ゼロと師   作:シャザ

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4章 終幕(カーテンコール)は雷鳴と共に

 アニエスとルイズが大捕物を繰り広げているその一方、ベレトと王族たちは静かな時間を過ごしていた。

 アンリエッタは相変わらず雨に苦手意識はあるものの、なんとか冷静さを取り戻したらしい。

 

「アンリエッタ、大丈夫かい?」

 

「…ええ、大丈夫です。ですが…」

 

「まあもう気にしすぎるな。……そういえば、まだ単独行動をしてまで何をするか聞いてないが?」

 

 ベレトの言葉にアンリエッタはハッと気づき、バツが悪そうな顔をする。

 

「……そういえば言ってませんでしたわね…。ええ、そろそろお話します。…今夜はきつね狩りですの」

 

「……この話の流れで本物のきつねな訳がないな」

 

「ええ、きつねとはつまり『レコン・キスタ』への内通者のことですわ。わたくしはさしずめ…罠として仕掛けられた生肉といったところでしょうか。明日には、巣からきつねが出てくるかと」

 

 

 夜が明け、ベレトとウェールズはアンリエッタを連れて劇場までやってきた。ベレトは先日の芝居を思い出して苦い顔をする。

 ふと目線を感じたベレトが横を見ると、少し遠いところで目に深い(くま)ができたルイズがいた。彼はぎょっとして心配そうに尋ねた。

 

「ルイズ、その顔どうしたんだ?」

 

「……(せんせぇ)を探しに出たらちょっといざこざがあってね…。結局一睡もできてないのよ…」

 

「そりゃまた…申し訳ないな」

 

 ベレトは彼女の隣にいた女騎士に視線を向けた。今朝、宿にフクロウがアニエスという銃士隊からの報告書を持ってきたのである。

 

「こんにちは、貴女がアニエスか?」

 

「濃い緑髪の剣士……ああ、お前がベレトか。なるほど…」

 

 アニエスはアンリエッタから話を聞いていたのか、納得したように相槌を打つ。

 

「どうしてルイズと行動を?」

 

「色々と成り行きでな。中々度胸のある子だ、貴族でなければうちに欲しいくらいだよ」

 

「…現役の衛士隊にそう言われると、こちらとしても悪い気はしないな」

 

 一方、ルイズは仲睦まじく腕を組んでいるアンリエッタとウェールズを見てため息をついた。

 

「……姫さま、いったい何処をほっつき歩いてたんです?」

 

「あ、遊んでいたわけではないのよ?……ごめんなさい、あなたには秘密にしておきたかったんです。…まさか、アニエスと行動しているだなんて思わなかったけれど…」

 

「アンリエッタを責めないでやってくれないか、色々事情があったんだ…」

 

「……いや、まあ怒ってはないんですけど…。心臓に悪いですよ、もう…」

 

「陛下、準備が整いました」

 

 膝をついたアニエスがそう伝えると、アンリエッタは微笑みながら頷いた。

 

「ええ、本当にありがとうアニエス。昨夜の作戦は、あなた方銃士隊がいなければ成り立たないものでしたわ」

 

 アンリエッタが感謝の言葉を伝えていると、アニエスの報告で呼ばれた魔法衛士隊が劇場の前までやってきた。彼らの先頭にいたマンティコア隊の隊長は行方不明だったはずの女王がいることに気づき目玉が飛び出そうなくらい驚いた。

 

「へ、陛下!?い、一体どういうことかねアニエス殿!貴殿に呼ばれぞろぞろ来てみれば、行方知れずの陛下までおられるではないか!」

 

「……よく来てくれましたね。説明は後でいたしますから、もう少しだけ働いてはもらえませんか?」

 

「は、はぁ…なんなりと」

 

「この劇場を貴下の隊で取り囲んでちょうだい。(アリ)一匹、外に出さぬように」

 

 隊長は怪訝な顔をするが、女王の命令には逆らえないし逆らうつもりもない。

 

「御意!」

 

「では、参りましょうか。……わたくしの戦場に」

 

「姫さま、わたしもお供を…」

 

 ルイズにそう言われたアンリエッタは首を振った。

 

「ありがたいですけれど…これ以上あなたたちを巻き込むわけにはいきませんわ。これはわたくしが決着をつけねばならないことなのです」

 

「…………今更では?」

 

 ベレトのツッコミにアンリエッタは顔をひきつらせたが、コホンと咳をして言い直した。

 

「……これ以上、巻き込むわけにはいきませんわ」

 

「いや、でも…」

 

「これ以上、巻き込むわけにもいきませんわ」

 

「あ、ハイ…」

 

 アンリエッタはもう意志を曲げるつもりがないらしかった。そのまま一人劇場に入り、アニエスも馬に乗って何処かに行ってしまったため、ベレトとルイズは劇場の前に取り残された。

 

「………ねえ、どうなってるのよコレ」

 

「……アンリエッタ姫曰くきつね狩りだそうだ」

 

「……わたしはネズミ捕りって聞いたんだけど」

 

「………どっちにしろ狩りには違いないな!」

 

 二人は深くため息をついた。なんだか大変なことに巻き込まれたのに、微妙に蚊帳の外で全容が把握できなかったからである。

 

「……今回、わたしたちって脇役じゃない?」

 

「こういうのもたまには悪くないと思うぞ。……じゃあ、帰って寝ようか」

 

「賛成…」

 

 二人はあくびを噛み殺しながら『魅惑の妖精』亭に帰っていった。

 

 

 劇場では、今まさに『トリスタニアの休日』が講演していた。最初の方はたくさんの人が劇を観に来ていたが、劇の内容が酷いことがすぐにバレて今では空席がそこそこ多い。そんな面白くもない劇を観ながら、リッシュモンは眉間にしわを寄せていた。

 

(結局昨夜のアンリエッタ失踪はなんだったのだ…。アルビオンの作戦なのか、或いはガリアやロマリアといった第三勢力の仕業か?どちらにせよ説明してもらわねばこちらとしても非常に困る…!)

 

 リッシュモンは隣の席に誰かが座ったのを見て苦言を呈した。

 

「……ずいぶん遅かったではないか?いったい何を……」

 

 彼はそこまで言って、その人物が待ち人でないことに気づく。深くフードを被った女に対しリッシュモンはたしなめた。

 

「失礼、その席は私の連れが予約していた場所でしてな。お嬢さん、席の番号を間違えてはいないだろうか?」

 

「………彼なら来ませんわよ、リッシュモン殿」

 

「………ッ!?へ、陛下!」

 

 リッシュモンは行方不明になっていたはずのアンリエッタに目を丸くする。

 

「い、いったい何処に行ってらしたのですか…。そ、それより連れが来ないとはどういう意味で…?」

 

「……劇場での接触とは考えましたわね。芝居の検閲も高等法院長の仕事、こんな劇場にいても不思議ではありません」

 

「はあ…接触とは穏やかではありませんなぁ。芝居が三度の飯より好きな友人と語らうのが数少ない私の楽しみなのですよ」

 

「……その『おともだち』はアルビオンの手の者でしょう?彼なら昨夜逮捕されましたわよ、今頃はチェルノボーグの牢獄です。……既に裏付けは済んでいるんです、リッシュモン」

 

 アンリエッタは冷たく言い放った。一方リッシュモンは醜悪な笑みを浮かべ余裕の表情。

 

「ほほう、昨夜のあれこれは全て陛下の(はかりごと)であったと!私はまんまと踊らされたわけですな!?」

 

「そういうことになりますわね。わたくしが消えればあなたは慌てて密使と接触すると思いました。『女王が自分たち以外の第三勢力にかどわかされる』など『レコン・キスタ』にとっても一大事ですもの。慌てれば必ずボロが出るもの、いくら賢いきつねでも痕跡を全て消しきるのは厳しいでしょう?」

 

「何時からお疑いになられたのです?」

 

「……確信はありませんでした。敵の協力者候補はわたくしの周りにいくらでもいましたから。……でも、ある方がわたくしに注進してくれました。あの夜に敵を手引きしたのはあなただと…」

 

 アンリエッタは疲労と悲しみに満ちた顔で続けた。

 

「……正直、信じたくはなかった。よりによって王国の権威と品位を守る高等法院長が売国奴に堕ちるだなんて。幼い頃よりわたくしを可愛がってくれたあなたが…」

 

「私にとって陛下は無知な少女でしかない。そんな子供に王座を座らせるくらいならアルビオンに全て明け渡す方が利口というもの」

 

「これまで国に尽くし、わたくしを支えたあなたは嘘偽りであったと?」

 

「主君の娘に媚びを売らぬ家臣など干されるだけだ。そんなこともわからんからあなたは子供なのですよ!」

 

 リッシュモンの身勝手な言い分にアンリエッタはあきれ果てた。この男は人として何か大事なものを自分から削ぎ落としたのだろう。女王は毅然と言い放つ。

 

「あなたを女王の名において罷免しますわ。……大人しくお縄につきなさい、リッシュモン」

 

「クク…まだ芝居は続いているというのに、陛下は実にせっかちですな」

 

「あら、既に衛士隊が劇場を包囲しているというのに続いているだなんて。…見苦しいですよ」

 

「……小娘が!この私を罠に嵌めようなんぞ百年早いわ!!」

 

 リッシュモンが手を叩く。すると今まで演技をしていた六人の役者たちが隠し持った杖を抜いてアンリエッタに突き付けた。若い女の客たちは突然の凶行に悲鳴をあげる。

 

「黙れ、芝居は静かに観ろ!!次に騒げば命はないと思え!!」

 

 本性をさらけ出したリッシュモンの声に女たちは静まりかえる。

 

「…なるほど、ここはあなたの管轄だものね。役者にアルビオンのおともだちを混ぜることは容易ということですか」

 

「ええ、ハッタリではありませぬぞ。一流の使い手ばかりです」

 

「三流の役者ばかりと思ってたら、杖ばかり上手な素人の集まりでしたのね」

 

 リッシュモンはアンリエッタの手を取る。彼女は不快感を顔に出した。

 

「私の脚本はこうです。陛下を人質に取り、アルビオン行きの船を手配してもらう。あなたの身柄を手土産にアルビオンに亡命し、私は巨万の富と栄光を手にするのです!なんと素晴らしい大団円だ…」

 

「なるほど。脚本はあなた、舞台はトリステイン、役者はアルビオン…」

 

「そしてあなたはヒロインという訳ですな。では、次の舞台…アルビオンまでご案内しましょう」

 

 アンリエッタはため息をついて酷評する。

 

「…酷い脚本と大根役者ね。これでは人が遠のくのも納得です。……付き合いきれませんわ」

 

「おや、そんな事を言って良いのですかなぁ?あなたの首を持ち帰ってもこちらは構わんのだぞ!?」

 

「……ひとつ、勘違いをしているようですね。今日の芝居はわたくしの脚本です」

 

「ふ、フハハハ!!何を仰るかと思えば…現実が見えてないのか小娘!!お前はもう終わりなのだよ!!」

 

 リッシュモンの勝利宣言を聞いても、アンリエッタは動じない。それどころか彼女は笑みすら浮かべて言い放った。

 

「終わり…えぇ、確かにそうね。このような大根は間引いてしまいましょう」

 

 彼女は高らかに指を鳴らす。すると、これまで怯え震えていた女の客が一斉に目つきを変え、隠し持った拳銃を抜いた。

 

「……な!?」

 

 リッシュモンの手下は動揺し動きが遅れた。何十丁もの銃声が度重ねた雷鳴の如く轟き、舞台に立つアルビオンのメイジたちを穴だらけにする。

 ……彼らは永遠に『トリステインの休日』を終わらせることができなくなった。

 

「な、なんだと…!?」

 

「……既に衛士隊が取り囲んだ状態で、これほどの客がいることに疑問を持たなかったのですね。……さあ、終幕(カーテンコール)ですわ」

 

 リッシュモンはしばらく無言だったが、やがて狂ったように笑い出した。銃士隊に銃を向けられてもなお笑うリッシュモンに、アンリエッタは聞いた。

 

「……何がおかしいのです?」

 

「いや、コレが笑わずにいられますか!まさかここまで読まれていたとは、中々の成長ですな!あと十年時間があれば名君になれていたでしょうに!」

 

「あら、わたくしは天寿を全うする気ですよ?」

 

 アンリエッタは軽口で応じる。リッシュモンはさらに大笑いした。

 

「陛下は一つ大切なことを忘れておいでですな。物語というものは……」

 

「……ッ!!彼を撃ちなさい!!」

 

 リッシュモンは自身の座っている席の手すりの裏についていたボタンを押す。すると落とし穴の要領で椅子ごと彼は落下した。

 目を丸くするアンリエッタに対し、高等法院長だった男は満面の笑みで言った。

 

「………どんでん返しが付き物なのです」

 

「………や、やられた……!」

 

 アンリエッタは、何事もなかったかのように椅子の無くなった床を睨む。しかし、魔法で動く仕掛けだったらしく押しても引いてもびくともしなかった。

 

「陛下、どうなさいますか!?」

 

 慌てる隊員に、アンリエッタは悔しそうな顔で命令を下した。

 

「急いで出口と思しき場所を探しなさい!あの男を亡命させてはなりません!!」

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