ゼロと師   作:シャザ

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序章 ヴェストリ広場の決闘

 コルベールは本を片手に走っていた。

 先日ルイズの召喚した使い魔の傭兵に刻まれたルーンのことを徹夜で調べていた彼は、彼のルーンの正体がわかったのである。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あまりにも相性が良すぎるのだ。

 

「はぁ、はぁ…!こ、校長室に急がねば…!」

 

 校長室に勢いよく飛び込んだ彼は、その部屋の主の名前を叫ぶ。

 

「オールド・オスマン!大変です、一大事です!!」

 

「なんじゃ騒がしい、それはワシのささやかな楽しみより大切かね?」

 

 髭を蓄えた老人、オスマンはめんどくさそうな目でコルベールを見た。

 コルベールが一大事と言った時はだいたいガラクタ発表会になるからである。

 

「こ、これを見てほしいんです!」

 

 コルベールの渡してきたものは一冊の本だ。オスマンはその本を見たことがあった。

 図書館の閲覧制限がある場所の蔵書である。

 

「…『始祖ブリミルの使い魔たち』ではないか。その古臭い文献がどうしたんじゃミスタ・コールタール?」

 

「コルベールです!!こっちも見たらわかりますよ、オールド・オスマン!」

 

 一枚のスケッチを渡されたオスマンはパラパラと本のページをめくり、ルーンのページで息をのむ。

 

「…!!? …ミス・ロングビル、席を外しなさい。これから大事なことを話さなければならんようじゃ」

 

 彼は秘書に席を外してもらい、まじめな顔でコルベールと向き合った。

 

「…『ガンダールヴ』、か。まさか始祖ブリミルの使い魔が現代に蘇るとは…。

一体何の生き物に発現したんじゃ」

 

「…平民の、傭兵です。…私の勘が正しければ、かなり凄腕の…」

 

「……危険じゃな、それは。きみの勘は無視できるものではない。

しかし…力は所詮、力でしかないのじゃよ。重要なのはどう使うかじゃ」

 

 オスマンの言葉に、コルベールは静かにうなずいた。

 

「そう、ですな…」

 

 

 一方そのころ、ベレトは道に迷っていた。

 怒っているルイズについていくわけにもいかず、ひとまず彼女の部屋でも掃除するかと考えた彼だが…。

 

「…こっちだったかな、数時間前に一度通ったはずだから間違えてない、ハズ…」

 

 そう言いながら右に曲がった彼は、なぜか食堂の扉の前に立っていた。

 中に入ろうか悩む彼に声をかけたのは、朝出会ったメイドのシエスタだった。

 

「あ、傭兵さんこんにちは!…あの、入らないんですか?」

 

「シエスタ。…ルイズとケンカしてしまって気まずいんだ。鉢合わせするのは避けたい。」

 

 シエスタは困った。彼が朝に薄いスープしか飲んでないことを、彼女は知っていた。

 傭兵という仕事は、体力がいることもよくわかっている。

 

「あの、ミス・ヴァリエールに会わずに食事をする方法、ありますけど…」

 

「…いいのか?」

 

「はい!困った時はお互い様です!」

 

 シエスタについていくと、そこは厨房だった。料理人たちが腕によりをかけて作った料理は、とてもおいしそうだ。

 ベレトを適当な席に座らせたシエスタは、お皿にシチューを入れて戻ってきた。

 

「…これは?」

 

「賄いです、貴族の方々にお出しする料理の余り物で作ったんですよ」

 

 彼女に促され、シチューを一口飲んだベレトは思わず笑顔になった。

 

「うまいな」

 

 その言葉にシエスタはほっとしたように微笑んだ。

 

「よ、よかったぁ…!おかわりもありますから、遠慮しないでくださいね?」

 

「なんだか申し訳ないな。朝から助けられてばかりだ。…なにか手伝えることはないか?」

 

「なら、デザートを運ぶのを手伝ってもらえますか?」

 

「ああ、わかった。…もう一杯もらってもいいだろうか?」

 

 ニッコリしながらおかわりを持ってくる少女とちゃんと座って待っている傭兵を、コックたちはほほえましそうに見守っていた。

 

 

 シエスタがせっせとケーキを運ぶのを、ベレトはトレーを持つことで手伝っている。

 食事を終えた男子生徒たちは、おしゃべりに夢中になっているようだ。

 

「なあなあギーシュ!おまえ誰と付き合ってるんだ?」

 

「気になるぜギーシュ、どんな()が好みなんだ?おしえてくれよぉ」

  

 ギーシュと呼ばれた気障な少年は、舞台俳優のように大げさに格好つける。

 

「ふふ、僕は特定の女性と付き合うつもりはないんだ。薔薇の魅力は、多くの人に分け隔てなく咲き誇ることだからネ」

 

(…なんというか、ローレンツを思い出すなぁ。薔薇好きの貴族って多いのか?)

 

 その時、彼のポケットからコロンと落ちたそれをベレトはうっかり踏みそうになる。

 それは紫色の液体の入った小瓶だった。彼はそれを拾い上げ、テーブルの上に置く。

 

「…おっと危ない。…落としたぞ、少年」

 

「うげぇッ!!?ぼぼぼ、僕のじゃないぞ給仕。だ、断じて違う!!」

 

 ギーシュは明らかにうろたえはじめた。

 その様子に気づいた彼の友達は、その鮮やかな紫色の液体が誰の調合したものか知っていた。

 

「これは、この鮮やかな紫色の香水はモンモランシーの香水だ!」

 

「おまえのものなのかギーシュ!?ってことはァ、付き合ってるのはモンモランシーだろ!」

 

「ち、違う!!」

 

 ギーシュは必死に否定するが、後ろのテーブルに座っていた女の子がゆらりと立ち上がる。

 人形のように無表情のその目には、大量の涙が滝のように流れていた。

 

「…ギーシュ、さま?」

 

「け、ケティ…違うんだ、僕のこころの中には…」

 

 パーンッ!!

 

 言い訳しようとしたギーシュは少女の平手打ちをもろにくらった。

 

「うそつき、うそつきうそつきうそつき!!」

 

 少女が去って行ったあと、今度は巻き髪の少女が彼に詰め寄った。

 

「あんた、やっぱりあの一年生に手を出してたのね!?」

 

「ち、ちが…」

 

「こっちが気づかないと思ってたんでしょ!!?女を侮るのもいい加減にして!

あんたが思ってるより賢いのよこっちは!!!」

 

 ワインをギーシュの頭にぶちまけた彼女は、怒りを隠そうともせず食堂を後にした。

 ギーシュはハンカチで顔を拭き、気障なしぐさで言う。…かっこ悪かった、控えめにいって。

 

「彼女たちは薔薇の存在意義を理解していないようだ」

 

(シルヴァンとローレンツの悪いところを足したようなことをしている…)

 

 ベレトは呆れた目で二股した少年を見ていると、彼に呼び止められた。

 

「…待ちたまえ、給仕。君が軽率にそれを拾い上げたせいで二人の女性の名誉が傷ついた。

…どうしてくれるんだね?」

 

「…ええ…?どうせいつかバレてただろう、そんな杜撰な関係を続けていたら…。

あの巻き髪の女の子、君を疑っていたようだし」

 

 ベレトの言葉に、ギーシュの友人たちは爆笑する。

 彼らにとってこれほど馬鹿らしい喜劇は存在しないだろう。

 

「わははは、良いこと言うじゃないか!」

 

「はっはっはっは!!そうだそうだ、二股してるお前が悪いぞギーシュ!!」

 

 ギーシュの顔が怒りで真っ赤に染まる。

 

「~~~っ!!…そうだ、君は見たことがあるぞ?確か…平民の傭兵だったなァ!!

いや失礼、そんなサルに等しい野蛮な人種に気遣えというのはムリな話か!?」

 

「気遣うとかそんな話ではないだろう。…そんなにバレたくない大事なものなら鍵付きの宝箱にでも入れておけ。」

 

「な、あ…!?………はは、いいだろう…君のような野蛮なヤツに礼儀を教えてやるのも悪くない。…決闘だッ!!」

 

 ギーシュの目がぎらつくのを、傭兵は冷めた目つきで返す。

 

「…いいだろう。ここでやるのか?」

 

「ふん、貴族の食卓を平民の血で汚せるものか。ヴェストリの広場で待っている、精々ケーキ配りという最後の猶予を楽しみたまえ…!」

 

 ギーシュの友人たちは一人を除いてギーシュと共に広場へと向かった。

 ベレトが逃げないように見張りをするつもりらしい。ギーシュの友人がくぎを刺す。

 

「逃げられると思うなよ」

 

 シエスタはガタガタと震えていた。…当然のことだ、貴族に平民が勝てる可能性はゼロに等しい。

 

「よ、傭兵さん…!やめて、このままじゃ殺されちゃう!!」

 

「シエスタ、ケーキを配りに行こう」

 

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないですよぉ!」

 

 泣きそうになりながらも彼女は仕事を完璧にこなした。

 ルイズの席にケーキを置こうとしたベレトはルイズに怒られた。

 

「…アンタなにしてんの!!見てたわよ!」

 

「…給仕?」

 

「そっちじゃなーい!なんでギーシュと決闘なんかやろうとしてんのよ!?」

 

「ああ、さくっと身の程知らずを教育してこよう」

 

 ルイズはため息をついた。

 

「勝てるわけないじゃない、アンタ大怪我するわよ」

 

「忠告ありがとうルイズ。…配り終えたぞ少年、ヴェストリの広場へ案内してくれ」

 

「ああ、こっちだ平民」

 

 食堂を出ていくベレトたちを、ルイズは慌てて追いかけた。

 

「あ!?ま、待ちなさーい!!」

 

 

 ヴェストリの広場には、噂を聞きつけた多くの生徒で溢れている。

 その中心で造花の薔薇を掲げたギーシュは、ベレトを視認すると高らかに宣言した。

 

「諸君、決闘だ!!」

 

 うおーッ!という歓声が広場に響き渡った。規模こそ小さいものの、闘技場(コロッセオ)のものとほぼ同様の熱が場を支配する。

 彼らが望んでいるのは、ギーシュが傭兵をボロボロに打ち倒す様子だろう。

 

「とりあえず逃げなかったことは誉めてやろう、平民!!」

 

「……。無駄口をたたいてないでかかってこい(さて、どの武器を使おうか)」

 

「ふんっ、では始めよう!!」

 

 ギーシュが薔薇の造花を振ると、金属でできた女戦士の人形が出現した。

 青銅でできた女戦士は、微かな陽光を浴びてきらめいている。

 

「……おお、その人形は?」

 

「ふん、僕はメイジだからね。当然魔法を使わせてもらおう。…改めて、僕はギーシュ。

『青銅』のギーシュだ。これは僕の美しきしもべ、『ワルキューレ』!」

 

「傭兵のベレトだ。…それなら、自分は剣を使わせてもらおう」

 

 腰に下げた剣を抜き、彼はギーシュに向かって走り出した。

 ギーシュはニヤリと笑う。

 

「はーはっは!!馬鹿正直につっこんできたか!たたきつぶせ、『ワルキューレ』!!」

 

 ベレトは『ワルキューレ』がどの程度の強さかはわからない。

 しかし青銅という金属の特性は知っていた。…()()()()()()()()()()

 魔法で生み出されたものであっても青銅である以上その特性を受け継いでいるはずで、鍛えられた『銀の剣』なら壊せると彼は判断し、横に一閃。

 

 彼の左手に、淡い光が灯る。

 …あまりにも小さな光だったため、ほとんどの者は認識することもできなかったが…。

 

 剣は『ワルキューレ』の胴体を一刀両断し、青銅の戦士はあっけなく崩れ落ちた。

 

「…………は?」

 

 ギーシュは自分の造ったゴーレムが一撃で破壊され、信じられない顔で無残な姿の『ワルキューレ』を見た。

 

「う、うわあああああ!!!??」

 

 ギーシュは半分錯乱しながら六体の『ワルキューレ』を創り、それを全て突撃させる。

 対するベレトはなんか自分の中から湧き出る力に困惑していた。

 

(い、一撃…!なんだこれは、いつもより身体が動く…!)

 

 ベレトは槍を持ったゴーレムたちを斬り捨て、殴り、蹴り飛ばす。

 たったそれだけで、『ワルキューレ』たちは全て金属の残骸となった。

 …いくら金属の塊だろうが、操る本体が未熟なのである。

 

「あ、ああ…なんだ、これは…!!?ふざけるな、こんな馬鹿な話があってたまるかあああ!?」

 

 ギーシュの絶叫が広場に響く。周りの生徒たちも次第にざわめき始めた。

 

「なにがおきてるんだ…!?おれら、平民がボコられるとこを見に来たんだよな?

…ギーシュのやつ、押されてね…?」

 

 ベレトはゆっくりとギーシュに近づく。…彼の顔には、一切の感情というものがなかった。

 ギーシュは恐怖で後ずさる。

 

「ひ、ひぃッ!?」

 

「…どうした?…貴族とやらは、平民が自分より強かったら逃げるのか。

先に決闘を申し出たのはそちらだぞ」

 

 ギーシュは絶望した。…()()()()()

 メイジが魔法を使うためには、精神力が必要だ。…ギーシュにはもう、精神力が残っていない。

 

「…は、はは…に、逃げるわけないだろう、これは…これは、ぁ……。戦略的撤退と言うんだああああ!!!」

 

 ギーシュは全力で逃げようとした。…が、後ろを向いた先にいた少女の顔を見て、足が止まる。

 モンモランシーは、豚を見るかのような目で、ギーシュを見ていたのだ。

 

 …彼は、(きびす)を返した。涙でぐしゃぐしゃの顔は、それでも敵を見据えている。

 あんな目で見られるよりかははるかにマシだと気づいてしまったからだ。

 

「…逃げないのか?」

 

(…なんでこんなことになったんだっけ?女の子と遊んでただけなのに、なんでこんな化け物と決闘しなきゃいけないんだ。

……ああ、生き延びられたらしばらく女遊びを控えよう、真面目に授業を受けて…それで…)

 

「……うああああ!!!!」

 

 プライドを捨てたギーシュは、ベレトに殴りかかった。傭兵の左頬にストレートパンチを撃ちこんだが、よろめきすらしない。

 …しかし、その行動に意味はあった。

 

「…なんだ、それなりに骨があるじゃないか」

 

 ベレトは少しだけ笑みを浮かべた。

 呆然とその笑みに気を取られたギーシュのみぞおちに反撃の拳が突き刺さる。

 

「ゴホッ…!?」 

 

 崩れ落ちるギーシュを支えたベレトは、ルイズに向けて手を振りながら彼女の方へと向かう。

 

「…なかなかいいものを見せてもらった。未熟だが磨けば光るものを持っているぞ、彼は」

 

「…ギーシュをまるで子ども扱い…。アンタ、とんでもなく強かったのね…。」

 

「場数が違う。『ワルキューレ』をもっとうまく使われていたら、地に伏せていたのはこちらだった。

……ううむ…こういったところで用兵を学ぶのは難しいか…?いっそ自分が教えるのも……」

 

「なんか悩んでるみたいだけど、まずはとりあえずソレ医務室に突っ込んどきなさい。

どうせ場所はわかんないだろうし、案内してあげる。」

 

 ソレ呼ばわりされたギーシュを背負ったベレトは、とりあえず主についていった。

 …その様子を、遠くから見ていた者たちがいた。

 

「…ふたを開けてみれば圧勝じゃったな…。」

 

「ええ、いくら『ドット』といえどメイジをあんなあっけなく倒すとは…」

 

 オールド・オスマンとコルベールである。彼らはひとまずほっと息を吐いた。

 

「…『眠りの鐘』、使わずに済んでよかったですなぁ…」

 

「使ったら色んなとこから怒られるからのー」

 

「世知辛いことはひとまず置いといて、ですが…。あの動き、どう思いますかオールド・オスマン」

 

 ううむとオスマンはうなる。

 

「…ほぼ素の身体能力じゃないかのォ…?ルーンで強化されてるのかすら曖昧じゃ。

光っとるようにも、光っとらんようにも見えた」

 

「…幼いころから戦場を渡り歩かなければああはならないでしょうな…。

…ですが、あの青年は悪鬼の類ではなさそうだ」

 

「ギーシュを斬り捨てることもできたじゃろうにのう。…あの男が『ガンダールヴ』ならば、いずれ嵐がおきよう。

その時は、君が彼ら主従を手助けしなさい。…頼んだぞミスタ・コルベール」

 

 こくりと頷いたコルベールに、オスマンは嬉しそうに笑うのだった。

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