あなたが善い夢を見れますように
「〜〜〜〜♪」
鼻歌混じりで夜の街を歩く。
今日は元々護衛の日だったけど、アリエル様とおばあちゃんの人前ではとても出来ないようなお話が大盛り上がりしちゃって、今日は急遽帰っても良い事にになった。
お仕事が嫌ってわけじゃないけど、ルディと過ごせる時間が少しでも増えるのが嬉しい。とはいえもう遅いから、ルディはもう寝ちゃってるかもしれないのは残念かな。
けどそれはそれでルディの寝顔を眺めたりとか、朝起きたルディがびっくりしてボクを抱きしめてくれそうだったりとか、別の楽しみがある。いずれにせよ踊るような心地でボクは家のドアを開けた。
「ただいまー」
返事はない。やっぱりもう寝ちゃってるみたい。
ボクももう晩ごはんは食べちゃってるし、パジャマに着替えてルディの部屋に行ってみようかな。
「んん……あぁ……」
起こさないように気をつけながらルディの部屋に入って、最初に聞こえて来たのは魘されているような呻き声だった。
そしてはじめて一緒に寝た時のような、苦しそうな寝顔。今、ルディはきっと辛い夢を見ている。
そんな夢を見ているなら起こしちゃっても構わない。そんな気持ちでゆっくりと頬に触れてみる。
「……ん」
すると安堵したような息が漏れて、表情が和らいだ。起きている時より幼くて可愛くて、ブエナ村で遊んでいた頃を思い出させてくれる、そんな安らいだ寝顔。
「……良かった」
その寝顔を見ていたら、ボクも眠くなって来た。
起こさないよう慎重にルディの腕の中へ体を滑り込ませて、抱きしめられる格好で目を閉じる。ここはボクが一番安心できる場所だ。
暗くなっていく意識の中で、ルディにとってもそうなら良いなと思った。ボクを抱きしめていたら安心して、辛い夢なんか見なくなって、いつもそんな安らかな顔をしていてくれたら良いな。
ふたりの三つ編み
「ふわ〜〜〜ぁ……」
ある日の午後、ララはいつもの昼寝から目を覚ました。
と同時に、自分と、枕代わりにしていたレオの後ろに誰かの気配を察知した。
救世主云々とは関係無く、日々のイタズラとそれに伴うお叱りによって体得した防衛本能である。
「おや、起きたんですかララ、おはようございます」
「……おはよう、今日はまだ何もしてないけど、 」
何かあった?と聞こうとしたララの背後にいたのは彼女を産んだ母親、青ママことロキシーであった。
青い髪の母がこの時間に家にいるのは珍しい、もしや昨日母の部屋に仕掛けたイタズラがバレでもしたかとララは身を固くした。
「今日は?」
「なんでもない」
危うく藪をつつく所だった、と吹けていない口笛を吹きながら必死に目を逸らすララの様子にいつものイタズラですねとロキシーはあたりをつけた。
もっとも、今のララにある用事はその事ではない。
「ララ、今日あなたは夕方から魔法大学で研究発表の予定があったと思うのですが」
「……あ」
「忘れてたんですね」
「準備はできてる、レオの毛が気持ち良すぎて、寝ちゃっただけ。今から出れば間に合う」
えっ自分のせい?という顔をしているレオをよそにララは無表情ながら慌てて制服を着て出かけようする。
その身なりをロキシーが見咎めて呼び止めた。
「待ちなさいララ、寝癖酷いですよ」
「仕方ない、我慢する」
「駄目です、なるべく手早くしてあげますからこっちに来てください」
「……わかった」
渋々と言った様子でララはロキシーに背中を向けて座り、ロキシーが元々持っていたらしい櫛でララの髪の毛を梳き始めた。
「青ママ、上手」
「そうですか?まあ、わたしももう6人のお母さんですからね」
「青ママ、手が止まってる、はやく」
「もう櫛は終わったんです!じゃあ三つ編み作っちゃいますから動かないでください」
「わかった、お願い」
先ほどの櫛以上に慣れた手つきでロキシーが三つ編みを作り始める。
無詠唱魔術で水鏡を作り、母の様子を見たララはおー、とまるで他人事のように感嘆の声をあげていた。
「はい、出来ましたよ。どうですか?」
「すごい上手、なんで?」
「なんでと言われても……わたしはずっと三つ編みですし。前にシルフィに髪の整え方とか習いましたしね」
「そうなんだ……ありがと」
「どういたしまして。ほら早く行かないと本当に遅刻しちゃいますよ」
「そうだった、行くよレオ」
起きていたレオと連れ立ってララがリビングから外に出ようとする。
「いってらっしゃい、気をつけるんですよ」
「わかってる、行ってきます」
小走りで庭に出てレオに跨り魔法大学へ向かうララ。その姿に冒険者時代の自分を重ねてロキシーは困ったように笑うのだった。
数時間後、ロキシーの部屋に仕掛けたイタズラが露見し、尻叩きの刑に処される事をララはまだ知らない……。
午前零時にお嬢様と
それはエリスが(そこそこ)真面目に授業を受け始めたある日の事である。
珍しく夜中に目を覚まし、暇を持て余していたエリスは屋敷の中なら安全だろうと考えて散歩をしていた。
昼間は明るく、喧騒に包まれている屋敷も夜は静寂そのもの。まるで知らない世界に迷い込んだような心地でエリスは歩を進めていた。
そんなエリスが異変に気付いたのは、ルーデウスの部屋の前を通りかかった時である。
「なんの音かしら……」
聞こえて来るのはカタカタと家鳴りの様な音。
ひょっとしたらルーデウスも自分と同じ様に起きていて、何か作業をしているのかもしれない。そう思ったエリスはルーデウスの部屋へ入ることにした。
「ルーデウスも起きてるの!?」
豪快な音と共に開け放たれるドア。ルーデウスが居れば近所迷惑ですよ等と言う所であろう。
「……誰も居ないじゃない」
しかし注意の声は飛んでこない。なぜなら蝋燭に火こそ灯されているものの、ルーデウスは不在だったからだ。
部屋の窓は開け放たれ、風がドアと蝋燭の火を揺らしている。
「……ルーデウス?本当に居ないの?」
もしかして隠れているのか、あるいはいつかの様に誘拐されてしまったのではないか。慌てそうになった所でエリスは開かれた窓の向こう側に太い縄が垂れ下がっているのを発見した。
軽く引っ張ってみると確かな手応えが手に伝わってくる。恐らく自分の全体重をかけても大丈夫だろう。そう考えてエリスは縄を伝って登り始めた。
「なんでこんなとこに居るのよ」
「あれ?エリス?」
縄を登った果ては屋敷の屋上だった。そこに居たルーデウスは膝に毛布をかけ、その上に読みかけの本を置いてぼんやりとした── エリスからすれば少し寂しそうな様子だった。
「それで!何してるのよ!」
「星を見てたんですよ」
眠れなかったので、と言いながら頭上を指差したルーデウスにつられてエリスも空を見上げる。
そこには満天の星空があった。こんな時間に起きて外に居るのはそれこそ誘拐事件以来だったエリスにとっては見た事もない様な星空だった。
「でも星なんか見てどうするのよ!」
「別に何をするってわけでもないですよ、こうしてればそのうち眠くなるかなと思ったくらいで」
「ふーん……」
納得していないながらもエリスはルーデウスの隣に寝転がりルーデウスと同じ毛布に入った。月明かりだけがお互いを照らしているが故に顔がよく見えなかったのはルーデウスにとって幸いな事だっただろう。
「なら私も寝られないから、一緒に見るわ!いつもみたいに星について教えなさい!」
「はいはい、お嬢様」
苦笑しながら応じたルーデウスも寝転がる。
まずは月と星の説明から。夜は長い、どこまで聞いてもらえるかは分からないが、お互いが眠りにつくまでは話を聞いてもらえるだろう。きっと。