五月八日金曜日。加藤龍がちょっとした騒動を起こしてから二日経った。ゴールデンウイーク明けの登校日は昨日。昨日の事を振り返ってみよう。
朝。彼は携帯の目覚まし機能を初めて使って起床した。いつも起きる時間の三十分前に起きてさっさと支度を済ませてさっさと出発した。これによっていつものように多馬川の土手で空から降って来る川神院の跡取り娘に捕まって、風間ファミリー全員に囲まれる事も無くなる。
かといって、すぐに教室に入れば席順の関係で否が応でも囲まれる。それまでは屋上でいつもより早く起きた分だけ仮眠をとる。そして話しかけられる隙を無くす為に鐘が鳴る数秒前に教室に戻る。
幾度も来る休み時間の合間合間も彼はファミリーだけでなく、他人の接触から逃げる。特にA棟にいるであろう風間ファミリーでの階層秩序が高く、今の武力では勝てない人物から。彼が完全に消したとしてもかすかな気配を感じ取られるので厄介である。運が味方してくれたのか、意外にも避けることが出来た。職員室に入ったり、先日2年S組にドイツ軍中将の娘の様子見と己の修行の為転入してきた女軍人を武神との決闘に差し向けたりした。神は過去に同情したのか現在に同情したのかわからないが、この二日間だけ彼に味方したようだ。
放課後もいつものように抜け出す。クラスメイトに捕まる前に。A棟にいる唯一の弱点が怖い話だという武士娘に捕まる前に。すぐに家に帰り必要な物だけ持ってすぐに外に出る。厄介な事にその強さから周囲二キロメートルまで気配が探知できる宿敵がいること。それを見越して彼は夜の間だけ川神を離れた。割と高い給料が貰える宇佐美代行業の一員(アルバイトではあるが)なので、一日二日不自由しない額は持っていた。
彼は素泊まりをした。泊まった旅館は何十年振りの煎餅布団だった。とても懐かしかった。懐かしいと同時に胸が痛んだ。嫌われる為に毎日過ごしているのに布団に寝そべっている間は何故かその行動を悔やんでいる自分がいた。心の中に広がっている霧が晴れずに眠れなかった。いつもは三秒で夢の世界に行く事が出来るのに。仮に寝たとしてもまたあの夢を見てしまう。相変わらず相手の表情は曇っているあの夢を。
というような感じで一日目は成功。二日目の今日。放課後、また川神を離れようと思って外に出ると目の前に自分を好敵手と認めてくれている武士娘が仁王立ちしていた。…神はもう彼に愛想を尽かしたのか。
「今日は何曜日か知ってるか?」
「……………知らない。」
「金曜日だ。集会がある。」
「……………それがどうした。」
「参加しろ。」
「……………強制するな。」
「京から話は聞いているんだ。だから強制する。」
「……………知ったことか。」
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その後は彼らにとっては”軽い”戦闘があった。口で言ってもわかってもらえないのなら荒業ではあるが無理矢理動きを止める必要があったからだ。思惑通り彼は少し弱って動けないでいた。自分のベッドの上で目を瞑れずにボーっとしていた。
その間に風間ファミリーはいつもの集会を行っていた。といっても今日の議題はいたって真面目なものであり、決して翌日の行動を決める軽いものではない。
加藤龍。基本目が死んでいる人間。目に明るさが戻るのは自分から何かを伝えたい事がある時。どんな感情を抱いても常に無表情。睡眠、風呂について五月蠅い。多少腕が立つ。喋るのが遅い。二日前の問題を解決する為には、彼という人間を差支えが無いように紐解く必要があった。
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一年前。高校一年の春。満開の桜が新入生を迎えている。穴蔵から登校する彼も新入生の一人。歩く生徒一人一人が着ている新品の学生服がとても輝いて見える。
満開とはいえ、少し散り始めた桜の花びらが頬にくっつく。龍はくっついた花びらを親指と人差し指で取って丸めて捨てる。
彼は満開の桜に構っている程の精神状態ではない。あれから一睡もしておらず、さらに飲食をしても喉を通らず戻してしまう。挙句の果てには吐血することもあった。
そんな一人歩く彼を暖かく迎えたのは他ならぬ風間ファミリー。落ち込んだ彼を真面目に慰めたのは過去。今これからはファミリー全員がいつものように明るく振舞って彼を元気づけることにした。しかし返って来た答えといえば。
「…お前らとの友情ごっこももうたくさんだ…もう金輪際友達を作らない…他人とも関わりを持たない…これからは独りでやっていく…俺は今日をもって風間ファミリーを抜ける。」
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「あれ…でも、龍は源殿と一緒に働いたり、今でも自分や他の皆と交流してないか?」
「姉さんと京が理由をこじつけたら案外と上手くいった。」
「愛の力だね。」
「愛の力もそうだが、モロロの一喝も響いたなァ…。」
「やめてよモモ先輩!今じゃアレ恥ずかしいんだから!」
「恥ずかしがることねーだろ、男らしかったのによ。」
「かっこよかったわぁ。」
「是非聞かせてください!」
「じゃあ俺が話そう!」
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同じく一年前。彼の絶縁宣言から一、二か月経った月の金曜日。百代以外の風間ファミリーがまだ一クラスにまとまっていなかったので、金曜集会はまだ意味を成していた頃。
本日の集会の議題である彼は強制的に連れてこられた。これからの風間ファミリー、そして何よりも彼自身の為に避けては通れない問題を解決する為に。
かといって一、二か月経った程度で解決出来る問題ではなかった。彼の凍った心は簡単には溶けない。本体が冷凍庫を家のようにしているからだ。
その男を特に怒りたかったのは二人いた。椎名京より早く立ち上がって声を荒げたのは彼だった。
「いい加減にしなよ!少しだけ…いや、ほんのちょっとだけ気持ちはわかるよ!けど、だからって僕達から離れて何になるのさ!僕達をもっと頼ってよ!」
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「…ということがあったのさ。」
「うう…僕がここから離れたくなった…。」
「ちょーかっけーよ、モロちゃん!月九ドラマの主役ばりにかっけーぜ!馬も嫉妬する程かっけー!」
「あの時モロと龍の組み合わせを閃いたッ!」
「閃かないでよ!」
「ま、とにかくモロのおかげで少しはマシになってくれたんだよ。」
「ところで京はもう怒ってないのか?」
「うん、もう大丈夫。龍はいつもよりちょっと悪い部分が出ただけだから。」
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数分後、百代が米俵を担ぐように弱った龍を連れてきた。京はすぐに龍の腕に絡みつく。未だに弱っているので逃げ場は無かった。そして大和が軍師らしく条件を出してきた。
「やってもらう事は二つ。まゆっちへの謝罪とアドレス交換。そうすれば龍は家に帰れる。」
「といっても、この超絶美少女が脅した上でのゴメンナサイだと誠意が伝わらないからちゃんと自分の意志で謝るんだぞ。」
条件より何より超絶美少女とかいう発言に溜息を吐く。そして同時に考える。簡単なことだった。相手の顔を見て頭を九十度程下げていつもの口調で謝って、さっさと赤外線を飛ばせばこの場から解放されるんだと。
誠意がなんだと。こちらはそんなおままごとに付き合う程人間が出来ていないのだ。赤外線を交換しても連絡しなければいい。無視すればいい。いっそ携帯の電池を抜いてやろうか。
こうして完璧な計画を思いついた後、早速実行しようとする。
しかしいざ喋ろうとすると心臓に痛みが出てくる。狭心症などの持病などは無いのにだ。偽りの言葉を投げかけようとする度に締め付けられたような痛みが起こる。
一瞬助けを求めようと思ったが、そんな事したらこの連中は余計付け上がって調子に乗る。それに周囲を見渡すと皆何の言葉も発さず、呑気に龍の言葉を待っているだけだ。
数度様々な偽りの言葉を投げかけようとしたが、同じ回数心臓が痛む。深呼吸を一つしてから試しに心を浄化して、言われた通り自分なりに誠意を見せて謝ってみる。
「……………すまなかった。」
…
……
………
こんな一言でも彼の誠意が由紀江達に伝わった。心臓は痛まなかった。つまりは偽りではない。しかし不本意ではある。自分の体は嘘発見器と化したのか。はたまた寝ている間に誰かに改造されたのか。そんな事は無いだろうが、自分の寝つきの良さを初めて呪った。そして新たな変化に疑問を抱く。
携帯を出して赤外線を交換する。新たな情報が登録される。そしてようやく解放される。百代にすぐに捕まって行けなかった銭湯に行くと告げてその場を後にした。
湯船につかっても心のモヤモヤが晴れることはなかった。不変的な日常を望んでいるのに相変わらずおかしな変化が訪れる。そんな状況でまた明日を迎えなくてはならないのか。足りない頭で考えた末に結局出した結論としては、とりあえずいつも通りまた生きてみようということ。そんな小さい決意を胸にして銭湯を後にした。