイズはちょっとだけ元気を取り戻す。ここにいる女の子の誰よりも、自分は可愛いという自信でモチベーションを持ち直したのだ。

 

(せんせぇ)はこんなわたしを見てどう思うかしら…?」

 

 この数ヶ月で、ルイズの価値観は少しずつ変わっていった。確かに彼女は貴族であり、基本的に平民に教えを乞うことはない。

 しかし、ベレトはルイズが今まで出会ってきた人間とはあまりに違った。平民とは思えないほど強く、それでいてその力を(いたずら)に振り回さない。天然気味ではあるもののその性格は善良だ。

 そんな人間であったからこそルイズは彼に憧れたし、師と慕うのだろう。

 

 ルイズはちょっとだけ期待して厨房にいるベレトをチラ見する。そこで見たのは、黒髪の女の子にめんどくさい絡み方をされているベレトであった。

 

「………は??」

 

 ルイズはまた変なのが湧いたと確信した。黒髪で巨乳、シエスタを嫌でも思い出す容姿であることも感情を逆撫でする。

 

「ちょっと機嫌を良くしたらコレ!!始祖ブリミルはわたしに試練を与えてるのかしら…!?」

 

 ルイズは歯ぎしりして髪の毛をざわつかせる。その様子を見てしまった客は笑顔を引きつらせながら素早く帰る準備をするのだった。

 

 

 そんなことは露知らず、ベレトはジェシカと一緒に皿洗いをしていた。

 

「~~~♪」

 

 ベレトは昔ドロテアが歌っていた曲を鼻歌で口ずさみながら皿をどんどん洗っていった。そんな傭兵にジェシカは楽しそうに話しかける。

 

「ねーベレト、あたし気づいちゃったことがあるんだー♪」

 

 ベレトは鼻歌を止めると軽く首をかしげた。

 

「……というと?」

 

「ルイズって、貴族なんでしょ?」

 

「どうしてそう思ったんだ?」

 

 ベレトは柔らかな笑みで聞いてみる。

 

「あたし、パパに女の子の管理も任されてるからね!あの子、お皿の運び方も知らないしおまけに妙にプライドが高い。……で、あの物腰でしょ?絶対貴族よ!」

 

「………それで?もし彼女が君の想像通りだとして、自分のような傭兵と行動を共にしている理由は?」

 

「んー……。安直に考えたら護衛とか…あるいは逃避行中?何日もトリスタニアにいるんだったらただの家出じゃないでしょ」

 

「……なるほど。確かに人を見る目はあるな。……じゃあ、こちらも一つ聞いてみたいことがある」

 

 ベレトは拭き終わった皿を置いた。

 

「なあに?」

 

「あのスカロン…君の父のことだ。あの男武術を学んでないか?」

 

「うん、あたしが生まれる前とか小っちゃい頃はどっかの戦場にいたっぽい。……たまにさ、身寄りのない女の子拾ってくることもあるんだよね」

 

 お人好しなのか悪党なのか、ベレトは判断できなかった。前者ならばまだ安心できるが、後者なら人攫いをやっている可能性もあるからだ。

 

「………なあ、その連れてこられた子たちというのは、今もこの店で働いているのか?」

 

「うん。あそこで料理運んでいるジャンヌとか、チップ貰ってるアリアとかそうだよ。…なんなら、お店を辞めて別の場所で働いてる子たちもいるし!」

 

「そうか、後で話を聞いてみたい。なにか気をつけておくべきことはあるか?」

 

 ジェシカは笑顔で答えた。

 

「えー?ベレトの顔ならよっぽどのこと言わない限り大丈夫だよ!」

 

「ならいいんだが……」

 

 ベレトが言葉を続けようとすると、髪の毛をざわざわさせたルイズが厨房に突っ込んできた。

 

「よくなぁあああいッッ!!!」

 

「わぁっ!?おっきい声出さないでよ!」

 

「どうしたんだルイズ。接客してたんじゃないのか…?」

 

 ベレトの問いに、ルイズは冷や汗をかいた。

 

「え…えーっとぉ…。そ、そんなことは関係ないじゃない!」

 

「あぁ、サボりね。ちょうどいいから言っとくけどアンタちょっと問題起こしすぎじゃない?注文は取ってこないわお客さんぶん殴るわ…妖精ってよりコボルドよ!」

 

 やれやれとジェシカはため息をついた。

 

「クビにされたくなかったら勤務態度を改めなさい。アンタみたいなガキに言っても無駄かもだけど」

 

「わ、わたし十六歳よ!ガキじゃないわ!!」

 

「……へ?同い年ぃ!?」

 

 ジェシカは目の前のちびっ子が同い年であることに心底驚いたらしい。彼女はルイズの胸を見てふっと鼻で笑った。

 

「まあ頑張んなさい、期待なんかしてないけど」

 

「キーッ!チップくらい城が建つくらい集めてやるわよ!」

 

「あら、それはすごいわねー。……そういえば、来週はチップレースか。ちょうどいいわ」

 

「……チップレース?」

 

 ベレトは首を傾げる。

 

「そうよ、お店の女の子たちが一週間でどれだけチップをもらえるか競争するの。…もし、アンタが勝ったらガキ呼ばわりは二度としない。……どう、やるよね?」

 

「トーゼン!!アンタの顔が青くなるくらいチップをもらってやるわ!!」

 

 ルイズはやる気満々に宣言するが、ベレトは不安だった。

 

 

「妖精さんたち!今日からチップレースが始まるわよぉ!!」

 

 スカロンの言葉に、女の子たちの歓声と拍手が飛び交った。

 

「さて、みんな知っての通り…この『魅惑の妖精』亭の創立は四百年前に遡るわ。トリステイン魅了王と(うた)われたアンリ三世陛下が治めた時代…絶世の美男子である彼は、時に妖精の生まれ変わりとも呼ばれていたの」

 

 それからスカロンは、アンリ三世なる王と『魅惑の妖精』亭の関係について語りだした。なんでも、かつて『(ウナギ)の寝床』亭というしょぼい名前だったこの店に、アンリ三世がお忍びでやってきたというのだ。

 彼は給仕の娘さんに一目惚れしてしまったが、自身の立場を理由にその恋を諦めてしまった。だが、せめて何かを彼女に遺してあげたいと考えた王は一着のビスチェを仕立て贈った。

 スカロンの先祖はその恋に激しく感動し、ビスチェの名にちなんでお店の名前を変えたのだという。

 

「そして、これがアンリ三世陛下が娘に贈った『魅惑の妖精のビスチェ』!!」

 

 スカロンが上着とズボンを脱ぎ捨てると、下から彼の身体に密着した丈の短く色っぽい黒のビスチェが現れた。

 

((うっわぁ……))

 

 ベレトとルイズがあまりの惨状にドン引きするのをよそに、スカロンはポーズを取る。

 

「この『魅惑の妖精のビスチェ』こそ我が家に代々伝わる家宝!このビスチェには着用者の体格に合わせて大きさを変える魔法と、『魅了』の魔法がかけられているわ!」

 

 その様子を見ていたベレトだったが、心のどこかで『案外悪くないのでは?』という感情が湧いてきて困惑した。

 

(どうしよう、お茶くらいならアリじゃないかと一瞬思ってしまった…)

 

「し、しっかりせいおぬし!!正気に戻るんじゃ!!」

 

 ソティスに心配されながらベレトは『魅了』に抵抗する。あんなゴツイ大男が着て『案外悪くない』と思ってしまうのだから、普通に女の子が着たら絶世の美人に見えてしまうに違いない。

 惚れ薬に続き精神に干渉してくる魔法の危険性の高さをベレトは思い知った。

 

「今週から始まるチップレースで優勝した妖精さんには、この『魅惑の妖精のビスチェ』を一日着用する権利が与えられちゃいまーす!これを着て接客した日には、どれだけチップが貰えちゃうのかしら!さぁ、みんな頑張るのよ!」

 

「はい、ミ・マドモアゼル!」

 

「よろしい、では皆さんグラスを持って!」

 

 少女たちがグラスを掲げる。

 

「チップレースの成功、商売繁盛!それに…」

 

 スカロンはそこで言葉を切り、一つ咳払いをしてから真顔で直立する。オネェ言葉をやめ、ここだけ中年男性の野太い声で言った。

 

「女王陛下の健康を祈って、乾杯!」

 

「「「乾杯!」」」

 

 その日、ルイズは占いに凝っていると(うそぶ)く男性客の顎に蹴りを叩き込んだり、チビと罵倒してきた客の顔を十回以上踏みつけたせいでチップを一枚ももらえなかった。

 

 

 ベレトは一日目のチップレースが終わって一息ついている栗毛の女の子に話しかけた。

 

「少しいいか、話したいことがあるんだ」

 

「はい、えっと……あの、暴れん坊の子と一緒に入ってきた皿洗いの人ですよね?名前はたしか…」

 

「傭兵のベレトだ」

 

「ベレトさん。わたしジャンヌです」

 

 ジャンヌはぺこりと会釈をしてから首をかしげた。

 

「……そ、それでわたしに話って?」

 

「いや、ジェシカから聞いたんだが…君はスカロンがお店に連れてきた子たちの一人なんだろう?店に来る前は何をしていたんだ?」

 

 ジャンヌはうつむいたまま、小さな声で答えた。

 

「……新教徒の旗印、です」

 

「………新教徒って?」

 

「知らないんですか?平民に信仰者が増えている新興宗派ですよ。……わたしは、新教徒の過激派に彼らをまとめる象徴として育てられたんです…」

 

 ジャンヌは泣いているようだ。

 

「あそこでは、旧教徒は敵だと教えられました。聖女として祭り上げられて、自分たちが絶対的な正義なんだって…。絶対なんて、ないはずなのに」

 

「……そうか。まあ実際国も長く続けば腐敗するし。生まれた瞬間から死臭がし始めるのは…そうないが」

 

「……ええ、そうですね。……ある日の夜、わたしは店長に出会いました。拳に籠手を着けたあの人はこう言ったんです。あなた、こんなとこにいたら駄目よ…って。ここ以外に居場所なんてないって答えたら、自分の店で働かないかって誘われたんです。……わたしを祝福して(のろって)いた旗をへし折ってくれたあの人には、一生分の恩があるんです」

 

 その言葉に嘘の気配はない。ベレトはスカロンを疑っていたことに少し罪悪感が湧いた。

 

「……ありがとう、話してくれて。君にとっても嫌な話だろうに…」

 

「いえ、こっちこそ長話してごめんなさい。それでは、また明日!」

 

 ベレトはジャンヌと別れた後、どこでも同じような話はあるんだなぁと思うのだった。

 

 

 翌日の朝、ルイズは身支度をしていたベレトに真剣な顔で話しかけた。

 

(せんせぇ)、相談があるんだけど!」

 

「なにかあったのか?」

 

「昨日のことなんだけど、わたしが喋るとお客さんを怒らせてしまうことに気づいたの!だから黙ってみたら……」

 

「……みたら?」

 

「代わりに蹴りが出てしまったのよ!どうすればいいのかしら!?」

 

 ベレトは三秒ほど視線を虚空に漂わせた。彼は困った顔で助言する。

 

「……とりあえず、足が出そうになったら深呼吸してみるのはどうだろうか。店員に蹴られるのはさすがに君だって嫌だろう?」

 

「まあ、試してみるわ」

 

 

 二日目。ルイズが給仕をしていると客が話しかけてきた。(しゃく)をさせようとした男はよせばいいのにルイズの胸を見てからかってしまったのだ。ルイズは初日と同じようにお客の頭にワインボトルを叩き込み、また隅っこに立たされてしまった。

 

「……深呼吸したら罵詈雑言が飛び出てきて瓶で相手殴り倒しちゃった…」

 

 ルイズは茫然と呟いた。まさかの再犯である。

 

「こんなんじゃダメだわ、もっと直接……」

 

 彼女が決意を新たにしていると、新しいお客さんが店に入ってきた。……明らかにガラが悪く、銃を発砲しながら男たちは喚きだした。

 

「金を出せッ!!!ここは俺たちギガス盗賊団が占拠した!!」

 

「ヒャッハーッ!!逆らったヤツはこの銃でぶっ殺してやるぜぇ!!」

 

 ……訂正しよう、ただの賊であった。こんな街中に白昼堂々強盗に来るなど正気の沙汰ではない。

 ルイズは腰に下げた剣を抜こうと手を動かし、そこにあるはずの物がないことに今更気づく。給仕をしているときは外していることを忘れていた彼女は舌打ちした。

 

(見た感じメイジはいないみたいだけど…銃を持ってるのが何人もいるわね…)

 

 メイジが戦力として大きな意味を持つハルケギニアでは、平民は軽視されがちである。しかし、それは銃を軽視していい理由にはならない。

 それは間違いなく武器であり、人を害することができる凶器なのだ。

 

 悪意ある集団が『魅惑の妖精』亭を脅かそうとしたその時、一人の男が立ちはだかった。

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