ゼロと師   作:シャザ

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4章 トリスタニアの休日

 日光が照らすチクトンネ街の中央広場で、ベレトは少し早めの昼食を取っていた。揚げた魚を挟んだパンと肉の串焼きは出来立てなのもあって中々美味しい。

 そんなベレトを後からやってきたルイズは少し呆れた顔で聞いてきた。

 

「ちょっと、何食べてるの?」

 

「もぐもぐ…、さっきそこの屋台で買ったんだ。ルイズも食べる?」

 

「別にいらない。それよりそろそろ行かないとお芝居が始まっちゃうわ!」

 

「あぁ、そうだな」

 

 今日は『魅惑の妖精』亭もお休み、時間ができた二人は最近話題のお芝居を見に行くことにしたのだった。ベレトも劇を見るのは久しぶりなので少し楽しみにしていた。

 ルイズはこういった芝居を見るのは初めてのようで、明らかにウキウキしている。

 

「ところで…、(せんせぇ)は今日見るお芝居の事はどれくらい知ってるの?」

 

「いやまったく。そもそもきみから誘ってきたんじゃないか、調べる時間なんてなかったし…」

 

「『トリスタニアの休日』ってお話よ。とある国のお姫様と王子様が身分を隠した状態で恋に落ちて…最終的にお互い身分を知ってしまって離れ離れになってしまうんですって」

 

 ベレトはそれを聞いて微妙な顔をする。

 

「………それは、盛大にネタバレしてないか?その最後はバラしたら駄目な場面じゃないか?」

 

 ルイズはそれを聞いてハッとした顔をする。

 

「……た、たしかに…」

 

「……この話題はもうやめようか」

 

「あ、うん…」

 

 ベレトとルイズはどこか気まずい雰囲気のまま、劇場であるタニアリージュ・ロワイヤル座にたどり着いた。中々豪華な造形で、相当金がかかっていることが一目見ただけでわかる。

 最近流行りということもあり大勢の紳士淑女が劇場にやってきているようだった。二人は意外と安い切符を買って客席へと向かった。

 切符に書かれた番号を見ながら同じ番号の席を探すが、如何せん席の数が多くて見つけるのも一苦労する。ベレトは席に座っていた初老の貴族に声をかけた。

 

「すいません、少しだけお時間をいただけますか。困っていることがあって…」

 

「おや、どうかしたのかね」

 

「この番号の席を探しているのですが見つけられなくて…」

 

「ふむ…その番号はもっと前の席だ。あのあたりだったかな?」

 

 そう言いながら男性は前の方を指さした。

 

「ありがとうございます。……では失礼」

 

「はっはっは、どういたしまして。芝居、是非楽しんでくれたまえ!」

 

 ベレトは初老の貴族に頭を下げてから自分たちの席がある方へ歩き出す。

 

「…いい人もいるんだな」

 

「そうね、おかげで余裕をもって席に座れるわ」

 

 席に座ってしばらくすると、やがて舞台の幕が上がった。美しい音楽と共に役者たちが演技を始めるが…すぐにベレトは顔をしかめた。

 

(……本当にこれが流行っているのか?)

 

 ベレトは戦争終結後、ドロテアに誘われてミッテルフランク歌劇団の芝居を見に行った。それと比べてこのお芝居は役者の練度が著しく劣っているように感じたのだ。

 声は時々裏返るし重要な歌唱シーンでも音痴が炸裂している。周囲を見渡してみると前評判を聞いて来たであろう女性客たちの退屈そうな顔が目立つ。

 ただ、ルイズはそれでも感動しているらしい。ある意味微笑ましいなとベレトは内心思った。

 

(脚本は…まあ普通に観れる出来なんだが…。ドロテアやマヌエラが見たらどう思うだろう…)

 

 少なくともいい顔はしないだろうという確信があった。ベレトは退屈な劇のせいで何度か睡魔に襲われたものの、こうなったら最後まで観て評価を下そうと意地で起き続けた。

 一方ルイズは長い芝居に飽きてベレトの肩に頭をもたれかけて寝始めた。

 

 

 そして芝居を見ていない者たちは他にもいた。ベレトに席の場所を教えてくれた初老の貴族である。彼は隣の席に座った商人風の男と熱心に話していた。

 ……しかし、彼らが話している内容は劇とはまったく関係がなく、それどころかトリステインのお偉いさんが知ったら怒りと驚愕でひっくり返るものだった。

 

「それで、艦隊の建設状況は?」

 

「少なくとも半年はかかるでしょう」

 

 そう、トリステインの軍事機密である。小声で機密を交わし合った後、貴族は商人に金貨がずっしりと入った袋を手渡された。

 

「しかし…劇場での接触とは、考えましたな」

 

「なに、木を隠すには森の中というものです。ここではひそひそ話は当たり前、芝居小屋ですからな!どこかの小部屋で密談など疑ってくれと公言しているようなものです」

 

「はは、我らが親愛なる皇帝陛下は(きょう)の情報を首を長くして待っています。アルビオンまでお越しくだされば勲章を授与するとも仰っておりましたよ」

 

「アルビオンの方は豪気ですなぁ」

 

 貴族はくっくっくと噛み殺した笑みをこぼす。商人もニヤリと笑いながら返した。

 

「なぁに、いずれはこの国もそう呼ばれることになりましょう。…あなたのおかげでね」

 

 そう言って立ち去ろうとする商人を、貴族の男は引き止める。

 

「…まだ何か?」

 

「なに、終劇(カーテンコール)はそろそろです。どうせならば最後まで見ていきませんか」

 

 

 ベレトたちが劇を観賞しているその一方で、今日も忙しいアンリエッタはトリステイン王宮の執務室で高等法院のリッシュモンと対談していた。

 

「まったくもう、ただでさえ忙しいと言うのに仕事を増やしたナヴァール連隊にはもうため息しか出ませんね…」

 

「ですが、隊長をクビというのはいささかやりすぎな気もしないではありませんぞ陛下…」

 

「店で騒いで外国人の女性客に絡んで決闘騒ぎを起こしたあげく、逆恨みして仲間を引き連れて店を襲撃するような恥知らずたちに容赦しろと!?『レコン・キスタ』との戦争が間近でなければ全員もっと処罰を重くしてもいいくらいです!」

 

 アンリエッタは深くため息をついた。リッシュモンもこれ以上ナヴァール連隊のことを話したくないのか話題を変える。

 

「そ、それはそれとして陛下…本当に遠征軍を建設なさるのですか?戦艦五十隻、傭兵二万、数十の諸侯に配る一万五千もの国軍兵の武装費を税で賄うなど正気の沙汰ではありませぬ!遠征の前に内乱が起こりますぞ!?」

 

「『レコン・キスタ』を打倒しアルビオンを解放することはトリステインの国是でしょう」

 

「し、しかしですな陛下…。ハルケギニアの王たちは幾度となくアルビオンに連合を組んで攻めたものの、どれも苦汁を飲む結果を味わっているのです。……空の遠征は、陛下が考えるよりもずっと難事ですぞ?」

 

 身振り手振りを交えながら大仰に言い放ったリッシュモンに、アンリエッタは反論する。

 

「無論知っています。ですが、財務卿はわたくしに戦費の調達は不可能ではないと報告しました。…要するにあなた方は贅沢ができなくなるのが恐ろしいから無理だとおっしゃるのでしょう?一度断捨離をするのも悪くないですわよ」

 

 アンリエッタの目線は彼の着ている豪華な服に向けられていた。

 

「……わたくしは近衛の騎士たちに杖を彩る銀の鎖飾りを禁じました。上に立つものが模範を示し、貴族も平民も王家も手を取り合って団結するべきなのです、リッシュモン殿」

 

「……これは一本取られましたな…。ですが、高等法院の方針は遠征軍の反対でまとまりつつあります。そこはご了承願いたい」

 

「あら、意見の調整は枢機卿とわたくしの仕事ですわ。わたくしたちは彼らを納得させられる自信がありますので」

 

 リッシュモンは彼女の凛々しい態度に目頭を押さえた。

 

「……どうしたのです?」

 

「いえ…感心しておりました。このリッシュモン、先々代の偉大なるフィリップ様よりお仕えして三十年。お生まれになった時から陛下を存じている身としては、感慨深い物がありますな…」

 

「……三十年。言葉と裏腹に長い時間ですね。わたくしだって、まだ二十年も生きていないというのに。……あなたはよく仕えてくださいましたね」

 

「………もったいないお言葉です。先ほどの苦言も国を思えばこそ。……あの泣き虫の姫殿下がこんな立派に育って、これでもう思い残すことはありませぬな…」

 

 アンリエッタはその言葉に微笑んだ。

 

「……ええ、あなたは真の愛国者です。これからも、泣き虫のわたくしと祖国にお力をお貸しください、リッシュモン殿」

 

リッシュモンは頭を下げてから執務室を退室する。彼と入れ替わるように入室してきたのは、『銃士隊』隊長のアニエスだった。彼女は膝をつき一礼する。

 

「アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン、参上つかまつりました」

 

「……顔を上げてちょうだい。…………それで、調査はお済みになりまして?」

 

「はっ」

 

 アニエスは懐から書簡を取り出し自身の主君に捧げる。その書簡には、アンリエッタ誘拐事件において『レコン・キスタ』が送り込んだ洗脳済みのウェールズが誰の手引きで王宮に忍び込んだのかが書かれていた。アンリエッタはその内容に眉をひそめた。

 

「…何者かが手引きしたと読めますわね」

 

「正確には、王宮を出る際に『すぐに戻るからかんぬきを閉めるな』と言って外に出た者が一名」

 

「彼と入れ違いで、『レコン・キスタ』の手先が入ってきた…と」

 

「ええ、わずか五分後です。陛下」

 

 アンリエッタは胃がキリキリと痛んだのかお腹に手を当てて辛そうな顔をする。

 

「…それだけで済むなら偶然と言い張れるでしょうが…、あなたの調査書に書かれたこのお金は説明がつきませんわ」

 

 そこには容疑者である男が自身の地位を確実なものにするためにばら撒いた裏金の総額も記載されていた。……その額、七万エキュー。

 

「こんな大金は彼の年金ではとても賄えませんわ。わたくしたちには言えない『収入』があると考えた方が自然です」

 

「御意。……屋敷に奉公する使用人に金を掴ませ得た情報によると、アルビオン訛りの客人が増えたとか」

 

「その使用人をここに呼びなさい」

 

「昨日より連絡が取れませぬ。……恐らく口封じされたかと」

 

 アンリエッタはため息をついた。

 

「獅子身中の虫とはこのことね」

 

「連中は国境を越えた貴族の連盟を自称していますから」

 

「ええ、知っています。ですが彼が裏切ったのは単純にお金のためでしょうね。…彼はお金で国とわたくしを売り払おうとしたのです」

 

「……………」

 

 アニエスは押し黙るしかない。アンリエッタは彼女の肩に優しく手を置いた。

 

「あなたはよくやってくれたわ、お礼を申し上げます」

 

「……私は、陛下に忠誠を誓った身です。陛下は卑しき身分の私に、姓と地位をお与えくださいました」

 

「あなたはタルブでの戦で貴族にも劣らぬ大きな戦果を立てたのです、貴族の地位(シュヴァリエ)を与えることに何の問題があるのでしょう。生まれながらの貴族でも邪悪な本性を持っている者はいます……逆に、平民であっても誇り高き魂を持つ者だっているのです。他人に何を言われたとしても自分を卑下する必要はありませんよ、アニエス」

 

「………ありがたきお言葉」

 

 アニエスはぼそりと尋ねた。

 

「例の男、お裁きになりますか」

 

「いいえ、決定的な証拠を押さえねばのらりくらりと逃げられます」

 

「……我ら『銃士隊』にお任せください」

 

 アニエス率いる『銃士隊』は、メイジをいまいち信用できなくなってしまったアンリエッタが新設した平民の女性のみで構成された衛士隊である。隊長であるアニエスが貴族でなくては他の隊との連携に支障をきたすため、特例としてシュヴァリエと姓を与えられたのだ。

 

「……ええ、今回の『狩り』では頼りにしていますよ」

 

 アンリエッタの考えた策は、まさしく背水の陣であった。しくじりは許されない。

 

「わたくしは、あの事件に関わった者を許しませんわ」

 

 若き女王は冷たい声で呟く。愛するウェールズを傀儡にし、意識がないまま愛を(かた)らせた『レコン・キスタ』への憎しみが、彼女を駆り立てるのだった。

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