それは、ルーデウスたちがアスラ王国王位争奪戦から帰還してしばらく経ったある日のことである。
魔法都市シャリーアの商業区にその女は居た。
両の腕を組み、不機嫌そうな──見る人が見れば単に悩んでいるだけだと分かる顔でグレイラット家が贔屓にしている服飾店の前に立ち尽くす赤毛の女。その名も……
「いつまでそうしてるのエリス、早くしないと日が暮れちゃうよ」
「そうですよ、服を選んで欲しいって言ったのはエリスじゃないですか」
「そ、そうね…‥けど私似合う服、あるかしら……」
狂剣王エリス・グレイラット。彼女は剣士として敵に合間見えるよりも緊張した面持ちで服飾店の門をくぐった。
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「まずはボクたちみたいな服を試してみたいんだよね?」
「ええ」
事の発端はエリスがシルフィに服を見立てて欲しいと頼んだ事だった。
自分の服のレパートリーが少ない事を自覚していたエリスは、センスが良く、ルーデウスの好みを熟知しているシルフィに頼んで服を選んでもらう事にした。そしてふたりが予定を組んでいる時に通りがかったロキシーも加わり3人で服飾店に行く事になった次第である。
ちなみにエリスは妊娠中なのに大丈夫かと心配したが、ロキシーがたまには散歩でもしないと体が鈍ると主張した事とシルフィがいざと言う時でもなんとかすると説得した事で同行する運びとなった。多数決の勝利である。
そのような事をエリスが回想しているうちに目的の場所に着いた。この服飾店の中でもやや高級志向のフロアである。
「ボクはいつもこの辺りの服を着てるかな。ロキシーは?」
「わたしはもう少しカジュアルな服を選んでいますね」
そう言いながらロキシーは少し離れた場所から一着の動きやすそうな服を持って来た。
「エリスはどっちの方が好み?」
「そうね……」
またしても腕を組んでエリスは考える。
どちらの方がルーデウスの好みにより近しいか。
まずシルフィの服。全体的にゆったりした服が多く、自らがロアの屋敷に住んでいた頃に着ていた服の延長だろうと分かる。あの頃のルーデウスは良く自分のスカートをめくろうとしていたし嫌いではないはずだ。
次にロキシーの服。元冒険者だというロキシーらしく機能性を重視しているのだろう、ポケットや留め具が随所に付いている服は数年間冒険者をしていたエリスにとって馴染み深く、それはルーデウスも同じだろう。
「どっちが良いかしら……」
「試着してみたらどうでしょう」
「試着?」
「はい、向こうに試着室がありますから着てみたらどうですか?」
ロキシーが指差す先、試着室と書かれた看板のかけられた小さな個室には、珍しい姿見鏡があった。
「良いわね!」
物は試し、考えるより先に行動する方が性にあっているエリスは二人に勧められた服を両手に試着室の中へと入っていった。
それから暫くして、
「じゃあ次はこれ!着てみて!」
「その次はこれです!」
「わ、わかったわ……!?」
試着室は二人によるエリス着せ替え大会とでも言うべき様相を呈していた。
切欠はシルフィだ。
彼女はエリスが元々持ち込んだ服を試着して購入しようか迷っている間に「これも似合いそうだから着てみてよ!」と次なる服を一式持ってきた。それを見たロキシーもまた次の服を持ち込み、さらにシルフィが……と連鎖して今に至る。エリスはなすがまま二人に着せ替えられていた。
背丈や体格のまるで違う、しかし最上の素材を自由に着飾る機会を得た結果の暴走である。
「ねえ二人とも、そろそろ良いんじゃないかしら……?」
「「……あ」」
茹で上がった顔をそのまま表す声色に二人はようやく正気を取り戻した。
しまった、やり過ぎたと思った時には既にエリスの羞恥心は限界ギリギリに到達していたのである。
「そ、そうだね。ゴメン」
「じゃあエリスが気に入った服を選んで下さい……」
「どれにしようかしら……」
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「ふふっ……」
ニマニマとした笑顔を顔に貼り付け、両手に紙袋を提げたまま跳ねる様に家路に着くエリスと何故か照れた様な顔でその後ろに続くシルフィとロキシー。
「どうしたのよ?」
二人の方を振り返り不審がるエリスを見て頬をかきながらシルフィが口を開いた。
「いや、だってね、自分で選んだ服だけじゃなくてボクたちの選んだ服も買ってくれたからさ」
シルフィと顔を見合わせていたロキシーも追従する。
「そうですね……『二人が選んでくれた服だもの!』は中々の殺し文句です」
「でも本当にそう思うもの。だからきっとルーデウスも喜んでくれるわよね?」
「ええ、きっと」
「間違い無いよね」
大切なたからものを扱うように宝物を抱きしめて、笑い合いながら雪降る道を大切な人の待つ家へ帰る三人。
着飾ったエリスを見て、想い人がどんな感想を抱くのか。
それを語るのは無粋というものだろう。