『ルーデウスの日記』と呼ばれるものは二種類存在する。一つは過去転移魔術で異なる世界からやってきたルーデウスが持っていたものと、もうひとつ。
「やっぱりすごい量だね」
「どこから手をつけましょうか」
ルーデウスの書斎に二人の人影がある。
一人は白髪の女性、シルフィエット。もう一人は青髪の女性、ロキシーである。二人はこの部屋を掃除するためにやってきた。
とはいえ。しばらく使われていなかった部屋だが手入れは行き届いている。
これなら埃や虫に気を遣う必要はないだろうと二人は判断し、手始めに荷物の整理に入った。
「あ……」
入ろうとした。だがそれはシルフィがある一冊の本を見つけた事で棚上げとなった。
「どうしたんですか?」
「見てロキシー、ルディの日記だ」
「例の日記でしょうか」
「ううん、ルディがたまに書いてる方だよ」
書いてるの見たことあるし、とシルフィは書斎の椅子に座った。
「読んじゃうんですか?」
「せっかくだしね、ロキシーも一緒に読もうよ」
「……いいでしょう。ルディがどんな事を書いているのか、わたしも師匠としてチェックしておかないといけませんし」
「ふふっ……共犯だねボクたち」
そう言ってシルフィが日記を読み始める。ロキシーも近くに椅子を持ってきて座った。
しばらく、紙をめくる音だけが書斎に響く。
「なんだか日記というよりお手紙みたいだね」
「パウロさんに宛てたものみたいです……あっ、ララが産まれた時の事まで書いてます」
「そりゃ書くよ、ルディはみんなの事大好きだもん。そういえばルーシーは小さい頃ルディのこと怖がってたっけ」
二人は懐かしい気持ちになりながらページを進める。
「思えばあの頃のルディはいつも忙しそうにしてましたね」
「ビヘイリルでの戦いの後は少し落ち着いたけどね」
進める。
「ここのはどういう意味でしょう」
「あ、前にナナホシから聞いたことあるよ、確かルディの前いた世界の言葉で……」
進める。
「この頃になるとだいぶ文章も落ち着いてますね、クリスが婚約して、ララが旅に出た頃でしょうか。あの子は元気にやってるでしょうか……」
「大丈夫だよ、ボクたちみんなの子どもだよ?」
進め終わる。パタン、と日記が閉じられた。
書斎に入る前は昼過ぎだったのに、窓からは夕陽が見えている。
「結構熱中しちゃいましたね」
「……うん」
「早く片付けてしまわないと……シルフィ?」
「うん……うん……大丈夫。大丈夫、だよ……」
シルフィの目から涙がこぼれていた。
静かに、そして日記が汚れないようにではあるが、確かにこぼれていた。
「ごめん、ごめんねロキシー、辛いのはロキシーだって一緒なのに……ボクだけ、ボクだけこんな……」
「ええ、辛いのは一緒です。だから大丈夫です、ちゃんとわかってますよシルフィ。忘れちゃったんですか?わたし、シルフィよりもお姉さんなんですから」
そう言いながら、ロキシーがシルフィの背中をなでる。
その労りに安堵と罪悪感をシルフィが覚えていると、
「なにしてるの?」
もう一人が心配そうな顔で書斎に現れた。
赤髪、しかしエリスではなく。その髪を三つ編みに、腕に龍神の腕輪をはめた少女。
「ひいおばあちゃんたち、どうしたの?」
エリスの曾孫、フェリスがそこにいた。
ふたりが部屋に入ったきり出てこず、そのうえ部屋から曾祖母のすすり泣く声が聞こえてきて、心配してやってきたのだろう。
「フェリス……大丈夫だよ、ちょっとひいおじいちゃんのこと、思い出してただけ」
「そうなの?」
「そうですよ、もうすぐに出ますから、ママたちに伝えてきてください」
「わかった!」
トタトタとフェリスが台所に向かう。
「ふふっ……」
「元気出たみたいですね」
「うん。本当にあの子はエリスにそっくりだね」
「ええ、本当に。もうすぐ晩ご飯ですし、それまで続きをしましょうか」
「そうだね、ルディが遺してくれたもの、ちゃんと整理してあげないと」
これは甲龍歴481年のある日。
もう書かれる事の無い日記の、さらに先の一ページ。