ソードアート・オンライン 《Now Dead Future》 作:クロス・アラベル
その、血に濡れた足で踏み入れていいのか。
苦悩する。
「あれが、先輩の故郷……」
「うん。ルーリッドって言うんだ。見ての通り小さな村でね。何も無い場所だよ」
夕暮れ。
僕らはついにルーリッドを一望できる丘へとたどり着いた。
何も変わらない景色。強いて言うなら___
「_____開拓が、予想以上に進んでいる…」
そう、この地に根付いていた漆黒の巨木《ギガスシダー》。それが土地の開拓の邪魔をしていたが、それを僕が切り倒した。そのせいで僕が予想していた以上に開拓が進んでおり、森の面積量が僕がいた時よりも少し狭まっているように見える。まだまだ森はあるとは言え、この速さだと___
「かなり奥に行くしかない、か」
ここから森へ行くには、川を渡る必要がある。橋はあるが、人は通らないだろう。あまり利用する人は少ないので、僕らが渡っても誰も気づかない筈だ。
「行こう、ティーゼ。橋を渡らないと、森へ行けないから」
「分かりました」
「一応見られた時のことを考えて、フードは被ろう」
「はい」
できるだけ人に会うことは避けなければならない。出来るだけ見つからないようにするが、やっぱりもしものことがある。このフード付きのボロボロの外套を着込んで行くことにした。
これで見つかっても誰かは分からないだろう。少し不気味がられたり、怪しまれるだろうが、それはもう仕方がない。
一刻も早く誰にも見つからない森の奥へと、行かなければ。
夕暮れ時、外には人影は無かった。
○
「セルカ、水を汲んできてくれませんか?これでは夕飯の分が足りないのです」
「分かりました」
シスター・アザリアに頼まれてバケツを持ち教会を出る。
もうすぐ夕食だけれど、その時の水が足りなかったらしい。シスターは忙しく、手が空いていないので私が代わりに汲みに行くことになった。
「_____」
空は夕暮れ、橙色に染め上げられた村。
けれど、私は少し寂しく感じた。
ユージオが剣士として、この村を出てから既に3年。
「____アリスを必ず連れ戻してくる」
そう約束してくれた日が懐かしい。
今や私もシスター見習いとしてお給金を貰っているし、もう14歳だ。
ユージオも成長しているのかしら。
少し背も高くなったりして…
そんな想像をして、直ぐに私は首を横に振る。
ユージオはアリス姉様を連れ帰る為に、必死に頑張ってる。なら私も余計なことは考えずに、今すべきことをやり遂げよう。
ユージオなら帰ってくるわ。
だってあのキリトがついてるんだもの。
セルカはそう心の中で願って、井戸の水汲みを再開した。
◆
橋の上。僕達はそそくさと渡る。
ここに長居して誰かに見つかってしまえばそれこそ不味い。
それに、僕にとって会いたくない人がいた。
アリスの妹、セルカだ。
『アリスを連れ帰ってくる』
と約束したというのにこの体たらく。アリスを連れるどころか、見つけることも出来ず、あまつさえ殺人という大罪を冒し、今や全国指名手配中だ。合わせる顔などある訳が無い。
何の為に、僕はキリトから剣を学んだのだろうか。
アリスを取り戻し、誰かを助ける為の剣を教わったはずだ。それが______
その剣が、血で染まるなど___
動悸がする。
ルーリッドの村に近づくにつれその動悸は激しくなり、今やティーゼに隠しきれるか分からないほどだった。
早く、離れないと_____________
『______ユージオ?』
「_________」
1番聞きたくなかった声。
いや、違う。
その声をまた聞きたかったし、もう一度会いたかった人。
でも今はもうダメだ。
声を聞くだけで、動悸が一層激しくなる。
頭の中に鳴り響く警鐘。
ダメだ
会ってはならない
会える資格などあるものか
どの面を下げて彼女に顔を合わせろと?
絶対に彼女は拒絶する
キミはそれに耐えられるか?
人殺し、と
大罪人、と
そう言われて正気でいられると言うのか?
心の中で誰かが問いかける。糾弾にも似た、鋭い言葉。
無理だ。
その時僕は果たして
動悸は止まらない。
汗は滝のように流れ出る。
目頭が熱くなる。
『_____ユージオなの?帰ってきたの!?』
セルカの声は近付こうとする気配がする。
もう、どうにかなってしまいそうだ。
そして、僕はセルカが1歩踏み出した瞬間___
行動を起こしていた。
「___システムコール、ジェネレートエアリアルエレメント」
「先輩______!?」
小声で神聖術を唱え、一気に片手に風素を3つ生成し
「バースト_____ッ!!」
そして、僕らの後ろ______セルカとの間で、爆発させた。
『きゃあっ!?』
もちろん風素を攻撃性のある形に変えた訳では無い。ただ、風素の塊を一気に解放しただけ。
ただ、突風が吹くだけだった。
それで充分だった。
セルカの動きを止め、わざとセルカの視界を自身の両手で塞がせる程度には。
そして僕はティーゼの手を強く掴んで、そのまま突風の勢いで橋向こうまで走り、森へと入っていった。
「____ハッ、ハッ、ハッ……はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
森の中、僕はティーゼの手を引いて走り続ける。誰も見つからないように、遠くへ。
もっと遠くへ。
身体中が熱い。
呼吸は乱れ、嗚咽さえ漏れそうになる。
「ま、待ってください!ユージオ先輩!」
その時、ティーゼに止められた。彼女も息を切らしているようだが、困惑しているようだ。それはそうだ。僕がいきなり神聖術を唱えて逃げ出したのだから。
「ユージオ先輩…!今の方は…?」
答えるほど余裕はない。体力的にも余裕があっても心にその余裕が無い。息が切れるほど走ってないのに、息が上がる。
そして、小川で足をもつらせて盛大に転んでしまった。
「ぅっ、あ___」
「せ、先輩!?」
ティーゼはギリギリ手を離していて、ティーゼを巻き込むことは無かったみたいだ。びしょびしょに濡れたのは、僕だけらしい。
「はぁっ……はぁっ……うっ、ぁ……」
また立ち上がって走り出そうとして___
「待ってください!ユージオ先輩!!」
ティーゼに行く手を塞がれてしまった。
「……何が、あったんですか?」
「……」
「私は、怒っているんじゃないんです。ただ…ユージオ先輩が、村に近付くにつれて震えていたから…」
「震、えて_____?」
ティーゼに言われて自分の腕を見る。びしょびしょに濡れてしまった腕は______確かに震えていた。
「___そうか」
それはそうだ。こんなに震えていたら、怪しまれるし、心配もされる。
「……ごめん。あの村には、会いたくない人ばかりだったんだ。特に、あの子には」
ボソボソと、話す。
もう何か話しをする気力さえ湧かない。
「…あの方は…?」
「……僕の幼なじみにアリスって子がいたんだ。その子の妹が今の子___セルカ。実は_____」
でも、今まで全く話そうとしていなかった事。僕が修剣学院に入学した理由を話した。何故か分からないけど、話しておかないと、ダメな気がした。こんな風に逃げて、一緒に来てくれたティーゼには何も言わないなんて…僕には出来なかった。
○
森の奥にひとまず逃げ込んだ僕とティーゼは無言でそれぞれ木にもたれかかった。
僕の全て____アリスの話をしてから、ティーゼとは言葉を交わすことはなかった。ティーゼも僕を気遣ってくれているんだろう。
「……」
あれから半刻。辺りは暗くなり、月の光だけを頼りにティーゼをチラリと盗み見る。
表情は見えない。彼女が今、何を思っているのか。僕には想像もつかない。
彼女が、僕を慕ってくれているのは知っている。あの日、僕に言ってくれた言葉に嘘はなかった。そこまで慕ってくれている彼女に、進む理由を教えてしまった。
ティーゼはどう思っているのだろうか。
出来ることなら。
全て投げ出して、逃げてしまいたい。
アリスを助ける為に振るうと誓った青薔薇の剣は、血に汚れてしまった。
自身を慕ってくれていた一人の女の子の手を、僕は血で染めさせてしまった。あまつさえ、その手を取ってこんな所まで逃げて来てしまった。
ああ、叶うのならば_______
______誰か、僕を断罪して欲しい。
殺してほしい。
そして、どうか。
_____ティーゼに赦しを。
ユージオ君の精神はぐっちゃぐちゃです。
うん、美形が苦悶に歪む様というのは見ているだけで健康に良いね(ロクデナシ)
因みに、タイトルの『Now Dead Future』は『今は亡き未来』という意味でつけました。