「うぇぇぇぇええぇぇぇえぇ!?」
紙を見て思わず声をあげた由紀江。一体何が書いてあるというのか。
気になる中身は ―――「今一番ラヴな異性」。
…そもそも封筒が一つだけ赤いという時点で怪しんでほしいものである。
ちなみに当たり前ではあるが、学校行事には各運営委員会が存在する。
代表的なのは学園祭実行委員会、そして体育祭実行委員会。
体育祭実行委員会が勿論企画・運営全てを行っているのだが、一度だけ他者の介入があったという噂がある。
その他者こそが、赤い封筒を作った犯人である。
その者は気配もなく突然会議に乱入して、委員達を驚かせ、自ら作った赤い封筒を差し出して、企画立案を少し手伝ったらしい。
「ふぉっふぉっふぉっ、皆の青春を応援するのも学長の務めじゃよ。らーぶらーぶというやつじゃな。」
手でハートを作りながらのその言葉は、委員達の苦笑を買うには十二分であった。こうして不運にも学長の策に嵌った若人が誕生した。
その若人といえば、顔を真っ赤に染めてその場を動けずに固まっている。ただ、青龍軍からは由紀江の背中しか見えないので由紀江が何をしているかわからない。
「(どうしましょう…どうしましょう…どうしましょう…ま、松風、変なお題をひいてしまいました!)」
「(こ、このお便りは番組スタッフが検閲通してくれないと駄目なやつじゃね?)」
「(し、しかし、こ、このお題で人を探すしかないみたいです!)」
「(ラヴな異性…オラ達の周りの異性と言えば、大和坊にキャップ…岳人ボーイにモロボーイ…)」
「(そして、龍さん…。ハッ、龍さん!?)」
「(それだ、まゆっち!龍ちゃんでええやんけ!)」
「(ええ、いや、そんな、龍さんはただ友達作りを助けてくれて、ただお弁当を綺麗に食べてくれて、結構辛辣な態度をとられていますが、実は優しくて温かみがある方で…別にそんなラヴだなんて!)」
「(まゆっち…もう十分だぜ。さっさと龍ちゃん捕まえようぜ、いろんな意味で。)」
「(そ、そうですね!とりあえずこの競技の為にご一緒に走らせてもらいましょう。)」
今までの脳内会議――この間五秒である。五秒でとりあえずお題としてラヴな異性を龍と定めた由紀江、つまり傍から見ればただ茫然として固まって動かない人に、心配して駆け寄ってきた龍が声をかける。
「……………おい。」
「ひゃいっ!?」
今頭に思い浮かべていた人物が急に目の前に現れ、素っ頓狂な返事をしてしまう。
それから何を聞いても赤い顔でしどろもどろなのでお題を見ようと赤い封筒をひったくろうとすると、ようやくその赤い人間銅像は封筒をとられまいと動いた。
お題を見て助けようと思ったら、頑なに防御される。その行動の意味が分からず、今度はこっちが人間銅像になってしまう。一人称は俺で、腹筋は六つに割れているというのに色白肌の人間銅像は由紀江に手を引っ張られるまで頭にクエスチョンマークを浮かべていた。
今一緒に走っているという事実でようやく自分が引かれたお題に適している人物だとわかる。通常の人間なら隠されたお題を気にするが、龍の場合はただ銅像うんぬんで遅れた分を取り戻すために無心で長い距離を走るだけ。封筒の中身などもう微塵も興味がない。
周りが一般人だけというのもあって、遅れた分はすぐに取り戻せて青龍軍は息を吹き返した。大抵の武道をたしなむ者は他の競技に温存される。…龍と由紀江が戦力にならないという意味ではない。ただ我を出さないこの二人が消去法で適当な所に割り振られただけ。
「頑張っておるのう、ふぉっふぉっふぉっ、では封筒をこちらに。」
「は、はい!」
にやにやしながら赤い封筒を受け取って中身を確認する。ルー先生は遠目からあたかも封筒の中身を今見たような演技をしている我らが学長を呆れながら見ている。
一方の鉄心は楽しそうに由紀江に最後の確認をする。間違いないのじゃな?、と鉄心は川神学園以外でも交流のあるとてもよく知った顔を見ながら問う。由紀江はゆでだこのように顔を真っ赤にさせて、壊れた赤べこのように何も言えず何度も頷くのみ。
鉄心は一生徒の青春の手伝いが出来たと満足げに合格判定を下す。変わらず顔が赤い由紀江は龍が一人でさっさと立ち去ったのを確認して鉄心に依頼する。
「が、学長先生!ふ、封筒は処分してください!」
「ふぉっふぉっふぉっ、よかろう。」
「―――これより、昼休憩に入ります。午後の部―――再開は午後一時三〇分からでございます。」
昼休憩。午前の部で疲れた体を癒す時間。そして午後の部に向けて食事をして力を貯める時間。昼休憩の時だけは自由に行動できる。
それぞれの軍で固まって一緒に食事を共にするも良し。そして…
「マルさーん!」
「お、お嬢様ッ!」
大好きな者同士、所属チーム関係なく食事をするのだって問題はない。
「加藤君、これまい水のカツサンド。ゲン担ぎにどうぞ。」
「……………有難う。」
熊飼満からカツサンド一切れを貰い、歩き出す。今日も彼は屋上で過ごすつもりである。理由は不明だが、こんな日でも屋上は解放している。
屋上への階段をのぼりながら先程貰ったカツサンドを丸ごと口に放り込み、数度咀嚼して飲み込む。目的地に着けば、すぐに屋上の中心辺りで仮眠をとる。
どこかの財閥の御曹司みたいに給水塔の上に登ったりはしない。自分が高所恐怖症でなかったとしてもそんな真似はしたくない。
「り、龍さん!」
睡眠に落ちようとした龍が声のした方を振り向くと、同時に鼻に思いっきり硬い物がぶつかり、衝撃を受けた鼻からタラリと一筋の赤いものが。
「ッ……………何しに来た。」
「その前に加藤さん、鼻血が!」
「ああ、すみません、加藤さん!!」
由紀江から差し出されたハンカチを拒否して、自分で持っているハンカチで鼻を拭く。
「……………何しに来た?」
「ほら、まゆっち。」
「り、龍さん、お昼を一緒に食べましょう!」
そう言うと由紀江は重箱を二つ、ドーンッと龍の前に置く。当の本人達は重箱一つをゆっくり置いて微笑み合っている。女子特有の明るさは見ているだけで眩しい。
「では、いただきましょうか、大和田さん。」
「食べよう、まゆっち。」
「……………いや、ちょっ、ちょっと、待ってほしい。」
既に和気あいあいと食事を楽しんでいる二人を制して、自分だけの違和感を相手に示す。何しろ重箱三つをさぞ当たり前のように置かれたのだから。
余談ではあるが、彼の語調が乱れたのは一年振りで非常に珍しいことである。
「あの……………配分が間違っていないか?」
「気にするな、少年よ。まゆっち的に言うと、”作りすぎてしまいました、てへぺろ”っていうやつだから。」
「……………み、三つも?」
「いえ、龍さんは大食漢と聞いたのでちょっと多めに。」
「……………腹は空いていない。」
その刹那、大きな音が屋上に響く。出所を探ると龍のお腹からだった。お腹は空いていないと言った直後にお腹が鳴るという羞恥プレイではあったが、龍はそんな事よりも自分のお腹が何年振りかに鳴ったということに驚いていた。
今まで何を食べず飲まずでもお腹が鳴るということは無かったので、今自分の変化に驚いているところである。考えている間もお腹が鳴っている。
「……………いただきます。」
観念して食べることにする。その姿に安堵した由紀江と伊予は二人仲良く一つの重箱を分け合っている。龍は一人で三つの重箱を任される。
「ン、これ、美味しいよ、まゆっち!」
「ありがとうございます!」
「……………美味い。」
「ありがとうございますッ!!」
「(……………五月蠅いなぁ。)」
「それにしても加藤さん、ホントによく食べるんですね。まるでアンコラ○ノみたいですね。」
「……………?」
「あ、七浜ベイの二軍のマスコットキャラクターの内の一匹のことです、チーム1の大食漢と言う設定で頭がアンコウでアンコラ○ノなんです。」
「アンコウ……………か。」
「あ、いや、ただ大食漢の部分が一緒だな、ということなのでアンコウは気にしないで下さい!」
「……………うん。」
「(まゆっち…チャン伊予は会話が上手だねー。)」
「(はい、とても羨ましいです…。)」
「(何かネタを捻りだすんだ、まゆっち!いつ喋る?昼休みという今このタイミングでしょッ!)」
「(は、はい!黛由紀江行きます!)」
「(……………美味い。)」
「…り、龍さん!」
「……………何?」
「好きな日本刀は何ですか!」
「……………いや……………わからん。」
「…そ、そうですよね!な、何でもないです!」
「(まゆっち…?)」
三人が手を合わせて食事終了の合図とする。女性二人の前には一つの重箱。龍の前には空になった重箱が…三つ。米粒一つ残っておらず、何だかんだ言いながら完食したようである。
「間もなく午後の部が始まります。競技者の皆様はお席にお戻りください。」
場の片づけをしていると、校内アナウンスが流れる。先程何かを察した伊予は彼女らしい手助けを試みる。
「皆さん、円陣組みましょう。野球ではよくやっているんですよ。」
「……………ん。」
「さ、まゆっち。」
「は、はい。」
伊予に言われるがままに三人で円陣を組む。後半戦に向けて結束力を固めたかったのは事実ではあるが、伊予の企みはそこではなくて円陣を組むことによって合法的に近づく距離の方。
「……………。」
「(顔が、ち、近い…!)」
「ではいきますよ!」
「(はぁぁ…!肩に手が…!)」
「……………。」
「せーの…青龍軍、ファイトー!オー!」