イライラするチュレンヌに酌をしようとする女の子はいなかった。身体をベタベタ触った挙げ句チップを一枚も寄越さない下衆に、誰が近づきたいなどと思うだろう。
しかし、接客をしてもチップを貰えないなどと知らない少女が一人だけいた。…新入りのルイズである。
(こんなヤツでも客は客…!みんなが萎縮してる今がチャンスよ!)
ルイズは持ち前の度胸でオーク擬きに近づいて営業スマイルを見せる。
チュレンヌは胡散臭そうな目でルイズを見た。
「なんだお前は?」
「いらっしゃいませ、ワインはいかがですか?」
遠くから見ていたジェシカは頭を抱えた。
「あ、あの子何やってるの!?……そうか、あの子新入りだからあの豚野郎がセクハラするくせにチップも代金も払わないの知らないんだ…!」
ルイズにワインを勧められたチュレンヌは彼女が好みではないのか嫌そうな顔を向ける。
「なんだこのガキは?この店はこんなガキも雇ってるのか?」
「お客様、わたしは…」
「はぁ、ヤダヤダ!気分が台無しだ!!」
チュレンヌは彼女に注がれたワインをそのまま彼女にかける。ルイズはこめかみがピキッと鳴った。
(こ、この豚ァ…!!)
「………む?よく見たら胸が小さいだけか。どれ、このチュレンヌ様が大きさを確かめてやろう」
チュレンヌは下卑た笑みを浮かべながらルイズに手を伸ばそうとする。その瞬間、ルイズの膝が
「ごべぇ!?」
「くたばれクソ野郎ッ!!」
椅子から転げ落ちたチュレンヌを見て、周りの取り巻きも笑っている場合ではない事に気づいた。
「チュレンヌ様!!このガキ、調子に乗りおって!!死ねぃ!!」
取り巻きの一人が『
火球は彼の持つ魔剣に吸い込まれ、青年はルイズに微笑んだ。
「怪我はないかルイズ」
「せ、
ルイズはベレトに助けられたのが嬉しかったのか、パァッと顔を明るくする。ベレトはじっとチュレンヌたちをにらみつけた。
「さて、迷惑な団体客にはお帰りいただこう」
「ぐぬぬ…ヤツを殺せぇ!!」
チュレンヌの取り巻きが魔法を使おうとするが、その側頭部に拳が叩き込まれる。拳を振り抜いた体勢で、スカロンはため息をついた。
「………まったく、わたくしも焼きが回ったわね…」
「て、店長!貴様もこのわたしに逆らう気か!?この店がどうなってもいいというのか!!?」
「……そもそも、最初から
スカロンはサムズダウンで豚貴族を挑発する。
「今日ここに来たことを一生後悔させてやる。覚悟しやがれチュレンヌ!!」
「本当にいいのか?この後が一番大変だぞ」
ベレトはデルフリンガーの峰で敵を殴りながらスカロンに聞く。スカロンはにやりと笑みを返した。
「いい!貴族様は平民にぶちのめされましたー、なんて屈辱過ぎて誰にも言えないからな!」
「なるほど。では生かさず殺さずに留めよう」
そう言いながらベレトは遠慮なくメイジたちを剣で叩きのめす。デルフリンガーは困惑した声で訊いた。
「……なあ相棒、なんでさっきから俺の刃じゃなくて峰で連中をぶっ叩いてるんだ?」
「だって斬ったら派手に血が出るだろう?店に迷惑がかかるじゃないか」
「ははぁ……。ちゃんと考えてんだね相棒」
スカロンとベレトが戦っているのを見て、お店の女の子たちは必死に応援した。彼らが負けてしまえば店は潰されるし最悪自分たちにも危害が及ぶからだ。
「パパ、頑張ってーッ!!」
「ミ・マドモアゼルもベレトさんも負けないでください!!」
「「「いけいけ、ミ・マドモアゼル―――ッ!!!」」」
少女たちの応援が店内に響く。その声は『
「―――ッ!!」
それはフォドラでは『応援』と呼ばれるスキル。しかし、ベレトの肉体から迸る力は全盛期とはいかずとも『灰色の悪魔』だったころと遜色ない。
……そのスキルの名は『七色の叫び』。受けた相手に短時間の超強化を与える強力な応援であり、フォドラではない異郷の地で生まれたとんでもないスキルである。
「お、応援がなんだと言うのだァ!!」
敵の一人が『エア・ハンマー』を放とうとするが、手の甲にフォークが突き刺さる。ベレトが一瞬のうちに投擲したのだ。ガンダールヴの力と合わさって反応できた敵はいなかった。
「ぎ、ィ…!?」
「一挙手一投足が止まって見えるぞ?」
ベレトはもはや呆れていた。チュレンヌの取り巻きたちは数こそ多いもののライン・メイジが精々の集団だ。この状況では全員床に叩き伏せるのも時間の問題だった。
「オラァ、トレビア――――ンッ!!」
「「「ギャアアアアアア!!?」」」
スカロンは気絶したメイジの一人をジャイアントスイングで振り回している。その様子を忌々し気に睨みながら、スカロンは金切り声で命令した。
「な、何をしているお前たち!!奴らを早く殺さないか!!」
「し、しかしこいつら強すぎます!」
「ええい、そこのまな板だか洗濯板みたいな小娘を人質にしろ!!まず奴らの動きを止めるのだ!!」
チュレンヌの何気ない言葉は、ルイズの導火線に勢いよく火を点けた。
「誰が…洗濯板ですってぇぇぇええええ!!!」
「あ。スカロン伏せろ、巻き込まれるぞ!!」
ルイズはふとももに結び付けて隠していた杖を抜くと『エクスプロージョン』を炸裂させた。咄嗟に伏せたベレトとスカロン以外直撃である。
「「「ぐぎゃあああああ!!?」」」
「ひ、ひいいいいい……!」
「よくもまぁ好き放題言ってくれたわねこの豚ァ!!お酌もしたしワインもかけられたけど今のまな板呼ばわりが一番腹立ったわ!!ぶっ飛ばしてやるんだから!!!」
取り巻きを見捨て逃げようとするチュレンヌにルイズは容赦なく『エクスプロージョン』で追撃する。壁に叩きつけられたチュレンヌはガタガタと震えあがった。
「な、何者!!?貴女様は何処の高名なお武家様で!!?」
正体不明の光で吹き飛ばされたチュレンヌはもはや抵抗の意志はそがれたようだった。ルイズは冷たい目線でポケットからアンリエッタの許可証を取り出した。
「へ…陛下の許可証ゥ!!??」
「わたしは女王陛下の女官で、由緒正しい家系の三女よ!アンタみたいな木っ端役人の豚に名乗る名前なんかないわ!!」
「しし、失礼しましたーッ!」
ルイズはすっと杖を振り上げる。チュレンヌは平伏してそのまま財布を中身ごと彼女に放り投げた。
「い、命だけはお助けをぉ…!どうかこれでお許しを…。……おい、お前たちも出すんだ!」
「は、はっ!」
チュレンヌたちはすぐに財布を一ヶ所に放り投げる。
金貨が詰まった財布に見向きもせず、ルイズは言い放った。
「今日見たことと聞いたこと、全部忘れなさい。そして二度とこの店で狼藉を働かないと誓いなさい。……もし破れば、どうなるかわかるわよね?」
「は、はいぃぃ!!陛下と始祖の御前に誓って、今日のことは口外いたしません!!」
その様子を見ていたスカロンは紙を一枚チュレンヌの前に落とす。
「………こ、これは?」
「これまで好き勝手飲み食いした分のツケの領収書ですよ。ええ、踏み倒せるとは考えないでくださいね」
「う、うぐぅ…」
チュレンヌはボコボコに伸された取り巻きたちを見て顔を青くする。先ほどの暴力が自分に向けられてはかなわないとチュレンヌは冷や汗をかいていた。
「わ、わかった…夏の間に全額支払う…」
「うふふ、今後ともごひいきにー」
チュレンヌたちが去っていくのを見届けてから店に戻ったベレトたちを、女の子たちは大きな拍手で出迎えた。
「パパ、ベレト、新入り!やったわね!」
「嫌いな連中が逃げ帰っていく様を見るのは爽快ね!」
「皆さんお怪我はないですか!?」
ルイズはきょとんと目を丸くする。彼女ははっと何かに気づいたのかベレトに耳打ちした。
「や、やっちゃったわ…。魔法使っちゃった、どうしよう
「え、今更?それくらい覚悟の上でやったとばかり…」
「勢いでやっちゃった…」
「またか…」
そんなやりとりをしている二人の肩を、スカロンは軽く叩いた。
「別にいいのよ、ルイズちゃん。だって前からわかってたし」
「え、えええ――!?ど、どうして!?」
「だって、ねぇ…」
スカロンは店の女の子たちに視線を向ける。彼女たちは一斉に言葉を放った。
「「「だって態度とか仕草でバレバレだったからね!」」」
「………?…………!!!???」
ルイズはバレているなんて思いもよらなかったのか口をパクパクさせている。
「まあ、だろうな…。親子共々対人が上手いから…」
「そりゃ、みんな人を見る目は嫌でも養われるし…。安心しなって、アンタを貴族だってバラすような子はこの店にはいないからさ!」
ジェシカにそう言われているルイズを見ながら、ベレトは一人思案する。
(スカロンは元傭兵だし、ジャンヌみたいな脛に傷がある子を助けて店に誘っているんだろうな…)
「さて、お客さんも全員帰っちゃったのでチップレースの結果を発表するわ!……と言っても数えるまでもないけど!」
(……ま、普通に考えたらジェシカよね)
ルイズは発表を待っていたが、すぐにスカロンの笑みに気づく。
「……あの、なんでこっちを?」
「え?あれってチップよね?」
ルイズは呆然と金貨の詰まった財布に視線を向ける。スカロンは彼女の手を握って掲げると優勝者の宣言をした。
「優勝はルイズちゃん!!」
店内に拍手が響き、ルイズはポカンとしていた。
翌日の夕方、ルイズはベッドに横になったままだった。ベレトは首をかしげてどうしたのか聞いてみる。
「ルイズ、大丈夫か?」
「……
「いいのか?『魅惑の妖精のビスチェ』は今日しか着られないとスカロンからも説明されたが…」
「………いい」
「そうか、熱があるなら気をつけるんだぞ」
本人がそう言うならベレトも口を挟めない。階段を下る彼にスカロンは怪訝な顔で話しかけた。
「あら、ルイズちゃんはどうしたの?」
「今日は休むらしい。昨日のあれこれで疲れが溜まったのかもしれないな」
「あらら…、勿体ないわねぇ…。アレを着て接客したらチップがバンバン貰えるのに…」
スカロンは店の準備に忙しいのかすぐにその場を後にする。ベレトも皿洗いのために厨房へと向かった。
仕事を終えたベレトが屋根裏部屋に戻ると、部屋には明かりが点いていた。
「………ルイズ?」
ベレトが扉を開けると、屋根裏部屋は見違えるように綺麗になっていた。床には埃一つなく、そこらへんに転がっていたガラクタも片付けられている。
「これは…」
「わたしがやったのよ。あんな汚いままじゃ本当に病気になっちゃうじゃない」
ルイズの方を見たベレトは目を丸くする。『魅惑の妖精のビスチェ』に身を包んだルイズと、テーブルの上に並ぶ料理とワイン。ろうそくの光に照らされたその光景はどこか現実離れした空気を漂わせていた。
「ちょっと、呆け過ぎよ
「あ、ああ……。この料理、いったいどうしたんだ?」
「……それね、わたしが作ったの。ジェシカに教えてもらった」
ベレトはご馳走の数々にゴクリと唾を飲む。それを眺めるルイズの微笑みにベレトの心臓が大きく跳ねた。
黒のビスチェはルイズにぴったりと張り付き、彼女の身体のラインを際立たせる。
「……じゃあ、食べるか」
「そうね、冷めないうちに」
二人はしばらく無言で料理を食べていたが、先に話しかけたのはベレトだった。
「……そういえば、どうして今日は休んだんだ?体調不良ではないんだろう?」
「……今回のチップレースで優勝できたのはまぐれだし。あれを最終日追い上げって主張したくないわ。それに、わたしはジェシカを見返したかっただけだもの」
「そ、そうか…」
ルイズは逆に質問した。
「味はどう?」
「美味しいよ」
「部屋片付けてみたんだけど、どう?」
「見違えたよ、いい部屋だ」
「……でもって、わたしはどう?」
ルイズに顔を覗き込まれ、ベレトは言葉に詰まったような顔で悩む。
「………きれ……いや、トレビアンだな」
「…………うん、言い直さなくて良かったんだけど?」
ルイズは魅了の魔法なんてこんなものかーと残念そうな顔をする。一方ベレトはルイズにうっかりとんでもないことを言わないかと冷や汗をかいていた。
(このビスチェ本当に恐ろしいな!)
魅了が効いているのかそれとも既にルイズに惚れ込んでいるのか…誰にもわからないまま夜は更けていった。
『七色の叫び』
出典:ファイアーエムブレム覚醒
効果:応援コマンド実行時、自分の周囲3マスにいる味方の全ステータス+4
風花雪月の応援と異なり複数に強化が入る。流石にやり過ぎたのか次回作以降では強化値が下がったりDLC限定になったりなどの調整が施された。
なお覚醒のスキルには女性限定職でしか習得できないぶっ壊れスキルがあったりする。