その日のエリスは珍しく困っていた。
リボンがない。
今日は珍しく朝から蒸し暑かったので、髪を纏めようと思ったが、無い。
この家で主に髪飾りを使うのはロキシーとアイシャの二人だ。他の人は髪紐か髪留めを使うか、そもそも髪を結ばない。
なのでエリスはその二人に訊ねてみたのだが…
「わたしの所には…紛れてないですね」
「あたしの所にも無いなぁ」
「わかったわ」
無かったようだ。
まあ無いものはしょうがない。自分の髪色と同じ赤色で目立つし、きっとその内出てくるだろう。そうエリスは判断して子ども達の面倒を見ながら過ごす事にした。
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「フフ…寝ちゃったわね」
アルスとジークはひたむきに鍛錬を重ねている。特にジークはアレクサンダーにも剣を習っているからか、あるいは生まれ持った怪力のおかげか近頃メキメキと力を付けている。
対するアルスも負けていない。エリスから見ればまだまだなのは当然だが、アルスの剣速はジークよりも上を行っていた。
そんな二人も鍛錬の疲れには勝てないのか、今は窓際でぐっすりと眠っている。見学していたリリとクリスもつられたのか一緒に夢の中だ。
自分も少し眠ろうか、と迷ったエリスだが、もうじき魔法大学に通っているルーシーとララも帰ってくる。眠るのは二人が帰ってきてからでいいだろう。
「ただいまー」
エリスがそう思っているうちに、ララが先に帰ってきたようだ。ララはまだ通い始めなのでルーシーよりも授業が少ない。
「ララ、おかえりなさ……あなたそれ」
エリスの視線が一点に集中し、ララの肩がハネる。
ララのトレードマークとも言える青髪のお下げ…の先端部分にある物をエリスが見つけたのだ。
すなわち、エリスのリボンである。
「勝手に使ったの?」
「違う、ちょっと借りただけ」
「それを勝手に使ったって言うのよ」
グゥの音も出ない正論であった。ララは尻叩きを覚悟した。
「で、なんで使ったの?」
「赤ママの髪、キレイだったから」
「髪?」
そう訊ね返しながらエリスが自分の髪を持ち上げる、その顔は微笑みに彩られていた。子どもに褒められて喜ばない親は居ない。
「でもララの髪も素敵じゃない、ロキシーと同じで」
「別に自分の髪が嫌なわけじゃない」
「じゃあなんでよ」
「赤ママの色も欲しくなっただけ」
「ふーん…でも人の物を勝手に使っちゃダメよ、人から物を借りたい時は必ず許可を取ること。良いわね?」
「わかった」
「なら良いわ。靴履きなさい」
そう言いながら上着を羽織ったエリスはララを連れて玄関へ向かった。
「なんで?」
「リボン、買ってあげるわ!」
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ララと手を繋いだエリスが向かったのは商業街の服飾店だ。
「これはグレイラット様、いつもお世話になっております。本日はどんなご入用で?」
お得意様の来店に店員が接客に来る。エリスと子供だけの来店に若干冷や汗が浮かんでいるように見えるのは気のせいだろう。多分。
「この子のリボンを買いに来たのよ」
そう言いながらララを前に出すエリスとキョロキョロと辺りを見回すララ。
「どのような物をお探しで?」
「赤いのが良いわね!」
「うん、赤ママみたいなのがいい」
「なるほど、では髪飾りの売り場へご案内いたします」
店員に売り場へ案内された二人であるが、後は自分たちで探すわ!というエリスの一声で店員は撤収していった。
「で、どんなのが良いのよ」
「赤ママと同じやつ」
「アレはこの辺で買った物じゃないのよ」
「なら似たようなの」
「わかったわ」
そう言いながらエリスがリボンを物色し始める。ララもそれを目で追いながら自分好みのものを探しているようだ。
「これなんか似てるんじゃないの」
そう言いながらエリスが差し出したのは言う通りの真っ赤なリボンだ。淡めの石飾りがワンポイントになっている。
「なんか違う」
「何が違うのよ」
「分かんない、けどなんか違う」
「そう」
その後もエリスは色々とリボンを持ってきたがどれもララのお気に召さなかった。最終的に、なら自分で見て選びなさい、とエリスがララを抱き上げた。
「んー…これにする」
あれこれ見て回った後に、そう言ったララが手に取ったのは赤地に白いストライプ、茶色の石飾りがついたリボンだった。
「それにするの?」
「うん」
「私のと違うわよ?」
「うん、でも見てたらパパと白ママの色も欲しくなった」
「そう、ならそれにしなさい。きっと二人も喜ぶわ」
そう言ったエリスはララを下ろし、手を繋いで会計に向かっていった。
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「「ただいま」」
エリスとララの声が揃う。時刻はもう夕方だ。キッチンの方からは今晩の夕食の匂いが漂って来ている。
「おや、おかえりなさい。二人でどこか行ってたんですか?」
玄関まで出迎えに来てくれたロキシーが二人に訊ねた。
「ちょっと服屋にね!」
「リボン買ってもらった」
そう言いながら持ち上げられたララのお下げの先端には、先程買ってもらったリボンが。
「おお良かったですねララ、とても似合ってますよ。あ、ルディとシルフィにも見せてあげたらどうでしょう?」
「そうね、なんでララがそのリボンにしたか教えてあげたら、きっと喜ぶわ」
「わかった、見せてくる。二人どこ?」
「ダイニングに居ますよ」
トテトテと走っていくララ。普段なら廊下は走らない!と注意が飛ぶところだが、今日くらいはおめこぼしだ。
「それで、どんな理由なんですか?」
「ええ、ララったら…」
今日の事を話しながら自分たちもダイニングへ向かうエリスとロキシー。
その日の食卓の話題がララのリボンで持ちきりになったのは自然な成り行きであった。