外に出たルイズは、雨の中を必死に駆け回る兵士たちを見て首を傾げる。明らかに尋常じゃない様子の兵士にルイズは声をかけた。
「……ちょっと、何かあったの?」
「ええい、そこをどけ酒場女!どかぬなら痛い目に遭ってもらうぞ!」
「待ちなさい」
ルイズはアンリエッタの許可証を取り出す。
「今はこんななりだけど陛下の女官です。状況を説明なさい!」
「……は、え、は…?…………し、失礼しましたぁ!!」
兵士は慌てて敬礼し事情を説明しだした。なんでも練兵場での視察を終え、王宮へ帰ろうとしたアンリエッタが姿をくらましてしまったらしい。犯人は目星もついておらず、忽然と消えてしまったようだった。
「その時の警護は?」
「…新設の銃士隊です。まさか早々にこんな不祥事を起こすとは…」
兵士は大きくため息をつく。
「……教えてくれてありがとう、ところであなた、濃い緑髪の男見てない?」
「いえ、それは見てませんが…」
「ならいいわ、それじゃ頑張ってね!」
ルイズは兵士にお礼を言って別れる。
「
しばらく表通りを歩く人々にベレトを見ていないか聞いたルイズだったが、どいつもこいつも『見覚えがない』としか答えなかった。少女は薄暗いを通り越して真っ暗な裏路地をしばらくにらみつけていたが、すぐにため息をつく。
「……表通りで見た人がいないってことは、たぶん裏路地を移動してるってことよね…?店長の言ってたお客さんが誰かも気になるし…」
ルイズはコモン・マジックの『ライト』を唱えて裏路地に踏み込む。雨が降る深夜の裏路地は薄暗いを通り越して真っ暗だ。いくら場数を踏んだルイズでも少し先へ進むのに躊躇するほどには。
(……弱気になったら駄目!一人でも頑張れるってところを証明するんだから!)
一歩、また一歩と進んでいくと、三人の男たちが何やら話しているところに出くわした。
「お前、例のブツでえらく儲けてるんだってなぁ?」
「おう、
「ヒヒヒ、
(……こいつらこんな場所で何してるのかしら……って、わたしも変わんないか)
ルイズは男たちに声をかける。
「ねぇ、少し聞きたいことがあるんだけど…」
「あん?」
男はルイズの格好を見て首を傾げた。
「なんだ、酒場女かよ…。しかもガキんちょ!」
「へっへっへ、ちょうどいいや!おいガキ、ちょっとだけ人生が楽しくなるモン買わねぇか?初回はお安くしておくぜ!?」
「……いらない、わたし今が一番幸せだもの」
「あっそう。……客じゃねぇなら殺すかぁ」
男たちは慣れた様子でナイフを取り出す。ルイズは非常にめんどくさそうな顔をした。
「…その感じだと、あのお方とやらもロクでもないヤツみたいね。来なさい、相手になってあげる!」
ルイズが剣を抜こうとした瞬間、彼女の後ろから刃のように鋭い声が聞こえてきた。
「おい、三人で一人を襲うなんてずいぶん
「だ、誰だ!?」
男が問いかけると女騎士は名乗った。
「銃士隊、隊長のアニエス。助太刀させてもらうが、構わんな?」
「え、ええ…」
「クソ、銃士隊がなんだってんだ!!所詮は俺たちと同じ平民だ、ぶっ殺せ!!」
数分後、男たちはアニエスとルイズに一人残らず気絶させられた。ルイズが一人と戦っている間にアニエスは鞘をつけたままの剣で二人を叩きのめしたのである。
「……情けない連中だ。まあ、所詮はごろつきだな」
「……助けてくれてありがとう」
ルイズが礼を言うと、彼女は肩をすくめた。
「実を言えば、義憤で助けたわけじゃない。……わたしもこいつらに用がある」
アニエスは先ほど気絶させた男たちの懐をまさぐり、液体の入った小瓶を回収する。
「それなに?」
「最近この街で流行っている薬でな…一時の高揚と引き換えに判断力と思考力を削る、ロクでもない密輸品だ」
「み、密輸?何処から?」
「……アルビオンだ。あの土地でしか育たない植物が原料に含まれているからな」
アニエスはふと少女の名を知らないことに気がついた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
「……ルイズよ」
「………ルイズ?その名前は確か、陛下の…」
「あら、良く知ってるわね陛下の護衛をしくじった銃士隊の隊長さん?」
ルイズは皮肉を込めてそう言ったが、相手はため息をつくばかり。眉をひそめるルイズにアニエスは言った。
「ああ、陛下ならご無事だ。ただ、悪いが説明する時間が惜しい。これ以上事情を聴きたいのならついてきてもらうぞ」
すたすたと歩きだすアニエスに面食らったルイズだったが、慌てて彼女を追いかける。しばらく歩いた二人は馬を連れた銃士隊の隊員と合流する。
「あ、アニエス隊長!」
「レヴェナ、その馬借りるぞ」
「は、はい…。……あの、その後ろにいる娘はいったい…」
「後で話す」
レヴェナというらしい女性の困惑の視線がルイズに向けられるが、アニエスは答えるつもりがなさそうだ。馬に乗って移動する二人を見送りながら、銃士隊の隊員はぼそりと呟いた。
「…う、羨ましい…隊長と二人乗りだなんてぇ……!」
彼女はアニエスに憧れていた。
アニエスはしばらく馬を走らせると、高級住宅地の一角にある二階建ての豪邸の前で停めた。彼女は憎悪を込めた目で屋敷を見つめている。ここはリッシュモンの屋敷であった。
「………………」
「……どうしたの?」
「……ッ!な、なんでもない…。……わたしは少しここに用がある、その間馬を見ていてくれ」
「いいけど、凄い顔してたわよ?」
アニエスは苦虫を嚙み潰したような顔を無理やり苦笑に変える。
「………そんなに酷い顔だったのか?」
「これから屋敷の人間を皆殺しにでもするのかって感じ」
「……ふっ、そんな顔を見せるのは不味いな。…では任せるぞ」
アニエスが門を叩くと、中から小姓が顔を出した。
「どなたですか、こんな夜遅くに…」
「女王陛下の銃士隊、アニエスが参ったとリッシュモン殿にお伝え願えるか?」
「……構いませんが、おそらく門前払いされますよ?」
「急報です、是非とも取り次ぎを…」
小姓は首を傾げながら屋敷に入って、すぐに門の閂を開けるために戻ってきた。屋敷の中に入ったアニエスは居間に通されると、寝間着に身を包んだリッシュモンが現れた。彼は苛立ちを隠す様子もなく怒鳴りだす。
「こんな真夜中に急報だと?平民の女風情がこの高等法院長にか!」
「ええ、女王陛下がお消えになりました」
リッシュモンの顔に一瞬だけ動揺の色が浮かぶ。
「れ、レコン・キスタにかどわかされたか?少し前にもこんな誘拐騒ぎが起こったばかりではないか!」
「調査中です」
「君たち軍人はそれが好きだな!だがいつももめ事を解決できず法院に持ち込んでくるではないか、我々は君たちの親ではないのだぞ!?当直の護衛は何処の隊だね?」
「我ら銃士隊です」
「君たちはわざわざ無能を晒すために結成されたのかね?」
リッシュモンはアニエスを睨み、皮肉をぶつけだした。アニエスは煮えたぎる怒りを見せないように顔を伏せる。
「その汚名をすすぐために全力で調査を行っているのです、閣下」
「だから申し上げたのだ、剣や銃など杖の前では玩具も同然だと!平民をどれだけ集めようが、一人のメイジの代わりにもならぬわ!!」
「戒厳令の許可を。街道と港の封鎖許可をいただきたく存じます」
リッシュモンは魔法でペンを引き寄せ、羊皮紙にしたためるとアニエスに手渡した。
「全力で陛下を探し出せ。できねば貴様ら全員縛り首にしてくれる」
アニエスは退出しようとするが、ドアの前で立ち止まるとそのままリッシュモンに問いかけた。
「……閣下、そういえば一つお聞きしたいことがあったのを思い出しました」
「………なにかね」
「……二十年前のダングルデールでの事件に関わっておいでだったと…」
リッシュモンは地名に心当たりがあった。
「………ああ、アレか。それがどうしたかね」
「ダングルデールの虐殺は、閣下の立件だったとか」
「虐殺?人聞きの悪い、アングル地方の平民どもは国家転覆を企てた反逆者だ。あれは正当な鎮圧任務だとも。……昔話はここまでだ、とっとと任務に戻れ!」
アニエスが退出すると、リッシュモンは慌ててまた何かをしたためだした。
一方、リッシュモンの屋敷を出たアニエスは馬を看ていたルイズと合流し、近くの路地ですぐさま戦支度を始めた。雨の中火薬が濡れないように拳銃に弾を込めていると、ルイズは我慢していた疑問をぶつけた。
「……それで、事情ってなに?」
「そうだな、もう話してもいいだろう。……今宵は陛下主催のネズミ捕りだ。王国の穀倉を荒らし、病魔をまき散らし…挙句の果てには陛下の喉元をかみ千切ろうと企んでいるネズミどもをまとめて処分する」
「……『レコン・キスタ』!」
「そういうことだ。……さて、話はここまでのようだな」
アニエスの目線の先には、先ほど彼女に応対した小姓がいた。彼はカンテラを持ったまま周りを見渡し怪しい者がいないか確認すると、馬に乗って何処かに向かい始めた。
「…始まったか。すぐにあの小姓を追うぞ!」
アニエスはルイズと共に馬にまたがり、小姓の乗った馬をつかず離れずの距離で追った。少年はよほど急いでいるのか追跡されていることに気づかない。
彼は繁華街に馬を進め、とある宿へと入っていく。二人もその後を追うと、小姓が二階の一室へと入っていくのを目にした。
「ひとまず、待ちだな。マントを脱いで、酒場女のようにしなだれかかれ」
「……は!?」
「その方が目立たん」
「な、なるほど…?」
ルイズはアニエスにしなだれかかる。そうすると酒場では珍しくない騎士と恋人のようになった。アニエスは一瞬だけルイズに視線を向けて言った。
「似合うぞ」
「……そりゃどうも」
ルイズはアニエスの美貌に少しドキドキする。
(……か、顔がいい…。なんかちょっと腹立ってきたわね、頬でもつまんでやろうかしら…)
小姓はすぐに部屋から出てくる。ルイズがそれを認識した瞬間、アニエスはルイズを強く引き寄せた。
「ひゃっ…!」
顔をぎゅっと近づけられたルイズは自分の唇に何かが触れて動揺する。
「~~~~~~っ!!?」
「落ち着け、ただ親指を添えただけだ」
至近距離でアニエスはそう言った。ルイズが目線を下に逸らすと、確かに唇に触れているのは彼女の親指であった。
だが、小姓の視点だと騎士と愛人の酒場女がいちゃいちゃキスをしているように見える。彼は目を逸らして酒場から出ていった。
アニエスから解放されたルイズは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ちょっと、ビックリしたじゃないの!!キスされたかと思ったじゃない!?」
「…なんだ、してほしかったのか?」
アニエスは真顔で聞いてくる。ルイズはぶんぶんと首を振って否定した。
「そうじゃない!わ、わたしそんな趣味ないもん!」
「安心しろ、わたしもそうだ。……わたしを慕ってくる部下はどうか知らないが」
しれっと恐ろしいことを言った銃士隊隊長にドン引きするルイズだったが、ふと先ほど追っていた小姓のことを思い出す。
「そうだ、あの子追いかけなくっていいの?」
「これ以上追ったところであの少年は屋敷に戻るだけだ。何も知らずに手紙を運ばされただろうしな」
二人は音を立てないようにゆっくりと、先ほど小姓が入っていった客室に近づく。
「……お前はメイジなのだろう?この扉を吹きとばせないか」
「できるし、得意分野だけど…。そんな派手にして大丈夫?」
「どうせ鍵がかかってるからな。がちゃがちゃやって逃がすよりはずっといい」
ルイズは一言ルーンを唱え、エクスプロージョンを扉に叩き込む。吹き飛ぶドアの向こう側で、商人の格好をした男が驚いた顔でベッドから立ち上がる。……ハッキリ商人と呼べない理由は、男が杖を持っていたからであった。
偽商人は中に飛び込んだアニエスに杖を向け、空気の塊で彼女を殴りつけた。
「ぐぅッ!?」
壁に叩きつけられたアニエスにトドメを刺そうと男は追撃の呪文を撃とうとするが、ルイズが思い切り投げつけたレイピアが杖を持っている右腕に突き刺さった。
「い゛…っで…!?」
「もう一発!」
ルイズは駄目押しの『爆発』で男の顔面を爆破する。男は動揺して杖を落とし、アニエスに取り押さえられた。
「動くな!」
アニエスは男の喉元に剣を突きつけ、捕縛用の縄で男の手首を縛り上げた。どったんばったん大騒ぎだったので様子を見に来た客に、アニエスは怒鳴りつけた。
「騒ぐな!手配中のコソ泥をひっとらえただけだ、失せろ!!」
「ひえぇ、こっわ……」
そそくさと逃げていく客を無視し、アニエスは男が小姓に渡された手紙を改める。予想通りのそれに彼女は微笑を浮かべ、部屋の物色に移った。
ルイズは書類を読みだしたアニエスに聞いた。
「……こいつがネズミ?」
「ああ、アルビオン出身のドブネズミだ。商人のなりでトリスタニアに潜み、情報をアルビオンに運んでいたらしい」
「やるじゃないアニエス!」
「……まだ終わっていない。ヤツは所詮情報の受け取り役でしかない、薬をばら撒いたり情報を売った親ネズミが残っている」
アニエスは一枚の紙…建物の見取り図を見ながら男を問い詰める。
「…なるほど、貴様らは劇場で接触していたんだな?この手紙には明日、例の場所でと書かれているが…この劇場で間違いないな?」
(………劇場?……いや、まさかね…)
男は答えない。
「答える気はないか。そうか……」
アニエスは男の腕に刺さったままのレイピアを掴むと、思い切り腕を抉った。
「あ、ぎいあああああッ!!?」
絶叫を上げる男の顎にアニエスは銃を突きつけ、最後通牒を告げる。
「選べ。情報を吐いて生き残るか、誇りを守って沈黙し脳をぶちまけるかをな!!」
アニエスは撃鉄を起こす。男の選択は一つしか存在しなかった。
《ガンナー》
クラスチェンジ条件:銃術C以上 技、速さ、幸運に補正 技と速さが伸びやすい
兵種スキル:銃射程+1…銃の射程が1伸びる マスタースキル:命中+20
ハルケギニアの中級職。銃の扱いに長けた者。銃は貴族に縁のない代物だが、平民には貴重な飛び道具である。