あれから、昇降口を出た愁と神室の両名は目的地であるカフェへと向かっていた。
昇降口を出てからカフェに着くまでの間、2人はずっと手を繋いだ状態であり、道中、様々な視線を浴びながらの移動となり、カフェの少し手前で立ち止まり、愁が口を開く。
「ずっと、行き交う人達の視線を浴びてしまいましたね」
「う、うん。愁にとってはさ、嫌だったよね?」
少し俯き、暗い表情で言う神室。
神室自身も視線を浴び続けてかなり恥ずかしかったが、それでも愁と手を繋ぎ、温もりを感じながら一緒に歩けた事に満足はしていた。
しかし、それは神室本人の事であり、愁の事に対すると話しは変わってくる。
私の勝手な欲で嫌な思いをさせてはいなかっただろうか?
もし、それで愁に嫌われたとしたら?
その様な不安を抱き始め、それが先程の質問へと発展していく。
「私ですか?
いえ、全然大丈夫ですよ」
その愁の言葉に、神室は俯いていた顔を上げて、明るい表情となる。
「ホントに…?」
「ええ、少なくとも私は嘘は付きませんよ?」
「そう、それなら良かった」
神室はそう答えて、心底安堵した、と言っても差し支えない表情を浮かべる。
「さて、カフェに着いた事ですし、入りましょうか?
こんな所でいつまでも立っていても仕方がありませんからね?」
「そうね、入っちゃいましょう」
そして、2人揃って入店すると店員に角にあるソファのテーブル席へと案内され、ひとまずはメニューを決めていく事になった。
店内は入学式直後で授業が無いというのもあってか、他の生徒達でそこそこ賑わっていた。
「おぉ、思いの外、居るものですね。
私は簡単にコーヒーでも頼んでおきましょう。真澄は?」
「そうね、ちょっと驚きかも。
うーん、折角来たんだしパフェでも食べよっかな?
て言うか、コーヒーなんてそんな苦いものよく飲めるわね。」
「慣れだとは思いますけどね。個人的には飲むと落ち着くので好きですが」
「そうなの?私は無理かな」
「まぁ好みは人それぞれですからね。変に強要はしませんよ。興味が出たら飲んでみる、程度で良いと思いますよ」
「そうね。じゃあ、いつか興味が出た時に飲んでみる」
「それで良いですよ。じゃあ、店員さん呼びますね。
すいませーん、よろしいですか?」
そうして席にやって来た店員にオーダーを取り付け、2人は頼んだモノが来るまで簡単な雑談を始めていく。
「さて、入学初日となる今日一日、如何でしたか?」
「ここに来る前のコンビニから始まって、結構濃かったかな?
でも、愁と会ってから今に至るまでほぼずっと一緒に居たけど、それは全然嫌じゃなかった」
愁の問いに神室は苦笑しつつも少し恥ずかしそうに答える
「それはそれはありがたい限りですね」
「ただ、クラス内とか校内歩いてた時の男子達から向けられる視線はすごい嫌だった。声掛けて来る連中もしつこかったし、面倒だったわ」
心の底から面倒だったのだろう、辟易とした表情で言う
「あー、結構クラスの男子達は真澄に言い寄ってましたからね。ですがまぁ、貴女は綺麗で美人ですから仕方ありませんよ」
神室の辟易とした様子に軽く同情する様子を見せつつ、平然とした顔でその神室の容姿を褒める愁
「ちょっと!サラッとそんな事を言わないでくれる!///」
急な言葉に顔を仄かに赤らめる神室
「お静かに。そんな大声を出したら周りの人達に注目されてしまいますよ?」
「うっ、急に変な事を言い出す愁が悪いんだから…」
そんな雑談を繰り広げていると、頼んだメニューが届いたので2人は会話を一度止め、それぞれの口に運ぶ?。
「良くも悪くもよくある珈琲の味ですね。そちらのパフェは如何です。」
飲んだコーヒーの感想を溢しつつ、問い掛ける
「専門店じゃないんだから、そこまで求めるモノでも無いんじゃないの?
こっちのパフェは意外と悪くないよ。普通に美味しい。」
若干の呆れを持たせた視線を向けながらもそう答える
「そう言われてしまうと弱いですね。
ま、貴女の方が当たりだったと言う事で良しとしましょう。」
じー、っと神室が食べているパフェへと視線を向けながら答える。
美味しいという言葉に若干の興味が湧いた様である
流石に神室もその視線を向けられて気付いたのか
「えーっと、もしかして食べたいの?」
と、これまでここまで視線を向けられた事も無かった為、少し困りながらも問い掛ける。
「流石に分かってしまいましたか…ですが、宜しいんですか?」
少し、悪い笑みを浮かべながら答える。
興味本位から神室の食べているパフェへと向けた視線を簡単に見破られてしまい、我ながら意地汚い、と思いつつも、見破られたモノは仕方が無いとして、ここは変に取り繕うよりも、潔く、愁は神室の提案に乗ることにした。
「べ、別に良いわよ、一口ぐらい」
愁の悪い笑みを観た事でそっぽを向いて答える。
だが、実際は今現在、自身が食べているモノを自分の意中の相手に分けてあげられるという状況に、先程まで落ち着いていた心に、少し興奮と恥ずかしさが湧き上がってきた。
「ありがとうございます。それでは、遠慮無く。
ーーーうん、これは美味しいですね」
そう言って、愁は神室からパフェを一口貰う。
しかし、ここで問題になってくるのが、その貰う方法であった。
それは、新しいスプーンを使う事は無く、神室が使用していたスプーンをそのまま使って食べる、と言うもの。
ーー所謂、間接キス、と言うモノであった。
「な、な、何を…」
今しがた眼の前で起きた現実を完全に頭で理解し切るまでに数秒の時間を要してしまい、口をパクパクとさせながらフリーズしてしまう。
そして、そこからさらに数秒後にようやく、起きた現実を受け入れて思考が再起動を開始する。
しかし、それにより、何が起きたのかを明確に理解してしまった神室はボンッという音が幻聴として聴こえても可笑しくは無いレベルで顔を赤く染め上げていく。
さらに、心臓は早く脈打ち、その鼓動の音は耳障りなレベルで鼓膜へと響いていく。
(い、今のって、完全に間接キスじゃん…
え、どうしよう…残りのパフェ、愁が口に含んだスプーンを使って食べるの?しかも、本人の前で?いやいや、めっちゃ恥ずかしいんだけど…
新しいのを店員に持ってきてもらう?でも、そんなことをして、愁に、避けられてると思われたくない…)
これまでに経験が無かった出来事に対して、表面上はフリーズしながらも、心の中では完全なパニックに陥っていた。
しかし、パニックになりながらも、神室はどこか嬉しそうにしていた。
「ね、ねぇ、愁、そのスプーン…」
何とかフリーズを解き、再起動を果たして、一言を捻り出す。
「あぁ、申し訳ありません。これ、貴女が使用していたスプーンでしたものね。
ちょっと考えれば分かる事でしたのに、私の配慮不足でした。さぞ、御不快だったでしょう。いま、店員さんに新しいのを持ってきて頂く様にします。」
愁は、スプーンの事を指摘されて思い至ったのか、申し訳無さそうに表情を落とす。
そして、いま自分が使ってしまったモノを再度使う等、到底嫌だろうと思い、新しい別のスプーンを貰おうと店員を呼ぼうとする。
しかし、それに待ったが掛かる。
それは愁の目の前に座る、神室からであった。
「店員なんて、呼ばなくて良い…
私は愁が使った、そのスプーンで大丈夫だから…」
(むしろ逆に使いたい!)
どうやら、神室は特段気にしていないらしい、それに本人自らがそういうのであれば、わざわざ呼ぶ必要も無いかと、結論を付ける。
「分かりました。真澄がそう言うのであれば、店員は呼びません。
しかし、エラく顔が赤いですが、大丈夫ですか?
それにどこか嬉しそうな雰囲気を感じ取れますね」
「そ、そんな事は…無い」
愁からの思わぬピンポイントの指摘に神室はタジタジになってしまう。
そんな反応を見せる神室に愁は、何故彼女が新しいスプーンを用意しようとするのを止めたのか、合点がつく。
愁は徐に自分が座っている席を立ち、神室の隣へと座る。
「え、急にどうしたの?」
どうして急に立ち上がったのか?
なんですぐに隣に移動して来て座ったのか?
(ち、近いよ!//)
突然の愁の行動に神室は何が起ころうとしているのか、全然分からず、頭の中には?が次から次へと浮かんでくる。
そんな現状を全く把握出来てない神室の耳元に顔を近付けて愁は囁く。
「本当は私が貴女の使ったスプーンを使ったのが嬉しかったでしょう?
そして、更に貴女は、私が使用したスプーンを使いたかった。だから、店員を呼んで新しいモノを貰うのを止めた。違いますか?」
「〜〜っっ///」
愁に耳元で囁かれた事により、神室の背筋がゾクゾクっと震える。
さらに、愁が言った内容が完全に図星であった為に、恥ずかしさが限界突破したのか両手で顔を両手で覆い隠す。
そんな神室の姿を観る愁は
(何処かの小動物みたいですね)
と、心の中で呟いた。
「ーーー」
愁が小動物の様な神室の様子を見ていると、神室が何かを言っているのが分かる。
しかし、顔を両手で覆って少し俯いてしまっているせいか、その言葉を正確に拾う事が出来なかった。
「真澄、今なんておっしゃいました?もう一度お願い出来ますか?」
それでも、何かを言っている、と言うのは分かったので、もう一度言って貰う様にお願いする。
すると、神室はゆっくりと俯いていた顔を上げて顔を隠していた両手を取る。
その顔は横に座っている愁が観ても一目で分かるレベルでまだ赤いままであったが、愁と眼と眼を合わせて、意を決した様に口を動かして、言葉を紡ぐ。
「……嫌いにならないで」
神室の口から発せられたその一言。
どうやら、心の中で間接キスを嬉しがっている自分、またそれを欲している自分を見抜かれてしまった事により、そんな自分自身の事を、もし気持ち悪いと思われてしまったら、もし引かれてしまったら、もしそれらが原因で嫌われてしまったら、と考えてしまい、不安に陥っていた。
それは意図せずして、奇しくも神室と愁の2人がカフェに入る前に一緒に手を繋いでいた時のやり取りと少し重なっていた。
しかし、内容としては手を繋ぐ、と言う行いよりも、より深い物事になっているので、神室の不安もそれに比例してまた大きいものとなっていた。
「…………」
愁からの返事が帰って来ない事に神室が抱いて不安は大きくなる。
そして、今度は愁の手を両手で包みながら言う。
「…嫌いにならないで、お願いだから…」
その神室の姿は縋り付く様に、或いは子供が親から必死に離れまいとする様な雰囲気を纏っていた。
ここでようやく、愁も神室の言葉に答える。
「安心して下さい。私が貴女を嫌いになるなんて事はありませんよ。だから、大丈夫です」
「良かった。ありがとう」
そう答える神室の表情はさっきまでの不安そうな表情とは打って変わり、安心感に包まれていた。
「ほら、こちらへ。」
そう言って、愁は神室の頭に腕を回し、自身の肩へとゆっくりと倒した。
もちろん、前触れもなく、急にそんな事をされてしまえば、神室は一瞬でパニックになってしまう。
「え!、い、いきなり何するの!?」
状況を瞬時に飲み込めず、パニックになっている神室に
「さっきまでは不安そうにしてたのに、今度は急にパニックになるなんて、 ホントに真澄は面白いですね」
と、笑みを浮かべながら言う。
「だって、し、仕方無いでしょ//急にこんな事されるなんて思わないし…」
「まぁそれはそうでしょうね。もしかして、嫌でしたか?もしそうであれば、やめますが?」
そういう愁の顔はどこか意地悪げになっていた。
「嫌じゃないから、もう少しして///」
答える神室の表情は少し蕩けてしまっていながらも、幸せそうであった。
「仰せのままに、姫」
「プッ…何それ急に、あまり似合ってないよ」
「おや、それは残念ですね」
遊び心から少々、ワザとそれっぽく気取った感じに答えた愁の言葉は、神室に吹き出しながら笑われる事になってしまった。
「ですが、忘れていませんよね?周りには普通に人がいる事を」
ここに来て思い出したかの様に言い出す
「え!?やだ!ダメ、なんで今それを言うのよ、恥ずかしいから!
…折角意識して忘れようとしてたのに、わざと意識させるなんて、イジワル……恥ずかしくて死んじゃいそう」
指摘されてしまった事で、これまで意識の外へと置いていた周囲の人間の存在をより、意識してまう事になってしまい、再び、顔を両手で隠してしまう。
「うーん、強いて言うのであれば、真澄が恥ずかしがる姿を観たかった、からですかね
…それはそうと、そろそろ本来のお話しをしましょうか」
そう言うと、ゆっくりと立ち上がり、自身の座席へと戻っていく。
愁が離れた際、無意識か意識してか、神室はとても残念そうな表情を浮かべいたが、そろそろ本題に入ると言われたことが、先程までの余韻は残っているものの、真剣な表情へと切り替えられた。