番外編:食指が動く
「へぇ~、じゃあ千花ちゃんの誕生日っていつなんですか?」
「んー?七月二十日だよー。」
高校二年になった四月当初、二年F組の教室でそんな会話を耳にした事がある。新しい学年になり新しいクラス。お互いがお互いまだ誰か分からない状態で、新しい友達と仲良くなる時にはやはり自分の身辺の事を話す。
例えば血液型。大きく分けてA型、B型、O型、AB型の四つ。そこから女子の会話は始まる。 ”ねぇ、血液型何?” など。そこから ”えぇ、B型に見えなぁい” とか ”確かにA型っぽいね” とか。さらには血液型占い、血液型診断、血液型説明書からの話題など。
例えば趣味。野球観戦、ボランティア、ゲーム、漫画、ショッピング。こちらも様々ある。ショッピングが趣味なら、 ”何処で買い物するの?” “何を買うの?” “何処の店に行くの?”など質問の幅が広がり、仲良くなったら一緒に買い物するかもしれない。
そして誕生日。仲良い友達同士で誕生日プレゼントを贈る習慣がある日。人によっては、その人の誕生日と有名人の誕生日を調べて話の種を一つ増やしてくれるかもしれない。そんな話題が再び出たのが七月十三日。二年F組の教室で女子達の声が偶然耳に入ったが今回の発端だった。
「そういえばチカリン、来週誕生日じゃん。プレゼント何がいい系?」
「んー、別になんでもいいよー。」
七月二十日は小笠原千花の誕生日ということが急に頭の中に入って来る。
最近おかしい変化が自分の中で起きていることは明白だった。眠ろうとしても眠れなかったり、本を読んでも集中できずに続かなかったり、武道に身が入っていなかったり…。とにかく彼にとって余計な物が頭の中に流れてくる。
一度考えるとその事が中々頭から離れなくなる。自分の変化に疑問を抱きつつもこれを成し遂げないと普遍的な日常を生きられないと思ってしまう。そして思いつく。この頭に入ってくる異物を取り除けば、元の不変的な日常が取り戻せるんじゃないかと。こうして自分なりに加藤龍は行動に移ることにした…。
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同日昼休み。龍は屋上にはおらず、自分の席にいた。昼食も食べずに一点を見つめている。まるで刀のように鋭い目つきで千花のことを。頭、髪、額、眉、まぶた、まつ毛、目、耳、鼻、頬、唇、歯、舌、口、顎、髭、表情、喉、首、うなじ、肩、腕、手、指、爪、背中、脇、胸、腹、腰、尻、足…上から下まで瞬きもせずに頬杖をつきながら。
七月十四日昼休み。今日も屋上には行かず自分の席に着いている。視線の先は変わらず千花。彼の観察は放課後まで続く。椎名京が何かを話しかけているが聞く耳を持たない。耳は違う所に働いている。クリスティアーネ・フリードリヒも龍を不思議そうに見ている。しかし目線は外さずにいるので全く気付いていない。
七月十五日昼休み。自分の席で昨日と同じ事をしている。翔一が本を薦めてくるが気付いていない。一子は鍛練を薦めてくるがこちらも気づいていない。
七月十六日昼休み。同上。島津岳人と師岡卓也が龍の事を見ている。岳人は何を見ているのかを確認して勘違いをしている。
七月十七日同時刻同上。何やら直江大和が千花と話している。目が合うが視線は外さない。大和は申し訳なさそうに千花と会話している。
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「さて、今日の議題だが…。」
今日も金曜集会に強制的に連れてこられる龍。翔一の一言によって本日の本格的な金曜集会が始まる。流石に異様な雰囲気を感じ取って、読んでいる本に枝折を挟んで面々を見渡す。皆、真剣な表情で龍の事を見ていて様子がどうもおかしいことに気づく。
「……………?」
「俺こういうのはわからないから大和に任せるぜ。」
「最近龍に見られて戸惑っている、と本人から聞いた。」
「ダーリンが寝取られて私が戸惑っている、と。」
「いや、寝取られてはないでしょ…。」
「でもチカリンの事好きなんだろ!?俺様は年上好きだから」
「つまりコイツはネッチリと女の子を視姦してるってことか?」
「シカンってなにかしら?」
「はわわわわわ…視姦ですか!?」
「マジかYO! 最近のシティーボーイは穴が開くまで見つめるだけで楽しんじゃってるのかよ!い・や・ら・し・かー!」
「そ、それはハレンチだぞ!龍!」
と、一気に九人+一匹に喋られて、しかもその内容が全く見当違いの内容で龍は頭を抱えている。頭を抱えている間もいろんな言葉が飛び交いさらに場は混乱する。
「…………普通に観察してただけで…」
「普通の観察はね、五日間もガン見しないと思うよ…。しかも目が合っても逸らさないっていうのが…。」
「……………?」
卓也の突っ込みも効果は無く、よく理解されていない。彼にとっては本当にただ観察しただけなのだ。たとえ目があったとしても、それも観察記録の一つである。
「で、お前は年頃の女の子をガン見して何してたんだ。」
「…………情報を手に入れようと…」
「何の?」
「女性の欲しい物の事……………。」
「私が欲しいのはあなたの愛ですッ!!」
「……………友達で。」
京の告白は華麗に拒否する。
「女性の欲しい物を調べてどうするんですか?」
「…………あげようと…」
「私が欲しいのはあなたの愛ですッ!!」
「大事な事風に二度言った!」
京の告白が二度目なので無視をして、卓也の突っ込みで処理をする。
「あげるってチカリンにか?」
「……………ああ。」
「ラヴかい、少年?ウに濁点ついちゃうやつだろ?甘酸っぱいなぁ、オイオイ~!やるからにはオラみたいに立派な種馬になるんだぜ!」
何処ぞの携帯ストラップの見当違いの暴走には、持ち主を睨んで止めさせる。収拾がつかないのでそして今度は自分から言葉を紡ぐ。
「……七月二十日が…その人の誕生日で…何かあげようかと…。」
せっかく多くの言葉を発したというのに、反応は返ってこずに皆は一様に黙っている。それどころか視線も合わせてくれずにいる。クリスは百代に耳打ちされると、突然龍に近寄り自分の額と龍の額に手を添える。
「どうだ?」
「熱はないようだぞ。」
「……………何の真似だ。」
クリスの手を払い、質問を投げかけるが、質問を質問で返される。
「ファミリーの長として聞きたいんだが、人に物をあげるなんて久々じゃないか?一体どうしたんだ?」
「……何故かやらないといけないような気がして…やらないと前に進めないような気がして…自分でも意味がわからない…。」
正直完全に理解が出来なかった一同だったが、苦悶の表情で言葉を連ねる龍の様子には只ならぬものを感じ、とにかく彼が三日後に移す行動の手助けをしようと心に決め、今から作戦会議を開くことに。一番初めに発言したのは参謀の大和だった。
「それじゃあ、女性陣は貰って嬉しい物、男性陣は女子に贈るならコレってやつを答えてくれ。」
「お前のまた新たな挑戦かな。」
「食べ物がいいわねー!」
「あなたの愛です。」
「く、熊の人形だと嬉しいかな…。」
「わ、私はもう何か貰えるだけでありがたくて…。」
「俺様の愛だな!フフン。」
「んー。女に物あげねーからなぁー。」
「僕もあまりよくわからないなぁ。」
「ペンダントとかアクセサリーとかその辺じゃないか?」
「……………はぁ。」
半ば冗談による参考になるんだかならないんだかの意見を聞いて、一応参考にすることにした龍。
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放課後。龍は一人小笠原商店に来ていた。先に帰って来た千花が店番をしていたので丁度良かったのだが、中々切り出せずに飴袋、久寿餅、海苔巻、赤飯、稲荷寿司などいろいろ買ってしまう。千花も約五日観察されて、警戒心を抱いている。五分経ってようやく切りだす事が出来た。
「……………誕生日だって聞いて、これ。」
「え、私に?嘘、あ、ありがとう。」
赤く少し小さめの袋を開けると、さらに少し小さい黒い箱が入っている。中を開ける許可を貰い、開けてみるとこれまた小さい小瓶が入っている。
「香水?」
「……………ああ。」
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龍は一人で香水の店に来ていた。金曜の意見を参考にしつつ、土曜日にはネットカフェで調べ物をした。そして日曜日、今に至る。中へ入ると、まるでデパートの化粧品売り場のような匂いが鼻を強く刺激する。しかしそれに怯まずに男一人で果敢として挑む。
とりあえず何が何だかわからないので商品棚を睨む。
「いらっしゃいませー!ご自分用ですか?彼女さん用ですか?」
「…………あ、いや、プレゼント…」
「あ、彼女さん用ですねー!ではこちらなんかいかがでしょう?こちら、グレープフルーツの香り、これはオレンジ、レモンなどがございます~。あ、こちらもいかかでしょう、これですと、大人~な香り~で素晴らし~いと思いますよ~?」
店員のマシンガントークを一応聞くが、何を言っているか理解できずに混乱する。
「…………あの、これは…。」
「こちらはユズの香りでぇ、万人受けする香りでー…え?あ、そちらは名前の通り緑茶~な香りで落ち着いた感じで宜しいですね~、お客様お目が高いでございますわね~。」
「……………これにします。」
マシンガントークに耐え切れずに選んでしまう。しかし、一応落ち着いた匂いの香水を買うことにしてお金を払う。
「お待たせいたしました、こちら商品でございます~。お客様本当お目が高いですわね~、あ、ではでは彼女さんと末長くお幸せになさってくださいネェ~。ありがとうございました~!」
「…………彼女じゃな…ハァ。」
誤解を解くのを諦めて、さっさと店を出ていく。いつもでは買わない、全くありえない品を手にして。
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「もしかしてだけど…今までアタシの事見てたのって、これの為?」
「……………情報収集の為。」
「情報収集?」
「……何が好きで…何が嫌いで…それをただ調べただけだ…。」
真相を知って、ようやく合点がいった千花。
「あ、あのさ…その…加藤君の誕生日っていつ?」
「……………忘れた。」
「え、そんな、いや、ちょっと!」
龍は踵を返し歩いていく。
「加藤君!」
後ろから叫ぶ声。振り返ると千花が小瓶を片手に笑顔で手を振っていた。
「プレゼント、ありがとう!!」
片手を挙げて聞いている事は示して、何も言わずに去っていく。
翌日、千花が龍に話し掛けるようになったのを見て、クラス中が騒然としている。無論、香水の匂いを振りまきながら。しかも千花特製の飴を貰ってしまった事で委員長にも気に入られてしまった。
龍も不変的な日常を送るつもりで、それを成し遂げればまた元に戻ると思っていたが、日常がより一層変わったしまった事に混乱したのはまた別の話。