浮かれている。
いつもの様に書斎で書類を書いていても、山のように並んでいる書類から離れた部屋の隅、間違っても倒れて中身が溢れたりしないよう置かれた木箱に目線が吸い寄せられているのが分かる。
木箱の中にあるのは、以前アリエルから貰ったアスラ王国の酒だ。
以前、ルーデウスと一つ約束をした。内容自体はたわいもない事だ。
今度空いた日に一杯やろう、そんな普通の人間であれば当たり前のようにしている約束でしかない。
実際、ルーデウスは妻たちやザノバ、クリフと言った気心の知れた者たちと酒を酌み交わす事などしょっちゅうだろうし、アレクも父や祖母と顔を合わせれば酒くらい飲むだろう。特にアトーフェなどは相当の酒好きだ。
無論、俺とてそうした席が嫌いなわけではない。
だが俺と酒の席を囲む者は気が気ではなかったのではないかと思う。呪いのせいでな。
加えて酒を飲むと当然ながら酔い、判断力が落ちる。
そう弱い方ではない…と自分では思うのだが、それでも戦闘に支障は出る。酔った所を襲われでもしたのか目を覚ませばあの暗い森に戻されていた事もあった。
しかし酔い覚まし程度で魔力を使うのも勿体無い。だからどうしても必要な時以外は飲まなくなった。俺の為に解毒魔術をかけてくれる物も居なかったしな。
だが今回はルーデウスが居る、そのルーデウスが解毒魔術は自分がかけるので一緒に飲まないかと誘ってくれている。自然と口角が上がる。そんなたわいのない約束を楽しみにできる日が来るとは思いもしなかった。
「只今戻りました!オルステッド様、おられますか?」
「……ああ」
書斎に入ってきたのはアレクだ、奴には魔大陸での仕事を任せていた。その報告だろう。
「ご指示通り任務完了致しましたので、そのご報告にあがりました!」
満面の笑みでそう告げるアレク。ルーデウスが見れば尻尾が見えるとでも言うのだろうな。
アレクは獣族ではないと言うのに。
「そうか、ご苦労だった。今日はもう休むがいい」
「ハッ!」
と、そこでアレクが何やら……そう、クリスマスの時に持ち出されるような袋を引き摺ってるいるのに気づいた。何か赤いシミのような物が浮かんでいる。
「……待て、アレクサンダー・ライバック」
「何でしょうか!オルステッド様!」
「その袋はなんだ?」
「ああコレですか?この前ルーデウス様から今度休みの日に事務所で飲み会やるから何かつまみになりそうな物を仕入れといてと言われましたので、ついでに狩って来た物です」
「……そうか、楽しみにしていよう」
「お任せください!ではコレの処理がありますので失礼します!」
……俺も何か、仕入れておくとするか。ペルギウスに頼めば、何か良いものを教えてくれるだろう。
---ルーデウス視点---
いよいよこの日がやってきた。
何の日か?事務所での飲み会の日、言うなれば職場と同僚との飲み会だ。夫婦や友達と飲むのとはまた少し違う感覚だな。
ちなみに酒を飲み、つまみを食べる関係上どうしてもオルステッドのヘルメットは外さないといけないので、申し訳ないが受付の子は同席できない。
その為参加メンバーは社長:オルステッド、右腕:俺、左腕:アレクの三人だ。別に両腕だからといってハイ、アーンとかする予定はない。
「酒よし水よしつまみよしっと」
いくらなんでも一本では足りないだろうと追加の酒も何種類か用意してある。
アレクにも同じ様な事を頼んだが……ちょっと不安だ。あいつ一人所帯だけど料理とか出来るのかな……。
「それじゃあ行ってきまーす」
そう言って家を出る。季節はそろそろ冬だ。事務所の辺りは雪が積もりやすいから今のうちに対策をしておかないとな。ドラゴンにこおりは大敵、こうかはばつぐんだ。
そんな事を思いながら歩いているうちに事務所に着いた。本日の飲み会場は会議室、テーブルも置いてあって丁度いいし、書類もないから汚れを気にする必要も薄いからだ。
漏れてくる雰囲気からしてヘルメットを外したリラックス状態なのだろう、オルステッドが待つ部屋にノックをしてから入る。
「ルーデウス・グレイラット、参りました」
「……来たか」
部屋の中にいたのはオルステッド一人だ。どうやらアレクはまだらしい。それよりも気になるのは……
「あのオルステッド様、そちらの料理は一体……?」
机の上に並んだ料理の数々だ。量、種類共に豊富、もしや社長のお手製なのこれ?どこまで万能なのこの人。
「む、これか。この間アレクがお前につまみを頼まれたと言っていてな、俺も用意したのだ」
「なるほど」
つまみというかオードブル盛り合わせって感じだな。全体的にセンスがペルギウスっぽい感じがする。同じ龍族、味の好みも似通うのだろうか。
「アレクサンダー、参りました!」
「……来たか」
先程の俺と同じやり取りの後、台車にデカい酒樽と木箱を乗せたアレクが会議室内に入ってきた。と同時に机の上の料理に目を奪われた様子、実年齢はともかく肉体的には食べ盛りって感じだもんな。美味しそうだし分かる分かる。
「オルステッド様、こちらは…」
「俺が用意した、好きに食べるがいい」
「ハッ!」
「では俺とアレクが持ってきた分も机に並べて…では始めましょうか」
「ああ」
「では、オルステッドコーポレーションの更なる躍進を目指して、乾杯!」
「………?」
「………」
オルステッドが俺を見ている、なんの儀式だそれはという顔だ。アレクは……ダメだ料理しか見てねえ、二人とも乾杯くらい乗ってよ……。
---
「それでえ!僕はファリアさんに言ったんですよ!この事はどうか内密にって!なのにルーデウス様と来たら……聞いてるんですかルーデウス様!?」
「聞いてる聞いてる、あの時はホントごめん」
俺は先程からアレクに絡まれている。アトーフェもシャンドルも酒癖は悪い方じゃなかった気がするのにアレクはすんげぇ絡み酒だ、まぁそれだけ気を許してるって事だろう、うん。
「にしてもお前が持ってきたこのドラゴン肉、味は濃いめだけど酒に合うな、なんか食った事ある気がする」
「ああ!それはですね、ガスロー地方のブラックドレイクですよ!」
「ああ、前にネクロス要塞行った時に食べたな」
「昔、お祖母様の所にいた頃によく食べましてね」
お袋の……故郷の味って奴か。いいよな、そういうの。
「オルステッド様もいかがですー!?」
「…………ああ」
そうアレクが呼びかけた先、もう一人の参加者である所の我らがオルステッド社長は、先程から窓際でつまみと酒を交互に口に放り込んでいる。
心なしかいつも以上に無口だが、どれだけ飲んでいるかは足元に転がっている酒瓶の数で分かる。なんで顔色一つ変わらないんだろうねあの人。
「それにしてもオルステッド様が持ってきた料理も美味しいですね」
「ペルギウスに頼んだのだ」
「ああ、やっぱり」
そう言いながらまた酒を飲む社長の目は据わりきっねいる。
いつも以上に恐ろしい形相で、俺たちを睨んでいる……様に見えるだけなのはここに居る全員が知っている事だ。
「オルステッド様もこっちにきて話しますか?」
「……いや、俺はここで良い」
「まぁまぁそう言わずに、アレク〜!さっきのドラゴン肉切り分けてくれ〜!」
「おいルーデウス」
「ドラゴンじゃなくてブラックドレイクですよ!ささ、どうぞオルステッド様!」
社長を引っ張り俺たちが飲んでいた卓に着かせ、窓際からオードブルを持って来てアレクが切ったドラゴン肉と一緒に置きつつ、オルステッドの口へ持っていく。
社長の肩に掌が無い方の腕を回しながら一気飲みしてるアレクにしてもそうだが、普段ならここまでオルステッドに気安くは接しないだろう。なら俺も酔っているんだろうか。
まぁいい、今夜は無礼講だ無礼講!酒は皆で飲んだ方が楽しいからな!
「まだまだ酒はありますし!夜明けまで飲み明かしますよ!」
---オルステッド視点---
「うーん……シルフィ……ロキシー……エリス……やっぱり皆可愛いなぁ…」
「ジーク君……髪を引っ張るのは……」
宴は終わった。
酔い潰れて寝てしまったルーデウスとアレクを事務所に備え付けてある仮眠用の布団に寝かせ、毛布をかけてやる。
「ふっ」
楽しい宴だった。
それゆえいささか飲みすぎてしまった気もするが、まぁ良い。ルーデウスが目を覚ましたら解毒をかけて貰えば良いだけの話だ。
それにしてもこんな宴に参加できる日が来るとは思いもしなかった。ルーデウスとアレクが騒ぎながら飲んでいるのを眺めているだけでも楽しめたが、ルーデウスに引っ張られ、アレクに切り分けてもらった肉を肴に飲むのも楽しかった。叶うのならばまたやりたいものだ。
賑やかなのは、嫌いではないからな。
「またいずれな」
そう言って俺は、仮眠室のドアを静かに閉めた。