タバサと士官たちは店を出て十メイルほど離れて対峙していた。その様子を近所の住人や店にいる客たちがワクワクしながら遠巻きに眺めている。
こんなハンデありの決闘など中々お目にかかることはない。少数派が幼い女の子ならなおのことだ。
「諸君、相手は子供だが…これでは弱いもの虐めになってしまうな。勝っても負けても大恥だ、どうしたものか」
キュルケにフラれた非モテ貴族がそう言うと、いくらか歳をとった貴族が答える。
「ならば、先に杖を振らせてやればよいだろうな。そうすれば最低限の面目は立つ」
それまで黙っていた男が楽しそうに言った。
「ふん、虚言癖の子どもに教育するのも大人の役目だ。あんな小さな子どもがシュヴァリエ?冗談ではない!」
彼らはタバサがシュヴァリエであることをまったく信じていない。自分たちがシュヴァリエに任命されていないのに幼い見た目の女の子がシュヴァリエなどありえないという、ある種傲慢な思考である。
一方のタバサはいつも通り自然体で立っている。その様子からこれから決闘をする雰囲気は感じられなかった。
「お嬢さん、先に杖を抜きなさい」
年を取った貴族がそう言うと、タバサはなんでもないような動きで…そう、
しかし昼と異なる点はとんでもなく巨大な『
ギリギリ気絶せずに済んだ非モテの貴族がフラフラと気絶した同僚を連れて逃げ出すのを、タバサは冷めた目で見つめていた。
彼女は店に戻ってくると歓声を気にした様子もなくサラダをもしゃもしゃ食べだした。キュルケはニコニコしながら彼女の杯にワインを注いだ。
「お疲れー。じゃ、乾杯しましょ?」
自分の分のワインを注いでから、ギーシュはキュルケに訊ねた。
「なあキュルケ…。きみたちってどうしてこんなに仲がいいんだ?性格も姿も正反対なのに、まるで姉妹みたいだ」
「気が合うのよ」
「なにかきっかけがあったのか?キュルケは外国出身だから付き合いは学院に入ってからだろう?」
ベレトにそう言われて、キュルケはタバサの方を見る。しばらく目線を交差させてから彼女は頷いた。
「この子が話してもいいって言うから話すわ、ちょっとだけ昔のことを。……まあ、そんな大したことではないんだけどね…」
キュルケはまず、学院に入学した時のことを話しだした。ゲルマニアでやらかし魔法学校を追い出され、両親に結婚しろとせっつかれた彼女は逃げるようにトリステイン魔法学院に留学したのである。
入学式の日、キュルケの隣の席で本を読んでいたのがタバサであった。
「本を読んでるのがなんか気に食わなくていじめたのよね」
「最低だなきみ」
「今思うとタバサの逆鱗を好奇心でつついてたわねぇ、あの頃は若かったわ…」
「…………だいたい一年くらい前じゃないか?若かったというには早すぎるような…」
ベレトのツッコミに笑った後、キュルケは話を続けた。入学早々タバサをいじめて悪目立ちした彼女はその後も問題を起こしまくったのだ。具体的には、複数の男子に色仕掛けをして殴り合わせたのである。それが原因でキュルケは男子に想いを寄せていた女子から蛇蝎のごとく嫌われた。
ベレトはキュルケの部屋で起こった大騒ぎが過去に何度も行われていたことを確信してため息をつく。
「そんなわけだから女子にすっごく嫌われちゃったわけ」
「そんなだから友達がタバサしかいないのよアンタ」
いつの間にか椅子に座っていたルイズにそう言われても、キュルケは半笑いでスルーした。
「それで、確かタバサも決闘で男子に恥かかせてたわよね?あいつ名前なんだっけ?」
「ド・ロレーヌ」
「ああそうそう、そんな名前だった!そんなわけであたしたちを敵視する連中が出てきちゃってね、そいつらがあたしたちを潰し合わせようと企んだのよ」
私怨から生まれた同盟者たちの計画は驚くほど上手くいった。ダンスパーティでキュルケの服を風で切り裂き恥をかかせ、タバサの本を火で燃やしたのである。
しかも現場にはそれぞれタバサとキュルケの髪の毛を残していく徹底ぶりで、キュルケたちはまんまと騙され決闘を始めてしまったのだ。
「あの時は本当に腹立ったわねぇ…。こんなおチビさんにせっかくのドレスを台無しにされたわけだし、顔を焼いて二度と表を歩けないようにしてやるつもりだったわ」
「お腹を『ウィンディ・アイシクル』で射抜くつもりだった」
殺意の高い事を言い合う二人にモンモランシーは顔を青くする。何故そんな険悪だったのに親友になれたのか疑問が尽きなかった。
「な、なんでそんな関係だったのに友達になれたのよ…?」
キュルケはあの頃を脳裏に思い浮かべながら語りだす。
「深夜のヴェストリの広場であたしたちは決闘したんだけど…すぐにお互い勘違いだってわかったのよ」
「そりゃまたどうして?」
「『強者は強者を知る』…って言葉を知ってる?『トライアングル』にもなると自分に向けられた魔法の程度はわかるものよ。タバサの氷の矢とドレスをバラバラにしたつむじ風なんて相当実力に差があったわ」
キュルケの言っていることに、ベレトは納得した。そういうことは戦場でも多々あることだからだ。
「…なるほど、タバサはそんな生ぬるいことはしないか。報復なら文字通り射抜けばいいはずだ」
「ええ、タバサの本もあたしがやったなら火力が高すぎて部屋が黒焦げになっているわ、燃え残った本なんか残らない。それに…あたしは一番大切なものは奪わない主義よ」
決闘を見ていたド・ロレーヌと女子たちを捕らえ、タバサが攻撃しようとしたところをキュルケは止めた。
「タバサに言ったのよ、あたしが本の代わりに友達になるから仇をまとめて討ってあげるってね。それが『一個借り』ってわけ」
「………なるほどねぇ、ド・ロレーヌたちが焦げた状態で塔に逆さ吊りにされてたのってアンタの仕業だったのね……」
「ええ、そういうことね!…ね?あんまり大した話ではなかったでしょ?」
翌日救助されたド・ロレーヌたちは恐怖から自分からぶら下がったんだと事実を言わなかった。よほどキュルケに焼かれたのだろう。
ルイズは呆れた声で言った。
「それ、要するに自分がド・ロレーヌたちを傷めつけたくてタバサの分まで横取りしたってことじゃない?貸しになってないわよそれ!」
「そうとも言えるわね」
「酷い話もあったもんだ…」
ギーシュはキュルケの自由極まりない生き方に軽く引いていた。
「あたしってきっと…ものすごいワガママなのかもね?」
「「「今更気づいたの!?」」」
一同のツッコミが店内に響く。
「アンタ、こんな女の決闘代理をする必要ないじゃない…。ルイズの言う通り貸しでも何でもないわよ」
モンモランシーは本を読むタバサに言うが、彼女は心の中で首を振った。キュルケも勘違いしていたが、自分の分の仇を取ってもらったことが借りではないのだ。
(……わたしが借りたのは、『友達になってあげる』という言葉…)
タバサは友情のために、キュルケを侮辱した士官たちを叩きのめしたのだ。だが、そんなことを説明するのも野暮というものだ。タバサはその事実を胸の内に収めておくことにした。
一方親友の胸中など知らないキュルケはあくびを一つしてから、ぐーっと伸びをした。
「さてと…ワインもう一本くらい頼んでからお開きにしようかしら……」
彼女がそう言った瞬間、外が何やら騒がしくなる。一行が外に目を向けると、なんと先ほどタバサに負けた連中が数十人の仲間を引き連れてきているではないか!
「出てこいゲルマニアの女!!貴様にはアルビオンとの内通容疑がある、拘束させてもらうぞ!!」
キュルケにフラれた貴族が怒りで顔を歪ませている。キュルケはウキウキしながら叫んだ。
「あら、負け犬が何か御用かしら!あたし身に覚えがないのですけれどー!?」
「しらばっくれるなぁ!!我らナヴァール連隊を愚弄し、あまつさえ危害を加えた貴様らは『レコン・キスタ』に違いあるまい!!」
明らかに言いがかりだが、困ったことにそれを否定できる証拠はどこにもない。かのワルドですら『レコン・キスタ』に所属していたのだ、外国人など怪しいにも程がある。
ベレトは呆れた顔で呟いた。
「……連中は正気か?さっき負けた報復にこんな人数を連れてくるなんて…」
「出てこぬというならばこの店ごと叩き潰してくれるわ!!なんせアルビオンの賊を匿っているのだからなぁ!!はーはっは!!」
それを聞いたスカロンはすっと真顔になった。
「ベレト君、こいつらうちの店壊すって言った?仮にも陛下がまとめている王軍士官が?」
「言った言った、ルイズがアンリエッタ陛下に伝えればナヴァールなんたらは終わりだろうな」
「よし、ぶちのめしてもいいな!!」
スカロンは首をゴキッと鳴らして獰猛な笑みを浮かべた。ベレトとルイズは優雅にワインを飲むキュルケをじーっと見つめる。
「あら、どうしたの?」
「いやあんたも戦いなさいよ」
「えー…」
「えーじゃない。頼む、この店を守るのを手伝ってくれ。意外と気に入ってるんだ」
数秒考える素振りを見せてから、キュルケはにんまりと笑った。
「ふふ、じゃあ『一個借り』ってことで!」
「……まあそれでもいいか、戦闘準備!!」
後日、ルイズがアンリエッタにこの事件を報告すると、女王は激怒した。ただでさえ忙しいのに余計な仕事が増えたからである。
ナヴァール連隊はその責任を取って隊長がクビになりこの騒ぎに参加した士官たちは大幅な減給などの重い罰を受けた。