最近子供達がお風呂を嫌がると相談を受けた。
だいぶ前にルーシーがエリスのシャンプーを嫌がってお風呂場から飛び出してきた事があったが、どうもそういうのとは違うらしい。
聞き取り調査をしてくれたシルフィが言うには、
「お風呂に浸かるのがつまんないんだってさ」
らしい。主にやんちゃ盛りのララとアルスの意見だという。
聞いた当初はちょっと愕然としたものだが、よく考えてみれば俺も前世の子供の頃は肩まで浸かって10数えなさいとか言われても途中で飽きて逃げ出したりした記憶があるから、仕方がないのかもしれない。
しかし仕方がないですませていい話でもない。ちゃんと温まらない内にお風呂から上がってしまうといくら解毒魔術があるからと言っても風邪をひいてしまうかもしれないし、何より子供達がお風呂を嫌がるようになってしまったらこれから先湯船という文化の継承が途切れ……まぁそれはいいか。
とにかくこのままだとお風呂に入る事自体を面倒くさがる可能性もあるかもしれないので、どうにかしないといけないな。
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「相談なんだけど入浴剤の作り方を教えてくれ、ナナホシ」
「入浴剤」
というわけでやってきました空中城塞ケイオスブレイカー。
もちろんナナホシへの手土産も忘れずに。今回は蕎麦もどきとコロッケを持ってきたが大喜びだった。揚げたてのサクサクホクホク感を楽しむ用とお出汁に浮かべてしっとり頂く用でいくつか用意したのでモリモリ食べてもらいたい。
「いやな、聞いてくれよナナホシ。最近子供達が湯船に浸かるのを嫌がるんだ」
「子供なら普通じゃないかしら」
「でもせっかく作ったんだしせっかくなら使って欲しいんだよ」
浸かるだけに。我ながら上手いな……。
そんな事を思っているとナナホシにジト目で見られている。オジサンとか思われてるのか……?
「……はぁ。それで、なんで入浴剤なのよ」
「いや香りとか泡とかつけたら子供達だけじゃなくてみんな喜ぶんじゃないかなって」
そう答えるとナナホシは顎に手をやって真剣に悩み始めた。
自分でも無茶振りをしている自覚はある。ああいうのは温泉の成分を再現したものが多かったように記憶しているが、こっちではそんな設備ないだろうしな……。
「ねえ、別に誰かが腰痛になったとかじゃないのよね?」
「ああ、みんな健康そのものだよ」
「そう……それならハーブをお湯に浸けてみるとかでもいいんじゃない?」
「ハーブ?」
ハーブティーでも作れというのだろうか。そしてお風呂に入りながら……風呂に入ってる人の出汁まで取れそうだな、シルフィ達のなら喜んで飲めるが。
「前に聞いた事があるのよね、アスラ王国ではお風呂に香草を浮かべるとかなんとか……ちょっと違うけど日本でもゆず湯とかあったでしょ?」
「ああ!冬至の日のアレか!」
そういえばそんなのもあった。クリスマスとかハロウィンみたいなイベント事は覚えてても暦の出来事は忘れつつあるな。日記に書いておこう。
「そういえばこの前庭園で柑橘系っぽい果物を見たわね」
「ならペルギウス様に聞いていくつか貰って帰るか」
その後、コロッケ蕎麦を献上して代わりにオレンジっぽい果物とオマケを何種類か貰って帰った。
ちなみに食用で美味しいらしい。それこそハーブティーにでも入れるのか、あるいは製菓用かもしれないが……風呂に入れると言ったら返せと言われるかもしれないから言わないでおこう、うん。
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「何してるの?」
持ち帰ったオレンジを目の細かい網に詰めていると、子供達お風呂嫌がる問題の発起人たるシルフィから疑問を投げられた。
「前に子供達が湯船に浸かりたがらないって言ってただろ?それでこの果物をお湯に入れたらみんな喜ぶんじゃないかなって」
「へぇー……てっきり食べるんだと思ってたよ」
「食べれるらしいけど、今回はお風呂用で」
ちなみに風呂に入れない分は今日のデザート行きだ。
「よし、出来た。これをお風呂に浮かべて入るんだ。オレンジの香りがお湯に移っていい感じになると思う」
とは言ったもののゆずとは違う果物だから色々と未知数だ。最初に入るのは言い出しっぺとしたものだろう。
「とりあえず最初は俺が誰かと入ってみて様子を見るよ」
「じゃあそろそろララが帰ってくるから一緒にお願いしていい?」
「了解、じゃあお風呂にお湯張ってくる」
そう言って風呂場に向かいお湯を張り終えるとちょうど玄関から誰かが入ってくる音がする。
おそらくララだな。お風呂をめんどくさがっているララの反応を見れば他の子たちの反応も予想できるが……喜んでくれると良いな。
そのララだが最初は、
「めんどくさいからヤダ」
とけんもほろろだったが頼み込むと折れてくれた。なんのかんの言って新しいお風呂に興味があったらしい、好奇心旺盛な子だからな。
「いつもとおんなじ」
「今から変わるんだ」
不満そうなララを宥めながらさっき用意したオレンジ袋をお湯に入れる。
体を洗っている間に柑橘特有の香りが漂ってきた。
「いいにおい」
「だろ?ペルギウス様のところから貰ってきたんだ」
「へー……」
意外に淡白な反応だ。ひょっとするとお気に召さなかったか……?
「入っていい?」
「ちゃんと泡を流してからな」
「わかった」
そう言うやいなやララは頭からお湯を流して湯船に入っていった。
「よっこいせっと……どうだララ?」
俺も追いかけるように湯船に入りオレンジinネットを弄んでいるララに感想を聞いてみる。
と言っても口の端が上がってるし、悪い感想ではなさそうだが。
「あったかくていいにおい、前に行った温泉みたい」
やはりご好評のようだ。よかったよかった。
それにしても本当に暖かい……確かゆず湯には保温効果とかもあるんだっけか、似たようなもんではあるしこのお湯にもあるんだろうな。
「そろそろ上がるか。最後に肩まで浸かって」
「10数える?」
「ああ」
「わかった……」
めんどくさそうだな。まぁ気持ちは分かるが。
「パパ」
「なんだ?」
10数え終わりお湯に沈んでいたララが立ち上がる。その手には……オレンジ?
「えい」
「ぶわっ!」
甘酸っぱい!これは……オレンジ!
そうかララのやつ手に持ったオレンジを握り潰して果汁を飛ばしてきたのか!なんてコントロール力なんだ!
「びっくりした?」
「した……でも危ないから立ってる人にしちゃダメだぞ」
「ん、わかった」
本当にわかっているのかどうかちょっと不安になる返事だな……まぁ最低限のラインはわかってる子だし大丈夫だろう。
「じゃあ上がるか」
「わかった」
そう言ってララと自分の体を拭き、それぞれで服を着る。というかいつの間にか自分で難なく服を着れるほど大きくなっていて、子供の成長は早いと実感させられる。
「パパ、どうしたの」
「いや、なんでも。それよりこのオレンジ湯は気に入ったかララ?」
「うん、いいにおいだったからまた入りたい」
「そっか、まぁまた良いのが手に入ったらな」
「楽しみにしてる」
気に入ってくれたなら何よりだ。風呂が空いたことを伝えにいくついでにさっきララが潰した果実のタネをアイシャに渡して育てるように頼んでみたりしてもいいかもしれないな。
その後。
子供たちだけでなく大人組にも大変ご好評頂いたので、アイシャが栽培に成功したオレンジが我が家に常備される事になったり、ナナホシが話したのかペルギウスからも詳細を聞かれたりしたのはまた別の話である。