チップレース五日目、ルイズはお客さんを怒らせて罰として皿洗い……なんてこともなく普通に働いていた。彼女はやってきたお客さんに向けて注文を聞く。
「いらっしゃいませ、ご注文はいかがですか?」
「あん?あー…んじゃコレ頼むわ。あとワイン」
「かしこまりました、少々お待ちください」
ルイズは料理とワインを持ってきてからお客さんと話し出した。
「ねえお客様、ちょっとお話しない?」
「おお、いいぞちっこい嬢ちゃん。……つっても嬢ちゃんみたいな子に何を話すべきやら」
「そんなに難しいことは考えなくていいですよ。最近何があったとか、変な噂とか聞かせてほしいです!」
「ほー、嬢ちゃん変わってるな。……そうだ、女王陛下の新設した衛士隊についてなんてどうだい?」
ルイズも知っている話であった。かつて壊滅したヒポグリフ隊に代わる新たな部隊の名を彼女は呟く。
「……『銃士隊』、でしたっけ」
「なんでも、平民の女だけで構成された部隊らしいぜ?知り合いから聞いた話だと陛下の身辺警護のためらしいが、トリステインじゃ前代未聞なんだそうだ。今まで上層部ってのは貴族…メイジしかいなかったからなぁ」
「なんだかゲルマニアみたいね」
「まったくだ!ちょっと前まで平民でも偉くなれる仕事と言えば空軍…って相場が決まってたもんだが、こんなことして大丈夫なのかね…」
男はため息をついてから銃士隊の話題に戻った。
「それで銃士ってくらいだから、連中は銃を使う。他の武器だと男には押し負ける可能性があるからだろうな。……後、結構美人も多いらしいぞ。数日前にちらっと隊長のアニエスを見る機会があったが、気の強そうな美女だったぜ」
「へぇ…」
ルイズは彼からチップを貰ってから、別のお客さんに話を聞く。彼は貴族のようだった。
「ふむ、聞きたいこと?」
「はい、わたし噂を集めるのが好きで…」
「ふーむ…では、最近女王陛下が何者かに誘拐されかけた話は知っているかね?」
知っているも何も当事者なのだが、ルイズはそこは黙っておく。
「ええ、ヒポグリフ隊が壊滅したって…」
「そうだ。私はこの事件の黒幕に心当たりがあるのだ!陛下を人質に取りたい連中と言えば『レコン・キスタ』以外にない!!そしてここ最近、アルビオン人をこのトリスタニアで見たのだ!!」
ルイズはちょっと嫌な予感がした。
「……あの、そのアルビオン人ってどういう姿でした?」
「…ん?一番特徴的だったのはわざとらしくカールしたヒゲだったな」
(……それもしかしてヴィルキンソンさんじゃない…?ウェールズ皇太子に気絶させられたり操られた味方の死体と戦ったり大変だったのに…)
アルビオン…というか『レコン・キスタ』と戦争中にアルビオン人を見かければ誰だってそう思うだろう。…しかしそれはそれとして不憫だなと、ルイズは心のうちで思った。
「怖いですね、『レコン・キスタ』…」
「まったくもってその通りだ!これ以上奴らの好き勝手にさせれば何が起こるか分かったものではない!!私ならすぐさま敵地を攻め込むものを……陛下は何を考えておられるのか!」
「戦争って色々必要だから準備をしているのでは…?」
「甘い!拙速は巧遅に勝る、タルブの戦からも時間が経って傭兵どもも兵も緩みだしているのだぞ!!こんなことではいざ侵攻する時不安が残るというものだ…」
貴族はブツブツと現状に不満を零している。
「…実際陛下はそういった駆け引きは不得手であろう。ハッキリ言って華よ蝶よと愛でられた彼女には荷が重いのだ、わかるかね!!」
「え、えーっと…ちょっと興奮しすぎですよ?一杯飲んで落ち着いた方が…」
「………おっと失敬。……私だってこの国を憂いていることには違いない、目下の敵は『レコン・キスタ』であることを忘れぬようにせねばな…」
貴族は散々話して満足したようで、1エキューをチップとして置いていった。
別の客に話を聞くと、彼は虚ろな目でボソボソと話し出す。
「あ、あんな風に勝てたのは、まま、マグレさ…。『レコン・キスタ』はもも、もうすぐ全ての国家をと、統合し聖地奪還に動くんだ…」
「まあ、怖いことを言いますね」
「ここ、怖くないとも…。『レコン・キスタ』の理念はすすす、ばらしいんだ……。新皇帝クロムウェル様はきょきょ、『虚無』なる系統の使い手だ、だという噂があ、ある…。そ、それこそ始祖ブリミルが操った、ま魔法なんだ…!」
にちゃあ…としかたとえようのない粘ついた笑みに、ルイズは内心嫌悪感が湧いてくる。
「そそそ、それはつまり…つまりだよ!?始祖ブリミルが、かのクロムウェル帝を『選んだ』ということだ!!かか、彼についていけばまま、ちがいはない…!」
彼は妄言を『虚無』の担い手であるルイズに吐き出し続ける。ルイズはもうチップなんていいからその場から離れたかった。
「そ、そうですね……」
「……な、なんだその目は!!ぼくを憐れんでいるのかぁ!?」
男はナイフを取り出してルイズに突き付けた。ルイズは様子のおかしい青年に厳しい目を向ける。
「ちょっと!バカなことはやめなさい!!」
「偽善者め!!売女め!!ぼぼ、ぼくが駆除してや……」
彼は最後まで言い切ることが出来なかった。
「ハイそこまで!」
「ぐへぇッ!?」
店長が彼の後頭部をぶん殴って気絶させたからである。
「大丈夫ルイズちゃん?」
「あ、はい!ありがとうございますてんちょ…ミ・マドモアゼル!」
「ええ、大きな怪我がなくってよかった。……にしても、変なクスリでも流行ってるのかしらねぇ…?たまに裏路地でも似たようなのを見かけるのよ…」
スカロンはため息をついて男を外につまみ出す。ルイズはそんなスカロンを見ながら、言いようのない不安を覚えた。
五日目の仕事が終わり寝ようとするベレトに、ルイズは疲れた顔で肩に寄りかかった。
「ルイズ、大丈夫か?」
「……すごく眠いわ
「そんなに?」
「そんなにぃ……」
ぐでーっという擬音が聞こえそうなくらいルイズは疲れている。ベッドに寝転がった彼女はそのままベレトと話し出した。
「お客さんからね、色んな話を聞いたの。銃士隊だったり、この前の誘拐事件の話だったり…。あとは…なんかおかしなクスリ?が出回ってるみたい…」
「……薬?」
「ええ、魔法薬を本来の用途から外れた目的で服用してるのかそもそも禁じられた薬かはわからないけど…。……なんだか不穏ね」
ベレトは薬という単語に険しい顔をする。何者かが悪意を持ってばら撒いているのだとすれば、近いうちにトリスタニア全体に薬物が蔓延するだろう。
「……こういう厄介そうな事件はアンリエッタ姫に報告した方がいいな。夏になる前はなかっただろうこんなの…」
「そうね、姫さまはご存じなのかしら…。というか『レコン・キスタ』の仕業じゃないでしょうね…?」
「……可能性はあるな。ただ、今は『魅惑の妖精』亭の仕事に集中するべきだ。今の自分たちにできることは少ない」
「まあそうなんだけど…!……話は変わるけど、姫さま誘拐未遂事件でヴィルキンソンさんが怪しいって言ってる貴族のお客さんがいたわ。アルビオン人だからって…」
ベレトはヴィルキンソンが無実の罪で逮捕されないか不安になった。
「………頑張れヴィルキンソン」
「これこそ何もできないことよね…。まあ姫さまは事情を知っているから逮捕されて処刑はないでしょうけど…」
チップレース六日目、ルイズは五日目のように頑張ってチップと噂を集めた。街の情報は面白いほどに集まるが、チップは中々集まらない。
六日目が終わった時点で、ルイズが獲得したチップは20エキューほどでジェシカのチップには遠く及ばなかった。
「ふふん♪」
「うぎぎぎぎ……」
そんなこんなでチップレース最終日はやってきた。スカロンは開店前のあいさつに今までの途中経過を発表する。
「それでは、現在のトップ三人を発表するわよ!まずは三位!マレーネちゃん!84エキュー2スゥ、6ドニエ!」
ちなみに100ドニエ=1スゥである。鳴り響く拍手を浴びて、マレーネと呼ばれた金髪の少女は優雅に一礼した。
「第二位はジャンヌちゃんよ!98エキュー65スゥ、3ドニエ!」
再び大きな拍手が起こり、ジャンヌは恥ずかしそうに会釈をする。
「そして第一位は……」
スカロンはゆっくりと女の子たちを見回してから、にやりと笑みを浮かべた。
「不肖、わたしの娘のジェシカ!なんと160エキュー78スゥ、8ドニエ!!」
大歓声が響く中、ジェシカはとっておきのきわどいドレスに身を包んだまま一礼する。その輝かしい姿に、ルイズはうつむいてしまった。20エキューぽっちしか稼げなかった自分を情けなく感じたからだ。
「……ルイズ…」
「………泣いても笑っても、今日が最終日…。……やってやろうじゃないのよ…!」
ルイズは決意のこもった眼で前を見据えた。その様子を見て、ベレトはチップレース最終日がこのまま終わらないのではないかと予感した。
中間報告をしたスカロンは楽しそうに少女たちを激励する。
「さあ、今日でチップレースは最終日!!そして今日はティワズの週のダエグの曜日でもあるわ!つまり月末だからお客様もたくさんいらっしゃるということよ!!頑張れば上位三人を追い越すのも不可能じゃないわ!!」
「「「はい!ミ・マドモアゼル!」」」
「それじゃ、張り切っていくわよぉッ!!」
こうして、チップレース最終日は幕を開けた。
……とは言っても、ベレトには基本関係のない話である。彼の仕事は裏方での皿洗いなのだから。傭兵はニッコニコで厨房に戻ってきたジェシカに戦果を聞いてみることにした。
「おかえり、調子はどう?」
「へへん絶好調っ!あのちびっ子も頑張ってるけど、今回はあたしの勝ちね!」
可愛らしくピースする彼女に、ベレトは苦笑いを返す。
「遠目から見ていたが、客から物凄くチップを貰っていた…というかもはや巻き上げていたな…」
「男って基本的に単純よねぇ、特にこの店の客は女の子目当てで来てるからカモよカモ!」
「裏でカモ呼ばわりされる連中が哀れに思えてきた…。貯金箱くらいにしか見られていない…」
そんな話をしていると貴族の一団が入店してくる。先頭に立つでっぷり肥え太った中年貴族に、スカロンは一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべるが、すぐに営業スマイルに切り替えた。
「これはこれはチュレンヌ様!ようこそ『魅惑の妖精』亭へ…」
チュレンヌと呼ばれた豚貴族は偉そうなナマズひげを捻りながら後ろにのけぞった。
「ふむ、おっほん!店は流行っているようだなぁ店長?」
「いえいえとんでもない!今日は月末だからこんなもので、いつもは閑古鳥が鳴いていますのよ!ええ、このままでは娘と一緒に戦場での『出稼ぎ』も検討しなければいけませんわ!」
「なぁに、今日は客として参っただけだ。そのような言い訳は要らん」
「お、お言葉ですが…。本日は珍しいことに満席となってまして……」
スカロンが申し訳なさそうな顔をすると、チュレンヌは頬を歪ませるような笑みを浮かべる。
「そうかそうか……。……
「はっ」
チュレンヌが席に座っていた客を指さすと、後ろにいた取り巻きの一人が『ウィンド・ブレイク』を唱える。
「ぐあああッ!」
風で吹き飛ばされた客に、チュレンヌは満足そうに頷いた。
「うむ、一席空いたな。では次は……」
酔いの冷めた客たちは一目散に逃げていく。さすがのスカロンもチュレンヌの凶行に戦慄の表情を隠せなかった。
「……な、なんということをっ……」
「ふぉっふぉっふぉ、どうやら閑古鳥というのは本当のようだなぁ店長。営業努力が足らんのではないかね?」
チュレンヌたちはがらんと空いた店内を我が物顔で闊歩し、真ん中の席に座った。ベレトはとんでもないことをやらかした一団を見ながら呆然と呟いた。
「なんなんだあいつら…。この前来た強盗が可愛く見えてくるぞ……」
「この辺の徴税官のチュレンヌよ…。ああやって気まぐれに管轄区の店にやってきては好き放題やらかすの…。あいつ、チップどころか料理の代金すら払ったことがないのよ…!」
ジェシカは今にもチュレンヌを包丁で刺しかねないほどの敵意で忌々しそうに説明する。
「とんでもない奴だな……」
「……あいつに逆らったらとんでもない税金をかけられて店を潰されちゃうわ…。言うことを聞くしか対処方法がないの……」
どこの世界にも救いようのない悪党はいる。エーデルガルトが嫌いな、『権威を笠に着てやりたい放題する腐敗貴族』そのものだ。
チュレンヌは誰も酌をしに来ないのでイラついたのか難癖をつけだす。
「おやぁ?これはゴーニュの古酒じゃないかね?そっちの娘はガリアの仕立ての服を着ているじゃないか!店長、ずいぶん儲かっているようだねェ!!これは税率を見直す必要があるなぁ、ン!?」
「……あら、脅しですか?」
「いやいやとんでもない!これは徴税官としての仕事の一環、女王陛下の臣下たるわたしの責務なのだからなぁ!!」
取り巻きたちも意地の悪そうな笑顔でそうだそうだと同調する。
「そう言えば、この店にはなんたらのビスチェなる魔法のかかった服があるらしいな!こんな閑古鳥が鳴くような店に置いておいてもしょうがない、わたしが買い取ってやろうではないか!」
「「な…ッ!?」」
スカロンも、厨房にいたジェシカも思わず眉間にしわを寄せた。
「あいつ本気で言ってるわけ!?『魅惑の妖精のビスチェ』を手放せって、冗談じゃないわよ!!」
ジェシカの文句を聞いて、ベレトは決心を固めた。
「ジェシカ、一度自分の部屋に置いてある物を取りに行ってくる。…安心してくれ、すぐ戻るから!」
「ちょ、ちょっと話聞いてた!?チュレンヌに逆らったら駄目だって!」
「だが、このままだとこの店の家宝を
「それは……」
ベレトはこれ以上は時間の無駄だと判断し、自分の部屋に戻る。彼は壁に立てかけられていたデルフリンガーを掴んだ。
「…お?久しぶりに出番かい相棒?」
「ああ、団体の迷惑客だ」
「そりゃいいな、やっちまおうぜ!」
ウェールズとの戦い以来まったく出番がなかったデルフリンガーは嬉しそうにガチャガチャと音を立てる。
剣を担いだベレトは急いでスカロンたちのいる店内へと走った。