ゼロと師   作:シャザ

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4章 苦悩の雨宿り

 ベレトたちが裏口から外に出ると、女王の失踪で厳戒態勢が敷かれたのかいたるところで衛兵が通りを歩く人々に声をかけていた。

 

「……仕事熱心でご苦労なことだな」

 

「ええ、今はちょっと困りますが…」

 

「やっぱり顔を隠すべきだったんじゃないか?」

 

 ウェールズにそう言われたアンリエッタは首を振った。

 

「ウェールズさま、隠せば暴きたくなるのが人の()()というものです。……でも、どうしましょうか…。二人だけなら恋人を装えば誤魔化せそうですが…」

 

「………ならこうしようか。自分たちはこれから…」

 

 ベレトの作戦を聞いた二人はにっこりと了承した。

 

 

 それからすぐに、三人は楽し気な雰囲気で街を歩きだす。

 

「……『アン』、『ウェントス』。トリスタニアまでよく来たな」

 

「ええ、遠路はるばる王都まで来たけど…賑やかね」

 

 『アン』と呼ばれた少女はウキウキした顔で言うが、『ウェントス』と呼ばれた青年は大きくあくびをする。

 

「なぁベレト、ちょっと夜も遅くなってきたし宿取ろうぜ。観光は明日からでも問題ねぇだろ?」

 

「えー、もったいないわよウェン!ご飯食べたり遊んだりしましょう!?」

 

「今何時だと思ってんだドアホゥ!」

 

 『ウェントス』は呆れかえった声で少女に言うが、表情は楽しそうだ。衛兵たちは楽しそうに話をしている彼らに鬱陶し気な目線は向けたが、まさか王女がこんな場所をほっつき歩いて男と談笑しているとは思わなかった。

 衛兵たちがうろたえているさまを見て、『アン』…アンリエッタはクスッと笑う。その軽い笑い声に気づいた『ウェントス』…ウェールズはちょっと荒っぽい演技で尋ねた。

 

「ん?いきなり笑ってどうした『アン』。変なことでもあったか」

 

「……いえ、なんだかおかしくって…。こうやって平民の服を着て、お化粧して…髪型を変えただけで気づかれなくなるなんて。ええ、彼らはわたくしを王冠とドレスでしか判断できないのね!」

 

 アンリエッタの皮肉にベレトは苦笑する。アンリエッタとウェールズにちょっとした演技をしてもらう作戦だったが、思った以上にうまくいってしまった。

 

「まあ、いくら衛兵でも女王の顔なんてまじまじと見たこともないしたっぱだらけだろうし…。ただ、この辺りは酔っぱらってる貴族もよく見かける。油断していたら顔見知りにバレるぞ」

 

「も、もちろんわかってますわベレト!」

 

 アンリエッタは先ほど教えられた傭兵の名前を言いながら、少し彼の事を観察する。

 

(不思議な人…。戦いの時は鋭い刃のように冷たいのに、こうして話すと…意外と普通!笑うし呆れるし…本当にあの夜対峙した剣士と同一人物なのかしら?)

 

 彼女は興味本位でベレトに訊ねることにした。

 

「……あの、本当にあの夜わたくしを止めてくれた使い魔殿なんですよね?双子ではありませんわよね…?」

 

「……あの夜の大嵐は酷かったな」

 

 アンリエッタは気まずくなって目線を逸らした。

 

「…………そうですね…」

 

 

 一行は粗末な宿を見つけて宿を取ることにした。宿屋の主人らしい老婆はしわくちゃの眉間にさらに皺を寄せた。

 

「……お前さんら、三人で一部屋かい?」

 

「ああ」

 

「怪しいねェ…、こんなボロ宿に三人も?犯罪者じゃないだろうね?」

 

「犯罪者だったら目の前にいるぼろっきれみたいなババアをへし折って薪の代わりに火にくべてると思うぜ?」

 

 ウェールズは疑心暗鬼をこじらせている老婆に脅しをかけた。釘を刺しておかないと衛兵にあることないこと言いかねない危うさを感じたからである。

 

「ヒィイ…!」

 

「冗談だ、真に受けないでくれ。……あんまり怖がらせてやるな、ただでさえ老い先短そうなのに」

 

「ヘイヘイ、わりぃな婆さん」

 

 恐れおののく老婆から部屋の鍵を借りて中に入ると、『魅惑の妖精』亭の屋根裏部屋より酷い状態だった。ベッドはなんか湿っているし隅には得体のしれないキノコが生えてるしランプは煤だらけである。

 

「……あの老婆、こんな有り様で宿を経営しているのか?」

 

 呆れた声で呟くベレトに対し、アンリエッタは気にした様子もなくベッドに腰掛ける。

 

「あら、いい場所ですよ?……ねぇ?」

 

「そうだね、少なくとも寝首をかこうとする裏切り者はいない」

 

「……まあ虫とかコウモリとかの先住民はいそうだが」

 

 ベレトとウェールズは備え付けられた椅子(絶妙にガタガタしていて不安を煽ってくる)に腰掛ける。アンリエッタは可愛らしく足をぶらぶらさせながらウェールズに訊ねた。

 

「そういえば…ウェールズさまはずいぶんと()()()の真似がお上手になりましたわね。わたくし驚きましたわ!」

 

「あはは、ちょっと空賊をね!」

 

「………く、空賊…?」

 

 アンリエッタは初耳の話題に目を丸くした。

 

「い、いったいどういうことですか!?わたし、そんな話は一度も…」

 

「ウェールズ王子は『レコン・キスタ』が買い取った荷物をちょろまかすために空賊に扮していた。自分たちはアルビオンに行く時硫黄を載せた商船に乗っていたんだが、運悪く…いや、運良くか?ウェールズ王子率いる空賊に襲撃されたんだ」

 

「ああ、あの時はまさか僕たちに特使が来るなんて夢にも思わなかったからね!最後の最後で思いもよらない貨物が積まれていたものだ…」

 

「もう、無茶をし過ぎですウェールズさま!そんな話を聞かされたら心臓がいくらあっても足りませんわ!」

 

 頬を膨らませたアンリエッタにウェールズは苦笑する。

 

「僕が空賊をやってた話はこのくらいにして他の話題にしようよ!アンリエッタの心臓が心配だからね!」

 

「む――…。しょうがありませんわね、今日はこのくらいで許してあげます。……そういえば、ルイズは元気ですか?」

 

 アンリエッタはまた足をぶらぶらさせながらベレトにルイズの近況を聞いてくる。

 

「ああ、元気にしているよ。最初の方はちょっと問題もあったが真面目に頑張っている。…アンリエッタ姫から頼まれた仕事をしているかは知らないけど」

 

「あら、あの子は毎日伝書フクロウで報告書を送ってきてくれますよ。その日聞いたことや噂になっていること…一つ一つ細やかに。愚痴一つ書かずによくやってくれています」

 

「そうなのか…。さては見られるのが恥ずかしいから自分が寝ている時に書いてるな…?ルイズの情報は役立っているか?」

 

「ええ、役に立ってますわ。わたくしは市民の本音が聞きたいのです。他人が編集した情報に価値などありません、欲しいのはわたくしの政治に対して民が発した生の声…。どんな罵詈雑言が飛び交っていたとしても、女王であるわたくしは受け入れなければならないのです」

 

 だが、アンリエッタは寂しそうな笑みを浮かべる。

 

「ですが……やはり手厳しい言葉ばかりですね。遠征軍を編成しようと軍備を整えれば罵られ、わたくしのことをアルビオンを眺めるしかない無能と呼ぶ者もおります。ゲルマニアの操り人形などと勘繰る者もいて…心労は絶えません」

 

「アンリエッタ………。………本当にごめん、僕たちが貴族派をなんとかできていれば…」

 

「ウェールズさまの責任ではありませんわ!あそこまで膨れ上がってアルビオン王家を飲み込むだなんて、誰も想像していなかったのですから…」

 

 アンリエッタの慰めに、ウェールズは少しだけ気分が楽になったのか表情を和らげた。

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。…本当にあの時、ヴァリエール嬢とベレト殿に出会えてよかった」

 

「……アンリエッタ姫、自分たちが次にアルビオンへ行くのはいつ頃になる予定だ?」

 

 言外に、次の戦の準備はどれくらいかかるかと聞いたベレトに、アンリエッタは言葉を詰まらせた。

 

「……夏が過ぎて、冬の寒さが顔をのぞかせた時期になりそうですわ。もちろん、内側の諸々を片付けてから…ですが。………傭兵のあなたには待ち遠しいでしょうか」

 

「………いや、戦場は仕事場の一つでしかない。ルイズたちに剣や戦術を教えるのも、戦場で剣を振って敵を倒すのも同じ仕事だ。……今の自分は前者の方が好みではあるが」

 

「ですが、あなたたちはタルブで縁もゆかりもない王軍を救援に来てくれましたわ」

 

「……友人を助けたら結果的に王軍も助かっただけだ」

 

 ベレトはポリポリと頬をかく。どう返事を返せばいいか考える傭兵に、アンリエッタは微笑んだ。

 

「それにあの夜、わたくしとウェールズさまをボロボロになってまで止めてくれましたわ。それは…あなたの心が突き動かした結果だと思います」

 

「………」

 

 返答に困ったベレトは、ふと窓を見る。ポツポツと雨が降り出し、窓に水滴がついていた。突然の雨に降られた人々が慌てて建物の中に避難していた。

 

「………雨か」

 

「……ええ、振ってきましたわね」

 

 アンリエッタの声は少しだけ震えていた。ウェールズは少女の肩を抱きながら訊ねる。

 

「アンリエッタ、大丈夫かい?」

 

「………はい。夜の雨は、どうしてもあの夜のことを思い出してしまいます。……たくさんの人が、わたくしを守ろうとして傷ついて亡くなった…。わたくしが殺したようなものです」

 

「……悪いのはきみの気持ちを利用した『レコン・キスタ』だろう?」

 

 アンリエッタは黙り込んでしまった。ウェールズは怯える少女を励まそうと微笑んだ。

 

「……雨はいずれ止むし、陽はまた昇る。僕はそう信じているよ。……それに、あの夜はきっと悪くない結末だったんじゃないかって最近思えるようになったんだよ」

 

「それは、どういう……?」

 

「またきみに会えたから。……ああ、それだけは『レコン・キスタ』に感謝してもいいと思っているよ。だって敵は死体を操る外道で、僕が死んでいても別に構わなかったはずなんだ。……どんな理由があるにせよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 アンリエッタはハッと気づいた。確かに失ったものはあるが、ウェールズが生きて戻ってきたことは何よりも喜ばしいことだからである。

 

「ウェールズさま…。……そうですわね、それだけはきっと…喜ぶべきことでしょう」

 

 アンリエッタは、自分の震えが少し納まったのを感じていた。

 

 

 一方そのころ、ルイズは振り出した雨にため息をついた。彼女の隣でジェシカもぼやく。

 

「あっちゃー…今日はお客さんこれ以上期待できそうにないなぁ」

 

「そうね…(せんせぇ)の手伝いでもしようかしら…」

 

 ルイズは厨房に足を運んでみるが、そこに彼の姿はない。

 

「あ、あれ…?」

 

「ベレト君なら早めに切り上げちゃったわよ」

 

「ミ・マドモワゼル!(せんせぇ)いったいどうしたのかしら…」

 

「なんだか、個人的なお客さんが来たみたいでね?そっちの対応をしてるっぽいわよ」

 

「…………個人的なお客さん…?」

 

 ルイズにはまったく心当たりがない。一度自室にも戻ってみるが、そこにも彼はいなかった。

 

「………わたしの服なくなってる…」

 

 ベレトの客人は自分の服を借りていったのだろうかとルイズは首を傾げた。

 

「はぁ…。『魅惑の妖精』亭にはいなさそうね。ってことは外に出たのかしら、わたしに内緒で!」

 

 護身用に剣を腰に下げたルイズはベレトを探すために裏口から外に出る。彼女はまだ、今夜がとても長い夜になることを知らなかった。

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