わからない。
今日、学校で出された魔術の宿題が難しくてよくわからない。昔ママたちから似たような事を教わった気がするけど忘れてしまった。
わからないなら、誰かに聞けばいい。でも誰に聞けばいいのだろうか。
魔術の事だから白ママに聞こうかな。でも一度教えてもらった事だから聞きづらい。
青ママはこの宿題を出した本人だから、聞くのはズルだと思う。
赤ママたちは魔術の事はよく分からないって言ってた。
パパは一番ダメ。今日はお休みで家にいるけど、こんなところがわからないと思われたら褒めてもらえない。期待してもらえない。
どうしよう……。
「……そうだ」
一人、教えてもらえそうな人がいた。
忙しい人だからお出かけしてるかもしれないけど、もし居たら教えてもらえる。
そう思って私は宿題と筆箱をカバンに入れて家を出た。
目的地にはしばらく歩けば着いた。建物からなんだか重たい空気が漂ってきているから、目的の人は居るみたい。
建物の中に入って、あの人がいつも居る書斎の前へ。入る前にパパやママたちから教わった通りの挨拶をする。
「オルステッドさまー!いらっしゃいますかー!」
「ああ、入るがいい」
わからなければ、人に聞きなさい。
青ママの言葉通り、パパの上司、オルステッドさんを訪ねてみた。
---オルステッド視点---
「オルステッドさまー!いらっしゃいますかー!」
いつもの様に書斎で書類を書いていると、客が来たようだ。
この声はルーシーか。気配からして一人で来たようだが、ルーデウス達は知っているのだろうか。
「ああ、入るがいい」
書類の大半は龍神語で書いてある。見られても問題は無い。
そう判断して、ルーシーを書斎の中へ招いた。
「一人か?その鞄はどうした?」
「はい!オルステッドさまにお聞きしたい事があって来ました!」
親の教育の賜物だろう、礼儀正しい子だ。
よいしょとルーシーは手に持った鞄を机に置いた。
どうやら聞きたい事というのはその鞄に関わる事らしいが……。
「それで、聞きたい事とは何だ?」
「学校の宿題、教えてください!」
学校の宿題。
学校とはルーシーが通っていて、ルーデウス達も通っていたラノア魔法大学の事か。確かルーシーの入学初日にルーデウスに俺の兜とコートを貸したのだったか。
いやそれはいい。確かに俺はルーシーに魔術のコツなどを教えた事はあるが、教師として優秀では無い事は自覚している。ルーデウスに教えた時も教えた物とは少し違う魔術が飛び出してきて驚いたものだ。
「……俺でいいのか?今日はルーデウスが家に居るだろう」
「パパたちには聞きづらくて……」
なるほど。ルーシーは優秀な子だ。そして頑張り屋だ。多少の贔屓目が入っている自覚はあるが、それでも両親に認めて貰おうと頑張っている姿を知っている。
何かしら思う所があるのだろう。
「わかった、見せてみるがいい」
「……!ありがとうございます!」
ルーシーが持ってきたのは魔術の課題だった。そう難しいものでは無いが、やや捻ってはあるか。少なくともルーシーの年齢で解かせる物ではあるまい。
もっとも、あの学校は入学に年齢を問わない。そんな中7歳から学校に通い始め、それ以前からも魔術や剣術の指導を受け、問題なく授業に着いて行けるルーシーの方が早熟だと言える。そのルーシーならば、基礎的な理論と少しのヒントを出してやれば自力で解答に行き着けるだろう。
「む……」
理論の説明を止めてルーシーを見ると、目を回していた。
やはり俺は教師としては落第らしい。
「少し休憩にするか」
「……はい」
事務所に備え付けてある非常食の中から子供が喜びそうな甘いものを選び、紅茶を淹れる。
昔、ペルギウスの許に居た頃に覚えた物だ。
「ありがとうございます!」
普段は姉として気を張っている部分もあるのだろう、やや大人びた印象もある子だが、甘いものと紅茶を見て顔を綻ばせるあたりはまだまだ子供らしい。
「美味しいです!」
「そうか」
その答えを微笑ましく思いつつ自分の紅茶を口に運ぶ。
……少し砂糖を入れすぎたか。もしかすると気を遣われてしまったかもしれない。
「食べ終わったら庭に出て、今教えた事を実際にやってみるといい」
食後の運動がてらに丁度良かろう。書きつけで覚えるよりも実地でやった方が覚えは良いはずだ。
「わかりました!」
---
食休みを挟んで庭に出た。
ルーシーは鞄の中から取り出した杖を持っていくつかの魔術を使っている。表情からして先ほど教えた理論に納得が行ったのだろう。
俺は実例を見せてやれないにも関わらず、優秀な子だ。
「ふむ」
しかし机での勉強に加え、魔術を連続で使ってルーシーも疲れている様に見える。
時刻はそろそろ夕方だ。今日はもう帰してやるのが良いだろう。
「ルーシー、そろそろ帰った方が良かろう」
「まだできます」
「そうではない。ルーデウス達に話してから来たのか?この時間だ、きっと心配しているぞ」
「……わかりました」
呪い防止の兜を被り直し、土産に気に入りそうな本をいくつか持たせたルーシーを抱き上げる。
シャリーアは他の町と比べて治安が良いが、それでも疲れた子供一人、帰らせない方が良いだろうからな。
「着いたぞ」
と言っても事務所からルーデウスの家まではすぐだ。日が落ちるまでには着く。
もっともその僅かな間に、ルーシーは俺にしがみ付いて船を漕ぎ始めたが。やはり疲れていたのだろう。
いつものように絡みついてくるトゥレントを傷つけないよう引き剥がしながら敷地に入ると、ちょうど玄関から出てきたルーデウスと目があった。
「あれ、オルステッド様……とルーシー!」
「出かけるのか」
「ええ、まあ、ルーシーを迎えに行こうかと……傭兵団からルーシーが事務所に向かったのは聞いてたんですが、帰りが遅いので迷子になったかと思ったもので」
なるほど、それで杖だけではなく魔導鎧まで着込んでいるのか。
この子達は本当に大事にされている。やはりもう少し早く送ってやるべきだったな。
「宿題を教えてくれと言われてな」
「ああ、それは……ありがとうございます」
「気にする必要は無い」
そう言いながらルーデウスにルーシーを引き渡した。
それにしても本当によく眠っている。これほど近い距離で子供の寝顔など見れる日が来るとは、かつては思いもしなかった。
「あ、ほらルーシー、オルステッド様帰っちゃうぞ、ちゃんとお礼言ったのか?」
「構わん、寝させてやれ。ではな」
いつもとは逆に、見送る側となったルーデウスの視線を背中に踵を返す。少し寂しい気がするのは今日一日ルーシーと一緒にいたせいだろう。
そんな感傷を悪くないと思いながら、俺は事務所への家路を急いだ。
明後日。
事務所にやってきたルーデウスから、ルーシーが例の宿題を基にしたテストで満点を取ったのだとだらしのない顔で自慢された。
やはり、優秀な子だ。