二〇〇九年六月八日月曜日。七つの内一番嫌われる曜日がまたやって来た。月曜日の学生達は比較的だらだらと歩いているように見える。
一方の加藤龍は曜日関係なく毎日だらだらと歩いている。いつも学生鞄を肩に抱えて少し猫背になって一人で登校している。相変わらず風間ファミリーとは距離を置いている。
しかし、龍を抜いて九人になった今、余計に逃げられなくなった事は火を見るより明らかだった。武士娘五人、男四人。数には勝てない。今日も包囲網に捕まる。
「龍見っけ、ポ~コペン!」
「……………離せ。」
「この人の手を離さない。私の魂ごと、離してしまう気がするから…。」
「……………誰だそれ。」
空から飛んできて捕獲されていたり、後ろから気配を消されて気付かないうちに捕獲されていたり、最近捕獲の仕方が多様化してきた今日この頃。今日は昔の遊び形式で捕獲された。
「月曜日ってホントめんどくせ~。なー、モロ。」
「でも月曜日はジャソプの発売日だからなぁ。」
そう言うと卓也は学生鞄から週刊ジャソプを出す。岳人とまた二人でとらぶるんを読む。いくら月曜日を嫌っていてもこの流れは変わっていない。そして何故か声を大きくしてきわどい場面について語りだす。
「岳人達、相変わらず声が大きいのだが…。」
「ほっとけばいいよ。その内終わるから。」
クリスを始め、女子にとっては周りでそんな話をされると恥ずかしいものだが、京は冷静に事を受け止めている。長い通学路ではあるが、月曜日のこの話は橋につけば自然と終わっている。何故なら橋に着けば恒例行事が待っているのだから。
「川神百代!いざ尋常に勝負!」
「受けてたとう!」
胴着姿の空手家が勝負を仕掛けてきた!
「まずは素振り!これを見て怖気づくがいい!」
彼的には素早い素振りを皆に見せる。
「怖いかくそったれ、当然だぜ、元グリーンベレーの俺に勝てるもんか。」
「遅い!」
「ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
百代の軽い蹴りによって、空手家は星になった。今日の試合はあまりにも拍子抜けであった。
「グリーンベレー…?拍子抜けだ…。」
「ひょっとして、これかな…。」
卓也が携帯を開いて、全員に”ボーイスカウト グリーンベレー”の広告を見せる。よく見ると先程の空手家がそのホームページの集合写真に写っていた。
「龍、放課後に組み手付き合え。」
「……………だったら離せ。」
「よし、離そう。」
「よし、捕まえよう。」
言われた通り、百代は龍を離す。しかし、今度は京に捕まる。百代を睨むが離せと言われたから離したと誇らしげに言う。勿論京が来るとわかっていての確信犯だが。
「ふぅ、落ち着く。」
「……………離せ。」
「気にするな!」
「……………だから誰だそれ。」
通学路が長いせいで、交流も長い。百代に捕まり京に掴まり、九人全員と朝の挨拶を抜いても最低一言は会話する。
彼は思う。昔あんなに酷い事をしたのに、何故見捨てられていないんだろう。あれから一年である。それなのに女二人は磁石のようにくっついてくるし、他の七人もまるでペットのオウムに話しかけるように接してくる。
はっきり言うと面倒である。一年前そう言ったはずだがその面倒事は続いている。そして今、新たに面倒な事が起きるのであった。
「あの、龍さん!」
「……………?」
「これ…受け取ってください!」
学生鞄から取り出すは、模様も何もない水色一色の風呂敷に包まれた弁当箱のようだ。由紀江が龍の眼前に突き出している。他の八人は突然の行動に呆気にとられている。
加藤龍が一番呆気にとられている。食事に関しては話してあるし、作れと言った覚えもない。一体何が起きているのだろうか。右脳と左脳がひしめき合うが答えは出てこない。
「まさかまゆっちが龍狙いだったとは…。不覚!」
「いえいえ!そういう訳ではなく!」
「まゆっちは、少年の食生活を心配してるんだゼ!」
その瞬間、龍が全体を鋭い眼光で睨みつける。確実に怒っている。
「…人の…過去を…勝手に…話したのか…。」
「悪い、でも話したのは拒食症の部分だけで…」
「それでも…重罪だ…許可も…無く…勝手に…。」
「すみません!私が気になってしまって…許可なく聞いてしまいました!」
由紀江が深々と謝ってくる。怒りに満ちていた彼はそれを見て狼狽する。どうにも彼女には弱い。歴も浅く、礼儀正しく、一年後輩のせいか。
一回は突き放したものの、逆にあの事が引き金になって強く言えないでいた。今は自分が蒔いた種をどう処理しようか考えていた。
沈黙が広がる中、爪を噛みながら気休めに思いつく。そして弁当を無言でひったくって自分の鞄に入れる。今度は由紀江が龍の行動で呆気にとられている。
「既に作られた弁当に罪はない……………だったか。」
「既に買われたバーガーに罪はない、だろ。」
彼の一言で場は収まったと皆が確信する。場が収まったというより彼が少し柔和になったと安堵する。…しかし彼は両腕に女性二人がくっつく事は未だ解せないでいるのであった。
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無事にではないが、登校を終え授業もこなし昼休みとなった。彼はいつも通り教室から消えて、いつも通り屋上へ足を運ぶ。今日は手には弁当を持っていつもとは違う時間を過ごす。
給水塔を背もたれに座り、風呂敷包みを開ける。典型的なポリプロピレン材質の弁当箱。風呂敷と同じ水色であり、四角形の一段弁当で、ご飯とおかずが二つに分かれている。
左を見ると白と黒。白いご飯の上に少量ひじきが乗っている。右を見ると赤と緑と茶色。緑はほうれん草の胡麻浸し。赤はトマトのマリネ。そして茶色は鶏肉の唐揚げである。
由紀江の心遣いなのか、ご飯と野菜、唐揚げと三分割の仕切りがあってご飯が濡れたり唐揚げの衣が濡れたりしていない。弁当箱も保温仕様でご飯と唐揚げがほのかに温かい。
じっくり眺めてから用意されたこれまた水色の箸を手に取りいよいよ解体作業にかかる。まずはひじきが乗っていないただの白いご飯を一口。島津寮で使われている米は質が良いのだろうか。米本来の味を感じる。次にひじきを乗せて白米を食べる。素朴だが良い味だ。
右に意識を移す。トマトのマリネ。最も彼はマリネという認識でトマトを掴んではいない。トマトにドレッシングか何かがかかっていると思って食べている。
しかし一口食べると認識が間違っている事に気付く。オリーブ油と醤油の味を舌で感じる。ただのドレッシングではないと思って食べる。何か工夫してある。その正体はわからないが、さっぱりしていてとにかく美味い。
ほうれん草の胡麻浸し。これも胡麻の風味が効いていてとても美味しい。ほうれん草はかぜ予防、肌荒れなどに効くらしい。ごまは骨粗しょう症の予防や貧血の改善に効果があるらしい。こちらも彼は栄養学に精通しているわけではないので、わからずに食している。
そしていよいよこの弁当の主役に取り掛かる。衣はサクサク、一口かじってみると中から肉汁が口の中に流れてくる。油っこすぎず、肉も柔らかく味付けも丁度良く非常に美味しい。白飯との相性も最高である。どれもこれも非常においしい弁当だった。
全て残さず綺麗に食べ終え、龍は男子トイレに行き、気休め程度に弁当箱を洗って拭いて、まるで使用前の弁当箱のような状態にした。昼休み終了の鐘が鳴ると同時に教室に戻り自分の鞄に弁当箱をしまう。こうしていつもと違う昼休みは幕を閉じた。
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放課後。帰りのホームルームが終わった直後。直江大和は斜め後ろを見る。龍は今日も一番乗りで帰っていることに気付く。そう言うところは相変わらずだと思った。
今日は不思議な事が起きた。自分達が彼の逆鱗に触れてしまったと思ったら、それがすぐに収まって由紀江から弁当を受け取っていた。やはり一回いざこざがあったせいなのか。
彼の心情の変化はファミリー古参にとっては嬉しい事だ。由紀江には弁当作りを頑張ってほしいと思った。机の中の教科書を鞄に仕舞っていると何か固い物に指が触れる。
不思議に思い、取り出してみる。龍が貰った弁当箱である。風呂敷を開けてみると、弁当箱は綺麗になっていた。風呂敷も綺麗に包んであった。
要はこうだ。きちんと米粒も残さず食べて、綺麗に洗って最低限の礼儀は尽くしたが、直接返すのは恥ずかしいらしい。だから気配を消して自分の机の中に入れた。返すことは返すがこれは面白いと、皆に話しておこうと思った大和であった。
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一方の龍は薬局に来ていた。昼休みに欲しくなった物を買いに。それはスポンジと洗剤と布巾。水洗いだけではなく、本格的に洗う為である。手頃なのを見つけて買おうとするが、違和感を覚える。これらを買ったとしてもし今日だけの弁当だったらどうしようかと。
“家”には洗う食器なども無いので弁当配給が今日だけだと無駄な出費となってしまう。そして一考する。恥を忍んで弁当作りをこれから頼もうか。それともこの手にした商品を棚に戻すか。その二択で考えていると、ズボンの右ポケットに入っている携帯が震える。開くとメールが届いている表示が目に入る。送信者欄には黛由紀江と書いてある。
差出人:黛由紀江
宛先:******
タイトル:お弁当箱、洗っていただいてありがとうございました!お口に合いましたでしょうか?是非ご感想を戴けたら嬉しいです!もし龍さんが宜しければ明日もお作りしますのでご返信ください!では、失礼します!
本文: (本文はありません)
タイトル欄に目一杯の想いを乗せて届いたメール。それを見て彼は洗剤等を買う事に決めた。
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それから今週一週間は弁当と一緒に昼休みを過ごした。豆腐ハンバーグ弁当やほぐし鯵御飯弁当など健康的な食事が続いた。
彼は気付いていないのだが、凍った心は徐々に溶けつつある。溶けつつあると言ってもまだ氷山の一角ではあるが。
だが、相変わらず弁当箱の返却は大和に任せっきりである。そこはどうにも本人に直接渡せないでいた。
そして金曜集会へと場は移る。今日も皆、思い思いに過ごしている。相変わらず龍は強制連行され、不毛な集まりに参加している。
しかし、由紀江が遅れてやって来て、弁当の事で話しかけられると文量多めに喋りだした。弁当の感想、食材のあれこれ、栄養についてなど意外な程に話は弾んだ。
それを面白く思わないのが想い人・椎名京である。由紀江と話が弾んでいるのを見て嫉妬していた。話が一段落したところで右横にいる京は龍の手を甘噛みする。
「……………弁当の話をしただけだ。」
「むぅ…。」
連日行われる告白のせいか、流石に色恋沙汰には気付く体質である。今も彼なりに嫉妬している京の頭を噛まれた手で撫でて宥めた。想い人に頭を撫でられて気分はいい、しかし由紀江と仲良くなった彼を見て危機感を抱いているので、素直に喜べない。そんな細かい心の動きは読めていない彼である。
「羨ましいぞ、龍~。まゆまゆお手製の弁当食べてるなんて。」
「宜しければモモ先輩にもお作りしますよ?」
「いや、いいさ。私は毎朝ファン達からの貢物があるからそれで手一杯なの、さっ!」
「チクショー!地味に自慢されたぞ、モロ!」
「僕を巻き込まないでよ、ガクト!」
毎朝女性を侍らせていて、さらにその女性から貢物を貰っている百代は余裕の表情で岳人に向けて自慢をしている。
「ところでちゃんとお礼はしているのか、龍。」
「……………弁当箱は洗って返している。」
「返しているって、いつも俺がやってるんだけど…。」
「いや、そこは直接返せよ!」
「……………同じ寮で返してもらえば便利だろう。」
「直接返却すればいいじゃねぇか、そこは。」
「それは……………。」
「キャップ。コイツは直接返すのが恥ずかしいんだよ。」
直接返せない理由はこれである。ただ恥ずかしいのだ。それを適当に理由付けて格好つけているだけである。
「……………恥ずかしくない。」
「来週からすぐに返せよ?」
「フンッ……………いいだろう。」
売り言葉に買い言葉で来週から直接返すことを皆の前で約束する。
この時、この事がさらに不変的な日常を変える事になるとは、龍は思いもしないのであった。